団塊世代の奮闘記

2019年11月17日

879 夢 の 旅 2

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彫刻 1

 東京2日目の朝が来た。今回は、まず、芸術の秋を、上野で味わってみようという魂胆(こんたん)で、上京してきた。上野駅から西郷さんを経て、美術館までやってきた。

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彫刻 2

 美術館前の庭には、有名な彫刻が、森に溶け込むがごとく鎮座している。田舎からやって来たお上りさんなので、それすら楽しんで眺めてみた。

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目にとまったポスター

 すると、私の目をぐっと引きつけるものを発見してしまった。それがこの看板である。ハプスブルグ展とある。何だかその昔、世界史でハプスブルグ家という言葉が出てきたのを思い出した。当初の目的ではなかったが、意を決して鑑賞することにした。

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壁面の絵

 ハプスブルグ家に伝わる、あるいは、関係の人々を描く絵画が、展示されていた。途中、ある部屋で、たくさんの人々がスマホなどで撮影している場所があった。おそらくこれは、レプリカの看板のようなものなのだろう。私も尻馬に乗って撮影した。

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お目当ての看板

 美術館でハプスブルグ展を見て、さらに公園の奥に進み、博物館に到達した。博物館では、正倉院展が行われていた。これこそが、今回私が、目的にやって来た催しである。テレビでも特集されていたりしたので、本物の一部を見てみたいという思いに至ったのだ。

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螺鈿(らでん)の楽器

 正倉院の宝物は、様々展示されていたが、ここでも、撮影可能なもの(この楽器)があったので、撮影させていただいた。


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博物館の庭

 展示を見た後、ネットで紹介されていた博物館裏の日本庭園をぐるっと眺めて上野歩きは終了となった。


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同窓会場

 上野から次はお茶の水を目指し、同窓会場であるホテルを下見して、宿泊していた秋葉原に帰った。会場は、なかなか立派なホテルで、結婚式などが行われる所らしい。同窓会は今夜に迫った。
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2019年11月12日

878 夢 の 旅 1

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まずは、バスの旅

 2年ぶりの夢の旅に出かけた。朝、いつもの宇和島自動車のバスに乗って、松山に向かう。市駅を目指す。市駅からは、リムジンバスに乗り換えて、空の旅になる。

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切符

 バスは、JRより安いので、昼間乗るのなら、バスのものだ。リムジンバスとも連携しているので、安くて便利ということになる。

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雲の上

 旅をする3日間は、天気予報では晴れのようで、とてもラッキーだ。空の上も、抜けるような青空が続く。雲の上の眺めもいい。


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富士とも遭遇

 座席を選べたので、当然、左側の窓際を選んだ。途中、富士山が見える可能性があるからだ。富士山は、何度も見ているが、雲から頭を突き出している富士を見るのは、とても良い気持ちだ。


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東京タワー

 空の旅は、あっという間の1時間半ほどの時間で、懐かしの東京に着いた。考えてみると、もうあの時から50年もの歳月が過ぎているのだ。あの時代に戻れるはずもないが、何だか、あの頃の夢に向かって旅していくような不思議な感覚になる。

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銀ブラ

 その催しは、2日目の夜なので、この日は、お茶の水の会場まで出かけて、道筋を確認しておいた。夜も、少しだけうろうろして旅を楽しんだ。

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明日は上野へ

 明日は、ワンパターンだが、上野近辺を散策してみたいと予定していた。上野も、当時、何度もやって来て、写真を撮ったり、友達とも遊んだ場所だ。
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2019年11月06日

877 新 た な 始 ま り 1 

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やって来たブリ

 お手伝いに行けない平日に、風の国からの電話があった。「魚をもらったので、取りに来ないか?」というものだった。お母さんは、足も腰も限界に近づき、お灸をしながら、日々紛(まぎ)らわせておられる。手首もかなりきているようで、大きな魚をもらっても、さばく力が乏しくなっている。往復3時間以上かかる風の国だが、行って魚を頂いて帰る方が、お母さんの気持ちにも応え、助けにもなるのかなあと考えてもらってきた。親戚のSさんがキララ館まで持ってきてくれたので、時間が短縮できた。魚は、ブリで、まな板をオーバーする大物だった。感謝!


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ほうき草(コキア)

 週末に風の国を訪ねてみると、鬼北からやって来たほうき草(コキア)が、真っ赤に色づいていた。発信地の鬼北では、まだまだそれほど赤くなっていないのに、鬼北より暖かい風の国が先に紅葉するとは、これいかに。


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見納めの風呂場

 風の国で、新たな動きが始まった。長男の退職に向けて風呂を新しくする工事が始まるのだ。私の場合、父母と同居できたのは、ほんの1〜2年に過ぎなかった。最初は間借りの家で近所で過ごし、家を新築する計画中に母が亡くなった。そのため、新築を止めたが、父が嘆くので、数ヶ月後に新築工事を始めた。工事中に、父は車椅子ごと用水路に転落、以後寝たきりになってしまった。父は、新築の家に入ることはできたが、寝たきりのままで、半年後に亡くなってしまった。


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その前には2つの木

 結局、私は、孫の顔だけは見せることができたが、これっぽっちも親孝行することができなかった気がする。お父さんは間に合わなかったけれど、お母さんが長男夫婦と暮らすことができれば、きっと嬉しく、心強いことだろう。今回は、そのお風呂場の工事前に、お手伝いにやって来た。


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ザクロは切る

 お風呂場は、少し面積が広がる予定のようだ。そのため、手前にある植え込みを取り除かなければならない。その植え込みにはザクロの木と石楠花(シャクナゲ)が植わっている。ザクロの木には、木の幹に、お父さんが植え付けた風蘭が付いている。私のお手伝いは、これらの木の移動などに決定した。

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枝たちは山へ

 ザクロの木は、大きいので、外に移しようがない。結局、切ることに決定した。なじみの木なので、少し寂しい気もしたが、ごめんねと手を合わせて切っていった。枝は、薪になりそうなものは、木小屋にしまい、後は山に捨てることにした。

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風蘭の幹は残す

 お父さんが取り付けた風蘭がある幹の部分は、お母さんの意見で、お父さんの思い出と共に残して、セドの石垣に立てかけて置くことにした。


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シャクナゲは鉢に

 シャクナゲの方は、一緒に時を過ごした小さなツワブキと共に、根から掘り起こして、大きめのポリ容器に植え替えた。私には、詳細は分からないが、お父さんが植えたと思われる2つの木を、それぞれ別の形で残すことができたかも知れない。
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2019年11月02日

876 秋 の 農 園 2

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掘り始めた芋の畝(うね)

 秋の農園には、実りと始まりがある。2.2列ほど植えていたサツマイモも、少しずつ掘り始めた。サツマイモは、今年初めてある実験を試みてみた。それは、農協でサツマイモの肥料なるものを発見したことで始まった。


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掘り上げた紅東(ベニアズマ)

 通常サツマイモは、肥料をやらないことが多い作物だ。年配の方などは、芋の蔓を5cm程に切り、冬の間に畑に鋤き込んでおく。冬の間に蔓は土の肥料分としてプラスされる。私もその方法を採用していたが、今年は、サツマイモの肥料を見付けたので、土に撒いて試してみたのだ。最初に植えた紅東を掘ってみると、イモのサイズが昨年より大きいものが混じっているという違いがあった。大成功かな。

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芽を出した金時ニンジン

 昨年は、オレンジ色のニンジンを植えていたのだが、今年は、振り出しに帰って、私好みの金時ニンジンを植えた。初めての場所に植えたので、うまくできるかどうかは分からないが、何とか大きく育って欲しい。

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ワケギも芽を出した

 これは、風の国からやって来た留学生のワケギ(小ネギ)君だ。お母さんがこのネギをたくさん上手に毎年作られるので、今年は球根を頂いてきて、植えてみた。ネギは、植えておけばそれほど手をかけなくても育つと思うのだが、うまく育てるには、何かコツがあるのだと思う。

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大きくなれよ春菊

 ほんの少しだが春菊も植えている。鍋の季節を迎えるので、必需品の野菜だと思う。これも私の好みで、大葉春菊を植えている。鍋シーズンに遅れるなよ。

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虫と戦う青梗菜(チンゲンサイ)

 春菊は臭いがあるせいか、虫に穴を開けられることがほとんどない。その横に植えた青梗菜(チンゲンサイ)は、素直な味なのか、早くから穴あきになってしまっている。虫に負けないように食べる必要があるが、おそらく、食べきれないだろう。

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一歩先行くおでん大根

 これは、既にすり大根ができるほどには太っている第1段で植えたおでん大根だ。意外と虫にもやられず、すくすく育っている。楽しみだ。食べてみて、名前の由来が分かると良いのだが・・・。
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2019年10月29日

875 秋 の 農 園 1




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昨年のクルミ

 空き地のクルミの木が、巨大化している。おもしろ半分で植えたクルミの木だが、この木は、1年に3mくらい枝が伸びていく。そのままにしておくと、とんでもないことになってしまう。特にお隣の土地に接する面は、空中でお隣の領域を侵してしまう。

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出荷分と胡桃(くるみ)の殻(から)

 伸び続けると切ることもできなくなるので、昨年、お隣側の枝を切った。枝といっても、直径20〜30cmもある。大変な作業だった。昨年拾ったクルミの実を専用のハサミで割って、三角帽子に出荷した。おかげで、やっと実の処分ができた。今年の分の秋の実りの実が落ち始めたので、これで一安心だ。


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崩れすぎた実

 出荷した実は、きれいに割れて形が崩れてないものを出荷する。どうしても、うまく割れないものが多くて、粒の小さなかけらは、自家製のクルミ味噌にして食べる。なかなか美味しい。


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大豆収穫出来るか

 秋らしい気候になってきたこの頃だが、秋の農園をぐるりと回ってみた。背丈が1m以上になって、一向に実ができないと心配していた大豆は、葉が黄色くなってきて、実が入ってないものもあるが、いくらかは、実っているようだ。この分なら大豆料理ができるかも知れない。


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弱々しい生姜

 次は遅く植えすぎた生姜、大きくならずに小さなものがほとんどだが、3〜4本はまずまずのサイズのものもある。スーパーで売っていた古生姜を植えたもので、毎年、種代にこけるのが常となっている。温暖化傾向の気候なので、もっと早く植えるのが正解だと反省した。


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雑草に埋まる

 ニンニクは、9月半ばに植えて、ほぼ順調に芽を出している。雑草が生えて雑草にやられそうなので、草引きをしてやった。


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すっきり

 草がなくなるとすっきりしたが、昨年は玉太りが悪かったので、今年の元肥は、多めにしてある。追肥も適宜していき、立派なニンニクに仕上げていきたい。
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2019年10月25日

874 一 周 忌 2

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第2の梶谷鼻と天使の階段

 一周忌の法要の前日、先んじてお墓に花を持って行っておくようにお母さんに頼まれた。相棒と二人、宇和で買ってきた菊の花などを持ってお墓に向かう。風の国の墓地は、地区の西側の小高い場所にある。ふるさとの宇和海の海が一望できる場所だ。亡くなられた方もこの景色を懐かしく見ておられるような気がする。途中、梶谷鼻の向こうにある第二の梶谷鼻が見える。この日は、天使の階段も見えた。


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何と大阪から薪も届く

 大阪から帰られた親戚のSさん、前回来られた夏の折に、お母さんが風呂を沸かすときの風呂の薪を、クロチで作るお手伝いをしていただいた。何と安い薪があったからと、今回、わざわざ大阪から薪を車に積んで持ってきていただいた。ありがたいことだ。感謝、感謝である。


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スダチ

 わざわざ遠い大阪から、車や列車で、お父さんの一周忌に帰ってきていただき、何かお土産のようなものがあると良かったのだが、風の国の晩柑類は、年を越さないと収穫にはならない。今、収穫出来るものは、スダチか、早生の温州蜜柑くらいのものなので、気持ちだけ収穫してきて、お土産の一部にしていただいた。


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傳宗寺の大楠

 傳宗寺には、100年を越えていると思われる楠の木がでんと本堂の前に立っている。私には良くは分からないが、かなりの歴史を刻んだお寺さんであることは推測できる。



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ありがたいお言葉 1

 左側には、「信心のことば  我が身をこのまま空なりと観じて静かに座りましょう  衆生は本来佛なりと信じて拝んで行きましょう  社会を心の花園と念じて和やかに生きましょう 大本山  妙心寺」とある。



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ありがたいお言葉 2

 右側には、「生活信条  一日一度は静かに座って体と呼吸と心を調えましょう  人間の尊さにめざめ自分の生活も他人の生活も大切にしましょう  生かされている自分を感謝し報恩の行を積みましょう  大本山  妙心寺」お父さんの手ぬぐいも、このお寺のありがたいお言葉も、私の目にとまったということは、それとかけ離れた私の貧しい心に、少しでも感じて欲しいとお父さんが導いてくれたような気もする。

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満月

 一周忌の夜は、穏やかで明るい満月が海の上に出ていた。できる限り穏やかな日々が過ぎて行ってほしいものだ。
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2019年10月21日

873 一 周 忌 1 

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壁の布 1

 風の国の台所には、亡くなったお父さんが壁に貼ったと思われる手ぬぐいがある。その題名は、「世渡りの道」というものだ。読み進めてみると、そうしなければならないなと思うことばかりで、できてなくて心が痛むことが書かれている。

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壁の布 2

 最後まで読むと、その奥深さにびっくりするような内容が書かれている。人生の全てが見えている気になっている我々だが、おそらく、100分の1も分かっていないに違いない。また、それは、限りなく100%に近い方々が、気付けばそのような状況下に生きているような気もする。


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贈られてきた胡蝶蘭

 10月15日に、亡くなったお父さんの1周忌の法要が行われる。節目節目に花を贈っていただくS御夫妻、今回も胡蝶蘭が届いていた。親族の方々は、おそらく、同じ思いでおられるのだと思う。


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御馳走も届く

 近い親族の方々が集まり、一周忌の集まりがあった。親戚の漁師さん方から届いた風の国らしい御馳走も並び、前夜祭は、13人で賑やかに和やかに宴を囲んだ。

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お寺にて

 1周忌の法要は、三崎にあるお寺の傳宗寺(でんそうじ)で行われた。おそらく、今時の事情を考慮したお寺の流れで行われたのだと思われる。


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ありがたいお説教も

 法要の後、和尚さんからのお話しがあった。1周忌は、小祥忌というというお話しであった。小祥忌とは、「小さな幸せをもたらす命日」ということで、近しい方々が集まり、出会う喜びがあるということであるらしい。


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最後は墓参り

 三崎で法要を済ませ、その足で、お墓に向かう。親戚のTさんの働きで、お墓はきれいに修復されていた。昔からの石碑は、磨かれ、周りの囲いも新しくなり、全体が蘇ったようになっていた。一段落したような気がする。
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2019年10月16日

872 秋 ま つ り

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カタバミの花

 風の国のあちこちに自生するカタバミの花、ピンクで通常より少し大ぶりの花だ。野生の花だが、愛らしい花だと思う。蜜柑山のあちこちでも見ることができる。春から咲いているのかも知れないが、優しい秋の日差しの中でも咲いていた。

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子ども御輿

 この日は、秋祭りの日で、親戚の大工のMちゃんが作ったと言われている子ども御輿(こどもみこし)が登場するらしい。しかし、風の国は、戸数が100軒以上あるらしいが、超高齢化地区で、子供は3人しかいないと聞いていた。子ども御輿は、成り立つのだろうか?


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集まった子どもたち

 近くの岡の川という車回しの広場に行ってみた。子供は、10人くらい、保護者と共に集まっていた。いったいこの子供たちは、どこからわいてきたのだろう。お母さんらしき方に訊いてみた。すると、地元に暮らす3人以外の子供は、この風の国から出た方々の子供さんが集まっているということだった。(な〜るほど!)


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いざ出陣

 ほぼ小道ばかりの地区内の道は、坂と階段ばかりである。地区の方々は、お花を持って子ども御輿を待っている。ほんの一瞬の遭遇だが、お年寄りばかりの地区なので、子どもたちの元気な声にたくさんの方々が元気をもらっているように見える。


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風の国の神社

 地区の集会所広場では、毎年、盆踊りが行われる。その広場の上に、この地区の神社がある。広場の横には、地区のお寺もあり、地区の長老の方が念仏も念じてくれる。この地区の高齢の方は、お経を諳(そら)んじている方が、たくさんいる。お盆の行事は、ここで行われる。古き良き共同体の名残がたくさん残っているのだ。

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S君がお神楽に参加していた

 神社では、延々とお神楽が演じられている。おそらく外の神社では、そのような催しがないのだろう。中心地区の神主さんが親子で、風の国の神社に来て、お神楽の間中鎮座しておられる。たぶん、午前中は、中心地区の神事を行われ、午後は、風の国に来て夕方まで、参加される。これも、すごいことだと思う。ほかにもたくさんの地区があるのにである。


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穏やかに時は過ぎていく

 穏やかな秋の日の下、穏やかな時間が流れ、風の国の一日が暮れた。
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2019年10月12日

871 秋 の 農 作 業

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朝焼け

 突然お父さんが亡くなって、もう1年が経過してしまった。初盆に続いて1周忌が迫っている。1周忌を迎える前に、できるだけの農作業を進めておく。風の国の朝の絶景を見ながら、まだ、暑くならない時間帯に農作業に向かう。

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木々の間は草で埋まっている

 もう秋になっているとはいえ、残暑厳しい柑橘山では、雑草君たちも伸び放題に伸びている。今からの農作業に支障を来すので、まずは草刈りに挑戦する。これは、なかなかの厳しい作業になる。


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刈り終えると、すっきり

 草刈りをするのは、今のところ私一人なので、始めたら2〜3時間はぶっ通しの作業となる。手は痺れ、汗も格段に出て、着ているものは汗びっしょりになってしまう。それでも、刈り終えてすっきり地面が顔を覗かせると、気持ちも晴れやかになってくる。

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合間に見る雲

 見上げると、この時期、様々な雲が空を彩る。わずかな休憩タイムで、空を見上げるのは、私の癖のようなものだ。空を見上げて雲を眺めると、何だか、頭の中が切り替わっていくような感覚になる。

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相棒も完全防備で

 私が草刈りをしている間、相棒は、草を引いたり、杉垣に絡まった蔓を取りのけたりしてくれる。外国から入ってきた冬でも枯れない朝顔が、風の国の自然を壊し始めている。放っておくと、蜜柑山は、この植物であふれてしまい。あちこちが使い物にならない農地になってしまうことだろう。


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摘果は限りなし

 草刈りを終え、足元がすっきりすると、次なる作業の摘果も安心して進めることができる。摘果が遅れると、木に負担がかかり、次の年、実を付けなくなってしまう。


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またまた、秋の雲

 秋の作業を終え、宇和町まで帰ってくると、またまた、上空には秋の雲。暑くても、確実に次なる季節は深まってくるようだ。
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2019年10月08日

870 秋 の 柑 橘 農 園

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風の国の朝陽

 くらくらする夏の農園も終わり、残暑はあるものの少し耐えやすくなった今の時期、次なる農作業をこなすべく、風の国に向かった。半島の東側に宇和海を望む風の国は、毎日が朝の絶景を連れてやって来る。ここで育った方々は、この数々の絶景をいつも心のエネルギーにして頑張っておられることと思う。

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大きくなり始めた伊予柑

 最も早く収穫期を迎える伊予柑、10本ほどの木の数なので、作業は超特急で終わる。先日、いの一番に摘果を終えて、その実もかなり大きく生長している。お世話をすると、育つ実を見て何だか我が子のように見えてくるから不思議だ。


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秋肥(あきひ)

 今回の作業は、一通り摘果を終え、私としては初めての作業となる。秋の肥料やりである。春も、収穫を終えたお疲れの蜜柑の木に元気を与えるべく、春肥を与える。化成肥料をバケツに入れて、木々の根元というか間に撒いていく作業だ。


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モノレールで運ぶ

 秋はこれから実を太らせる木の勢いにパワーを与えるような肥料なのだと思う。届いた秋肥を畑毎に何袋必要か、お母さんに訊いて軽トラで運ぶ。畑までは、モノレールに積み替えて運び、撒いていく。実が付いている木も、付いていない木にも与える。


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海の幸

 この日は、海の幸が届く日で、まずは、近所の方から30〜40cmのハマチの子供を7〜8匹いただいた。また、お呼びの電話がかかり、浜に降りていくと、親戚のTさんから、大物やアジをたくさんにいただいた。大物は、キャリーをオーバーするようなブリと「にべもない」という言葉の語源になっているスズキの仲間「にべ」という魚だった。どちらも、手の痛いお母さんに代わって私がさばく、けっこう大仕事だ。


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伊勢エビ

 次は、今回の目的の目玉、伊勢エビが届いた。毎年、親戚の漁師さんから浜値で売っていただく。少しこぶりなものがほとんどだが、これだけの量で2万円は格安だと思う。自分たちも楽しむが、日頃お世話になっている御近所の方などに配ることにしている。


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秋の雲

 帰りの空を見上げると、間違いなく天は高く、秋らしい雲が、疲れを癒やしてくれるがごとく広がっていた。  
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2019年10月04日

869 鬼 北 の 農 園 も 秋 か な 3

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残暑雲

 まだまだ残暑との闘いは続き、汗っかきの私は、かゆいかゆい汗もとの闘いも依然として続いている。10月に入っても、日本だけではなく世界的に台風被害が続いているらしく、地球は、狂いを生じている気がする。


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冬野菜の畝(うね)

 鬼北の農園の秋の作業は、遅れながらも、やっと冬野菜を一通り植え終わった。タマネギやゴボウは、もう少しして植えたいと思っている。


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キャベツ

 少し前に植えたキャベツの苗も少しずつ大きくなっている。キャベツは、少しずつ時期をずらしながら、春キャベツになるよう植えていきたい。

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ジャガイモの芽

 ジャガイモ君も芽を出し始めた。やはり、芽が出にくいものもあり、100%の発芽は期待できないのかも知れない。これが、私のジャガイモの課題だ。

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ほうれん草の芽

 ほうれん草も、撒いたのだが、その発芽率は、芳しくない。ほうれん草は、発芽しにくい野菜なので、もっとたくさんの種を蒔く必要があったのかも知れない。

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おでん大根の芽

 今年の新顔、おでん大根も、芽を出し、楽しみが増えた。風の国のお母さんが切り干し大根を作るのが好きなので、スペースがある限り青首大根も植えておき、お母さんに貢献したい。


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金木犀

 散歩場所の運動公園にも、良い香りが漂い、金木犀が咲き始めた。この秋の花も時を忘れず咲くが、あっという間にその花の時期も終わるはずだ。少しずつ秋が深まっていく。
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2019年09月29日

868 鬼 北 の 農 園 も 秋 か な 2


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我が家のススキ

 時の流れは、片時も止まってはくれないし、気付けば季節はいつの間にか進んでいる。我が家のススキも、良い感じの穂をなびかせていた。農園の秋も進んできている。


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生長した里芋

 乾燥に弱い里芋君たち、いつもハウスの陰で栽培することにしている。それでも、日照りが続くと弱ってくるので、根元に引いた草、積み上げ作戦、何となく良い具合に生長しているように見えるのは、ひいき目だろうか。試し掘り近しかな。

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里芋の花

 その陰に昨年掘った親芋を転がしておいたら、土もかけていないのに、芽を出し生長している。よく見ると、黄色い花と思われるものができていた。普通に栽培したら、あまり花など咲かせるのを、見ることはない。おそらく、これは、里芋君の子孫を残すためのレベルの高い方法なのかも知れない。


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2度目の栗の花

 台風やら夏の雨やら、異常気象現象のせいか、鉢植えにしていた山栗、とっくに実を5〜6個付けていたのに、もう、その実が弾ける頃なのに、再び花を咲かせている。何とも奇妙な現象だ。


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試し掘り

 秋といえば、食欲の秋、サツマイモの試し掘りをしてみた。昨年、農協で購入した。サツマイモ用の化成肥料を撒いて、土作りをしていたものだ。心配しながら掘ってみると、まずまずのイモになっていたので、一安心した。

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ニンニク畑

 9月半ばの農作業に、ニンニクの種まきがある。種は昨年収穫した大きめの粒を保存しておいたものを使う。穴あきマルチに植えるが、数えてみると、何と穴は、300以上あった。昨年は、追肥をしなかったので、小さくて可愛いニンニクばかりであった。何とか今年は大きくなってくれないものだろうか。

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オレンジ色の残暑雲

 秋になっても、残暑のきつい日もある。こんなオレンジ色の残暑雲が出ている日は危ない。水分補給を忘れないように作業をしなければならない。

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白い彼岸花

 作業を終えて、ちょっと買い物に出かける。奈良トンネルを抜けると、彼岸花が植えられている。北宇和島のJRの土手にもいい色の彼岸花のスポットを見付けた。来年は覗(のぞ)いてみてみよう。
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2019年09月25日

867 鬼 北 の 農 園 も 秋 か な 1

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もくもく残暑雲

 ある情報によると、今年の残暑は10月まで続いて行くらしい。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉もあるので、いくぶん涼しくなってきている気もする。このもくもく残暑雲が出てくる間は、暑さが残るのだろう。


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生長し過ぎた大豆

 暑くても時は待ってくれず、9月も終わりに近づいてきている。いつものように遅ればせながら、鬼北の農園も秋の作業に入っている。勢い込んで枝豆を食べようと早々と蒔(ま)いた大豆は、大きくなりすぎてあちこち周りにはみ出している。横のスペースにニンニクを植えたいので、杭を打ち、横木をあてがって倒れた大豆を起こしてみた。体は大きいが実の方はなっている気配がない。がっかりだ。

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ラッキョウ畑

 風の国のお母さんの趣味がラッキョウ作りで、あちこちラッキョウを植えておられる。鬼北の農園にも、おそらく、地主さんが植えておられたと思われるラッキョウがあったので、畑の一角をラッキョウ畑にして、2年ほど前から栽培をしている。毎年、立派なものはできなかったので、この秋には化成肥料をやってみた。どうなるか楽しみだ。

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ジャガイモ畑

 いつものように秋ジャガも、1列植えた。種を買わずに、できたイモを次々と親芋にして植えている。そのせいかジャガイモもできるイモは、あまり立派なものではない。何か私の知らないコツがあるのかも知れない。


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タマネギの苗床

 9月に入っての大仕事は、やはり何と言っても、タマネギ苗を作ることだ。その場所を耕し牛糞(ぎゅうふん)は中に鋤(す)き込んでいる。種を植えるスペースを作り、フルイで細かな土を撒(ま)く。種を蒔いたら、再びフルイで細かな土を撒いて種を隠す。その上にモミガラを撒いて完成。モミガラを撒くと、散水した水が蒸発しにくいので、種には水分が常に十分届く。発芽しにくいものは、この方法に限る。


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芽を出したタマネギ

 1週間ほど散水すると、タマネギの芽が出てくる。彼らは、土を突き破って出てくる時、細い葉を2つ折にして強さを2倍にして頭を出す。誰が教えた訳でもないが、賢い知恵があるようだ。



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癒やしのバラ

 農作業に疲れて帰ってみると、鉢植えの桜のような可愛いバラが良い塩梅に咲いていた。こんなのを見ると、心が癒やされて疲れが飛んでいくようだ。
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2019年09月21日

866 秋 の 作 業 2

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ほうき草

 風の国のひのら(前庭)にも秋が近づいているかも知れない。ひのらの鬼北からやってきたほうき草(コキア)も、少し大きくなってきた。鉢植えなので、この大きさくらいが限界かも知れない。ずんずん紅葉していくのだと思うが、今はまだ、茎だけが赤い状態だ。

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いたずら猫

 お母さんが干しているものやゴミ箱をあさって、お母さんを困らせる猫君に出会った。しばし目が合ったので、撮影。あんまり困らせるなよ。

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残暑雲

 海の向こうは、残暑もくもく雲、気温は夏のピークは越えて、いくぶん涼しくなってきている気がする。前回、ウマキの摘果が終わったので、今回は、垣内作りの清見の摘果に向かう。昨年お父さんがあまり摘果を進めていなくて、鈴なりになったままであった。結果、袋をかぶせるときに摘果しながらかぶせたのを思い出す。

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玄米

 摘果せずに鈴なりにしておくと、木の勢いが弱ってしまう。そして、今年は行ってみると、木が弱って、ほとんど実がなっていない木が大部分だった。50分の1か2本くらいで、悲惨な状態だ。今年は、清見の収穫が激減するだろう。清見ジュースにならないかも知れない。

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中秋の満月?

 今回はまた、鬼北から玄米を4袋届けた。買っていただく方やお世話になっている方などに配る米だと思う。この毎年のお母さんの地域の方への心配りがあるので、様々な方が、魚などの海産物を持ってきてくれるのだと思う。ここでも、それを私たちがありがたくいただく恩恵に浴しているのだと思う。

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アップ

 たまたま風の国に泊まった夜は、満月くらい?東の海の向こうから明るい月が昇ってきた。風の国は、東から南までに宇和海が広がり、月の出を見るのに適している。タイミングが少し遅かったので、既に中空に上がっていた。

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朝陽

 垣内作りの清見があまりにもなっていなかったので、広い畑ではあるが、何と1日で摘果を終えることになった。収穫が少ないのが分かるので、ちょっと残念な気がする。東向きの風の国の綺麗な朝陽、寝坊助の私も久しぶりに眺めて帰路についた。
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2019年09月17日

865 秋 の 作 業 1

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秋めく

 夏の長雨がやんだら、台風の一撃、千葉県は、大変なことになっている。昨年は、北海道東部地震で、北海道全部が停電になってしまった。地域全体が停電になってしまうことをブラックアウトというらしい。北海道ではこのブラックアウトが、48時間に及んだ。その間、冷暖房無しで、煮炊きもできない。食品は腐る。断水も始まり、本当に生活の基本部分がだめになってしまう。大ピンチだろう。


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本箱分解

 今度の千葉県では、停電は、48時間どころではない。2〜3週間に及ぶようなのだから大変だ。台風15号は、風速50mの風をもたらした。破格のパワーだ。これも、間違いなく異常気象なのに違いない。


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風呂の焚き物になる

 台風は、このひどい被害を連れてきて、秋の気配も一緒に連れてきたような気もする。風の国では、秋の作業として摘果の作業がある。最初の摘果は、伊予柑だが、木の数が少ないので、、半日で終わった。次はクロチのデコポンとポンカン、草刈りも含めて一仕事あった。

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沢ガニ発見

 今回は、ウマキのデコポンの摘果になる。相棒とお母さんが終活のように倉庫を整理し始めた。すると、私には、本箱の分解が依頼された。ドライバーが見つからなかったので、ハンマーで、原始的に分解を完了した。これらは、全てお母さんが風呂を焚く燃料になる。

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海も慌ただしい

 岡の川まで来ると、沢ガニを発見!眺めていたら、危険を察知したのか、崖の斜面に逃げていった。海の方では漁師さんたちが忙しく立て網を設置する作業に出かけていく。秋は、伊勢エビ漁が始まる季節でもある。

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サザエをいただく

 潮が良かったのか、いつものS君がたくさんのサザエをくれた。海の近くに住んでいて、趣味が海に潜ることなのだから、良い趣味だと思う。S君は独身なので、時々、お母さんから、おかずをもらう。自分でも作るのだが、感謝をしているのだと思う。そんなこんなで、回り回って、私たちの口にもサザエが届く、感謝感謝である。

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虹のプレゼント

 まだ、不安定な天気でもあったので、保内まで帰ってくると、天気雨、二重になった綺麗な虹が出ていた。何となく天からのプレゼントのように感じた。
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2019年09月13日

864 崩 壊 中 ? 2



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野草の花

 散歩での軽い両足ジャンプ運動は、700mを5周するウォーキング中に行うので、5回ジャンプすることになる。1回に10回ジャンプするので、合計50回のジャンプをすることになる。ところが、数日経つと、もの足らなくなり、10回は、いつの間にか20回になる。


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もくもく残暑雲

 そんなこんなで、今では木陰に来る度に、100回ジャンプをするようになり、定着している。それ以上増やすと、時間がかかり過ぎて予定が狂ってしまう。こうして、合計500回のジャンプをするようになって、不思議な現象が起こり始めた。

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何と第2の人生か?ガクアジサイに実ができている

 常識的に考えると、刺激を感じていた腿の筋肉やこむらの筋肉が逞(たくま)しくなるのかと思っていたのだが、何と予想に反し、お尻の上の方が筋肉痛になり始めたのだ。このままこの運動を続けたら、お尻がきゅっと上に上がった魅力的なお尻に変身してしまうかも知れない。

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まだ雨を呼ぶ?

 ところが、世の中そんなに甘くはないので、腿もこむらもお尻も、思ったほど立派になんかなるはずもなかった。はるか昔だが、サッカーをしていた頃は、足は短いくせに、太ももだけが太かった気がする。当然、老化した現在の太ももは、細く哀れな状況である。

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子孫を作る営みか?

 しかし、運動の効果がないのかというと、そうでもない。ジャンプ運動を始めてついに裏庭に通じる少し段差のきつい階段を、足だけの力で上がれるようになった。情けないことに、立ったままズボンをはいたり脱(ぬ)いだりが難しくなっていたのだが、何とかそれができるように復活してきたのだ。小さな変化だが、少し希望が湧いてきた。


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足首の運動

 また、ジャンプ中に足首がぎくしゃくするという不具合が時々起こる。きっと足首も崩壊中なのだろう。この足首対策には、足を投げ出して座り、足首を上下に動かすという運動を始めた。座っていて立つ前に必ず50回程度この運動をしてから立つことを始めた。すると、これも少しずつ足首のぎくしゃくが薄れていった。


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手首の運動

 私は、昔から手首も細く哀れな腕をしているのだが、腕の筋肉崩壊のせいか、最近とみに腕時計がゆるゆるになってしまう。足首に続けとばかりに、手首の運動を習慣化しようと現在奮闘中だが、これは、なかなか手強い。結果が出ないのだ。ともあれ、あまり悩まずにトレーニングを重ねるのが、少しでも崩壊を少なくしていく方法なのだろうと思う。  
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2019年09月09日

863 崩 壊 中 ? 1

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ムラサキシキブ

 還暦を過ぎると、今までになかった様々な現象が起こってくる。確かに、思い返してみると、50代にも、少しずつ進行していたんだということに気付くのだが・・・。変化がはっきりと自分の目の前に姿を現し、やって来るのは、やはり、還暦を過ぎてからだろう。

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雨雲 ?

 気付いて最初に驚いたのは、裏庭に通じる石段が上りにくいということだった。今までは、意識もしなかったが、何と石段に片足をかけ、体を上に持ち上げるのに、かけた足を手で押すという動作が必要だったのだ。

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しめ縄作り始まる

 そこで初めて自分の置かれている現状を感じることができた。全く知識がなかったわけではないが、目の前で起こると、少し驚いてしまった。そういえばソファーから立ち上がる時も、手の力を借りている。それらを総合して考えてみると、いよいよ、自分が今までの日常から新しいステージの日常に赴(おもむ)いているような気がし始めた。


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クマゼミの夏も残りわずか

 たぶん、我々は、新しいステージに突入した現状と仲良くしていかなければならないのだと思う。それは、個人差はあっても、誰もが突入するステージだと思うからだ。健康オタクで、たくさんの健康番組を見るのが趣味になっている私なので、様々な情報が頭の中を駆け巡る。

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秋のヒマワリ


 その駆け巡る情報の中に、少し気になる情報があった。それは、血圧が高い人は、腎臓の中が壊れていき、腎機能が低下し、腎臓から分泌される筋肉を作る働きに貢献するホルンの分泌量が減るのだというのである。そうなると、仮に運動をしても、筋肉は増えないということになってしまう。高齢化してくると、誰しもおしなべて高血圧に突入していく方は、多いのだろう。


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紫陽花は2度咲く

 上記の理屈からすれば、血圧の高い人と高くない人を比較してみると、同じように加齢により筋肉量が減って、減り方を緩やかにするために、同じように運動をしても、血圧の高い人の方が、大きく筋肉量が減っていくという結果になるのは、明らかだ。薬は飲んでいるものの、私も、血圧の高い人間の1人なのだから、いつの間にか、普通の方よりも、細身で元々少なかった筋肉は、更に細くなっているのかも知れない。


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もうすぐ秋空?

 そう考えた日から、私の散歩のメニューに軽い両足ジャンプが加えられた。700m歩いて、木陰に来る度に、毎回10回程度のジャンプをする。少しも苦しいような運動ではなく、しかも、間違いなくジャンプは、足の腿(もも)やこむらの筋肉に刺激を与えているのが分かる。これで何とか改善できるのではなかろうか?甘いか?  
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2019年09月05日

862 味 噌 作 り 3

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大豆を蒸す

 量も多い、麦が蒸し上がったら、味噌作りも、ほぼ7〜8割は終わったことになるかも知れない。次なるステップは、少しだけ混ぜる大豆を蒸す作業になる。大豆の量が多くなると、麦味噌の良い所である甘さが失われていくらしい。逆に醤油作りでは、この大豆が主役になるらしい。

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大豆を冷ます

 大豆が蒸し上がったら、麦同様トジョウケに入れて冷ます。量が少ないので、大豆は一回で終わる。

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大豆を砕く

 大豆が冷めたら、少しずつフードプロセッサで砕いて、粉状にしていく。



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桶に入れる

 粉状にした大豆は、桶に移し、塩を混ぜておき、麦とは別に保存する。塩の量は味噌全体で、1割程度になるが、それを大豆に混ぜておくのだ。味噌になったとき、塩が全体の1割であればいいわけだ。



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麦の方は寝かされている

 既に蒸し上がって冷まされ、こうじ菌を混ぜた畳2畳分の麦は、倉庫に寝かされている。この混ぜたこうじ菌が発酵してくるまで、上に覆いをかぶせ、更に毛布などをかぶせておくと、発酵が進み、こうじの花が咲く。一定以上の温度より高くならないように、昼夜の別なく温度を測り、管理する。高くなりすぎるとこうじ菌が死んでしまうので、注意が必要だ。

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大豆は別に保存

 塩を混ぜ込んだ大豆の方は、桶のまま蓋をして保存しておく。麦の方の発酵が進み、花が咲いたら、塩の混ぜ込まれた大豆と混ぜて、味噌玉を作る。この味噌玉を最終保存する桶の中に入れ、空気が入らないように押さえていけば、仕込みが完了となる。

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宇和海は曇り空

 麦や大豆を蒸すのが、私の役目だった。花が咲くまでには1〜2日かかる。花が咲いたら、大豆や塩と混ぜて仕込めば、発酵はほぼ止まり安定する。少しずつ発酵は続くのだろうと思うが、それは、味噌の熟成ということになるのだろう。天が味方して雨が降らなかったので、何とか作業ができた。後日、電話で花が咲いた報せが来て、相棒だけが混ぜ込みと最後の仕込みのお手伝いに参加した。
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2019年09月01日

861 味 噌 作 り 2

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早朝にスタート

 味噌作りは、お父さんが元気な頃は、朝も4時頃から準備を始めていたようだが、私は朝が苦手なので、起きたのはやっとこ6時頃であった。幸い天気は、曇りではあったが、雨は降っていなかったので、予定通り始めることにした。

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蒸し始め

 竈(くど)などの準備は、お母さんがしておられたが、この日は、私がなかなか起きてこないので、火は既に相棒によって付けられて竈は燃えていた。この火の当番が私の役目だが、量が多いので、けっこう仕事はたくさんある。

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蒸気が上に通る

 お母さんが元気な頃は、もっとたくさん作っていたようだが、今年の作る味噌の量は、30kgらしい。30kgでも、これは、通常の量よりは、多いと思う。親戚の方々に配るには、少し少なくなっていると思われる。大変な作業なので、お母さんの現状を考えれば、仕方がないと思う。

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ザルに移して冷ます

 味噌は麦味噌なので、せいろで蒸すのは、ほとんどが麦である。餅米などと違い、麦を蒸す方が時間がかかると思う。一回せいろから蒸気が吹き上がったら、10〜15分そのまま蒸し続けた後、上のせいろと下のせいろを入れ替える。そのまま20分くらい蒸したら出来上がりで、それぞれザル(トジョウケ)に移して混ぜながら冷ましていく。

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倉庫に運ぶ

 冷めたら、倉庫の中に運び入れ、あらかじめ準備していたむしろやシートや紙を敷いて置いた床に移していく。


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畳1枚分

 3〜4回運ぶと、全体の半分くらいで、畳1畳ほどの麦が並ぶ。混ぜたり広げたりしながら、良いくらいに冷ましていく。麦にはわずかに米も混ぜてあるので、ほとんどが麦だが、米もわずかに入ったものを蒸していることになる。

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こうじ菌をまく

 畳1枚分の麦が並んだら、お母さんがこうじ菌をふりかける。ふりかける分量や塩梅は、お母さんしか分からない。それを上下左右丁寧に混ぜていき、菌がまんべんなく全体に行き渡るようにすれば、一段落となる。これからは、残り半分の麦を蒸す作業と次なる作業のステップに入っていく。
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2019年08月28日

860 味 噌 作 り 1

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鬼北から来たコキア

 予報では、天気には恵まれそうではなかったが、今回、味噌作りのお手伝いに風の国に出かけた。一日目は、やはり雨、夕方やんだので、お母さんの畑に上がり草引きをすることにした。味噌作りは、お父さんが元気な頃は、お母さんと二人で早朝から始めていたが、今回は、我々が前日から出かけて準備からお手伝いすることになった。

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ここはいったいどこ?

 畑に上がってみると、都合良く雨が降るので、畑はジャングル状態になっていた。いったい何が植えてあるのか分からない。仕方なく、手前から少しずつ草を引いていく。雨のため気温は低くなって、作業はしやすいのだが、蚊の総攻撃に合いながら、少しずつ引いていく。蚊は、真夏の暑い時期には、弱って人間を刺さないのだが、涼しくなると攻撃が激しくなる。


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カボチャ畑だった

 この二段目の畑で、草を小一時間引くと、植えてあるものが少しずつ見えてきた。どうやら、植えてあるのは、カボチャのようである。収穫はほぼ終わっていると、聞いていた。

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三段目の畑もジャングル

 三段目の畑も、カボチャが植えてあるようだが、ここもまた、ジャングルになっている。少し疲れてきたので、草も粗々(あらあら)と引いていき、ほぼ終了した。


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草の中からキュウリ発見

 草を引いた畑を眺めてみると、途中で発見したキュウリが1本あった。しかし、この赤い丸いものは何だろう。重しのように見えるが、何に使うのかは、不明だ。


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ラグビーカボチャ

 とうのカボチャは、ラグビーカボチャだった。もっと上の畑には、丸い普通のカボチャが植えてあった。

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これもラグビー

 結局、カボチャは、もう一個発見したが、収穫を終えた畑だったので、合計2個だけであった。私の2時間近くの労働は、この2個のカボチャのためだけか、と思うとちょっと力が抜けたが、ここはこの後お母さんが大根を植える畑なので、草引きも役に立ったかも知れない。明日は天気に恵まれて味噌作りになるだろうか?
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2019年08月24日

859 絵 本 1

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風の国の集落

 日本一細長い風の国のある半島、その断崖のような斜面に風の国の集落は、広がっている。半島の中でも、この集落だけ少し違う言葉が残っている。最近ではその昔の言葉も、薄れて来つつあるが、その言葉の中には、ひょっとしたら東北の言葉が混じっているのかも知れない。

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夏の海

 風の国の集落は、豊後水道に面していて、毎日、その海の絶景を見ることができる。夏の海は明るく、輝くようだ。また、この風の国の地区は、宇和島の伊達藩との繋がりがあるということも、昔から聞いているが、最近、東北からやって来た伊達藩との言い伝えのようなお話が、絵本になっている。なかなか難しい部分もあるが、その絵本を折に触れ、少しずつ紹介してみたい。

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表紙

 絵本の出だしはこうである。
 「♪ 回れ、回れ水車、遅く回れば堰(せき)が止まる  ぞ〜
  ♪ 十三から、これまでつれたる雌鹿(めじか)をば
   これの御庭に隠しおかれた〜

  日和(ひより)は砂浜の上で踊る兄貴、三郎太の鹿踊(しかおど)り、鬼剣舞(おにけんまい)を真剣な面持(おもも)ちで見つめていた。三郎太は鍛冶職人の見習いで、踊りは八幡町(はちまんまち)にある東光院(とうこういん)の踊大将(おどりだいしょう)、藤九郎(とうくろう)から直(じか)に教(おそ)わっている。」


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中表紙 1

 「あんにゃみたいにうまぐおどれねえ!」「あったりめえだ! おらだって藤九郎様にしこたまごっしゃかれてやっとここまで踊れるようになったんだど。ひよりがそう簡単に踊れるわげねえべ!」「んだども早くあの鹿頭(ししがしら)つけて、あんにゃみたいにかっこよく踊ってみてえな・・・」「あれ!多賀丸、どこさ行ったあ」


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中表紙 2

 仙台市泉区福岡地区には鹿踊と鬼剣舞は一対のものとして伝えられています。鹿踊は災いや病害虫を除き、五穀豊穣を祈願する踊り。また剣舞は悪魔退散、天下太平を祈願するものとされています。祖霊供養に家ごとに巡って踊られていたようです。


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二ページ目

 仙台藩では八幡町龍宝寺の塔頭(たっちゅう)・東光院が鹿踊・剣舞や田植踊などの庶民の芸能を管理しており、その踊大将藤九郎が鹿踊・剣舞の始祖とされています。
 伊達秀宗公が仙台から移った際にこの鹿踊なども伝わったと考えられており、踊り方や歌詞も福岡地区を始めとする宮城岩手に伝わる八幡堂系の鹿踊と共通する部分が数多くあります。


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風の国の海

 この絵本が、どういういきさつで作られたのかは、私には分からないが、子供に読み聞かせる類(たぐ)いのおとぎ話ではなく、風の国と東北との繋(つな)がりを探(さぐ)っていく過程で、その歴史の流れを物語的にまとめていったものなのかなあと感じる。物語は、また、忘れた頃に、続きをブログアップしたい。
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2019年08月20日

858 初 盆 

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ふうせんかずら?

 風の国の「ひのら」(前庭)にも、畑にもこの時期、「風船かずら」というのでしょうか?かずらではなく、細い木にできるので、風船の木と呼んだ方が良いのかも知れませんが、可愛い花?実?ができます。早いもので、とうとうお父さんの初盆になってしまいました。

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モウリョウ始まる

 13日には、佐田岬半島に伝承される、初盆の家を中心におこなわれるさまざまな盆行事のことで、無形の民俗文化財になっている 「モウリョウ」が行われた。

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呪文の白旗

 モウリョウは、海岸や寺の境内などに集まり鉦・太鼓に合わせて新仏の数だけ円を描くように回るものです。風の国の場合、地域の集会所の前にある地域のお寺の前の広場で行われる。

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白旗を持って広場を回る

 初盆の家毎に、その家にあてがわれた仏教の呪文が書かれた白旗を持って広場を回る。家族や親戚、故人にお世話になった知人などが、代わる代わる旗を受け渡しながら、鐘や太鼓の音にのって広場を回り続けます。

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刺身作り

 このモウリョウが終わると、それぞれ初盆の家は、家に帰り、宴の準備に入ります。私も、親戚からいただいたハマチをさばく仕事をいただき、魚をさばいて、宴の刺身作りに貢献しました。

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サザエもたくさん

 親戚の漁師さんからは、魚の外に立派なサザエも届いており、ヒノラに炭火を焚いている七輪で食べたい人が焼いて食べるシステムで、進みます。焼き担当の方もできて、それぞれに楽しんでおられました。


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記念撮影

 故人を偲ぶ宴も果てると、親戚内での記念写真を撮り、元気のある方は、盆踊りにも参加されたようです。  
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2019年08月16日

857 初 盆 準 備

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台風の波

 台風9号が九州方面へ来ている頃、お父さんの初盆に供えて直前準備に出かけた。風の国は、台風の東側、つまり、かなり離れていたが、西側を台風が通過して行ったので、海はたくさんの白波が押し寄せていた。


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白瓜

 風の国に出かける前日に、お母さんに頼まれていたお盆のお客さん用のスイカと毎年お母さんが粕漬けにする白瓜を求めて大洲にドライブした。隣のおっちゃん、おばちゃんを誘い、道の駅「あいたいな」とスパー「ラムー」を回った。


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大洲のスイカ

 スイカは、我が家の黒スイカも届けてはいたが、美味しい中身かどうか、自信がなかった。「あいたいな」で買えば、本場の大洲なので、かなりの確率で美味しいはずだ。「ラムー」も、店内を回ってみると本当に安いスーパーであることが分かる。やはり、初盆用のペットボトル茶を箱買いした。


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笹やホオズキも飾る

 前回苦労して組み立てたお精霊棚(おしょろだな)の飾り付けを完成する。柱の四隅に笹を飾り、前の2本には、クロチで採ってきたホオズキも飾る。

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棚の上はお母さんがこつこつと

 その他、位牌や写真、線香や線香立て、鐘などの仏壇セット、おりょうぐや団子、水をかける道具、前に吊すお札などは、お母さんが少しずつ用意されていた。

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灯籠も確認

 灯籠も、前回吊して点灯実験もしていたので、確認だけしてみた。


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「せど」を掃き清める

 親戚や仲の良かった方々がおいでになるので、ひのら(前庭)や家の周りの「せど」も掃除をする。「せど」とは、たてこんだ海岸辺りの家々の家と家の間の狭い隙間のスペースのことだ。人間が1人2人通れるくらいの路地である。


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神様用の木

 これは、榊(さかき)とは違うが、神棚などに榊の代わりにこの辺りで活けて飾る木である。クロチの畑に生えているので、ホオズキ同様摘んできた。


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床の間にも飾る

 床の間も神様が祀ってあるので、ここと神棚に飾った。お墓には花芝を飾るが、この辺りでは、椿の枝を飾っている。花芝も飾るのだが、椿の方が長持ちもして人気がある。

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灰をまくお手伝い

 帰りがけには、一斗缶に2つ分の風呂場の灰をお母さんの畑に撒(ま)きに行った。たった30mほどの坂道だが、足腰が弱ってしまっておられるお母さんが持って上がるのは、なかなか厳しい。ほぼ初盆の準備が終わり気持ちがすっきりした。   
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2019年08月12日

856 夏 の 農 園 3 

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怪しげな雲

 どうやら暦の上では、もう秋が立ったらしい。はたまた、虎視眈々(こしたんたん)と上陸を狙っている台風も、海上に待機している。既に抜けって行った台風もありで、空は、単純な夏空には見えないような少し怪しげな雲が出ている。

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台風一過

 とにもかくにも、台風が通過すると、台風一過、きれいな青空となって、地獄のような灼熱の天気が、畑を焼き始める。乾燥に弱い作物が、早速に反応して、ピンチに陥り始めている。

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生姜の芽

 通常5月に植える生姜は、1ヶ月ほど遅くに植えられた。今やっと小さな芽を出し始めたが、この生姜は、乾燥が嫌いで、せっかく出てきた芽が幾つか枯れてしまった。後手を踏んでいるが、雑草たちを草引きして、その根元に敷き藁(わら)のごとく敷く。また、やっかいだが、しばらくは、散水して様子を伺うことにした。

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枯れ始めた里芋の葉

 せっかく生長し始めた里芋の葉っぱも、乾燥が嫌いなので、葉っぱが弱って枯れ始めている。ここにも、雑草の敷き藁が必要なようだ。

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オクラの花

 一方、オクラ君は、最も木が大きくなり始め、毎朝収穫出来るようになった。オクラは、立派な花を咲かせ、授粉もしやすい野菜なので、あっという間にその一生を終える夏野菜でもある。まだ、今しばらくは楽しめそうだ。

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トマトも成功?

 秋が立ち、文字通りナスの木も、秋ナスの実を付け始めている。彼らは、予想通りの純粋に秋ナスとなり、我が家の食卓のメニューに登り始めた。始めに植えた長ナスは、勢いがなく小さな実しか付けないので、枝を切って肥料をやり、第2弾に期待しよう。



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既に天は高いのかも

 袋をかけたトマトは、湿気で腐ったものもあったが、赤く熟れたものは、甘くなり綺麗な実になっているものもあったので、一応、虫対策のこの実験は成功したと考えても良さそうだ。
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2019年08月08日

855 い だ て ん

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タイトル

 掲載の時期を逸したままここまで来てしまったのだが、実は7月に、あるお知らせの葉書が届いていた。それは、「いだてん」の講演会?トークショー?で、阿部サダヲが宇和島の南予文化会館にやって来ることになっていたのだが、その招待状であった。

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撮影不可なのでせめてポスター

 今年の大河ドラマは、あまり人気がなく、私も毎週見てはいたのだが、なかなか心が躍るということがなかった。この前半は、マラソンの父とでもいうような金栗 四三(かなくりしそう)の物語で推移する。

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パンフレット

 今、放送されている後半は、水泳日本の始まりに関わった田端政治(たばたまさじ)の物語として展開している。田端政治という人物は、東大を出て、朝日新聞社に入社し、水泳連盟の元を作り、オリンピックに水泳を参加させることに成功するという破格な人間で、大変魅力がある。


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何と最後は撮影OKに

 彼は、朝日新聞社の政治部記者であったが、オリンピック水泳の総監督を務めるという、これまた、破格の道を進む。また、オリンピック参加の絶対条件がその費用の捻出にあったとき、高橋是清に直談判に出かけ、そのオリンピック特別予算を作ることに成功してしまう。


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もちろん撮りまくる

 水泳が初参加したアムステルダムオリンピック水泳では、鶴田義行が金メダル、高石勝男が銀と銅、陸上の人見絹枝が銀メダルを獲得する。


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どんどんと

 この田端政治こと「まーちゃん」役を演じているのが、阿部サダヲさんである。阿部さんが宇和島に来るということで、その公演を見る権利を得るために2枚の往復葉書を出しておいた。そのうちの1枚が帰ってきて、美事抽選に当たったのである。


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フィナーレ

 講演は軽快、洒脱で度々会場が盛り上がる状態であった。1枚で2人行ける抽選であったが、私の友達は誰も興味がなく、行くと言わない。仕方がないので、相棒が渋々同行してくれた。結果は、渋々の相棒がおもしろかったという大満足で終わるものになった。オリンピック連覇した鶴田義行の御子孫が来ておられたり、阿部が客席まで、その御子孫へのインタビューに行ったり、なかなかないような会だった。宇和島出身のオリンピック選手についての話まで飛び出す最後を見ながら、四国で宇和島だけだった講演会の秘密もその辺にあったのかなあと感じた。
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2019年08月04日

854 夏 の 農 園 2

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夏野菜

 梅雨も上がったようで、今度は地獄のような暑さがやって来る季節になった。夏野菜の収穫もぼちぼち多くなり始めた。ただ、遅れている茄子に比べ、盛んに実を付けていたズッキーニが終わりを迎えつつある。



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里芋 順調

 長雨のおかげで生長を始めた里芋も、その葉っぱの大きさを増している。里芋は熱さに弱く、湿気を好むので、日照りが続くようになれば、対策をしなければならない。

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樋を付けてみた

 基本、苗以外は水をやらない畑の野菜たちだが、暑さが厳しくなると、種を蒔いた部分にも、水が必要になってくる。そこで思いついたのが、ハウスに短い樋(とい)を設置することだった。


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ゴミ箱でプール

 普段は、20mくらい離れている田んぼの用水路まで、水汲みに行って対応している。ハウスに樋ができれば、そこで集まった水をためておけば、水汲みが省略できる。使わなくなったゴミ箱でその水を受けてプールする。おかげで、今年は、水汲みで、少し楽をすることができた。

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巻きひげも枯れた

 6月25日に札を付けた黒スイカ、熟れる目安は、35日〜40日という日にち、たたくと、ぼんぼんという低い音、そして、実の付け根にある巻きひげが枯れている等であるらしい。見ればひげも枯れ、日にちも十分となっている。そろそろ収穫出来そうだ。


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虫にやられる

 今年たくさん植えた中玉のトマト、美事に実を付けたのだが、シャクゼンや10個ほど星があるテントウムシの餌食になって、その汁を吸われてしまう。おかげで実は、黄色い点々が付いたり穴が開いたり散々の状態になってしまう。


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ナイロン袋の効果は?

 それを防ぐために我慢できなくなって、ナイロン袋をかぶせてしまった。雨が続いたので、割れたり、腐ったりという2次被害に合いそうだが、誰もやらない思いつきかも知れない実験だ。

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可愛いバラを頂く

 野菜をお裾分けしているお家から、かわいいバラの苗を頂いた。我が家だけでは消費出来ない野菜君たちなので、喜んで頂くのが、とても嬉しい。
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2019年07月31日

853 初 盆 近 し

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廊下

 まずは、お掃除大好きさんのお掃除から始まった。「ひのら」に面した廊下がその場所になる。そこが、初盆のお精霊棚(おしょろだな)を設置する場所になる。


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お精霊棚

 若くして亡くなった甥っ子の時の棚の部品を、お母さんが2階から屋根に降りて取って来られた。行って頂ければ、私が取ってきたのだが、お母さんらしい。これは、親戚の大工さんが作られたようだが、木で作られているので、正確に作られているのだが、やはり、木なので、歪(ひず)みが生じている。


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灯籠

 その歪みのため、なかなかうまく組み立てることができない。仕方がないので、一段階ずつ白いガムテープで、動かないように止めながらやっと組み立てることに成功した。そして、次は、灯籠を組み立てる。こちらは、簡単に組み立てることができた。灯籠を灯す電気コードも設置して、準備OKかな。

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箱入りのお茶

 二週間ほど遡(さかのぼ)る週から、初盆に必要なビールやお茶などを買って、風の国に運んでいた。これは、本当は、私たちの仕事ではないのかも知れないが、段取りを見越して、必要と判断されたお母さんの指示であった。何事であれ、お母さんを助けることであれば、私は、嬉しい。

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岡の川のお地蔵さん

 この日は、午前中に精霊棚(おしょろだな)を設置して、午後は、お墓参りをすることになった。お墓に上がる前には、岡の川(地域の湧き水の川)で水を汲む。

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岡の川の水

 プールされた湧き水は、あふれた分がここから流れ、海に注いでゆく。どんなに日照りが続いても、この岡の川の水がなくなるのは、見たことがない。お父さんが、毎朝掃除をしていた地域の聖地である。

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ペットボトルに汲む

 水を汲んで、ペットボトルに注ぐと、その冷たさのため、ボトルはすぐに曇ってしまう。

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噴霧器

 三崎道の倉庫によって、除草剤を用意してお墓を目指した。お墓は、古くなった周りの囲いや床部分を修理し、古いお墓も磨いて並べる工事をしてもらった。



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明るくなった

 その工事も完成して、お墓は、すっきり明るくなった。このお墓のゴミ捨て場所や、道具を置く場所は、草が生えているので、除草剤を撒いておいた。余った除草剤は、お母さんが度々上がって来れないことを考えて、三崎道の畑や下へ降りる道などにも撒いておいた。

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中玉トマト

 この日のお手伝いを終えて、「ひのら」を眺めると、お母さんが育てている中玉トマトが、可愛く熟れて心を癒やしてくれた。


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霧の197線

 この日も、帰りの197線は、霧に包まれ、真夏の少し前の涼しい夏の装いだった。   

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2019年07月27日

852 夏 の 農 園 1

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ジャンボピーナッツ

 台風も手伝って、ずーっと雨が続いていた。日照時間が短く作物は病気やら害虫に食われたりで、その生長や実りは、芳(かんば)しくない。ぽりぽりかじるのが好きで植えているジャンボピーナッツも、元気よく生長はしているが、意外と立派な実になるものは少ない。何かコツがあるのかも知れない。

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オクラ

 風の国からやって来た6本のオクラも、雨のおかげで少しずつオクラの木に近づいている。彼らは大きくなり始めると、その葉っぱは顔よりも巨大になるくらい立派な成木になる。


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茄子

 茄子も少し生長してきたが、天候が悪いせいか、星が10個くらいあるテントウムシが発生して、葉っぱはレースのように穴が開き始めている。夏には間に合わずに、本当の秋ナスになる気らしい。

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アズキの花

 植えっぱなしのアズキ君に金(黄)色の花が咲き始めている。実るまでそのまま待つだけの作物なので、心の中で「がんばれよ」と応援するしかない。

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畑のインゲン

 蔓無しインゲンは、30本ほど植えていたのだが、実がつき始めると、次々と収穫出来るくらいの量で、とても我が家だけで消費することは難しく、御近所にも食べて頂いた。

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収穫したインゲン

 しかしその寿命も早く、一気にたくさん実を付けて、あっという間に終わってしまった。短い期間だったが、エースになってくれた。種が少し残っていたので、おもしろ半分で畑の隅に植えておいたら、かわいい芽が出ていた。恐るべき雨の力かな!


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ジャガイモ

 雨の合間の草引きに追われて忘れていたジャガイモ君は、すっかりその葉や茎が勢いをなくしていたので、掘ってみたら、もう十分に生長していた。北海道からやって来たピンク色のジャガイモである。

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赤タマ

 タマネギは、大失敗で、5月の収穫シーズンには、ほとんどのものが塔が立ち、がっかりしてしまった。掘るには掘ったが、半分あきらめて畑に転がしていたが、いつまでもそのままにはできないので、仕方なく持ち帰ってきた。

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白タマ

 失敗の原因は、苗をたてる時、肥料を2回もやってしまい、立派すぎる苗になったことであった。タマネギは、哀れな小さな苗の方が良いのである。早く植えすぎるのと、立派な大きな苗は禁物であるという学習をした。
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2019年07月23日

851 雨 の 日 の お 手 伝 い

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半夏生

 雨が続き、少しうんざりしているが、週末の風の国お手伝いには出かけている。我々が顔を見せるだけでも、お母さんは少しは気が晴れるかも知れない。雨の合間に、ふと我が家の柿の木の下を見ると、半夏生(はんげしょう)、夏の花が咲いている。そろそろ梅雨が明けて欲しい。

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次郎柿

 晴れ間が見える日に見上げてみると、次郎柿の実がだいぶ大きくなっているのが見える。毎年たくさん実を付けるのだが、ほとんどがこのくらいの大きさの時に落下してしまう。父が柿の栽培をしていたので、消毒をすれば良いのは分かっているが、なかなかできない。実が実るのを楽しみにしている方がいるので、今年は、1度だけ消毒をすることができた。

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少し生長

 拾ってきた山栗の木も3年目の初めての実を付け、少しその実の大きさを充実させている。何だかかわいい様子だが、彼らもそろそろ晴れ間を望んでいるように思われる。

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強烈!山椒

 友人にもらい、これも鉢植えで育てている山椒が、たくさんの実を付けていた。1粒かじってみると、強烈な味がして舌が痺れてしまった。


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半島の霧

 風の国は、そこここの山から、雨のための霧が海に向かって降りてくる。197国道は、この時期、この霧で見通しが悪くなる日が出てくる。密柑山へ行っての作業もできない。

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ザクロの剪定

 そこで、雨の合間を縫って、風呂の焚き口の横に生えているザクロの木を剪定することにした。かなり大きな枝を1本切ったので、少し明るくなった。

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切った枝

 切った枝は、風呂の焚き口に入りやすい長さに切って重ねて置いた。いずれ燃料になることだろう。すぐ上のお母さんの畑の石垣に、雑木が大きくなっている。これもご用命があったので、石垣の草と共に切ったり刈ったりのお手伝いとした。




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2019年07月19日

850 つ い に 完 成 !

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宇和海のフェリー

 梅雨の雨は続いているが、外で作業ができなくても、風の国のお手伝いには、出かけていく。運転免許を返納したお母さんは、日用品の買い物もままならない。相棒が電話でお母さんの注文を聞き、買い物をして帰るのも、我々のお手伝いになっているからだ。

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ホウセンカ

 そんな中、今回は、8ヶ月ぶりに完成したものを風の国に届けた。着いてふと見ると、風の国には、夏の花のホウセンカがもう咲いていた。本当に時が経つのは速い。

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ショウケースの土台

 昨年の10月に、お父さんは突然亡くなった。その折に、いつもお世話になっている運送屋さんが大きな伊勢エビを2匹、持ってきてくれた。彼は、運送屋と漁師も営んでいる。亡くなったお父さんを思い、いただいた伊勢エビなので、何とか残したいと考えた。


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ショウケースの蓋(ふた)

 前にも彼からもらった伊勢エビを、おもしろ半分で剥製(はくせい)にしたことがある。それを思い出して、残すにはこの方法がベストだと気付いた。まず、慎重に間接を外しながらエビを分解する。次に中の身をうまくほじくり出す。もちろんその身は、食用になる。


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プラスチックの板を入れてみる

 身が全て取り出せたら、良く洗って乾燥させ、少しずつボンドで接着しながら組み立てていく。今回はそれで終わらず、ある親戚の方の一言で、エビを入れるケースを作ることになった。これは初めてで、手探りで作り始めた。


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うまくエビが納まった

 ケースは、ショウケースだから、中が透けて見える透明のプラスチックの板を張ることにした。骨組みの材料は、厚めのベニヤや模型用の棒などを駆使して透明な板がはまるように溝を掘り、やっと完成。ここからが大変で、人工の漆(カシュー)を限りなく重ねて塗っていく。時々ペーパーで磨いて、更に塗り重ねていく。

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これも夏の花

 その根気の要る作業も終えて、風の国に今回持って行った。完成までに何と8ヶ月、慌てず騒がず頑張った。しかし、エビも大きく、このショーケースも大きいので、座敷の床の間には、大きすぎたかも知れない。しばらくは記念として置かせてもらうことにした。
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2019年07月15日

849 雨 の 農 園 2

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収穫したトマト

 これは、家に持ち帰ったトマトたちである。一見美味しそうに見えるのだが、色が赤くなっても、甘みが足りない。やはり、ハウストマトには負けてしまうのだ。こう雨が続くと、仕方がない。


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大きくなってきた黒スイカ

 スイカも、いつもの場所に植えたが、種を蒔くのが遅すぎて、人工授粉したのに4つしか実ができていなかった。しかも、そのうち2つは、10cmくらいになって大きくならなくなったので、よく見ると、腐ってしまっていた。残念。

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トウモロコシの網(あみ)

 トウモロコシは、植えっぱなしにすると、カラスがつついて食べてしまうので、周りに網を張り、上には釣りのテグス(釣り糸)を張っておくと、嫌がってやって来なくなる。羽根にテグスが当たるのが嫌なのだ。

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収穫したトウモロコシ

 しかし、肝心の天気が悪いので、生長が悪く、粒が小さめのものばかりであった。50本ほどスイートコーンを植えていたのだが、収穫出来たのは、30本くらいであった。雨で授粉していないものも、たくさんあった。

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やはり哀れ!

 最初に植えた茄子君は、木も大きくならず、哀れな細い実がなっている。茄子は、乾燥が嫌いなので、この雨は、良い方に働くはずなのだが、一向に大きくならない。日照時間が短いからなのかも知れない。


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まだ 雌花(めばな)が咲かない

 カボチャ君も、スタートが遅かったので、何とか蔓を伸ばし始めたが、雄花ばかりで、一向に雌花が咲かない。これでは、人工授粉もできない。カボチャになるんだろうか?


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巨大な大豆の葉

 これは、第1弾で植えた大豆の葉っぱであるが、その大きさは、半端なく、巨大である。植えた土地が肥えすぎていたのかも知れない。まだ、花は咲いていないが、うまくできないかも知れない。


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牛糞を撒く

 一方、タマネギを収穫し終えた場所は、草を引き、マルチも取り外し、耕した。牛糞や苦土石灰も撒いて、更に耕して混ぜ込んだ。タマネギの植え付けは、10月以降なので、そこまでは、時々、耕して畑を休めておく。ここは、雨で土と肥料が馴染(なじ)んでくれると思う。  
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2019年07月11日

848 雨 の 農 園 1

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モモタロウ

 このところ、遅れてきた梅雨のような状況で、雨の日が続いている。雨は、農園の野菜君たちには、概(おおむ)ね優しいのだが、降っていると、農園での作業ができない。雨がやんだ合間に、時々、夏野菜の様子を見に出かけてみる。

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大豆 第2弾

 トマトも色づき始めているので、収穫も近い。還暦を過ぎて、崩壊中の体だが、筋肉を落とさない効果が大きいという大豆タンパク質について学び、不純な動機で、今年は大豆を植えてみた。種が余っていたので、新たに収穫を終えた部分に、更に植えてみた。雨の恵みで、すぐに可愛らしい芽が出てきた。ガンバレよ。

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ニンジン

 ニンジンは、金時ニンジンが種になりつつあるが、間に合わないので、普通のオレンジのニンジンを植えておいた。これも、雨のおかげで、しっかり芽を出し育ちつつある。


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ジャンボシシトウ

 買ってきた苗を1本だけ植えておいたジャンボシシトウ、けっこう育ちが良くて、立派な実を付け始めている。その大きさは、私の手の平の大きさを越えるサイズになりそうだ。

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遅れてきたオクラ少年

 オクラは、植えるのが遅かったので、収穫もまだまだ先になりそうだ。風の国のヒノラに、植え終わって余ったオクラの苗があったので、いただいて帰り、植えたものだ。


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茄子

 ナスビは、種から育てたものだが、やはり、種まきが遅くなり、やっと、苗を植えたばかりの状態だ。雨の恵みで早く大きくなって欲しい。

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新人 中玉トマト

 これは、今年初めて種から育てている中玉のトマトだ。うまく育って赤くなり始めているが、ハウス内ではないので、雨が降ると割れてしまい、虫がやって来ては穴を開けてくれる。仕方がないので、早めに収穫して家で赤く熟らす。おかげで、味は甘くならない。水をやらずに、完熟させるのが、美味しいトマトの育て方なのだが・・・。


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エース ズッキーニ

 私の得意のズッキーニが、エースになり始めた。10本くらいできると、寿命が来てしまう短命な野菜だ。今を楽しむために、毎朝授粉に出かける。虫が花粉を運んでくれにくい野菜なのだ。
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2019年07月07日

847 た だ 今 崩 壊 中

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紫陽花

 一週間以上雨が続いて、うんざりしていた頃、やっと晴れ間が見えて、夏の太陽が顔を出し始めた。紫陽花も、そろそろ終わりを迎える頃だ。先日、我が愛車の軽四トラックのスライドドアーが壊れ、走行中にドアーが開いてしまうという問題が発生してしまった。

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屋根の錆発見

 我が愛車は、松野のモータースで調達した中古車だが、もうかれこれ10年以上乗っている。ふと車の屋根を見たら、何と言うことだろう、屋根が錆びてきているのだ。ドアーが壊れた折には、ひもで縛って、走行中、ドアーが開かないようにしていた。ガソリンスタンドで、「車も人間も崩壊中だ。」と冗談を言うと、「まだ、早いですよ。」と笑われた。

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アップで見てみると

 そのガソリンスタンドのお世話で、ドアーの方は、修理が完了してホットしていたのだが、今度は天井問題が発生してしまった。高いお金を出して塗り直してもらうほど、いい車でもないので、自分で修理してみることにした。

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境目をセロテープで

 モータースで、プロの方がやっている作業を思い起こし、まず、天井との境目の窓ガラスやボディの横などにセロテープを貼っていく。この作業が細かくできたら、ペンキが外にはみ出すことを防ぐことができる。

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更に新聞でカバーする

 それができたら、新聞紙をそのセロテープの上に貼り付けていく。新聞紙の幅だけ、ペンキを防ぐことができる。天井以外の部分をぐるりと新聞紙でカバーすることができた。後は、ペンキを塗るだけだ。

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スプレーペンキを調達

 ペンキは、オートバックスに調達に行った。残念ながら、この車のメーカーのこの型式のペンキは、既に販売されていなかった。仕方がないので、似たような色合いの銀色のペンキに決め、スプレーのボンベを3本購入した。足りるかどうかは分からないが、出費は、3,600円程度であった。



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塗り終えて完成

 雨がやんだのを機に、スプレーペンキで天井を塗っていった。天井は錆びた上に、その錆びた部分がでこぼこになっていたが、かまわず、塗っていった。プロの方は、細かいサンドペーパーなどで表面を磨いた上で、塗っていくはずであるが、私の場合、一時の気休めのようなものなので、錆びた色が見えなくなっただけで、満足をした。ふう!とりあえず、完成だ。
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2019年07月03日

846 本 格 的 な 夏 近 し

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サンチク

 今年、自分を褒めたいくらいタケノコ採りに熱中した。4月は孟宗竹(もうそうちく)、5月になるとハチク、5月の後半からはサンチクという虎斑(とらふ)というか、ヒョウ柄が入ったタケノコが採れる。風の国のお母さんが大好きなので、熱心出かけた。

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ムラサキツユクサの花

 免許も返納し、足腰が不自由で動きづらくなっておられるお母さんの話友達方にもあげられるように頑張ったのだ。風の国の石垣には、この時期、ムラサキツユクサが咲き始める。これも夏近しなのだろう。

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夏の海

 蜜柑山から見える半島の海も、色がずいぶん明るくなって夏の海になってきた。

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 大潮の折には、いつもより沖の方まで潮が引くので、磯をしに行く人がいる。消毒などのお手伝いをしてくれるS君も、磯が大好きで、大潮の時には、潜ってサザエなどを採るらしい。S君のお姉さんも大好きなのだと聞いている。彼女は潜らないが、ニナなどを採るらしい。

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漁師さんの船

 漁師さんも、様々な漁をしているが、今年は、不漁だと聞いている。我々素人は、せいぜい波止からゼンゴ釣りをするくらいだが、最近はそのゼンゴすらあまり釣れないのが現状らしい。


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紫陽花

 ふと見ると、伊予柑畑の上の段に紫陽花が美事に咲いていた。伊予柑畑も、1度は草刈りをしたが、夏はすぐに草が生えてくるので、先日、除草剤を撒いた。除草剤を撒くと、しばらくは、草の勢いが納まる。


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珍客

 うち捨てている馬の背の畑には、様々な蜜柑の木が植えられているが、甘夏(サンフル)は、ここにしかないので、親戚などにあげる分は確保したい思いがある。しかし、うち捨てられた畑は、ジャングルと化し、なかなか立入れなくなっている。せめてモノレールの近くだけでも、少しは開拓しておかなければならない。必死の作業になる。作業から倉庫まで帰ってみると、馬の背で乗り込んだと思われる珍客が軽トラに便乗しておられた。


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持ち帰った紫陽花

 風の国の紫陽花を、鬼北まで持ち帰り、相棒が水切りをして玄関に生ける。結構長持ちをして目を楽しませてくれる。これも、いいもんだ。更に暑い夏もすぐそこまで来ているだろう。
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2019年06月29日

845 梅 雨 に 突 入

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空梅雨の夏雲

 ついこの間まで、空梅雨で経過していたのに、急に梅雨に突入してしまった。散歩の運動公園でも、ぎらぎら太陽に焦がされ、夏雲を恨めしく見上げていたところだった。降り出すと、熱帯低気圧がやって来て、雨が続き始めた。


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延び始めたスイカ

 農園では、遅れてきた夏の英雄、スイカ君が、ぼちぼちとその蔓を伸ばし始めている。人工授粉を試みていたら、よく見ると、実が4個大きくなり始めていた。大成功だ。遅れて植えただけに、授粉を虫だけに任せておくわけにはいけないと朝のお仕事にしていたのだ。


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大豆も急成長

 健康オタクで、大豆タンパク質が体に良いと聞くと、早速(さっそく)、畑の片隅に大豆の種を蒔く単細胞の私だ。大豆は根粒菌のおかげで、痩せた土地でも立派に育つ。ただし、花が咲き実になる頃には、少し雨が降る方が良いのだと聞いている。今回の雨は少しではなく、たっぷりになりそうだが・・・。ともあれ、順調に育っている。

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花からイガに

 2年ほど前、山で拾ってきた山栗を鉢に埋めておいた。すると、何と「桃栗3年、柿8年」あの言葉通り、3年目の今年、花が咲いたのだ。先日、ふと眺めてみると、その細長い花の付け根に、可愛い栗のイガができていた。



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かわいいイガ

 栗の花は、白っぽいクリーム色をした穂のような花だが、一体どのように実になるのかは、観察したことがなかった。今回、その機会を得て、眺めてみると、花の付け根は、イガの付け根の中に入っている形になっていた。恐らく、花が授粉すると、花の付け根が膨らみ、イガになるのだろうと、推理することができた。


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カラフル

 雨ばかりになったので、外での作業ができない。1日目は、骨休め、しかし、2日目になると、退屈をしてくる。夕方になると、作業はできなくとも、日頃の農作業の御褒美に焼酎を頂くことにしている。ある方から送って頂いた焼酎セットの中に、大変カラフルなものを見付けた。目で楽しみ、舌で楽しむことができ、少し憂さが晴れた。


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良い花だ

 雨はうっとうしいが、野菜たちには欠かせない。ある家のお庭に、とても爽やかでかわいい白い花が咲いていた。紫陽花も、雨に似合うが、この花もこの時期にぴったりの良い花だと思う。あれこれ雨に負けないように、心を動かしてみた。   
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2019年06月24日

844 ち ょ っ と 休 憩

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尻割れ山(高月山)にかかる雲

 梅雨のシーズンなのに、空梅雨のような天気が続いている。昨年のような豪雨もごめんだが、空梅雨もまた、農園の野菜たちが元気を失うので、困る。鬼北から見える尻割れ山、(高月山)に雲が懸かると雨になると言われている。しかし、この最近、尻割れ山に雲が懸かっても、雨にならない例外にも、何度も遭遇している。世の中は、ままならない証拠かも知れない。


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菖蒲1

 そんな中、相棒に誘われて、南楽園に出かけることになった。まだ、菖蒲の花を観賞できるかも知れないし、やすらぎ温泉で、少し心の洗濯でもしてみるか、という発想であった。お互いそれぞれの友達と出かけることはあるが、一緒に出かける機会はあまりない。


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菖蒲2

 昨年は、風の国のお父さんと菖蒲を見にやって来た。もっと早い時期だったので、花は十分に鑑賞に堪えられるくらい美事に咲いていた。

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菖蒲3

 しかし、今回は、時期が少し遅かったからだろう、花の数は少なくなっていた。花が終わり、しぼんでいるものや、既に実を付けているものが多かった。それでも、週末、農作業に追われる日々なので、心がリフレッシュしていくのが感じられた。


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風鈴1

 ロビーでは、風鈴展も行われていて、半端ない数の風鈴が揺れていた。オーソドックスなものも、何百と飾られていた。

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風鈴2

 また、独創的な大型の風鈴も、天井から吊されていて、いろいろ楽しむことができた。

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風鈴3

 残念ながら、やすらぎ温泉の方は、休館状態であったので、仕方なく営業していた道の駅的な売店を覗いて、帰途についた。近場のドライブではあったが、ほんの少し心が解放された気分になることができた。
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2019年06月20日

843 蜜 柑 山 に も 夏 到 来

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風の国

 宇和海に面した風の国にも夏がやって来始めた。蜜柑山での農作業も、照りつける太陽にぎらぎらとさらされ始める。熱中症にならないように焦らずゆるゆると進めるしかない。

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収穫前の甘夏

 ちょっと前まで、甘夏柑がたわわに実のる光景が見られたが、今では、ほぼ収穫が終わり、農作業は、消毒をする時期にきていると思う。我が家の甘夏は、捨てられた馬の背の畑なので、既にジャングル化が始まっている。

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消毒の薬たち

 当然、捨てられた馬の背の消毒は行わない。伊予柑やデコポン、清見などの畑は,S君に頼んで消毒をしてもらう。消毒は、薬がきついので、我々のお手伝いはできない。その分、お金を払って消毒をしてもらうので、収入はマイナスになっていくことだろう。

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消毒を薄めるタンクの水

 それでも、しんどかった草刈りを終え、勢いを増してくる夏草を押さえるため、除草剤を撒く必要がある。前回撒こうとして噴霧器のエンジンを1時間以上操作したがかからなかった。よく聞くと、消毒液を入れていないと、エンジンはかからないのだそうだ。私の頭の中で「ガ〜ン」と鐘が鳴った。がっくりした。


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エンジンに使う混合ガソリン

 そういえば、私は、それを知っていた気がした。何とお粗末な頭脳だろう。忘れていたのだ。液を入れてかけてみると、一発でかかった。おかげで、クロチの畑は、2日間で消毒を終えることができた。

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収穫した梅

 続く垣内作りの畑は、翌々週、午前、午後で撒き終えることができた。噴霧器は、液が20L入る。以前、20Lでやったこともあるが、情けないことに、20Lを背負うと、立ち上がることが非常に困難になってしまう。仕方がないので、半分の10Lにして消毒をする。それでも、筋肉の衰えた私は、ふらふらしながらやっている現状である。


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サボテンの花

 帰る頃には、隣のお家の石垣に植わっているサボテンの花が咲いていた。一夜限りの花のようで、翌日にはしぼんでしまう。たくさんの花が一斉に咲いている様子に遭遇することは、週末だけやって来る我々には珍しい出来事かも知れない。帰る前の一仕事で、相棒が馬の背の梅を採ってきた。お父さんが作っていた枝をひかえるカギがあったので、うまく採れたと言っていた。お父さんの力を借りたこの梅の収穫には、お母さんもことのほか喜んでくれた。何か不思議な縁を感じた。
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2019年06月16日

842 農 園 に も 夏 近 し 3 

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摘んできたツルムラサキ

 いつの間にか6月も半ばを過ぎ、降る雨も梅雨の雨の状態になっている。こうなると、昨年の豪雨の悪夢が蘇ってくる。畑が池のようにならないように祈るばかりだ。それでも畑の野菜君たちは、たくましく生長しているものもある。それがこの「ツルムラサキ」で、ほうれん草と同じようにおひたしや炒め物にしてもとても美味しい。たくさん芽が出ているので、摘んできては、私の昼食に貢献している。


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まだ小さいピーマン

 ピーマンも、まだ、背丈は低いが、しっかりと実を付けて、将来のエースになってくれそうだ。種まきの時期が遅れたのと、発芽率が悪かったので、少し心細い。

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やっとこ育っている茄子

 茄子君は、先行して植えた3本が、少し哀れな状態で、ゆっくり生長している。基本茄子は、乾燥が嫌いなので、敷き藁をしたりするのだが、忘れてマルチもかけなかった。大丈夫かなあ?

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まだまだひ弱なオクラ

 オクラも発芽が遅れ、植えたら虫に茎をかじられたりで、生長もしていないし、哀れ組の方だろう。好きな野菜なので、頑張って欲しい。



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エースになれるかインゲン

 これは、今年のエースになってくれないかと期待しているツル無しインゲンだ。上に延びない分、少し周りにはみ出してくる予感がする。頑張ってエースになって欲しい。

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まだ網の中のズッキーニ

 これは、毎年、エースになって、御近所に食べていただくズッキーニだ。これも、種まき植え付けが遅れ、まだ網の中だが、頑張って例年通り活躍して欲しい。


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トウモロコシは集団栽培

 これは、いつもは、スイカの周りに植えるスウィートコーンだ。今年は、1カ所に20〜30本まとめて植えてみた。カラスが悪さをするので、周りに網をして、上には釣りのテグスを張っておく。スイカも同じように栽培している。集団だと、授粉がうまくいくメリットがある。


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やっと芽を出したコンニャク

 最後は、芽が出ないのかと心配していたコンニャク玉、6月になってやっと顔を出した。どうやら、私が芽が出る時期を忘れていただけのことらしい。いつもの夏野菜だが、雨などの被害に遭わずに、順調に育って欲しいものだ。
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2019年06月12日

841 農 園 に も 夏 近 し 2

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ジャガイモの花

 ジャガイモは、いつも収穫したものを、少し残しておいて種芋(たねいも)にする。そのせいなのか、あまり立派なジャガイモにならないことが多い気がする。そんな中、赤いジャガイモだけは、遠慮なく太って立派な芋になる。ひょっとしたら、赤ジャガは原種に近いからなのかも知れない。


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ニンジンの花

 ニンジンは、あまり収穫して食べないうちに、花が咲き始めてしまった。立派な白い花が、花壇のように咲きそろっている。仕方がないので、種にしてしまおうと、眺めている。


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塔が立ったゴボウ

 ゴボウも春に花を咲かせないために、11月に種を蒔いて育てるが、中には、塔が立って、花を咲かせようとしているものもある。これも、自然の摂理に任せて種になるのを待つことにした。


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初めて植えた小豆(あずき)

 今年は、何を思ったのか、豆に興味を持って、初めて小豆を植えてみた。ほんの狭い面積だが、1カ所に3粒ずつ大豆のように植えてみた。はてさてどうなることやら。

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ジャンボピーナツ

 いつものように、ピーナッツも、ジャンボピーナツを植えた。案外、発芽率が悪いので、出てこなかった所には、もう一度種を植えた。ジャンボピーナツだからジャンボになるかというと、そうでもなくて、ジャンボな実もできるよくらいに考えておくと、がっかりしないで済むだろう。

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情けないトマト

 トマトは、ハウスを止めて路地に植えている、雨が多そうなので、うまくできないかもしれない。今の状態では、あまり立派な育ちぶりではなさそうに感じられる。

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栗の花

 農園の横では、地主さん家の栗の花が咲いている。その木の下にも私が育てているものがあるので、花はまだいいが、イガが落ちてくるようになると、危険な畑に変身してしまう。季節はどんどん進んでいく。
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2019年06月08日

840 農 園 に も 夏 近 し 1

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お気に入りの紫陽花

 運動公園に向かう道端に、私の気に入っている紫陽花がある。風の国よりも遅いのが、鬼北の紫陽花だが、この紫陽花は鬼北でもいの一番に咲く。しかも、色が青やらピンクやら紫やら、様々な花が一時に咲くのだ。1本の木のようだが、寄せ植えにしていたのかも知れない。


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収穫したニンニク

 9月に植えたニンニクも、茎が枯れ始めたので、5月の末に収穫をした。マルチで育てたため、追肥をやらなかったためか、かわいいサイズのものが多かった。Nちゃんに黒ニンニクにしてもらえれば、良いのだが・・・。


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赤玉

 10月に植えたタマネギは、大失敗、ほとんど塔がっ立ってしまった。苗を育てるときに、化成肥料を撒いたのが、いけなかったようだ。大きな苗のものは、塔が立つシステムが働くらしい。

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白玉

 それでも、捨てるわけにも行かないので、調理するとき、中心の芯を取り除いて使うしかない。十分タマネギの味わいを満喫することはできる。来年こそ、がんばっていいタマネギを作りたい。


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日よけ

 佐田の岬の道の駅で購入したサツマイモの苗を植えた。昨年は雨が降らずに、何本か枯らしていまった。そこで、畝の南側に日よけを付けた。これが大成功で、元気に100%の苗がついた。嬉しい!


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美事についた!

 この方法は、散歩で出会うお爺さんがやっていた方法だが、さすがの方法だと思う。南側を隠すというのがミソで、直射日光を防ぐので、完璧な方法だと思う。

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レタスも立派

 4月頃にJ君からもらったレタスの苗が立派なレタスに生長していた。レタスは、短期間にたっぷり肥料を与えて育てると、立派な玉を作る。ただ、雨には弱いので、何回か雨に当てると、腐っていく。夏近しの収穫と作業だが、この太陽の熱さは、何とかならないだろうか?
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2019年06月04日

839 お 顔 を 見 に

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母の日に贈った紫陽花

 今回のお手伝いは、土曜日に佐田の岬ウォーキングがあったので、日曜日の日帰りだけとなった。ウォーキングには、相棒たち仲間4人が参加、8kmほどを歩いたらしい。Nちゃんは46kmくらいあるフルコースを歩き、27番くらいでゴールしたらしい。素晴らしい。


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紫陽花1

 日曜日は、天気も雨で、お手伝いにならない状態であった。仕方がないので、風の国の紫陽花を眺めて過ごした。

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紫陽花2

 紫陽花は、中には色づいた花もあるが、まだ少し、鑑賞するには早い状態である。しかし、うす緑の花も、なかなかいいもんだ。

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紫陽花3

 うす緑から少しずつ色づいていく様子を観察するのも、おもしろい。どこか人生を眺めている風情もある。

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紫陽花4

 我が家の紫陽花は、まだまだもっと小さいつぶつぶ状の花だ。やはり、少しだけ鬼北よりも、風の国の方が季節が早くやって来るようだ。

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紫陽花5

 もう、お母さんは、なかなか上がれない上の畑なので、返すつもりでいた畑がある。しかし、我々がサツマイモの苗を買ってきたので、そこにサツマイモを植えることにしたようだ。私が草を引き、相棒が耕していた。今回、行ってみると、お母さんは頑張ってサツマイモを植えたらしい。その後の雨なので、素晴らしいタイミングであったと思う。

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収穫した枇杷(びわ)

 やることもないので、小雨をついて、私は枇杷の収穫をした。高い木なので、長バサミを使って、届く所だけ収穫した。お母さんを訪ねてくれるお友達にあげたり、我々がお土産にもらったりする。お父さんがおられた頃は、様々な場所に配っておられたと聞いている。繋がりやら交流に貢献できれば嬉しい。結局、お母さんのお顔を見るだけのお手伝いになった
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2019年05月31日

838 も は や 夏

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睡蓮の花

 5月の空は、昔は五月晴れで、爽やかな空の代名詞であった。しかし、今年は、5月というのに、早々と30度越えの真夏日が続く。我が家の睡蓮も花を咲かせ始めている。

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ハチク

 お母さんの好きなタケノコの確保第2弾、ハチクのシーズンになり、早起きをしては、タケノコ採りにいそしんでいる。昨年の豪雨の影響で、河川敷の竹は、軒並み倒れてしまって、竹藪に入ること自体が、かなり困難な状況になってしまっている。それでも、大きな体を折り曲げながら頑張って、タケノコを確保している。


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お母さんの赤タマ

 風の国の上の畑で、お母さんに代わって、相棒がタマネギを引く。私は、上の道まで運び上げ、下の倉庫まで軽四で運び、倉庫の中に並べて乾燥させる。力仕事なので、これは、私の担当になったのだ。


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噴霧器

 午後は、クロチの草を除草剤でやっつける。1度草刈りはしたが、夏の草の勢いを止めるには、除草剤も必要となる。しかし、噴霧器のエンジンは、1時間もかけ続けても、うんともすんとも言わない。

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カボチャ

 仕事にならないので、草刈り機を持ってくる。重労働だが、仕方なく草刈りに変更して土日の2日間を頑張る。クロチの8割を終える。


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キュウリ

 草の中から、カボチャやキュウリの苗が現れる。昨年、お母さんがカボチャやキュウリを植えていた辺りなので、己(おのれ)生えだろう。お母さんは、今年は、もう、クロチに来ることも難しくなっている。

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露草の花

 2日間のお手伝いを終えて、ふと見ると、岡の川の木立の影にたくさんの白い小花が咲いているのを発見。近づいてみると、ツユクサの1種のようだ。そういえば、この時期の畑には、露草が蔓延(はびこ)ってくる。人間は、草と闘いはするが、所詮(しょせん)草を超えることは、できないと思われる。
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2019年05月28日

837 夏 の 日 に 向 け て

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ひのらの花1(つつじの仲間?)

 どんどん気温が高くなり、日本列島には、5月だというのに30度を越える日が次々と押し寄せてくる。昨年の豪雨もその1つだと思うが、地球温暖化の印は、毎年、新たなる兆しを連れて来るようだ。

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ひのらの花2(この花は、紫から白になる)

 風の国のひのら(前庭)には、花の世話を趣味にしていたお父さんがお世話をしていた植物がたくさん並んでいて、次々と花を咲かせる。お母さんも花好きで、母の日に送られた花などを大切に育てておられる。


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上の畑(草だらけ)

 お母さんは、畑で野菜を育てるのが楽しみで、本当にどの野菜も、立派な野菜ができるので、お母さんとお話しをする時は、ついつい野菜作りのお話になってしまう。お母さんの膝や腰は、もう限界にきていて、すぐ上の畑でさえ、上がるのは、難しくなっている。


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びわ(上の畑には、枇杷も)

そんなわけで、収穫、肥料やり、草刈り、摘果などのお手伝いはしていたが、お母さんの畑のお手伝いは、したことがなかった。しかし、運転免許も返上してしまい、上の倉庫に上がったり、上の畑に上がったりするのは、むずかしくなり、上に上がると、その日は足がうずく事が多くなっている。そんなわけで、我々がお手伝いに行くと、お母さんの畑の草引きなどのお手伝いをすることが増えてきた。相棒は、お母さんの子供なので、そのへんの事情が良く分かり、そのお手伝いをする方向が生まれてくるのだと思う。


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茄子を植える

 上の倉庫の横の畑には、お母さんが茄子などの夏野菜を植えていた場所だった。免許も返上し、100段近くもある階段を登ってお母さんが畑の世話をすることは、今では本当に難しくなっている。


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カボチャを植える

 ある日、その畑の草引きを頼まれた。半日、草を引き、午後から茄子とカボチャを植え付けた。カボチャの周りには、スイカの敷き藁のごとく、引いた草を敷き詰めてお手伝いを完了した。

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ブラシの花

 茄子もカボチャもお母さんがいつも植えていた場所なので、うまく育ってくれると嬉しい。いつもの年のようにいつもの夏野菜が収穫出来れば、お母さんも嬉しいのではなかろうか。我々が帰る頃には、ブラシの花が鮮やかに咲いていた。
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2019年05月24日

836 感 謝 の 日 も 終 わ り

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たけのこ

 人生で母親に何かプレゼントしたことは、1度しかない。新聞屋さんで働いていた19歳の時、人生最初の給料をもらった折に、それを実行した。確か籐で編んだ買い物籠と財布を送った気がする。以来、母が亡くなるまで、プレゼントらしきものは、あげたためしがなかった。

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不思議な花

 その後悔の思いをずっと心の底に置いたまま、生きているような気もする。風の国のお父さんやお母さんのお役に立てたらという原動力の1つに繋がっているかも知れない。表だっては言葉にはできないが、お母さんの好きなタケノコを調達したりすると、少し満足してしまう。

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蜜柑の花

 風の国お手伝いに出かける時、三間の田んぼで不思議な光景を目にした。田んぼ一面に吾亦紅(われもこう)のような赤い花が咲いていたのだ。昔、田植え前の田んぼにレンゲが植えられていた様子に似ている。ひょっとしたら、同じように田んぼに良い肥料になる植物なのかも知れない。

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使わせてもらってます

 風の国は、収穫の順をたどるかのごとく、伊予柑、ポンカン、デコポン、清見、サンフル、と次々と蜜柑の花が咲き、そこら中、花の香りで満たされていく。ある日、私のかぶっていた帽子が汗になっている様子を見て、お母さんが、お父さんが使っていた帽子を渡してくれた。風の国へ行った時は、その帽子をかぶって作業をする。お父さんの使っていたスリッパなども、お借りして動く。ささいなことの中に、感謝の気持ちが湧いてくる。

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蜜柑の新芽

 畑では、花に加えて、蜜柑の新芽が、新鮮なお茶の新芽のように延びていく。毎年繰り返される光景だが、この時期は、畑も命の営みに充ち満ちている。


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昼食

 コンビニ調達のサンドイッチとコーヒーで昼食を取る。畑で昼食を取ると、作業時間を増やすことができる。草刈りなど、時間のかかる作業の時は、この方法に限る。作業が出来るのは、週1なので、これに勝るものはないような気がする。

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母の日の花

 風の国のひのら(前庭)には、皆さんから、母の日のプレゼントの花々がいくつも届いている。何だか心がほっこりとしてくる。
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2019年05月21日

835 久 々 の 登 山 2

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高山植物 4

 土小屋の駐車場までは、面河渓谷から石鎚スカイラインを車で登る。地図で確認すると、このスカイラインは、石鎚山の南側になる。また、着いた土小屋駐車場は、石鎚山の東側になるので、山の東側から登り始めることになる。しばらく登ると、長い坂道の階段になる。私の足は、もうそこで悲鳴を上げていた。その坂道辺りで見付けたのが、この高山植物4である。道端にたくさん生えていた。

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アザミ?

 峠のような所を過ぎると、そこからは、石鎚山の北側斜面を下ったり、登ったりの道になった。このアザミもその辺りで見付けた。地上のアザミは、ちょうど今が花の季節で、野原のあちこちで咲いている。この石鎚のアザミは、種類も、地上とは多少違って見える。気温のせいか、まだ花は咲いていない。

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残雪

 この北側斜面を登りながら、ついに決定的なものを発見した。斜面の窪んだ、形状が小川のようになっている場所に見えたのは、明らかに残雪であった。まだ、この時期残っているとは聞いていたが、北側斜面だからこそ、見ることができたのだと思う。鬼北では、既に終わっていたモッコウバラが、麓の面河渓谷では、まだ、美しく咲いていた。高原地帯なので、気温差はそれくらいあるのだろう。

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休憩所

 長い長い北側斜面を登り、山頂を過ぎた西側にさしかかった頃、鳥居が見えてくる。休憩場所やトイレが設置されている。しばし、休んで英気を養う。


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鎖場(くさりば)

 この休憩場所のすぐ上が、最初の鎖場だと思う。道すがら見上げてみると、ほぼ垂直に見える岩場なのだ。よくもまあ、昔これを登ったものだと、あきれてしまう。当然、4人のメンバーは、誰も鎖を登るという方はいなかった。


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遂に山頂付近

 更に北の斜面のいくつもの階段を休みながら登っていって、山頂の西側の尾根に回り込み、しばらく行くと、石鎚山の山荘があり、すぐ上に山の看板にたどり着いた。ここは、石鎚神社の頂上社のある弥山(みせん)と言われている場所らしい。


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石鎚山頂上社にて

 看板のすぐ上に頂上社がある。ここでもお参りをして待望の昼食を取った。鬼北からは、日吉回りで、高知県の檮原の町中を通ってきた。檮原は、龍馬が脱藩してきた脱藩の道のルート上にある。この檮原のコンビニで、おにぎり弁当を調達、ひたすら440号線をスカイラインに向けて、やって来たのだ。


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天狗岳と記念撮影

 令和の旗が立つ神社からは、目の前に天狗岳が見えている。この弥山からの標高差は、10mくらいらしい。見ての通り登ってきた北側は、断崖絶壁の状態である。また、天狗岳までの道は、尾根伝いに続く岩ばかりの危険なルートになる。当然私は、天狗岳まで行くのはパスをした。

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イシヅチザクラ

 尾根のコースを見下ろしていた体育会系のメンバーも、パス組に入った。残る、以前、マラソンランナーだったメンバーと生物に詳しいメンバーが挑戦するらしい。マラソンランナーは、ルートに入って行ったが、もう一人は遅れてコース入り口に来て、眺めた結果、パス組に入った。結局、3人は、好天の下、弥山に生えていたイシヅチザクラを鑑賞しつつ、ランナーの快挙を3人で眺めていた。


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ランナー、登頂!

 そして、ついに山頂に到達して、手を振るランナーを、望遠のレンズで捉えた。その辺におられた方と記念写真を撮ったが、ランナーは、へっぴり腰であったと、後から話していた。

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今治方面

 山上からは、今治方面だという地上の様子も見えたが、靄(もや)が懸かっているような様子であった。


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高山植物 4

 ランナーが尾根の道から帰還すると、メンバーは、下山に入った。登りの間、最も情けなかった私も、下山の時は、多少膝に衝撃が伝わるものの、比較的楽に階段を下ることができた。我が筋肉にとって地球の引力こそが、敵になり味方になるようだ。下山中、高山植物4の、まだ、花の時期の状態に巡り会った。登る時に見付けたのは、花の終わった後の状態だったらしい。


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霊峰

 土小屋付近まで下山して、再び山頂を見上げてみた。厳しい登山をしてきた後だったので、その姿は、正に霊峰に見えた。登山者の中には、外国の方や関東方面から来られた方、100人近くの方々と遭遇した気がする。年金組もたくさん来ておられ、天狗岳まで行かれる方々にも、私より年上と思われる方々がたくさんおられるように見受けた。記念にはなったが、私には,厳しい久々の登山だった。  
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2019年05月17日

834 久 々 の 登 山 1 

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ネットで購入

 飲み仲間の中に、無謀な方々がいる。以前から、一緒に杯を重ねる内に、富士山に登ろうという話が持ち上がった。私にも、我が父も富士登山をしているので、登ってみたいという思いはある。しかし、私は、脚力が極端に弱いので、この話は、ほぼ恐怖でしかない。


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ルート

 そんな無謀な流れから、西日本最高峰に登る話が持ち上がった。情けない私ではあるが、仕方なく準備に入った。まずは、登山靴、トレッキング用のズボンやら、ヤッケやらネットで注文してもらい、格好だけは勇ましげになった。

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出だしの標高

 登山のコースは、土小屋から天狗岳を目指すコースだ。何とこれは、35〜6年前に、若者会というグループで登ったコースだった。ただでさえ、限りなく記憶が崩壊している私なので、当時のことはかすかにしか覚えていない。ただ、図体だけは昔も今もでかかったので、皆さんの荷物を背負い、鎖登りに挑戦したのを覚えている。


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神社で記念撮影

 背中の荷物の重さと体重の負荷に負けて、鎖の途中で登れなくなってしまった。結局、仲間にリュックを預け、助けを借りて、何とか登った悪い記憶が蘇った。今思い返すと、よくもまあ、あんな挑戦をしたものだとあきれてしまう。今回、鎖の場所に着き、鎖を見上げて、つくづくと思った。

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熊笹

 出発は、土小屋の駐車場、標高1,492m、神社に無事帰還できるようお参りをして、出かけた。両脇に熊笹の生える小道の登山道を登る。道の細部に関しては、全く記憶から抜け落ちていた。道は、小さな木材を階段のようにしたりして整備されている。


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高山植物1

 道すがら高山植物が見られるが、残念ながら、私の無知はこれらの美しさおもしろさは感知するが、その名前は全く分からない。猫に小判だ。


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高山植物2

 今回の登山仲間の方々は、あまりそれらの植物には興味がなさそうで、私が撮影をする度に、皆さんのペースから遅れていく。元々情けない脚力なので、遅れ気味なのに、更に遅れては、皆さんに待っていただく。急な階段の前には、しばし休んで息を整える。


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高山植物3

 坂を登ると、その苦しさに、またまた、しばし休息を取る。階段を登ることが非常に辛いのに、登山道の階段は、永遠のように続いて行くのだ。30代の登山では、この階段の苦しさは全く覚えていないので、何とか、若さで乗り越えたのだろう。

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あけぼのつつじ?

 太ももの筋肉は、50代後半から、あれよあれよとスマートになり、今では、階段を登るという行為が、いかに大変なことか実感するようになっている。それでも、仲間と来た以上は、弱音を吐いたとしても、止まるわけにはいかない。


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水苔?

 35年あまりの月日の重さと新たなるコースの記憶を積み重ねながら登っていった。こんな様子で、最後まで登れるものだろうか?


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目指すは高嶺

 限りなく自信のない状態で、メンバー最高齢のいたわりを受けつつ、目指す高嶺に向かうしかないだろう。
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2019年05月13日

833 夏 草 の 季 節

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はびこり始めた夏草

 5月に入って、気温が急に上がり始めた。風の国では、清見タンゴールの収穫が終わったので、収穫作業が一段落した。次なる作業は、夏草との戦いと肥料撒きである。肥料をやることで、柑橘はその甘みを確保することができる。

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草刈り機と面

 肥料やりは、比較的楽な作業になるが、甘さ確保のためには、必要不可欠な作業でもある。草刈りは、クロチの畑から始め、ウマキの畑、伊予柑畑、三崎道の畑と進み、最後の大物は、垣内作りの畑だ。

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明るくなった畑

 垣内作りの畑は、清見タンゴールの畑でモノレールの左右に5段の畑が広がっている。もう放棄してしまった馬の背の畑よりは、狭いが、かなりの広さがある。この広さだと、週末土日では終わらないかも知れない。

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余った肥料

 既に相棒や弟夫婦が、肥料をやってくれているので、私が草を刈って、畑を明るくするだけである。肥料やりをして余った肥料袋が、草の中から出てきた。お母さんによると、これは、花がたくさん咲いている木の根元に、追加して撒いたら良いということであった。

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出てきたサンテ

 草を刈ると、草の中に隠れていたサンテが出てくる。袋かけをした後で、実ごと落下したものだ。中の実が腐ると、このように出てくるのだ。黒くてだめなものは焼き、洗濯すれば使えそうなものは、持ち帰ることになる。


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薪用の蜜柑の枝

 収穫時に、切った蜜柑の枝は、葉っぱが腐って落ちた頃に、適当な長さに切って風呂の焚き付けにする。この薪作りは、恐らく、お父さんが、作業の折々にやっていたと思われる。風呂を焚くのも、お父さんの役目であった。


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集めた薪

 お父さんがいなくなり、薪を作るのは、私の役目になった。先日、大阪から帰って手伝っていただいた方々にも、クロチでの薪作りを手伝っていただいた。昨年、杉垣を切ったので、その枝を主に集めた。風呂を焚くのは、お母さんの役目になったので、小屋まで運んだ薪も、風呂場までは、お母さんが運ばなければならない。とても大変だと思う。
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2019年05月10日

832 巣立ちの物語

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温める親鳥

 3月の終わり頃、お隣さんの板壁に付けられている鍬(くわ)をかける棚の上に巣作りを始めた鳥がいた。子供の頃、山鳩と言っていた鳥で、正式にはキジバトと言うらしい。よく見ると、羽根の模様が、キジによく似ているとも思う。

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怪しい影が

 始まりは、畑から家の南側の出口に帰ってくると、必ず建ちかけの小屋の横に鳩がやって来ていたということがあったということだろうか。それが、あまりにも頻繁(ひんぱん)なので、家の中からも時々、観察をしていたら、どうやらハトは、巣の材料集めをして、その材料をお隣の鍬の棚に運んでいるのが分かった。


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やっぱり雛か

 山鳩の巣は、小枝を組んで作られ、卵は2個生み付け、2週間温め、雛になってまた、2週間過ぎると巣立っていくらしい。最初の写真は、まだ、卵を温めているらしい親鳥の写真だ。雌なのか雄なのかは分からない。巣作りの段階では、雄雌両方見かけた。おそらく、どちらかがエサを食べにでかけ、交代で温めているのかも知れない。


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少しふっくら

 4月半ばの2番目のの写真では、確認はできなかったが、親鳩の向こう側に怪しい影が見える。卵から雛がかえる日数にほぼ合致した頃なので、変化が現れているのかもしれない。

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産毛はあるが、親鳥に近づいた

 3番目の写真は、怪しい陰から2〜3日後、親がいない折に偶然撮影できた。間違いなく雛が誕生している。まだ、痩せて頼りなげである。4番目の写真では、少しふっくらしている気がする。5番目の写真では、更にしっかりして産毛も少なくなっている。

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ある日、舞い降りた

 雛になって2週間を少し過ぎた辺りで、またまた、決定的な場面に遭遇した。1羽が巣から飛び出し地面に降り立ったのだ。写真でよく見ると、首の下にわずかに産毛が残っているのが分かる。親鳥の姿にも見えたが、雛に間違いない。その後、彼?は、私の気配を感じたのか、屋根に飛び上がってしまった。


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片方は、まだ

 一方、巣にはもう1羽の雛が、泰然と座っていた。こちらはまだ巣立つ気はなさそうだ。同じに生まれても個人差があるようで、結局、何日も巣立つことはなかった。


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練習か?

 ところが、ある日、巣の上で、羽ばたく練習をしていた。ぼちぼちその気になったのかも知れない。それでもまだ、巣立つことはなかった。


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催促でしょうか?

 その次の日あたりに、巣を見ると、2羽がいる。親がしびれを切らして様子を見に来たのか?はたまた、兄弟が様子を見に来たのか?鳩は、親鳥のミルクで育つらしいのだが、巣立つ気がないと、時は満ちても、どうも事は前に進まないようだ。


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飛び降りはしたが・・・

 兄弟が巣立ってから1週間後くらいに、巣の下に降りている雛を発見、近づくと、お隣の物置の中に入ってしまった。どうやら、巣から下へ飛び降りるのが、最初の巣立ちの行動のようだ。


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今度こそ?

 次の日、物置の下から顔を出し、巣立とうか悩んでいる風の彼?彼女?がいた。近づくと飛び立つかも知れない。

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まだ、自信がないのかなあ!

 本当に近づいてみると、彼?彼女?は、大空に舞い上がったりせずに、10mほどあるブロック塀の根元に逃げたので、仕方なく反対側に回り込み元の場所に誘導した。もうここまで来たら、巣立つだろうと、そのままにして置いたら、次の日は姿が見えなかったので、無事、巣立ったようだ。めでたし!めでたし!
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2019年05月07日

831 夏 来 る 3

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ボタン

 我が家には、白い牡丹もあったような気がするが、今では、いつの間にか赤い牡丹だけになっている。不思議だ。先祖返りをするのかもしれない。ともあれ、咲いたかと思うとすぐに散ってしまい。この夏も私を置いて行ってしまう。


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ジャーマンアイリス

 これは、ずいぶん昔、どこかからいただき、根付いたジャーマンアイリスの1つだと、記憶している。立派な花を咲かせるが、広がりすぎると間引かれたりで、何とか生き残っている。やっとこ生きている私に似ているかも知れない。


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ギボウシ

 これも、我が家の庭に生えている植物で、ギボウシとかいう名前だったと思う。相棒がもらってきたものだと思う。冬には枯れてしまうが、この時期、復活して立派な葉っぱを広げ、その生命力を誇示しているようだ。

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モッコウバラ

 これも、相棒が、たった1本もらってきた植物で、モッコウバラというらしい。今では玄関の垣根にはびこり、いい感じになっている。この花も綺麗だが、意外と花の命は短く、風の国に行って、帰ってみると、花は、哀れにも終わってしまっていた。

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卯の花

 これは、ウツギという花らしいが、いわゆる卯の花というものだろうと思っているのだが、この季節に相応しい花で、私は、気に入っている花の1つだ。

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柿若葉

 我が家から出て車を走らせてみると、鮮やかな黄緑の葉が目に飛び込んでくる。クヌギ若葉もいいが、この柿若葉もつやつや鮮やかで優しい色だ。


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椎の木

 これは今の時期の椎(しい)の木の様子だ。遠目には細部は見えないが、花でも咲いているようにも思える。若葉がこの色なのかもしれない。とにかく、そこらじゅうの雑木林には、このモコモコとした椎の木が、その存在感を見せつけている。椎の木は陰樹なので、放っておくと山はこの木に占領されてしまうだろう。

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 最後に見付けたのは、生き生きモコモコした藤の花だった。普通の藤のように、しだれるというよりは、花が飛び出していくような勢いが感じられる。けっこう、初夏を巡った気がする。
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2019年05月03日

830 夏 来 る 2

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クヌギ若葉

 私がもたもたしている間に、平成は令和に変わってしまい、夏もまた、一歩進んでしまった。私の好きなクヌギ若葉も、山の中で明るい緑でその存在感を示している。


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庭の花1

 玄関先の鉢植えの花々も、次々と花を咲かせ、リアルタイムの夏の時間を刻んでいっている。


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庭の花2

 この花も、始まりは1株2株だったが、今では、はびこり、どんどんその存在感を増している気がする。


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ラビット・テール

 この花は、最後はドライフラワーになる「ラビット・テール(うさぎのしっぽ)」という植物だ。あまりの可愛さに、植物の名前を知らない私でも知っている草だ。

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植田

 久しぶりに風の国から帰ってみると、田植えもほぼ終わり、夏が一歩前に進んだのが分かる。

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大でまり?

 これは何の花だろう?コデマリよりは、花が大きく迫力がある。松野からの帰る途中で見付けた花だ。

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アヤメ群生

 最後は、吉野のくいしんぼうさんがアップされていたあの場所の菖蒲?かな?あまりの美事さに、ついつい車を止めて見入ってしまう。今回は、通りがかった御近所のおばさんと鑑賞した。   
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2019年04月29日

829 夏 来 る 1 

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牡丹桜

 いつものようにうっかりして、季節に置いて行かれそうになっている。時々に、その瞬間の写真は撮るのだが、夏の初めのこの牡丹桜も、既に花びらを落としてしまっている。空の青と花の鮮やかな濃いピンクを眺めた日は、いったいどこへ行ってしまったんだろうか?

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白藤

 畑の隅では、地主さん家の白藤が、あっという間に咲き、あっという間に散っていった。観察していると、桜の花より短いような気もした。夏を迎えて気温が上がったせいで、季節の進み方も速度を増しているのかもしれない。

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公園の藤

 運動公園の藤も、何とか満開に遭遇することはできたが、この藤もあっという間に散って、その優雅な花は、もう、見られない。


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木陰のエビネ

 庭の木陰のエビネ蘭も、気付いたら一斉に咲きそろっていた。父が柿の木の下にエビネの小屋を作り、小屋の板の隙間が、太陽やら雨やらを絶妙に通す隙間があって、エビネが元気に育っていた。今では、小屋もなくなり、庭の木の根元で、わずかに生き残っている。ここでも、彼らが夏を告げているのだろう。


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カエデ若葉

 公園のカエデも、この時期、若い葉を繁らせ、明るい黄緑が燃えるがごとく目に飛び込んでくる。その周りの地面には、昨年飛んだカエデの種から、たくさんの小さな芽が出ている。


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田鋤(す)き

 あちこちの田んぼには、水が張られ、耕され、今ではほとんどの田んぼで、田植えが終わってしまっている。これもまた、夏到来の風景だろう。

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何の花?

 庭に咲き乱れているこの花、名前は、いつものごとく知らないのだが、白い花と二種類あったはずなのに、今はこの黄色い花ばかりが辺りを席巻(せっけん)している。可愛い様子の花なのだが、意外とたくましい植物なのだ。
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2019年04月25日

828 何 と か 少 し で も

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草刈り機

 「親孝行、したい時には、親はなし」昔の人の言葉だと思うが、本当にこのような状況になる子供たちが多くいることだろうと思われる。私もまだ、元気な盛りの30代初めに、突然、母親を亡くした。とても、信じられる出来事ではなく、お通夜の夜は、一睡もできずに朝を迎えた。本当に何もできないままのあの時だった。


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草刈りの面

 なけなしの稼ぎを送ってくれて、私の学生時代の生活の一部になった。思い起こしても、どれほど、様々なお世話になりながら大人になることができたが、ただの1つも親孝行をしないままに終わってしまった。


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お母さんが上がってくる小道

 今、風の国のお父さんが、亡くなって、頼りない気持ちを持って、お母さんは日々暮らしていると思う。私は、「自分の親にできなかったことをすることができたら、良いのになあ」と思いながら、お手伝いに来ていた。大したことはできなくても、少しでもお役に立てたら、ほんとうに嬉しい。


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お母さんの野菜畑

 お母さんは運転免許を4月で返納した。お母さんの運転は、私より遙かに上手だ。それでも、そう決めて返納したので、家から倉庫に上がったり畑に行ったりするのに、車を使うことができなくなってしまった。杖をつきながら、長い長い坂を上がらなければ、倉庫にも畑にもたどり着けなくなったのだ。

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枯れた蜜柑の木

 お母さんが上がってくる小道やお母さんが野菜を植える畑も、草だらけになっている。先日、その小道と畑の草刈りをした。草を刈っても、そこを耕さなければ、野菜を植えることはできない。お母さんの楽しみが、野菜を作ることで、ほんとうに美事な野菜ができるのだ。


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草刈りの後、耕し始める

 お母さんと野菜作りの話をすると、私はいつも、たくさんのヒントをもらうことができる。同じ趣味を持つ2人のように楽しい会話ができて、私は幸せな気持ちになれる。お母さんの野菜畑は、柑橘の木の間にもある。柑橘の木が枯れていたので、切ってしまい、畑に設置しているドラム缶で燃やす。少し畑が広々とする。

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木やゴミは燃やす

 草だらけになっていたお母さんの畑、草を刈った後に手ぐわで耕し、野菜が植えられるようにしてみた。もう日差しは夏の日差しになって、1時間も作業をするとくらくらしてくる。この日は、午前午後6時間くらい作業をして何とかお母さんが野菜を植えていた場所を復活させることができた。この畑まで上がってくることは並大抵ではないと思うが、お母さんが頑張ってくれるとうれしいのだが・・・。
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2019年04月21日

827 行 く 春

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山桜

 春が闌(た)けていく姿を鮮やかに見せてくれたのは、宇和島のダムの上の山々だった気がする。この山は、山桜の数が非常に多く、花が咲き始めると、どんどん山の様子が変わってくる。


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ダムのピーク

 そんな頃、ダムのソメイヨシノはほぼ満開で、宇和島の桜のピークだったかも知れない。宇和島がひとしきり花の盛りを過ぎた頃、花は鬼北に移っていく。

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爛漫になっていく

 鬼北は桜と共に、あちこちで花々が爛漫と開花していく。季節を忘れず、次々と我々の目を楽しませてくれる自然に感謝である。



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鮮やかな爛漫

 この花は、同じ地区のあるお家の庭に咲いていた木であるが、ミモザの木のような様子で咲いているのだが、色が全く違う。鮮やかな紫で、強く目を引くこれも爛漫の春であろう。


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花筵(はなむしろ)

 しかし、ピークから2〜3日すると、花は次々と枝を離れ、あっという間に、行く春に移ってしまう。ほんの数日ではあるが、心して桜の名所を訪ねてみると、一面に散り敷いた花筵(はなむしろ)の、これまた、美しい姿を眺めることができる。


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正に絨毯(じゅうたん)

 場所によっては、まるで絨毯(じゅうたん)のごとく花びらが降り積もり、歩くのがはばかられたりすることもある。


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ここにも行く春

 同じ頃、たくさんの花を付けていた椿の木の下にも、次々と花びらが散り落ちて、ここにも行く春が現出している。


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締めは花筏(はないかだ)

 行く春の締めは、やはり、花筏(いかだ)の風情を目に焼き付けておくのも、一興(いっきょう)かも知れない。体調を崩さず、花のタイミングに恵まれ、行く春まで楽しむことができて、今年も、本当に幸せな春であった。  
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2019年04月18日

826 爛 漫 の 春 2

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これもまだ、浅き春

 何年か前に、我が家の君子蘭は、鉢を運んでいたら、どこかにぶつかって、茎が1本折れてしまった。助からないかも知れないが、折れた芽を土に刺して置いたら、彼は、何もない茎の下から根を張り初め、とうとう、我が家の君子蘭は、2鉢になってしまった。何という生命力だろうか。

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辺りはすぐに爛漫となる

 浅き春は、我が家の庭でも闌(た)けていき、爛漫の春を迎えた。

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ずっしりと咲く

 旅から帰った鬼北の桜も、数日でどんどんボリュームを増し、重そうなくらいに満開になった。この瞬間に出会えて本当に幸せだと思える。

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これは、ピークかも

 運動公園からの帰りに、車を止めて、奈良霊園を眺めてみると、正に、今がピークと言わんばかりに花は、斜面に満ちあふれていた。


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三崎の桜

 気温を比較すると、風の国は、鬼北より暖かい。しかし、桜は、宇和島、鬼北の順で開花したが、風の国は、鬼北よりも二〜三歩遅れて開花したのが、不思議である。鬼北がピークを過ぎた頃に、風の国へ行くと、まだ、7分咲きくらいであった。


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保内の川沿い

 半島の中で言うと、半島の先が早く、付け根が少し遅いくらいの塩梅であった。半島の197号線沿いには、たくさんの桜が植えられ、時期をずらしながら咲いていく。桜の名所的な場所は、三崎トンネルを越えた所や保内の国道沿いや川沿いがいい。

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保内の川

 しかし、これらの名所も、1週間に1度だけの訪問なので、ベストタイミングに遭遇することは、なかなかできない。それでも、そこそこの時点で花を愛でることができた気がする。ピークを過ぎると、あっという間に散ってしまう運命だ。
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2019年04月15日

825 爛 漫 の 春 1 

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これは、まだ浅き春

 春の旅に出かけるので、爛漫(らんまん)の花には巡り会えないで終わるのかなあと、残念に思っていた。ところが、鬼北に帰ってみると、旅の間の気温が低かったせいか、花はまだ十分に観賞できる状態であった。そこで、定番ではあるが、近くの花を回ってみた。


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春も闌(た)けて爛漫に

 リアルタイムでいうと、もう近所の桜は全て散ってしまっているのだが、少しだけ時間を巻き戻して、春を堪能してみたいと思う。まずは、私のお散歩場所の鬼北グランド、天気も良くて、青空とのコントラストが最高の色合いだ。

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標本木

 私が勝手に標本木にしてしまった桜も、絢爛豪華(けんらんごうか)に咲いていた。花の命は短いので、満開のタイミングに遭遇することは、意外と難しい。そのタイミングは、朝と夕方の間であったり、朝とお昼の間であったりすると思える時がある。


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松中桜のトンネル

 これは、お隣松野町松野中学校の桜並木、桜のトンネルだ。この緑が丘は、53年ほど前に松野中学校として開かれたと聞き及んでいる。従ってここの桜も、長い歴史を刻んだ古木になっているはずだ。


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美事なしだれ桜

 これは、鬼北に接した松野のあるお宅のしだれ桜だが、やはり、年数を経た立派な古木で、美事な花を咲かせていた。


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市越の池

 これは、再び運動公園に戻り、市越の池の桜だ。ここの池は、水の色が、仁淀川の水の色に似ていて、とても魅力的だ。その美しい水の色との対比で愛でる桜は、なかなかいいものだと思う。

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並み居る木々

 鬼北グランドまで帰ってくると、丘の斜面には、まるで吉野山の桜のように桜の木々が並び立ち、爛漫の春を謳歌している。これも、なかなか、いい。   
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2019年04月12日

824 春 の 旅 4

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金箔のおやつタイム

 能登巡りで貸し切ったタクシーは、金沢のホテルまでの契約で、途中2つの場所も回って観光させてもらった。1つは、千里浜(ちりはま)という何キロもある砂浜を走ることができる場所、もう1つは、金沢に入って金箔を作っているお店に寄ってもらった。

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様々な金箔製品

 金箔のお店では、金箔入りのケーキとお茶が出てきた。店の一隅には、全て金箔を貼った茶室もあり、金箔の切れ端を頂いて、手の甲にすり込むという体験もさせてもらった。女子は何やら金箔がらみのアクセサリーなど購入していた。


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ホテル到着

 金沢での宿は、三井ガーデンホテルという最近できたホテルであった。ビジネス風だが、なかなかいい感じのホテルであった。能登では、食事が海鮮丼やら海草しゃぶしゃぶだったので、金沢では違う食事に向かった。ホテルではなく、近所を探索してみた。また、明日のバス観光のバス停なども探索してみた。


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能登牛に舌鼓

 結局、感じの良い焼き肉屋さんがあり、能登牛の霜降り焼き肉にありつけた。量は少なかったが、高級感を味わうことができた。満足満足。


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金箔アイス

 翌日は、バス利用の金沢巡りとなった。ホテル近くのバス停から始まり、まずは、21世紀美術館、バスは、一日フリー切符500円をホテルで調達、どこまで、何度乗っても500円だ。美術館付近で金箔付きのアイス試食、味は、普通のものと変わらないが、唇は金箔だらけになる、金沢的一時となった。


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金沢城は通過

 次は兼六園を目指すが、金沢城は、外から眺めて通過。どこも外国から来た方が多いのに驚く。気温も低く、途中、雹(ひょう)まで降り出す始末であった。


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兼六園は寒そうな桜

 兼六園は、桜の名所だが、この寒さなので、ソメイヨシノはまだまだ蕾であった。一部別種の桜がちらほら咲いており、梅の花が散り始めた頃合いであった。


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東茶屋街

 兼六園の次は、東茶屋街に向かう。ひとしきり雨の茶屋街を回り、昼食は近江町市場にて、またまた、名物の海鮮丼を頂いてしまった。


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ふり出しに帰る

 大きな荷物は、ホテルで宅配にて送っておいたので、最小限の荷物で観光、そのまま帰途につくことができた。

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一路大阪へ

 振り出しの金沢駅から、再びサンダーバードに乗り込み、大阪を目指す。大阪の方々とは、大阪駅で別れ、駅近くのラーメン店で夕食を済ます。


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梅田の夜桜

 少しずつ現実世界に戻り、またまた寝苦しい夜行バスの旅となる。梅田は行く時よりも、桜が咲きそろい、夜桜がバスを見送ってくれた。雨にはたたられたが、なかなかの良い旅だった気がする。宇和島に着くと、何と特別のおまけの偶然か、吉野のくいしんぼうさんも同じバスだったようで、ばったり出くわした。
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2019年04月09日

823 春 の 旅 3 

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バイキング朝食

 大満足の和倉温泉「あえの風」での一夜であった。朝食もバイキングではあったが、十分満足のいくメニューで、気分良く予約していたタクシーに乗車、能登島回りで能登の旅に出発した。


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輪島の雨の朝市

 まずは、半島の頭部分、輪島の朝市に向かう。野菜や魚、工芸品や塩などなどが売られている。輪島塗の箸(はし)の店で名前入りの箸を注文、朝市を見ている間に完成。お土産とする。

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千枚田

 続いて半島の先へと進む。千枚田と呼ばれる棚田に到着。朝市見学の途中から降り出した雨は、本降りになり、棚田の写真を撮影して終了となる。


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窓岩

 途中、ベテランの運転手さんが、そこここのスポットを説明してくれる。これは、窓岩、海の浸食の跡だろうか?近所にも似たような場所があるので、あまり珍しくはない。



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垂水の滝

 このスポットは、垂水の滝、厳しい冬の能登半島の風に吹かれて、水が噴き上げられたり、凍ったりするらしい。能登らしいスポットだろう。

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すだれ

 更に半島の先端に進み、能登の塩を作っている場所に到着。塩田のように夏の太陽を利用して潮水を砂に撒く方式もあるが、この日は雨だったので、室内で塩作りをしている場所に連れて行ってもらった。温室のような棟の中にすだれが張られ、そこに潮を降り注いで、塩分を濃縮するようだ。


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竈(かまど)

 次に塩分濃度が高まった塩水を大きな釜で煮る。更に濃度を増して塩に近づく。家屋を解体したときに出る廃材が釜を焚く燃料になる。そういえば道道の海岸通りには、この廃材がたくさん積み上げられていた。


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ステンレスのお釜

 竈で熱せられた塩水は、この大きなステンレスの釜の中で、少しずつ水分が飛んでいく。鉄の釜では、錆び付いてしまうため、ステンレスが使われているようだ。ほぼ出来上がった塩は、布を敷いた木の桶に移され、さらに水分を濾(こ)されていく。この過程でにがりも塩から抜けていくらしい。


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海草しゃぶしゃぶセット

 昼食は、予定外の塩作り場所にやって来たので、初め予定していた場所はやめて、奥能登の庄屋の館というお店で、名物料理を食べることになった。それは、岩ノリ、カジメ、ワカメ、 アオサ、モズク、ギバサなどの海草をしゃぶしゃぶにして様々なたれを付けて食べる健康な料理だ。もちろん、能登で穫れる様々な魚のお造りやらを宇和島の鯛飯のようにご飯に載せて、特性のたれをかけて食べる海鮮丼もついているなかなかの料理だった。美味しいお昼を運転手さんありがとう!
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2019年04月05日

822 春 の 旅 2

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能登半島

 さてさてサンダーバードは、金沢を越え、和倉温泉に着いた。お迎えのバスに揺られて着いた宿は、「あえの風」という一風変わった名前の宿であった。「あえ」とは、能登の言葉で、「東」という意味らしい。したがって、「あえの風」とは、「東風」、古典でいう(こち)にあたるのだろう。

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味も良し

 和倉温泉は、能登半島の口のような七尾湾の根っこの場所にある。湾には能登島という島があり、2つの橋で繋がっている。この能登島を正面に見晴らせる場所にある宿なので、目の前に海が開けている。

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次々と登場

 「あえの風」は、ホテルとは呼ばれていなくて、部屋もベッドではなく、和室であった。ホールや食事場所は、大きなホテルのような仕様になっている。食事場所の中央には、丸い舞台がしつらえられており、何かその舞台で催されるようだ。

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最後の締め

 食事は、見開きのメニューが配られ、次から次へと10品以上の品々が並び、提供される。真面目に食べていると、お腹が一杯になり過ぎる現象が起こった。歳を重ねた我々には、少しボリュームがあり過ぎたかも知れない。


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飛鳥か奈良か?

 食事も、最後の締めに近づいた頃から、舞台でのショーが始まった。初めは、女性と思われる古代風の衣装を着た演者が、登場。


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優雅に進む

 舞台では、古代の伝説とおぼしき流れが、舞いを舞うように演じられた。内容はよくは分からなかったが、優雅な時間が流れた。


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次は大迫力

 続いて次なる出し物は、舞台に運び込まれた和太鼓を鬼の面をかぶった和太鼓奏者たちが、入れ替わり立ち替わり登場しては迫力ある演奏をかなり長い時間続けた。後で聞くところによると、これが、名前だけは知っていた「御陣乗太鼓(ごじんじょうだいこ)」だったらしい。


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御陣乗太鼓というらしい

 舞台の周りに幾つかのテーブル席があり、周りには一段高い部屋のように区切られた席がいくつもあって、そこからもこの舞台が鑑賞できるようになっていた。そのいわば2階席の上にも3階席があり、歌舞伎などを鑑賞する劇場のような作りになっていた。普段質素な食事をしている我々にはあり得ないような御馳走がきて、不思議な郷土芸能の時間が流れた。
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2019年04月02日

821 春 の 旅 1 

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奈良霊園の桜(3/29)

 私が勝手に開花宣言をした頃、最も立派に咲いていた奈良霊園の桜に見送られて、春の旅に出かけた。あまりにも順調に咲き進んでいたので、帰る頃には、盛りを過ぎているだろうなという少し残念な気持ちがあった。

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大阪駅

 しかし、かなり前から計画を進めてもらっていた旅であったし、みんなが楽しみにしていた旅だったので、心はワクワクの出発となった。ただし、大阪まではあの夜行バス、眠れない地獄のような夜を通過する必要がある。


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旅のお供

 何とか梅田に着いて、待ち合わせは、大阪駅のコンビニ前、バスの中ではトイレが怖くて、飲まなかったアルコールも、バスから降りたら解禁となり、清酒や焼酎なども買い込んだ。旅の楽しみの1つだと思う。


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15号に乗る

 早朝に梅田に着いたが、食事をしてたくさんの時間を潰(つぶ)して、10時頃、ほかの4人と合流、10時過ぎにサンダーバードに乗り込むこととなる。最初の目的地は、能登半島の和倉温泉を目指す。

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列車到着

 私は大学の同窓会があったので、サンダーバードは、2度目になる。特急仕様なので、現在建設中の新幹線ができるまでは、北陸旅の主役級の乗り物である。


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特急にて

 座席は指定席で、安心して旅ができる。列車は、金沢で切り離され、我々が乗る前6両は、和倉温泉まで進むことになる。


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びっくりの女性車掌さん

 何とこのサンダーバードの車掌さんは、すらりと足の伸びた女性であった。男性が悪いわけではないが、男にとっては、すごい!、かっこいい!となってしまうから不思議であり、単純である。


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白山連峰?

 石川県に入ると、山の頂上付近には白いものがたくさん見えてきた。初めはビニールハウスのようなものかと見間違っていたが、近づくにつれ、それが残雪と分かって、南国の旅人は、びっくりしてしまった。わくわく感は更に高まる。   
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2019年03月27日

820 一 段 落

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蕗の薹(とう)

 空き地のクルミの木の下に、たった1つだけ芽を出した蕗の薹、毎年数が減っているように感じる。どうやら都合良く私が思い描くような蕗の薹だらけにはならないようだ。


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収穫した清見

 垣内作りの清見の収穫も、弟夫婦と共に最後まで収穫をすることができて、一段落を迎えた。摘果がうまくできていなかったので、実は小さいものがほとんどで、病気に弱い清見は、消毒も少ないため、ほぼ黒点病の状態である。


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モノレールから

 倉庫に持ち帰っての選果作業は、今まで頑張ってこられたプロのお母さんの目がなければ、我々にはできない仕事である。ただ、その選果も、重いキャリーを運びながらの作業になるので、おそらく、お母さんも一杯一杯になっておられるはずだ。


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落下したサンテも拾う

 また、4月初めには、お母さんは運転免許を返納することになっている。買い物や用事を済ませたり、倉庫に行くのも、長い坂道を上がって行かなければならない。本当に大変な状況が、すぐそこにまで来ているのだ。

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春肥

 主な柑橘の収穫を終え、一段落したので、次は、草刈りや肥料撒きになる。高齢化が進み、草刈りを省略して肥料を撒いておられたようだが、理想を言えば、草を刈った後に肥料を撒く方が良いのだと思う。

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山桜は開花

 肥料は、一袋が20kgあるので、なかなかの力仕事になる。まずは、それぞれの畑に軽トラで運び、モノレールで畑まで降ろす。畑は何段にもなっているので、それぞれの段に振り分けながら降ろしていく。肥料撒きの前段作業となった。山桜が既に咲き始めている。

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早咲きの桜

 ソメイヨシノは、半島の先ではまだ、開花していなかったが、八幡浜に近づくにつれ、ぽつぽつと開花し始めている。鮮やかな濃いピンクのこの桜が散り始める頃、ソメイヨシノも、満開を迎えるはずだ。少し旅に出るので、満開に遭遇できないかも知れない。  
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2019年03月24日

819 春 近 し 2



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開花しにけり

 お彼岸の中日も過ぎて、雨の前にお墓参りを済ませることができてほっとしていた。散歩場所の運動公園で、たった1輪の開花した桜を見つけたので、私が勝手にその木を標本木とした。次の日行ってみると、開花した花は、10〜20輪に増えていた。そこで、またまた、勝手に私が、鬼北町の開花宣言をした。



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ムラサキ菜の花

 庭では、毎年、己(おのれ)生えするムラサキ菜の花がスペースを取り始めた。水仙も負けじと彩りを加えている。私の青春は、2度と帰って来ないのに、毎年、はつらつと春を体現する彼らには頭が下がる。

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伸びてきた!

 寒さを避けて玄関に入れている君子蘭、今年は、4つも花芽を付けている。週1で少しだけ水をやると、背丈が少し伸びるような気がする。空気中の水分を吸収する君子蘭の根っこは、気根と呼ばれる優れものだ。背丈が伸びるのは、おそらく、私のせいなんかではないのだろう。

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馬酔木(あせび)

 お隣さんの馬酔木の花も、例年のように美事にたくさんの花を咲かせている。こんなにたくさんの花を咲かせなくても、滅びたりしないような気もするのだが、厳しい自然の中では、私より厳しい考えを持つ彼らの方が正しいのだろうう。


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何という所に!!!

 居間に座って窓の外を眺めていると、度々、鳩がやって来て庭を歩き回ることが多くなった。いったい何をしているのだろうか?何か美味しいものでも落ちているのだろうか。



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角度を変えて

 ある日、相棒が、そのワケを探り当てた。お隣の鍬(くわ)を懸(か)ける棒の上を木の枝に見立てたのか、その上に巣を作っているのだ。彼らも、春の営みを始めたのだろう。庭をうろついていたのは、その材料を集めていたらしい。


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牡丹の新芽

 庭の隅に生えている牡丹(ぼたん)の木も、鮮やかな新芽を伸ばし始めた。もうこれだけで花のようにも見える。しょぼくれて春をも忘れそうな私も、この元気なエネルギーやはつらつとした心持ちを、見倣(みなら)わなくてはならない。

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2019年03月20日

818 春 近 し 1

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パンジー?

 どうやら宇和島では、桜が開花したらしい。我が家の庭や玄関にも、春らしい花が咲き始めた。これは、パンジーでしょうか?


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???

 これも、春の花のようだが、しかも、有名な花だということまでは分かるのだが、残念ながらその名前は私の頭の中には定着していない。それにしても、植物たちは、季節を間違えずに花を咲かすなあ!



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ムスカリ

 この花も、ついこの間までは、雑草しか生えていなかった鉢から顔を出した。ムスカリという名前らしい。毎年咲くので、球根であるらしい。



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ビオラ?

 こちらは、チューリップと一緒に植えられている。花の大きさが少し小さいので、パンジーではなく、ビオラの方だと思う。可愛らしく玄関を飾ってくれるので、感謝だ。

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アジ届く

 春を楽しんでいたら、津島から友達がやって来て、今朝、釣ったという小アジを数匹持ってきてくれた。河豚で飲んだ仲間の一人だ。


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刺身と開きに

 朝の2時から釣ったそうなので、まだ活きが良い。これは、昼飯に料理しない手はない。大きめのものは、刺身にした。骨や皮などのアラはあれにしよう。疲れたので後の2匹は開いたままで、塩でもするか。


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美味しい一品

 アラはさっと茹でて味噌と野菜を入れたら、私の大好きな出汁がたっぷりのお汁が一品できた。


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開花近しか?

 運動公園の桜は、目一杯その花芽を膨らませていたので、今週末か来週には開花しそうな雰囲気である。
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2019年03月16日

817 土 佐 巡 り 2

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雛飾り

 土佐巡りの旅は、名残惜しい酒蔵を出て、大正町の小さな商店街に到着した。何回か訪れたことのある町並みだが、不思議な魅力があるように感じる。旅人の休憩場所には、おひな様が飾られていた。


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板壁に

 駐車場の板壁には、懐かしいような看板がずらりと貼り付けてある。オロナインの松山さんなど、今ではもう使われていないような看板ばかりである。どこかタイムスリップしたような町並みなのだ。


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民家の玄関には

 商店街から外れて裏の方を歩いてみたら、民家の玄関には、軒並み正月飾りが付いている。やはり、時が止まったような町並みだ。歩いていたあるお母さんに訊いてみたら、ここでは、1年中この飾りを玄関に飾っているのだそうだ。不思議な町だ。

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なじみの駐車場から

 集合場所の駐車場は、海のそばで、ここにも何度もやって来た記憶がある。黒潮別館の下にできた道の駅にも立ち寄って見学した。以前この町の日本酒の酒蔵にも来たことがあるが、今回は、既に栗焼酎の酒蔵を見ているので、当然、それはない。


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かわうその里

 日吉回りで土佐を目指すと、峠を下りて須崎に至るが、今回は、四万十を遡りながら,海沿いを走って須崎に到着。

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昼食

 須崎のかわうその里という道の駅で、昼食となった。せっかく出てきたので、鰹のたたきなどなど、真面目に食べたら、お腹がぱんぱんになってしまった。

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窪川

 次に窪川の道の駅に立ち寄るが、もうお土産も完了していて立ち寄るのみとなった。

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十和

 最後は、江川崎の近くまで帰ってきて、四万十沿いの十和の道の駅に立ち寄った。ここも、ほぼトイレ休憩のみ。ある真面目な生産者の方が言っていたが、高知らしい野菜の生産などをしているビニールハウスなどに立ち寄ったら良かった気が、私もした。
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2019年03月12日

816 土 佐 巡 り 1

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鬼王丸を出発

 ちょっと人生に疲れて、道の駅三角帽子の会員になったのだが、真面目な生産者の方のようには、当然、定期的に出荷する能力もないので、ここでの出荷は、可愛らしくウン千円マイナスくらいの収支となっている。


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酒蔵

 この三角帽会員対象の視察研修会があった。費用は、この日の昼食込みで、1600円くらい、今回は、高知の道の駅を巡るバスによる視察研修となっている。松野から江川崎、四万十に至って、四万十の上流に向かう。まずは、栗焼酎で有名な酒蔵を見学した。

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好青年

 説明をしてくれた若者は、なかなか声も魅力的で、説明も的確な好青年であった。栗を蒸し、中身を機械で取り出し、発酵させて蒸留していく過程を分かりやすく教えてくれた。また、日本酒も無農薬の普通の米にこだわった自然農法で作るところから行っているということも、教えてもらった。

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焼酎群

 最後は、工場の前の道路に面した売店に行き、飲み放題の試飲を経て、ダバダ火振りの焼酎を購入した。帰って飲むのが楽しみだ。


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酒粕

 また、酒粕の1kg袋も250円ほどで販売していたので、購入した。袋はパンパンにふくれていたので不思議に思っていたら、レジで、生(なま)の酒粕なので、まだ、発酵を続けているため、袋がパンパンにふくれているということを教えてもらった。これは、風の国のお母さん用に購入。

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河童君

 お店の前には、別のお店があり、カッパが3〜4匹ほどで、お客を誘っている様子で佇(たたず)んでいた。



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地酒屋

 そのお店の手作り風の看板を見上げると、「地酒屋」と書いてある。建物も古く、昔の賑(にぎ)わいは想像できるが、今となっては、少し寂(さび)れているような様子である。お酒の好きな高知らしいお店で、とても気に入った。旅は、まだ、始まりなのに、もう完結したような満足感のある出だしとなった。
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2019年03月08日

815 春 探 し 

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ミモザ 1

 あまり動かない、動けない毎日が続いていたので、暖かい春の日に近所に出かけてみた。散歩の運動公園近くが、良さそうなので、中野川方面にゆっくりと車を走らせてみる。春の花がお目当てであった。まず、通り道にミモザの花を発見。

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ミモザ 2(アップ)

 普段は車の窓から通り過ぎながら、一瞬の鑑賞だが、今日は、車を止めて近くまで行き、じっくりと眺めてみる。遠目にはすっきりと咲いているように見えたが、案外もこもことボリュームがある花であることが分かった。好きな花の1つだ。

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ネギ坊主

 しばらく走って車を降りてみると、畑に植えてあるネギにネギ坊主ができていた。寒い冬を乗り切った野菜たちは、この時期一斉に花を咲かせ始める。我が農園でも、チンゲン菜が一番に花を咲かせた。このネギ坊主君も、しっかりと季節の訪れを把握しているのだ。


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もも?

 あの花は何だろう?田んぼの横に植えられている。田んぼのあぜ道を通り、近づいてみた。隣には蝋梅の木も花を付けている。季節は正に桃の節句なのだから、雰囲気的にも桃の木なのかも知れない。


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枇杷の花

 小さな川沿いの一画には、枇杷の木も植えられている。よく見ると、花と呼ぶには地味な枇杷の花、そして、既に小さな実をも付けている。季節に置いてきぼりを食っているのは、どうやら、私だけのようだ。


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ボケ

 これは、道沿いのお家の庭に咲くボケの花、葉っぱは出ておらず、枝の所々に花を付けているので、ちょっと見には、まだ、寒そうな様子で咲いていた。


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ラッパ水仙

 田んぼの横の空き地には、ラッパ水仙が咲いている。水仙の中では立派な花なので、確かな様子で咲いている。


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コブシ?

 最後は、コブシの花だろうと思う。小ぶりの花なので、恐らくそうだろう。この木は、花が終わった後で葉っぱが出てくる。まずは、春を告げておく、といった塩梅だ。
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2019年03月04日

814 春 の 農 園

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さんしゅゆ

 1月も2月も、あっという間に、行き、そして、逃げていってしまった。その間に、我が家の山茱萸(さんしゅゆ)の花がほぼ満開になっている。季節は、いつの間にかひなまつりの時期なのだ。


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さくらひめ

 この日は、相棒が、松野の農業公社から買い求めてきた「さくらひめ」なる清楚で可憐な新種の花を、お母さんへのプレゼントに携えて、風の国へ向かった。


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モノレールの降り口

 農園では、2週間くらい前から、清見タンゴールの収穫に移っている。清見の畑は、うち捨てられた広い広い馬の瀬の畑とその隣の垣内作りの畑である。馬の瀬は雑草に覆われているので、放棄され、垣内作りの畑は、摘果も間に合わず、あまり良い収穫にはならない可能性が高い。

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清見農園

 ちょうどお父さんが亡くなられる少し前が勝負であったかもしれないが、夥しい数の実を遅くなって摘果したのを覚えている。おそらく小さな実の清見がほとんどであろう。


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袋ごと収穫

 以前は、お父さんがされていた畑に降りていくモノレールの混合ガソリンの世話も、私の担当になった。混合ガソリンは、ペットボトルに入れ、使用の前後に補充する。モノレールは、何軒かの農家が共同で使うので、基本、使った分、補充するのが決め事となっている。

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実は、黒点だらけ

 清見も消毒は、近所のS君が2度ほどしてくれるだけなので、黒点という病気に弱いこの柑橘の表面には、小さな黒い点が無数にできている。この黒点が入らないようにするには、もっと何度も消毒をしなければならない。したがって、製品として出荷できる品物はほとんどないのだそうだ。また、農園経営も、赤字に傾いているのが現状のような気がする。

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選果

昨日、弟夫婦と収穫した50キャリー以上の収穫が、我々の新記録となったが、2日目は、雨となり、倉庫での選果作業となった。選果のプロであるお母さんが選果をする。私と相棒は「サンテ」と呼ばれる袋をはがしたり、キャリーを運んだりするのをお手伝いするだけだ。

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ちらし寿司

 2日間のお手伝いを終えて、鬼北に帰着。疲れた体をひな祭りのちらし寿司で癒やして、今回のお手伝いを終えた。
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2019年02月28日

813 海 と 空

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穏やかな秋の海

 もう春に足を踏み入れているので、今回は、風の国の秋から冬の海やら空やらを紹介してみたい。まずは、斜面に立つ民家の屋根越しに見える海。日振島の一部が見えている。方向的には、宇和海が太平洋に開く辺りを眺めているぐらいのところだろうか。まだ、秋の穏やかな日差しの頃だ。


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珍しいタンカー

 この日は珍しくタンカーが航行していた。良く目にするのは、九州と四国を結ぶフェリーが多いが、宇和海ではとても新鮮なタンカーの姿にちょっと驚いた。


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まるで黄砂のよう

 これは、明浜か吉田の辺りだろうか、冬になってくると、空が雲で覆われる日が多くなり、どこかの雲の隙間から漏れる太陽の光には、不思議な色が加わることがある。ちょっと色の濃い黄砂の空のようにも見える。

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雲間からはじける

 これも、冬の典型的な海と空だ。雲が多いだけに、太陽が顔を出した瞬間は、とても印象的な風景になる。半島から宇和海を望み、太陽を見上げると、太陽のある南の空が太平洋の方向で、半島が太陽に向かう逆光の様子で見えることが多くある。

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怪しい色合い

 これも、冬らしい風景で、方向はやはり、太平洋の方向だと思う。その日の雲の厚さなどの様子で、その向こう側の太陽は、様々な色合いで見える。この日は、まるで夕焼け空のように赤い空になっていた。


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天使の階段

 これは、風の国の集落から、梶谷鼻(かじやばな)の西の方向を眺めている風景になる。水平線の向こうにかすかに見えているのは、九州の山並みだと思う。梶谷鼻辺りは、やはり逆光で暗くなり、たくさんの雲の隙間から天使の階段が降り注いでいる。これも典型的な冬の海と空だ。

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燃えるがごとく

 これも、冬の雲があまりにも分厚すぎて、水平線の辺り、その向こうの雲の切れ目から太陽が光を落とすと、夕陽のような赤い色に空が染まってしまった様子だ。これもやはり、典型的な冬の海と空の姿だと思う。

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強烈な西日

 最後は海ではないが、保内からトンネルを抜けて八幡浜に入る所の交差点の風景だ。その正面方向には、フェリーの港があり、この交差点からは、半島の先端方向の西の方向になるため、沈みゆく太陽が、信号も見えにくくするほどの強烈な逆光を投げかけてくる。我々のお手伝い帰り道での定番の景色だ。
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2019年02月24日

812 春 の 狭 間 ( は ざ ま )

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ほぼ満開

 まだまだたくさんの蕾(つぼみ)が見えるが、ぱっと見には満開に近い気がする。3週間ほど前に咲き始めたこの河津桜、実は、ソメイヨシノのようにぱっと咲いてぱっと散る桜ではなく、長い期間その花を楽しめる桜らしい。半島の道にも、間違いなく春は始まっている。

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相棒のプレゼント

 昨年、87歳で亡くなったお父さんは、とうとう米寿のお祝いを受けることなく、逝ってしまわれた。お父さんと同級生の女性が地区の中に何人かおられる。お元気であれば、一緒に米寿のお祝いができたのに、という思いは、例えば、相棒にはあるのだろうと思う。家のすぐ上の女性が米寿のお祝いをしてもらうらしいという情報を得て、相棒は、花束を買ってきて、彼女にプレゼントをしていた。私にも、何となくその思いは伝わってきた。


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私のプレゼント

 2年ほど前までは、足腰が痛いお母さんも、頑張って蜜柑の木の低いところの実を収穫することができたのだが、今は、もうそれをするのも難しい面ができたのか、収穫に参加されることはなくなった。様々な場面で、今までできていたことが、できなくなると、独り言のように「情けなやの」という言葉が出てくるときがある。そんな場面に遭遇すると、何とか少しでも楽な状態になれば良いのになあと思う。そこで、改善はしないかも知れないが、私が飲んで膝痛を治している薬をプレゼントした。私の飲みかけだが、もし、効くようなら、次は買ってきてあげようと考えている。


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煙突掃除機

 この日は、風呂の煙突が詰まっていたらしいので、S君に掃除してもらい、まだ、不十分な部分を私が風呂場の屋根に登って掃除をした。いつもは、お父さんがやっておられたようだが、掃除をする道具は残っていたので、初めてそれを使って挑戦してみた。鉄の重りを網で包み、それにロープを付けて、ロープを上げ下げすれば、煙突内の煤(すす)がたくさん穫れるのだ。大成功!


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咲きました


 お父さんが球根を買い、用意していたチューリップ、お母さんが引き継いで、水栽培の鉢にセットした。そのチューリップが可愛い花を付け、聞いてみると、お父さんの代わりに、今年は、お母さんが病院に持って行ってプレゼントしたそうだ。お父さんも、喜んでおられることだろう。

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雑草だらけ

 この日は、デコポンの収穫も終わったので、捨てている馬の瀬の畑に下がってみた。昨年は少し収穫もしたのだが、行ってみると、雑草で覆われてしまっていた。モノレールも、至る所で、伸びてきた雑草や雑木のため止まってしまう。その障害物を取りのけながら、やっと下の小屋までたどり着いた。

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残された肥料

 この馬の瀬の畑での作業意欲を失っていたお父さんが、モノレールで降ろした肥料が、撒かれずにそのまま木の根元に放置されている。この1〜2年意欲減退の様子を時々目にしていたが、きっと、苦しい体調をかかえておられたのだと思う。


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磁石

 最後に木から吊された磁石を発見した。かなり強力な磁石である。ハサミやノコ、鎌などを、一時的にくっつけて置いておくために設置しておられたのだと思う。サンフルは、食べるだけ収穫に来るので、その時、私も使わせてもらおうと眺めた。
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2019年02月18日

811 恒 例 春 の 会

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入り口の雛人形

 この時期、1月か2月には、恒例となった春の会が催される。1年に1回、贅沢な河豚を囲む会がある。もう、かれこれ24〜25年目を迎える。何とまた、長きにわたる会になったことかと思う。ある職場で息の合った仲間同士の会なので、続くのかな?


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刺身

 とはいえ、このメンバーでは最長老の私なので、もうすぐ大台に乗りそうな所まで来ている。いつまでこのメンバーで飲めるのかは、甚(はなは)だ不安である。


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突き出し風

 夜は夜で、無呼吸睡眠障害を抱え、外にも様々、何とか日々を過ごしている状態だ。夜が明けると、少しほっとする。

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唐揚げとひれ酒

 しかし、夜が明けたからといって、すぐに安心してはいけない。基本、やることがないのだから。やるべきことがあって、朝食をそこそこに仕事に出かけて行ける身分の方は、すこぶる幸せな方であろう。

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にぎり

 毎日サンデーの身分であると、100%自由な毎日なのだが、これが何とも生きる意欲を減退させるということに最近気付いた。様々考え方なのかも知れないが、そんなわけで、暇な人間よりも、忙しく仕事に追われる人間の方が、遙かに幸せだと、今は、感じている。


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 この会の私以外のメンバーは、私より若いので、また、仕事を持っていたりするからか、私よりも、遙かに元気で過ごしておられるように感じる。私としては、その元気をもらえるので、河豚も贅沢なのだが、若さに触れられるというのも、かなり贅沢に感じている。

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しめ

 メンバーでお金を積み立てて、時々、旅をすることにしている。なかなか行く場所にそれぞれ好みがあったりして、旅は、流れることもある。昨年などは、富士へ登ろうとか、北海道へ行こうとか、ついに決まらずに終わった。

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この4人です

 どうも山を目指そうとする元気な魂がいるようで、5月の連休明けに石鎚登山をすることに決定してしまった。恐らく、心の中で「自分的には、危ないぞ。」思うのだが、若さをもらっている感謝の気持ちからか、私は、気弱にそっとうなずくことしかできないのだ。
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2019年02月14日

810 近 づ く 春

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河津桜

 早くも2月も、10日を過ぎてしまった。2週間ほど前から、197号メロディーラインの国道脇には、ピンクの花がちらほらと開き始め、4〜5分咲きの状態にまでなってきた。河津桜なのかなあと思っている。次の週末に行けば、8分咲きくらいにはなっていそうな勢いだ。

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風車

 見上げると、展望台の上の風車がすっくと立っている。その後ろにある青空も明るくて春の予感を感じる時期になってきたようだ。

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エソ

 風の国のお母さんの所には、時々、親戚の方々から、魚の差し入れがある。この頃は、エソが多いらしく、この日も、ほぼエソばかりであった。エソは、小骨が多い魚で、その調理は、並大抵ではない。お母さんは、エソの調理ができる近所の奥さんに全て差し上げてしまう。奥さんは、調理してすり身にしたエソを届けてくれる。



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咲き始めた

 もううち捨てられた馬の瀬の畑の上には、いつも菜の花が咲く。国道の脇や至る所が菜の花で満たされていく。今年の春も近づいているようだ。

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エソの天麩羅

 エソは、ジャコテンの材料にもなる魚だと思うが、近所の奥さんからいただいたすり身を、我々もお裾分けしていただく。あの無数の小骨は、姿を消し、野菜やひじきを加えた肉団子風に天麩羅にすると、極めて美味である。

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水栽培のチューリップ

 縁側の窓際には、いつもお父さんが水栽培をしていたチューリップがその茎を伸ばしている。花が咲くと我々も頂いて切り花で楽しむのだが、残りは、お父さんが切り花にして通っていた病院などにプレゼントとして持って行かれる。恒例行事だった。おそらくお父さんはこの水栽培の準備もできなくて、今年は、お母さんが用意をされたのだと思われる。例年よりセッティングが遅れたのか、少し丈が短い気がする。

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肥料袋の灰

 ウマキの畑に行ってみると、肥料袋が落ちていた。中身は風呂で燃やした薪の灰である。蜜柑の木の間に里芋や野菜類を植えているお母さんがもってきたものだろう。もう杖がなければ、安全に歩けないお母さんだが、杖をついてこの肥料袋を持ってくることはできない。かりカゴという背中に背負う竹のカゴが、お母さんの最大の武器で、その中に入れて背負ってこられるのだ。この作業1つをとってみても大変な労力を費やされるのだろうな思われるが、これも、お母さんの春準備の1つなのだと思う。
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2019年02月09日

809 浅 き 春

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鬼ヶ城の雪

 立春を過ぎて、暦の上では春到来ということのようだ。北の方では、寒波が襲来しているようだが、四国は、間違いなく暖冬の部類で進んでいるようだ。この冬には、2度雪がちらついた。鬼ヶ城や高月山は、白く雪をかぶった。

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サボテンの花

 我が家の玄関では、カニサボテンがピンクの花を咲かせている。この植物は、サボテンという名前なので、私の心のどこか片隅には、暑い季節の主役のような気がしている。確かにこの寒い時期には、寒さを避けて室内に取り込むのだが、この極寒の中で花を咲かせるところがどうも不思議な気がする。


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うっすら積もる

 2度目の雪のちらついた日には、地上にもうっすらと雪が積もった。よく考えると、はかない春の雪だった気もする。


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はるばる来た蕗

 庭には、石川県からやって来た雪国の蕗(ふき)が、かわいい蕗の薹(とう)を付けていた。我が家の空き地に、地主さんにいただいた蕗を植えているが、こちらは、まるで蕗の薹の気配もない。雪国で育った蕗は、間違いなく寒さに強い気がする。


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今年の冬景色

 暖冬でも、雪を降らせ、ほんの少し冬景色を見せてくれた自然に、何だか「ありがとう」と言いたくなるのは、どういう気持ちだろうか。

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風の国から

 風の国からやって来た水仙も、玄関を明るくしている気がする。まだまだ浅い春だが、その気配は、心を明るくしてくれるようだ。

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紅梅

 奈良トンネルを越えた道沿いに、誰が植えたのか、紅梅やら蝋梅が、満開を迎えている。

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 そして、この2月の主役は、昔から梅の花である。まだまだ寒い空気や風の中、先駆けて咲いてくれる梅には、生きる勇気までももらえるような気がする。
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2019年02月05日

808 曲 が り 角 近 し ? 

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持参品

 この日も、宇和で安い灯油を購入して、風の国に乗り込んだ。野良猫が蓋(ふた)が壊れたゴミ箱をあさって困っておられるようだったので、三連のゴミ箱も、調達してきた。食料品や我々の着替えも入れると、こんなにたくさんの荷物になる。岡の川から運ぶ時、以前ならお父さんが手助けしていただいていたが、今では、私の存在感が増してきた気もする。


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貨物新幹線

 ただし、私もお父さんと同じ無呼吸症候群なので、体調の悪い日には、心臓にくる。畑で、座り込みそうになるときもあるので、お父さんも、人には言われなかったが、苦しい日があったのではなかろうかと、今になって思われてくる。

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新幹線本体

 清見の摘果があまりなされてなかったりした年があったり、少しずつだったが、以前のような仕事ができなくなっておられたのかも知れないとも、今になると思い当たる。


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在来線

 私も、夜、口呼吸にならないように、ヘッドギアを手作りして、無呼吸を予防しているが、なかなかうまくいかない夜があり、そんな夜の次の日は、朝の脈拍数が上がってしまい、苦しい1日になったりする。



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海の風

 もうすぐ退職後、9年目に近づいているので、新たなお肌の曲がり角に近づいているような気もする。50代の後半から、顔のしわが増え、筋肉が落ちて足がスマートになってきた。60代半ばでは、階段を登りずらくなる衰えぶりだったので、散歩中の運動に筋トレを加え、何とか維持している。

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我らの昼食

 結構風が強く寒い日でも、農園で仕事をしていると、体はぽかぽかになる。仕事量を増やすために、コンビニの食料を持って行き、お昼も、農園で食べる。本当に美味である。1年後には、大台にも乗るので、曲がり角は、近づいているのかも知れないが、負けずに頑張りたい。



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デコポンの出っ張り

 ほぼ、デコポンを採り終えた気がするが、収穫したデコポンを眺めてみると、名前通りデコっと出っ張っているものもあるのだが、それほどでもないものもあり、どちらかというと、典型的に出っ張っている物の方が少ない気がする。どうも植えてある畑の土質にも関係があるのだそうだ。ともあれ、1つの区切りが付きそうだ。
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2019年01月31日

807 峠 を 越 え た か も ? 



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私の力飯

 これは、私のこの日の力飯(ちからめし)だ。いつも誰かのおかげで、3食をいただいて、疑問にも思わなかった私も、退職後、少しだけ人間に近づいて、自力で自分の昼食を作ることがやっと板に付いてきた。ただし、中央の野菜とウインナーの炒め物と、茹でた農園の野菜だけが私の作で、頂いた漬け物、酢漬けときんぴら、豚汁は相棒作である。

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スパームーン

 自分で食事作りにチャレンジして以来、少しだけ感謝の心が生まれたかも知れない。昨夜のスーパームーンにも励まされて、6mの長い梁を上げる作業に引き続き取り組んできた。今は、これまでの長い大工作業からも、何かしら学べるものがあるような気がしている。


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第1休憩所

 軒の梁は、既に上がっているが、構造的に丈夫さを保持するために10.5cm角の太い角材を使っている。現在進行中の6本の梁は、9cm角のものになる。それでも十分重いので、クレーンを使ってじわじわと上げるしかない。やっと、第一休憩所までたどり着いた。

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第2休憩所

 そこから、また、えっちらおっちら上げていき、3つの足場に登り変えながら、見上げる第2休憩所までたどり着く。とどめは、足場に登って、屋根の3角に梁を手作業で持ち上げていく。まず、中央をクリアしてから、左右を交互に上げていく。助手のいない私には、1日1本がせいぜいの作業なのだ。


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L字金具

 軒を越えたら、屋根の3角にL字金具が3カ所に付いている。思えばこの3角を上げる時も大変だった。今回の梁を上げる作業では、このL字金具が1つの障害物にもなる。3角は3カ所あるので、その上に梁を運ぶには、3つの足場に登り変えながら、L字金具を越えて少しずつ上げていくことになる。


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様々乗り越えて

 しかも、梁を上げて、白マジックで付けた印に合わせたら、ねじ釘でL字金具に止めていく。高所作業なので、片手は3角か梁、柱などを抱えて落下防止しながらの作業となる。下を見たらぞくぞくする。片手でネジをねじ込むのは、力が要り、休んでは少しずつドライバーを回すというよちよち作業が続く。


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遂に全て上がる

 とにもかくにも、1週間あまり晴天を選んで1本ずつ上げていった。見上げると、軒の2本の梁とその上にくる6本の梁が全て上がった。我ながらよくもまあ、こんな作業が、たった1人でできたものだと感心してしまった。ふう〜!峠を越えたかも。
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2019年01月27日

806 1 0 0 ケ 日

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庭の花

 本当に時は、淀むことなく流れていくもののようだ。49日の法要を終えて、片付けておいた祭壇を、小さなものにして再び設置した。お父さんの遺影も壁の上にかけておいたのだが、100ケ日をむかえて再び祭壇に飾った。


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屋根に干された大根

 ある日、風の国に行ってみると、何と隠居部屋の屋根に干し大根が干してあった。足も腰も痛くて杖をついて歩いておられるお母さんが、家の2階の窓から屋根に出て、棟続きの隠居部屋の屋根に登って干したのであろう。大変な作業だったと思う。びっくりした。


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100ケ日の祭壇

 100ケ日は、少人数の親戚や近所の方が来ていただいて、午後から念仏を申した。お寺の和尚さんは来ないけど、念仏に長(た)けた親戚のTさんが中心になって念仏を上げてもらった。地区に伝わる念仏のテープが存在していて、もう故人になっている方が、とても良い声で念仏を録音されている。そのテープに合わせてみんなが念仏を申すのが習わしとなっているのだ。念仏が終わって、参加した人たちで、最後の塔婆を持ってお墓参りをする。1つの区切りとなった。


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旧式のモノレール

 デコポンの収穫中なので、既に収穫した100キャリーほどのデコポンを、クロチの倉庫から三崎道の倉庫に移動させることになった。クロチの倉庫から道路までは、20〜30mくらいの距離だが、道路まではモノレールで上げる。このように小さな倉庫から選果作業をする大きな倉庫にキャリーを上げていく作業を「まく」と言うのだそうだ。「巻く」なのだろうか?

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10キャリーを積む

 このモノレールは、かなり古いものだし、エンジンがかかりにくいと聞いていた。止めてある場所も不安定な場所なので、なかなか始動のヒモを引くのに苦労する。また、テイクラという燃料を送る装置も付いていないので、チョークだけを引いて始動する。お父さん流のかけ方でやってみると、意外にうまくかかってくれた。


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私よりゆっくり登ってくる

 モノレールには、目一杯の10キャリーを積んで、発進する。20〜30mの距離なので、私は横の道を自力で駆け上がる。モノレールには、道路まで上がると、ストッパーが付いているので、自力でギアが外れて止まる。

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倉庫到着

 軽四をモノレールのゴール地点に止めているので、後は、私が自力で車に積み込む。モノレール2回分の20キャリーほどを積んで、大きな倉庫に運び、並べていく。これも、お父さんがやっておられた仕事だと思う。積み降ろしに力が必要だが、やはり、お役に立てて嬉しい。
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2019年01月23日

805 暖 冬 の お か げ か な ?

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玄関の花

 まだ、玄関には、お正月ぽい花が活けられているこの頃だが、大寒を過ぎ、少し寒い日が増えて、寒さが応える老体の私は、朝の9時を過ぎなければ、外に出て、行動開始にはならなくなった。それでも、9時を過ぎてぽかぽか太陽が顔を出すと、ついに意を決して、小屋の作業再開に踏み出した。暖冬のおかげかな?

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休憩所

 小屋の作業は、山場にさしかかっている。6mもの梁を6本、屋根の三角の上まで持ちあげなければならないのだ。クレーンは、組み上がっている骨組みの中央に立っている。クレーンの動かせる長さは1m40cm程なので、当然、いっぺんに6mの長い梁を持ちあげてしまうことは不可能だ。


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2段目の休憩所

 立っている柱は、4mに近い。軒の梁まで持ちあげるためにも、少なくても2カ所、休憩ポイントを作らなければならない。何ヶ月も悩み、やる気をなくしながら2つのアイデアに恵まれた。1つは、長い6mの梁が休める場所を柱に板を打ち付けて作るという方法だ。

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上げていく

 この休憩ポイントに梁を持ちあげたら、一旦、クレーンを緩めて、引き上げた1m40cmの距離を元に戻す。それで緩んだロープを、休憩所で休んでいる梁からほどき、また結び直して、クレーンを再び1m40cm上げることができるようにする。


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やっと1本上がる

 こうして2段目の休憩場所まで来て、もう一度ロープを結び直す。これで軒の梁の高さまで、上げることができる。そこからは手作業で、足場に上がり、梁を軒の上まで手で持ちあげる。片方が上がったら、反対側の足場に登り替えて、反対側も持ちあげる。かくして、6分の1本目の梁が上がることとなった。

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L字金具に止める

 梁は、軒先が1mなので、吊り上げる前に、端から1mの所に白いマジックペンでけがきをしておく。そのけがきの線を屋根の三角の柱に合わせて設置できれば、後は、3つある屋根の三角に止めているL字金具の穴全てに、3本ずつねじ釘をネジ込んで、設置が完了する。全てが高所作業なので、梁は、1日1本上げればせいぜいであった。


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材木の角(かど)に竹を設置

 さて、2つ目のアイデアは、クレーンの鎖やロープが軒の梁を傷つけずに、持ちあげる梁を上げることができるか、という課題の答えである。骨組みの中央にあるクレーンから伸びる鎖やロープは、梁の重さが全てかかった状態で、軒の梁の角をこすって移動することになる。軒の梁の角は、そのままだと、特に鎖で、必ず破壊されることは分かりきっている。それを防ぐために、孟宗竹を半分に割り、ねじ釘で軒の梁の角に打ち付ける方法を思いついたのだ。これが大成功で、6mの梁の重さも何のその、その竹の曲面で、スムーズに梁を持ちあげる作業が成功した。これには、大感激!!であった。暖冬君ありがとう!
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2019年01月18日

804 少 し 波 に 乗 る

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お土産の灯油

 またまたお土産を持って風の国に向かう。灯油は、ガソリンスタンドより、ホームセンターが安い。また、ダイレックスというスーパーも安い。同じ店なのに、その宇和店の方がもっと安い。そのため、風の国の帰り道で、宇和で購入するのが一番安いことが分かった。ガソリンも宇和が安いのだから、当然の結論なのかも知れない。


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お土産の野菜

 鬼北の農園には、未だ白菜がたくさん残っていたので、今回は、白菜と大根をお土産にした。なかなか畑での作業に参加出来ないお母さんの仕事の1つが、干し大根作りなので、大根を持って行くと、お母さんの仕事ができて良いように思われる。白菜も漬け物にすれば、1仕事になるかもしれない。


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青いポンカン

 クロチのポンカンも、正月から採り始め、既に採り終えることができた。青いものだけクロチの倉庫に保管しておいたが、三崎道の倉庫へ運ぶよう指令が下ったので、モノレールで運び上げ、軽トラで上の倉庫まで運んだ。これもお父さんの仕事だったが、貢献できて嬉しい。


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上に運んだキャリー

 次は、クロチの手前の区画に植えてあるデコポンの収穫に入る。弟夫婦も加わり、4人がかりでの作業となる。人数が多いと、能率も上がるし、何だか楽しい気持ちにもなる。

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新幹線2段

 このデコポンエリアでこそ、新幹線が大活躍する。キャリーを2段重ねにしても、安定して倉庫まで運べる。昔は背中に背負うようにして運んでいたが、体の前に持って運ぶよりは楽だが、足腰にダメージを受けてしまう。新幹線なら、重さは全て塩ビパイプのレールが受けてくれる。


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新幹線3段

 人間は、そのキャリーが倒れないように両手で支えながら、押していけば良いのだ。しかも、この日は、キャリーの3段重ねにも挑戦してみたが、何とかこなすことができた。これこそが、新幹線の威力だと思う。


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収穫デコポン

 結局、この日は、4人がかりで、新幹線の威力も味方して、50キャリー以上収穫することができた。満足満足。  
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2019年01月15日

803 ば た ば た の 作 業

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岡の川のお地蔵さん

 2019年が明けて、暮れから始まった農作業も、少しずつ佳境を迎えてきた。伊予柑の収穫、清見の袋かけ、ポンカンの収穫などなどが展開している。 

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お泊まりセット

 お父さんがやっていた力作業を、少しでもフォローしたくて、冬場に使う灯油を宇和や鬼北で購入して、風の国に届ける。お母さんが三崎で購入することは可能だが、岡の川から家まで運び上げることは、足腰が弱っているお母さんでは、なかなか難しいと思う。ついでに我が家の白菜もお土産に持参する。 

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清見の摘果

 作業は、いろいろ平行して行うが、摘果があまりできていなかった垣内作りの清見の袋かけも、何とか終わることができた。摘果が出来ていないので、あまりにも実の数が多く、木も高いため、なかなか作業ははかどらなかった。 

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なり過ぎ

 ただ、弟夫婦が来てくれる日は、4人で作業するので、はかどり、西側から始めた作業も、何週間かかけてやっと終わることができた。


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袋かけ

 我々夫婦が、お手伝いを1泊仕事にして、その量を増やしたが、以前はその中身を、お父さんがほぼ1人で行っていたはずだ。本当に大変だったと思う。摘果が間に合わない年があったが、お父さんも限界に来ていたのだと思う。


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赤い実

 昼にはほっと一息、お餅を食べたりして元気を取り戻す。どこからか鳥が運んできて、大きくなった木が、赤い実を一杯に付けて、冬に色を添えている。 

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電気柵

 垣内作りには、猪の被害を防ぐための電気柵が設置してあるが、この電気柵の管理もお父さんの仕事だった。畑の杉垣を刈り込んでもらった人が、猪が侵入していることを教えてくれた。放置すると彼らは、ミミズを食べるために、石垣を崩してしまう。 

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電池ボックス

 案の定電気柵には、電気が通じていなかった。電源は充電のようだと言われたが、中を開けてみると、乾電池であった。何カ所か電気柵が持ち上げられて猪が侵入してきた形跡も発見した。電気柵の切れた部分を新しい電線で直し、持ち上げられた電線も直して、新しい電池と交換。立派に機能するようになった。あれこれ訳も分からず、出たとこ勝負のようにばたばたと作業を続けている。

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2019年01月12日

802 驚 き の 流 れ

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夏の農園

 これは、夏の農園の1風景である。暑かったり、台風並みの豪雨に見舞われて畑が、海のように水没してしまったり、暑さに負けて体調を崩してしまったりしたことも、思い起こさなければ、そのまま忘却の彼方に飛んで行ってしまいそうである。


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晩秋の農園

 こちらは、秋から冬にかけての1風景である。草引きをしていたり、耕耘機で耕していたりすると、彼の眠りを妨げてしまうことが何度かある。彼は、次なる春に備えて冬眠中であったのだろう。夏から冬にかけての時の流れも、過ぎてしまうと、あまりの高速に驚いてしまう。


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明るきかな女子

 私も、退職してから、何とか8年をやっとこさ生きのびた。私が退職した年に、12歳だった子供たちは、当然、8年をプラスすると、20歳と言うことになる。ある公民館の企画で、この子供たちの20歳を記念して、1つの集いが催された。

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男子も立派に

 この学年の子供たちは、8人の卒業生として、私と同じ年に卒業していった。この日は、そのうち5人が参加していた。来れなかった1人は、何と箱根駅伝に参加しているということであった。


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いよいよカプセル

 弱冠20歳の子供たちは、眩しい程に若々しく、それぞれ看護師の学校や、JRに就職したり、大学生であったり、様々なポジションで頑張っている様子であった。公民館が主催して、20歳を祝う会なのだが、メインは、小学生だった時に、納めたタイムカプセルを開くという行事であろう。

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お宝発掘

 子供たちは、懐かしい作文や写真、記念の品々と8年ぶりの対面を果たし、蘇る思いや様々なあの時の場面を思い出し、笑顔が弾けていた。子供たちが話す内容から、当時を彷彿とさせるフレーズにもたくさん再会するのだが、あの頃とは違い、本当にしっかりした考えを披露してくれる場面もたくさんあった。


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記念の1枚

 70歳の大台を目前にして、突如体調が狂ったり、「いよいよお肌の曲がり角か。」と思わされる日々が展開している私だが、彼らの笑顔や成長を目の当たりにして、たくさんの元気をもらった気がする。げに、驚きの時の流れかな!   
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2019年01月08日

801 新 幹 線

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冬の朝陽

 いつもお正月辺りに収穫をする伊予柑だが、今年は、年末に収穫をし終えた。狭い2段ほどの園地なので、1日で終わった。続いてクロチのポンカンの収穫を目標に暮れの1日を、その準備やら試しの収穫やらに汗を流した。


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草に埋まったレール 1

 このクロチには、入り口の倉庫から二区画ほど、デコポンが植えられている。その園地の中に、「新幹線」と呼ばれている輸送用の道具のレールがある。新幹線には、塩ビパイプをレールのように設置した道があるのだ。パイプの繋ぎ目は、T字になった鉄筋があって、両方のパイプに差し込み、後の1本を地面に打ち込んで、固定してある。

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両脇を整備する

 キャリーに収穫した柑橘は、なかなかの重さなので、それを運ぶ道具が必要となる。昔は2〜4個ものキャリーを背中に背負って運んでいたらしいが、それをやり過ぎたお母さんは、足腰が半端なく壊れてしまっている。新幹線のように体に楽な道具は、正に新幹線なのだ。

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草に埋まったレール 

 新幹線でキャリーを運ぶのは、お父さんの仕事だった。大変だろうなと横目で見ていた私が、今度は新幹線を運転することになった。まずは収穫前に新幹線のレールである塩ビパイプ周りの整備をしなければならない。

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手鍬で完璧な整備

 塩ビパイプのレールの上に乗る新幹線は、キャリーを積むので、その寸法は、キャリーの幅やら長さやらに合わせた鉄パイプでできている。それを考えて、パイプのレールの左右を手鍬を使って綺麗に掃除する。運ぶキャリーが引っかかる障害物があると、新幹線はすぐに止まってしまう。結局、この案外緻密な作業に、私は、1日を費やしてしまった。

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在来線

 運ぶ道具には、新幹線に対抗して私が命名した在来線もある。こちらも、キャリーの大きさに荷台がなっているが、手で引っぱって運ぶ取っ手が付いており、レールは使わずに小さなタイヤが付いている。こちらも、できれば平らな道が欲しいが、多少の障害物があっても、乗り越えることができる。運転がしやすく、私でもすぐに運転することが可能だ。

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試し取り5キャリー

 結局、この日私は、新幹線のレール周りの整備で終わった。相棒が伊予柑の次なる収穫ターゲットのポンカンを5キャリーだけ収穫していた。道ができたので、そのポンカンを、私が小屋まで在来線で運んだ。何とか無事、運ぶことができた。ここのポンカンは、晩生(おくて)なので、まだ色が青いものが多い。しばらく、倉庫で寝かせることになるだろう。
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2019年01月04日

800 寒 中 に 年 を ま た ぐ

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高月山

 暮れには、尻割れ山こと、高月山にも雪が降り、地上も雪が舞って、今期初雪となった。楽しみに見ていた「西郷どん」も、歴史の裏側のエピソードから、最後は、いわゆる誰もが知る歴史の流れに戻って、最終回を迎え、あっという間に2018年の暮れをも駆け抜けていった。今年も、行ってみたいと思っていた鹿児島旅にはならず、思うだけで終わった。

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寒の桜

 11月頃から咲き始めた気がする寒の桜、1月になった今でも花を残している。不思議な桜だ。3〜4月にこの木は、花を付けるのだろうか、いつも興味はあるのだが、時の流れと共にいつも忘れ去っている私に、「ぼーっと生きてんじゃねえよ。」と活を入れる方が、世の中には、たくさんおられることだろう。


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ビオラ 1

 松野の農業公社から買ってきたビオラの苗が、少しずつ株を広げている気がする。この花もまた、寒さをものともせず、春にかけて子孫を残す営みを続けている。たくましい花だ。


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ビオラ 2

 新しい年になったが、今年は、初詣も、年賀状も控えさせていただき、静かに過ごしている。暮れに鬼北の墓参りを済ませ、年が明けてからは、風の国の墓参りにも行った。

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ビオラ 3

 風の国の祭壇は、49日で取りのけ、仏壇には、100日目に上げる塔婆だけが残っている。お父さんの写真も、祭壇のなくなった座敷にぽつんと残されているので、お爺ちゃんお婆ちゃんの写真の横に、道具を買ってきてやっと掲げることができた。また1つこちらからは、遠くなった気もする。

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ミニシクラメン

 北宇和高校で買ってきた小さなシクラメン、この花も寒さには強く、クリスマスやお正月の頃に元気に咲いている。これら寒さに強い花々は、人間と違い、むしろ、暖冬の冬を軽々と過ごしているのだろう。私はといえば、暖かい秋が終わった頃から、防寒のためたくさん着込んで、やっとこさ過ごしている気がする。


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年末ジャンボ

 一筋の希望と願いを込めて購入した宝くじも、いつものように美事に外れて、あっという間に暮れが過ぎて行った気もする。新しい年、2019年は、昨年のような災害が起こったりせずに、穏やかな1年になることを願ってやまない。ブログを眺めていただく方に感謝しつつ、私も自分なりに頑張っていきたいと思います。今年もよろしくお願いします。
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2018年12月28日

799  足 跡 を た ど っ て み る

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セクシーな巨大大根

 例年のこの時期、鬼北の餅米を60kg風の国に持ち込む。餅米の量としては、おそらく半端ない量なのだと思う。それだけの量の餅つきをやめてしまうのは、あまりにも寂しい気がして、巳午(みんま)餅に使わなかった半分の30kgで、餅をつくことになった。

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干し大根に変身中

 我が家の巨大な大根を携えて、風の国に向かう。その姿を見て、お母さんはさっそく干し大根の製作を始めた。寒くて風のある天気に変わり始め、時機到来と思われたのだと思う。


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竈(くど)セット

 いつもは、我々が風の国にやって来る時刻には、餅つきは半分くらい終わっている。朝早くからお父さんとお母さんで餅つきは進行する。今年は、前日から我々が泊まり込んだ。我々が起きてくる前に、かなりの準備ができている。お母さんの仕事だ。


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餅切り台

 餅米を水に浸けておくだけでも、半端ない仕事なのだが、2つの桶に浸けられていた。餅つき機を倉庫から上げる作業も重くて大変なはずだが、よちよちとしか歩けないお母さんが、いったいどうやって階段を上げて来たのだろうか?それを思うと、次からは、前日ではなく、前々日からやって来た方がいいのかもしれない。

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せいろに詰める

 餅切りをしたり、丸めたりする台は、食堂のテーブルを片付けて上にシートを貼り付けて設置する。今回は、一番遅く起きて朝食を食べた私の食事が終わってから準備された。これも、いつもならもっと早い時間に早起きのお父さんとお母さんによって設置されていたはずだ。

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後は火の番

 例年なら相棒は、お母さんの手伝いに入り、私はお父さんのお手伝いで、火の番くらいがせいぜいだった。しかし、今回からは、餅米をせいろに入れ、羽釜に乗せたり、羽釜の水をつぎ足したり、むせた餅米をお母さんのいる餅つき機の所まで持って行くのも、私の仕事となった。

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例年の半分

 ぼーっとしている私だが、竈(くど)にくべる薪を下の倉庫から持ち上がる仕事には気づき、準備することができた。しかし、私が起きた時には、既に竈は設置されていた。いつもなら、おそらく、これもお父さんが準備をしていたはずだ。

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背戸?(せど)

 白餅、よもぎ餅、蜜柑餅、紫芋餅と下の倉庫につき上がった餅が並んでいく。この並べる作業も、お父さんがやっていたように思われる。私もお手伝いをしたことがある。今回は、人数が少なくなっているのに、私がもたもたしているので、パーフェクターの相棒がその仕事を私からもぎとった。チャランポランナーの私は、竈の火に専念をする。


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疲れを癒やす

 海岸ぶちの立て込んだ集落の家と家の間の狭い空間を「背戸?(せど)」という。餅つきが終わって、その背戸の掃除を頼まれた。飛んできた木の葉やゴミがたまっている。大掃除の1つだと思うが、これもお父さんの仕事だったのだろうと想像する。それらの仕事をたどってみると、今まで見えなかったものが少し見えてきた気がする。  
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2018年12月23日

798  伊 予 柑 の 収 穫

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メロディーラインの紅葉

 雨上がりの薄い霧の中を進む。遅れてきた寒さのせいか、半島の雑木林は、ここへ来て紅葉している。例年ほどではなく、あまり綺麗ではないが、ちょっとだけ目を引く。


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最初の収穫、伊予柑

 この日は、最も早い晩柑類の収穫、伊予柑の収穫をした。伊予柑は、駐車場の横の狭い2段のみの畑で、収穫量もわずかである。とはいえ、モノレールもない場所なので、重いキャリーを人力で運び上げなければならない。

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運び役は、私となる

 いつもならキャリーを持って階段を上がる一番きつい仕事は、お父さんがやっていたのだが、これからは、そうもいかない。私か相棒が持ち上げるしかない。最後は力持ちのS君が少しだけ手伝ってくれて、半日の作業で収穫し終えることができた。キャリーは、全部で32キャリー、軽四トラックで倉庫まで私が運ぶ。何とかお役目を果たすことができた。


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十六夜(いざよい)の月

 その夜は、立派な十六夜の月が、宇和海に登る。親戚のTさんがくれたはまちをさばいて刺身を作り、S君を呼んで酒盛りとなった。私は早々とダウン、明日に備える。

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眩(まぶ)しい朝陽

 翌日は、また、垣内作りの畑での清見の袋かけ、雨が近そうなので、早朝から畑に向かう。この日は、気温が高く、上着も帽子も汗ばんで脱いでしまった。


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倉庫前のカタバミ

 途中から弟夫婦も加わり、作業の能率も上がる。相棒はせかせかと速い。弟夫婦も速いが、私だけがのんびりやっているかもしれない。作業は、畑の半分を過ぎ、東側に少し入ったところでお昼となる。


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気温が高く、夏のような海が見えた

 午後からは、雨になったので、お母さんの指導の下、昨日、摘んだ伊予柑の選果作業を習った。大中小にきれいでないもの、青いものなどを見分けて、新聞紙でまわりを包んだキャリーに選別して入れ替えていく。いつもお母さんが1人でやっていた作業なので、我々は初めてその様子を学ぶことができた。
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2018年12月19日

797  清 見 の 袋 か け

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光に走る舟

 師走に入って、風の国の海も、ぐっと冬バージョンに変わりつつある。空も鉛色の雲で覆われ始め、天使の階段が現れる日が増える。

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雲から出(いず)る光

 そうなると、夏の明るい青い海とは違い、モノトーンの色合いに近づいていく。しかし、それはそれで、冬らしくて心引かれる景色にも見える。

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サンテ(袋かけの袋)

 お父さんが存命の頃は、我々のお手伝いも、行き当たりばったりで、計画等というものはなかった。我々がやり残した分を、お父さんが、平日の間に、補いながら、次の週には、かなり作業が進んでいた。

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なりすぎている清見

 しかし、お父さんがいなくなってみると、お母さんは、足腰の弱りのため、柑橘の仕事はできないので、我々が計画を立て、遅れつつも進めていくしかない状況になってしまった。そして、年末のこの時期は、袋かけの時期なのだ。

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袋をかけていく

 クロチとウマキのデコポン畑がやっと終わり、いよいよ垣内作り(カキウチヅクリ)の清見畑に移った。畑に入ってみると、お父さんが亡くなった頃にやっていた実を間引く摘果が不十分で、実は大きくならず、小さな実が鈴なり状態であった。

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摘果した清見

 仕方がないので、まず、小さな実やきたない実をちぎって、あらあらと摘果をすませて後、残った実に袋をかけるという手間のかかる作業を進めるしかない。おかげで、木の下は、ちぎった清見があふれてしまう。我々はそれを踏んでは、転びそうになる始末だ。

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お父さん愛用のカギ

 3〜4週間で、弟夫婦も帰ってきてくれて、広い清見畑の半分近くまでやっと終わった。畑には、お父さんが木に登る時に使っていた枝に渡して作業をする板があちこちに残っている。また、枝を控えて作業するときに使うロープの付いた鉄筋でできたカギなども残って枝にある。我々は、それらを使いこなすほど熟練をしていないので、お父さんを思い出すよすがとこそなっている。
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2018年12月15日

796  冬 の 旅

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パンジー

 寒々とした灰色の空が広がる中、恒例になっている冬の旅に誘われた。インターチェンジのパンジーも寒そうだ。

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切符

 目的地は、坊ちゃん劇場と温泉の利楽だ。今年は、参加する人数が集まらず、世話役のMちゃんが苦労していた。

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ポスター

 演目は、「よろこびのうた」、私にはあまりなじみのない話であったが、徳島のドイツ人捕虜収容所での、ある捕虜と娘との物語であった。



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収容所所長

 結局、この日参集したのは、19名で、結果的には、この4年で最も多い人数となった。

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キャスト

 バスの中、私のお隣は、88歳のHおっちゃんであったが、おっちゃんは、大変お元気で、バスの中、私同様ビールや焼酎を楽しんでおられた。

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夕空

 参加メンバーは、皆さん高齢者の仲間入りをされた方ばかりであった。私もHおっちゃんと、死んだ父の話などできて、有意義な時間になった。

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記念に

 ワンパターンの冬の旅ではあるが、少し心が豊かになった気がしながら帰ってきた。 
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2018年12月09日

795 残 っ た 仕 事

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イチョウは裸ん坊

 御近所もみじも、既に散り果ててしまったので、最後の楽しみ、落ち葉の観察に神社を目指してみた。予想通り、神社の銀杏の大木は、もうその葉を全て散らして後ろの青空が枝の向こうに見えていた。

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落ち葉も今一

 ここでも、温かい気温を反映してか、落ち葉の色も、何だか冴えない色合いのように感じる。


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色合いが違う

 いつもの風景だが、神社の建物や境内に散り敷く落ち葉の色も、やはり、今一つの色合いであった。夏の頃は、御近所の方が、落ち葉などをほうきで掃いている姿を見ることがあるのだが、この銀杏落ち葉の季節には、誰も、その落ち葉を掃く姿がない。私が必ずその風情を眺めに来るように、誰もが、この風情を愛しておられるのだろうと思う。



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岡の川の広場

 風の国では、49日が来て、その祭壇も片付けられ、古い塔婆やお父さんの持ち物等を浜で焼いたそうだ。お父さんが亡くなった岡の川の広場には、主の1人がいなくなった軽四トラックが静かに止められている。


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岡の川の泉

 岡の川の泉は、この地区で最も水が豊富な場所だ。近所の人たちも、夏でも冷たいここの水を汲んでいったり、手を洗ったり、喉をうるおしたりと、この場所を愛し、頻繁に利用している。午後8時には、眠りにつき、午前1時か2時には目を覚ましていたお父さんは、午前3時頃になると、いつも、この岡の川の清掃に来ていた。


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落ち葉と木の実

 毎日、この岡の川の清掃をする人は、お父さんをおいてほかにはいなかった。「しなくてもいいのに。」と言う人もいたようだが、誰もがここは、きれいなのが当たり前だと思っていたのだろう。お父さんが亡くなった今は、ウバメガシの葉やドングリが落ちていて、ふと上を見上げてみる。何とそこにはウバメガシの木が枝を張っているのだ。掃除をする人がいなくなってはじめて、その存在に気付かされた。これからは、毎年、ウバメガシのドングリをここで目にするのだろうなと、歩きながら思う。


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トロ箱

 馬の脊(瀬・せ)の畑の上には、モノレールの発着場がある。その横にたくさんのトロ箱が積んであった。お父さんが焚き物にするために、どこかからもらってきて積んでいたものだ。これを分解して焚き物にする仕事こそは、お父さんがやり残した仕事だろう。お母さんが、風呂を焚くには、絶好の燃料なので、その仕事を、ある日、私が引き継いだ。


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まずは分解

 私がハンマーで箱を分解していく。相棒はその材を布のヒモでしばって束にしたり、コンテナに入れたりしてまとめる。


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束ねる

 2人の共同作業半日で全て分解、まとめ上げて家の地下倉庫まで運んだ。たまたま岡の川には、力持ちのS君がいて、一緒に倉庫まで運んでくれた。これでしばらくは、お母さんの風呂の燃料も、大丈夫だろう。
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2018年12月05日

794 御 近 所 も み じ 2

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初霜

 霜月を終え、師走に突入、暖冬と言われている今年も、とうとう初霜を観察することとなった。畑に残っていた乳草にも美事に霜が張り付いていた。



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田んぼのコスモス 1

 このところ、空振りばかりの牛糞もらいの三間行き、思わぬ所で、背丈の低いコスモスが、田んぼを飾っている。思わず車を止めてカメラを向けた。


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田んぼのコスモス 2

 遠目からなので、はっきりはしないが、どうもハート型やら様々な形に種が蒔かれているようで、育てた方の心のありようが見えてきて、その余裕やら遊び心が伝わってきた。


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国道向こうのもみじ

 私としては定番の国道向こうの藪を染める紅葉、結構長く目を楽しませてくれる。立派な日本庭園の紅葉とは、ひと味違う地味な風情なのだと思うが、なぜか、心を癒やされる。

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溜め池のほとり

 牛糞をいただく、山の中の牧場、山の中の道に入ってすぐの所に水田用の溜め池がある。ここにも、飾ることを意図していない紅葉がその水辺で赤に染まっている。見過ごせば見過ごしてしまうような1場面だが、この日は、心に届いてきた。

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庭のもみじ

 御近所もみじの最後は、長く父が鉢の代わりにブリキの缶に植えていた紅葉を、数年前、私が畑に植え替えてやった庭のもみじに到る。父以来なので、おそらく長い歳月を経てキャリアは十分だが、背丈はまだ、2mほどの我が家のもみじ。不思議に御近所の最後の最後に紅葉するのだ。


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最後のブルーベリー

 最後の最後と言えば、今年1番に目を楽しませてくれたブルーベリーの紅葉、特大の鉢に2本植えている。ここでも不思議なことに一方は紅葉し、片方は紅葉していなかった。それが、ここへ来てラストを飾るかのように、紅葉していなかった木が、えもいわれぬ鮮やかな色に染まっていた。植物には、それぞれに事情はあるのだろうけれど、今年も、私には、たくさんの心の癒やしを与えてくれた気がする。
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2018年12月01日

793 御 近 所 も み じ 1

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散歩場所のドウダンツツジ

 この秋は、ばたばたと過ぎていき、紅葉や黄葉を目指して出かけるという機会に恵まれなかった。しかし、デジカメのメモリーを開いてみると、意外にその姿が残っているのに驚いた。きっと取り立てて出かけるということはできなかったのだが、普段の日常でふと足を止めて撮影したのだと思う。

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市越池のカーブ辺り

 散歩場所のいつものドウダンツツジ、散歩に行く度にシャッターを切っているのが、判明した。美事な赤だ。また、松野の農業公社にビオラを買いに行くのに、裏道大好きの私は、いつも市越の池の横を通って松野へ出ることが多い。池の紅葉までは覗かず、カーブの辺りの紅葉を撮影していた。タイミングが良かったのかも知れない。


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成川奥の落ち葉

 成川渓谷には、唯一、どうだろうと、眺めに出かけた。何せ5分もかからずに到着する地の利を得ているからだ。奥まで行ってみたが、概ね期待はずれであった。道の落ち葉も、感じは良いが、色合いはまだまだであった。


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温泉辺り

 温泉辺りの紅葉も、やはり、色合いが悪い。暖冬傾向のある時期だったせいもあるかも知れない。

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林の中

 林の中の黄葉も、今一つかな。


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落葉樹

 落葉樹の辺りも、その黄色は、くすんでいるように見える。

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天満神社

 近永に出た帰りに寄った天満神社、いつも銀杏の落ち葉を撮影する場所だが、銀杏は、まだまだで、社の前の紅葉がグッドタイミングであった。
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2018年11月27日

792 巳午(みんま) 2

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昼の海

 巳午の夜は、少し飲み過ぎた私だったが、みんなで賑やかに正月をしていただき、おそらくお父さんも、にこにこと眺めておられたのではないかと、感じた。晴れ男だったお父さんなので、お墓に上がる翌朝も、小春日和の良い天気であった。

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ムラサキツユクサ

 お父さんが、家の地下倉庫に置いているスーパーカブにまたがり、岡の川まで下っていった坂道の石垣には、ムラサキツユクサが、その命の力を発揮して大きな株に発展している。私たちも、お父さんの生命力を一杯に受け継ぎ、パワーアップして生きていけるといいなと、坂道を下りながら思う。


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薄い鏡餅

 巳午餅は、地区のお世話になった方や親戚に配られ、遠方で暮らす親戚方には、送られて、共に偲びつつ、正月を祝う。翌日の墓参り用に薄いお餅も届いているので、それに切れ目を入れて、お墓に上がる。お墓に着くと、その餅を子供がちぎる習わしらしく、我々もちぎるお手伝いをした。墓参りに上がった方々が、それを更に小さくちぎって、それぞれのお墓全てに供える。余った餅は、それぞれがかじって正月の味わいとする。

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風呂の焚き物入れ

 様々な仏事が進行して、後は49日だけとなっている。力仕事担当のお父さんがいなくなり、お風呂を焚く係も、お父さんからお母さんに移行するほかない。地下倉庫から重い薪が入ったキャリーを持ち上げることは、足腰が限界にきているお母さんには難しい。息子が同居しているので、頼まれたら、力になるよう話している。しかし夜勤の多い息子にも限界がある。私も、週末のお手伝いでは、気を配るようにしている。近所のS君が、そのことを心配してくれて何度も風呂用の焚き物を届けて上に上げてくれていた。本当にありがたい。

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野路菊

 49日が近づくにつれ、あまりにも月日の流れが速く、驚いてしまう。風の国の石垣には、もうあちこち野路菊が咲き始め、ツワブキの花は、終わりかけている。


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花盛り

  この野路菊は、風の国の皆さんには、なじみの花だが、あの頃に咲いていたというのも、また、いい思い出の1つになりそうな気がする。蜜柑山のそこここにも、この野路菊は咲いており、お父さんの活躍した場所と自然に結び付くので、また、印象に深い。


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ザクロ

 お父さんが、毎日、がんばって焚いていた風呂の焚き口の前には、ザクロの木が生えている。子供の頃には、大変珍しい果物なので、どこかのお家になっているのを見つけると、食べてみたい気持ちを抑えきれないでいた。今でもその頃をひきずっているのか、食べたくなってしまう。しかし、いざ食べてみると、魅力的に甘酸っぱいのだが、そんなに美味しいものではないのかもしれないと、感じたりもする。しかし、それでも、食べると元気をもらえるような気もするから、不思議だ。これもまた、いい思い出になっていくかもしれない。
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2018年11月23日

791 巳午(みんま) 1

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しめ縄

 10月15日に、お父さんが亡くなって、早くも一ヶ月が過ぎてしまった。信じられない思いのままに35日目の塔婆をお墓に上げる行事も既に終わってしまった。11月の巳の日に巳午(みんま)という行事がある。これは、なくなった人のお正月の行事なのだ。祭壇の前に、柿の木の枝を立て、しめ縄を渡す。このしめ縄は、通常とは逆の左によじった縄を編んで作る。となりのおっちゃんにお願いして作ってもらった。


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伊勢エビのお供え

 お父さんが亡くなったことを聞いた運送屋さんが、大きな伊勢エビを、お供えにと持ってきてくれたので、大きい方を、分解しながらうまく中身を抜いて、剥製にしてみた。お供えとして1つの思い出になったかも知れない。

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地区のお寺

 巳午の日は、7:30にお餅が届く。それを手分けして、お世話になった方や親戚筋に配っていく。坂の多い風の国なので、なかなかの労働になる。弟と私は、お寺に参ることとなっている。地区の集会所にも、臨江庵というお寺がある。地区の人たちの中に、念仏を申す方がいて、仏事を行う風習があるのだ。地区の人たちの信仰心から生まれた場所で、正式なお寺ではない。

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餅を供える

 集会所とは別棟に、かなり広めの部屋が2つあり、地区の方々の信仰の対象となるのであろうか、様々な仏様が並んでいる。その祭壇に亡くなった方の名前を書いた紙を貼り、2升餅と呼ばれるお鏡を供え、お線香を上げるのが習わしのようだ。この地区の先祖代々の方々を祀っていると言えるだろう。


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伝宗寺の大楠

 続いて、伝宋寺という三崎にあるお寺に参る。ここには、その境内に、樹齢1000年あまりと言われている天然記念物の大楠が鎮座している。

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位牌堂にもお供え

 本堂から堂内を通って裏手の位牌堂に向かう。地区ごとに巳午の祭壇がしつらえてあるので、そこにお米1袋とお菓子や果物を供えて線香を上げて帰る。ここまでが、昼間の巳午の行事となる。

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夕刻に近づく

 しばらく休憩するうちに、海も暮れてきて、4時頃からは、第2部ともいうべき宴会が始まる。故人のお世話になった方々や親戚うちが集まってくる。お正月なので、賑わしく折りやお酒が振る舞われ、個人と共に一時、永遠の時を過ごしていく。
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2018年11月19日

790 あの時に帰ってみる 2

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岳人山さん

 さて、夕方からは、JAのホールで、80周年記念の祝賀会が行われた。この夜の会でも、岳人山の尺八演奏で始まり、素晴らしい演奏に皆が酔いしれた。我々は、同級生が同じテーブルにつき、懇親の祝賀会は、進んでいった。

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O君、MIっちゃん

 我々が、高校生だった頃は、エレキバンドが隆盛し始めた頃であった。お父さんがギターを教えていたO君から誘われて、私とJUNちゃんは、O君が始めようとしていたエレキバンドの一員になった。当初は、4人がそのメンバーであった。中心のO君がリードギター、OKAMOTOがサイドギター、そして、JUNちゃんがベースギターの担当だった。私はといえば、何とドラムス担当であった。これらの楽器演奏は、全てO君がそのノウハウを知っており、後の3人は、全くのド素人であった。O君はレコードを聴いて、リードギターやサイドギター、ベースギター、ドラムなどの音を譜面に起こし、メンバーの指導をした。私も、ドラムの叩き方を1からO君に学んだ。


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H君、N君

 エレキのギター2本は、O君が所有していて、JUNちゃん担当のベースギターは、4人がアルバイトをして後日購入したような気がする。私の担当だったドラムは、大変高価な楽器で、当時で5万円以上したので、とても買うことはできなかった。当初、4人の練習場所は、出目の集会所だったが、ドラムはないので、段ボールを大小3〜4個並べて置き、シンバルの代わりには、集会所のブリキのちりとりを針金で天井から吊して、スティックでそれを叩いていたのを思い出した。


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H君、S君

 我々の演奏の発表場所は、予餞会だったように思う。あの記念式典があった体育館がその舞台だった。最初に我々が挑戦した曲は、ベンチャーズのパイプラインであったと思う。たぶん、1年目は、ベンチャーズの曲をいくつか演奏をしたのではなかろうか。私は、なれないドラム演奏のため、授業中も隠れて机の中や教科書の上を指で叩いて練習をしていた記憶がある。

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記念に

 結局、この祝賀会に集まったバンドメンバーは、O君とJUNちゃんと私の3人が集まった。1年目の演奏では、既に散髪屋さんになっていた中学の同級生が持っていたドラムをお借りして臨んだ。熱意だけはあったので、練習に打ち込んだ私だったが、練習をやり過ぎて予餞会当日は、筋肉痛になり、バスドラムがあまり叩けない状態であったという笑い話で終わった。


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Tちゃん

 2年目は、少し進化して寺内タケシとブルージーンズの曲を数曲演奏した。これもO君の好みで、リードギターの見せ場がすごいというところが、その選曲の理由だった気がする。ちょうどその頃、出目に広島研磨の工場ができるということで、夏休みのほとんどを費やして、我々4人は、工場の予定敷地の草刈りのアルバイトを行った。おかげで、やっと我々は、大枚5万5千円の立派なドラムを買うことができた。

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ご夫妻

 最後の3年目は、ブルージーンズに加えてタイガースの曲など、十数曲を用意していた。バンド練習にのぼせて、私は、大学入試の勉強も1mmもせず、結果、浪人をするはめにもなった。しかも、3〜4曲終わったところで、生徒指導の先生からストップがかかり、そこで我々バンドメンバーの予餞会は終わってしまった。

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2次会にて

 卒業式を終えた日曜日に、結局、我々は練習した全ての曲を、聴きたい生徒に来てもらって、学校にも許可をもらって、あの体育館で最後のお別れコンサートを実現した。JAでの祝賀会も、滞りなく終わり、我々同窓生は、2次会場のスナックに移動、JUNちゃんは、来てくれる予定であったと思うのだが、都合で姿を見せてくれなかった。我々同級生の一番出世のJUNちゃんではあるが、少し雲の上に届き、我々の世界からは、離れてしまったのかも知れないと、少し寂しい思いも起こってきた。
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2018年11月15日

789 あの時に帰ってみる 1

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校門の表示

 あの頃の仲間たちも、今では、あちこち不具合が出てきて、元気は、次第に今一になって来ているだろう。そんな何人かが、原点の場所に集まることになった。我々がいた頃は、まだ、木造校舎であったのが、今では鉄筋の校舎になっている。この鉄筋の校舎になってからも久しい気がする。何と我々が、ここを卒業したのは、50年、つまり半世紀前なのだから、自分でも驚いてしまう。


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校門の絵

 校門には、創立80周年の祝賀と記念の文化祭の表示と生徒が描いた絵が、出迎えてくれた。体育祭で大きな看板の絵を、私も、描いたことがあるのが思い出された。私は、高校時代いつも一緒にこの高校に通っていた3人の中の1人のMちゃんと乗り合わせてやって来た。当時の建物で、今でも残っているのは、体育館だけである。体育館は、我々が在学中に、建った気がするので、この体育館も、50年以上の月日を経ていることになる。


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式典場

 式典では、岳人山さんの尺八演奏にまず心を打たれた。式場の体育館は、外装を塗り直したり、様々なリニューアルはしたと思うが、基本的には、昔と変わらずの様子であった。ここは、主に私の親友のS君が頑張っていたバスケ部の練習場所であった。私が規則を破ってオートバイ通学をし、この体育館の地下にオートバイを置いていたというむずがゆいような思い出も蘇ってきた。

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岳人山の演奏

 学校に遅れそうになりながら、オートバイで家を出る。時間すれすれに体育館の下に、裏門から滑り込む。模擬テストがあっても、サッカー部の練習試合を優先し、優しいK先生に、「お〜い、○○、もうテストが始まっとるぞ〜。」言われ、「先生〜、試合も始まっとるので、行けません〜。」何と危なっかしくも、のどかな高校生活だったことだろうか。その優しいK先生も、既にお亡くなりになった。


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JUNちゃんの演題

 さて、我々仲間たちが、50年ぶりにここに集うことになったのは、80週年記念式典で講演をする四電工取締役会長になっているJUNちゃんこそが、私とこの高校に通った仲良しメンバー3人の中の1人なのだが、彼の講演を可能な同窓生みんなで聞きに行こうということになったからだ。MIっちゃんと私とJUNちゃんの3人は、下校途中、飽きることなく話ながら、登校も下校も一緒にしていた思い出がある。よくもまあ、そんなに話があるなと思われるほど、分かれ道で、30分、また次の分かれ道でも30分、尽きない話をしていたのに、今更ながら驚く。毎週、3人が徹夜で英語のテスト勉強をしたこともあったっけ。


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JUNちゃん

 我々は、いったい何を話していたのだろうか?記憶に残っているのは、女の子の話を多くしていたような気がする。「自分の好きな子は、だれそれで・・・」などという他愛もない話であったように思う。土日に主がいなくなる住宅に、その家の息子、我々の同級生と、10人ほどがたむろして、夜通し遊んでいた。我々は、賢くも秘密裏に夜遊びをしていたのだ。数々の冒険もしたが、もはや、時効とということで流していただきたい。

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グランドから空を見上げる

 大学生の時、お父さんを亡くし、学生生活を続けられるかという窮地に陥ったJUNちゃんの人生の話は、今の高校生にどれくらい届いたかは分からないが、我々同級生には、十分に心に響いてきた。彼は、四国電力時代、初期には広報関係の仕事をしていた時があったが、毎朝、全国紙やら地方紙やらの新聞を10紙ほど読んでいるという話を彼から聞いたことがあった。私はその時、そのエネルギッシュな仕事ぶりに大変驚いたことを覚えているが、その時、彼の未来や時代を見る目が養われたのではなかろうかと思えた。一時、彼の講演を聞きながら、私は、あの懐かしい時代に帰ってみることができた。
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2018年11月11日

788 ク ル ミ の 涙

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牛鬼

 秋祭りの牛鬼が、子供たちの一時の夢を乗せて、秋晴れの空の下、家々を回っていく。亥の子の実入りよりは格段に良い牛鬼(秋祭り)の収入は、昔も子供たちの楽しみの1つだった気がする。この季節、秋から冬にかけて、我が家の空き地では、しっかりと実の詰まったクルミを収穫することができる。

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大木となりにけり

 クルミの木は、既に葉を落とし、空に大きく手を伸ばしている。この木は、すこぶる生長が速く、1年で3m〜4mも枝の長さを伸ばしていく、単純に計算してみても、空恐ろしい数字をはじき出すので、計算しないことにしている。

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日々たくさんの実が・・・

 そのため、油断すると、お隣さんの土地の上空に枝が伸びてしまう危険がいっぱいの木なのだ。たまたま興味を持って大枚4千円以上支出して買い求めた苗、あまりの生長の速さに驚いて、庭に植えたものを、1年で掘り起こし、空き地に移植したという、いわくつきの木なのだ。


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何日分かを集めてみても・・・

 したがって、毎年、枝を切るという作業をしてきた。しかし、枝を切ってしまうと、あまり実を付けなくなってしまう。そこで、枝を2年間切らずに様子を見た。すると、予想通り、今年は、たくさんの実を付けた。拾っても拾っても実が落ちてくるのだ。

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庭は埋め尽くされていく

 家に持ち帰り、庭にぶちまけてみると、かなりの量であることが判明する。頭の中で、まだ、枝に残っているものと合算してみると、ここに並んでいるものは、全体の5分の1くらいだろうか?


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クルミの涙

 これは、限りない豊かな実りの姿なのだが、その一方で、巨大に生長してしまった枝の行く末をおもんぱかれば、背筋が寒くなるような光景しか思い浮かばない。計画通り今年こそ枝を切るしかない。あまりにも大きく生長したクルミの木は、ノコの目が入る度にその傷口から大量の涙(樹液)をこぼした。何だか、かわいそうな気がしてくる。


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桁(けた)外れの量

 果肉を除(の)け、水洗いしたクルミの実は、見たこともないくらい大量の実りになっている。涙を流したクルミ君たちが、一生懸命育てた実りなので無駄にせず、有効にありがたくいただくしかないだろう。「ありがとう!お疲れ様でした。」  
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2018年11月07日

787 西 に 走 っ て み る

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鬼北の空

 突然の出来事が起こった週は、鬼北と風の国を何往復もした。秋の終わりの空を、落ち着いて眺める余裕もなかった気がする。

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スーパーカブ

 お父さんの仕事の主たるものになっていた風呂焚き、お父さんがその薪を作る空間がある。敷地の一番下になる。地下2階になる倉庫のような部屋だ。薪割りはそこで行われるので、必要な道具が全て揃っている。私もお父さんに習って、そこで薪割りをしてみた。なかなか大変な作業だ。その部屋の前に、お父さんのスーパーカブが収納されている。


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西へ

 ふと、このカブの行く末を思い描いてみた。主を失ってしまったカブは、この倉庫の中で、じっと時を刻んでいる。雨を防ぐ屋根の下なので、すぐに錆びて朽ち果てることはないだろう。しかし、主を失ってしまったので、誰もそのエンジンをかける者はいないかもしれない。近々そのバッテリーがあがってしまうことだろう。

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西側の海

 私もバイクの免許を持っているので、ふと、乗ってみようという気になった。坂の多い風の国なので、何十年も乗ってないカブに乗るのは、少し危険な気もした。気付くと、お墓のある西の方角へ走っていた。この地区を外れた所まで来ると、断崖絶壁から海が見える。


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裏側の梶谷鼻

 例の梶谷鼻の裏側に出た。蜜柑山はまだまだ続き、道は山を越えて三崎の町まで続いている。

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第2の梶谷鼻

 次の鼻には、第2の梶谷鼻にあたる岩山が2つ見えてくる。この鼻を回ったところで、Uターンして岡の川まで帰ってきた。途中でいつも助けてくれるS君に出合う。彼もバイクに乗るので、時々、乗ってほしいと頼んでみた。快く引き受けてくれた。お父さんも、彼に乗ってもらえれば、本望だと思う。


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足を分解

 お父さんの突然の死を知らなかったという、いつもミカンなどを運んでくれる運送屋さんのNさんが、巨大な伊勢エビを持ってきてくれた。仏前に供えようと考えて、中身を苦労して取り出し、分解してみた。


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胴体も身を抜く

 胴体は大きいので、比較的身を出すのは、容易にできるが、足などの細い部分は、折れないように細心の注意をして身を抜くのは大変難しい。しかし、これを再び組み立てるのはもっと難しそうだが、何とか完成させてお父さんに見てもらいたいものだ。
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2018年11月03日

786 秋 を 行 く 2


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ブルーベリーの紅葉

 足下が寒くて目が覚める秋の夜、朝晩本当に寒くなった。もう冬に突入しているのかも知れない。ふと見ると、我が家の鉢植えのブルーベリーが、紅葉していた。今日も引き続き農園の秋?初冬?を少し巡ってみたい。


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消滅寸前のほうれん草

 まずは、難しいほうれん草、枯れて消滅しそうだったのだが、近所のもう亡くなったJ君のお父さんが言っていた言葉を、突然思い出して実践してみた。それは、「ほうれん草にとっては、石灰こそが肥料と同じなのだよ。」という言葉だった。

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美事復活!

 そこで、まず、ほうれん草を植えた畝と畝の間を少し掘って、小さな溝をこしらえた。その溝に顆粒の苦土石灰と化成肥料を撒いてみた。一雨降った後は、何と魔法のごとく、ほうれん草は蘇り、青々とした葉っぱに戻ってくれた。経験に満ちた先輩の言葉こそ、いとめでたけれ!


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生姜の株

 日照りが嫌いな生姜君も、あまり立派にはならなかったが、何とか育ってくれた株もいくつかは、できた。


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収穫生姜

 小さな生姜ではあるが、煮魚に入れたり、佃煮にしたり、重宝した。


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エンドウたち

 10月に入って種を蒔いたスナップエンドウと絹さやエンドウも、無事、芽を出した。しかし、経験では、これから寒くなるにしたがい、寒さにやられる可能性がある。何とか乗り越える手を考える必要がある。

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春菊順調

 鍋のおともの大葉春菊も、何とか発芽したので、これからの鍋の季節に、頼もしい相棒になってくれそうだ。


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試し掘り

 試し掘りしたサツマイモも、まずまずのサイズのものもあり、何とか安堵するに至った。実りの秋は、いと楽しである。
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2018年10月30日

785 秋 を 行 く 1

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メアカ芋

 ばたばたとしている間に、ずいぶん肌寒い気候になって来た気がする。ハウスの横に植えている芽赤芋(めあかいも)の葉っぱもかなり立派に生長しているので、収穫の秋になったかも知れない。里芋の方は、なぜか消滅寸前の寂しい秋になっている。

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順調、ニンニク

 九月に植えたニンニク君たちは、例年の2倍の牛糞を与えたからか、順調に育っているようだ。冬場に異変が起こる可能性があるので、気を付けていきたい。


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ジャンボも元気

 ジャンボニンニクは、10月に入ってから、ずいぶんとしっかりしてきた気がする。やはり、順調な秋で推移している。楽しみだ。

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頼りなげな状態から

 同じく9月に種を蒔いたニンジン君、間引きも終わり、少し頼りなげな様子で、秋のスタートを切った。

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しっかりしてきた

 今では、10cmオーバーの背丈になって、こちらも順調な秋と言えるかも知れない。


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美味しそう!

 こちらも、9月に種を蒔いたチンゲン菜、びっしりと元気よく新鮮な葉を繁らせてきた。間引きして食べたら美味しそうである。こちらは、さしずめ、美味の秋かも知れない。

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既に立派!

 こちらは、今年初めて植えた小松菜、大変生長が速い野菜でびっくりした。美味しいからか、虫が穴を開けている。立派になりすぎて食べきらない気がする。御近所に配るしかないだろう。

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友達ができたのか?

 この小松菜をズームアップしてみると、まだまだ元気なのか、限界まで来ているのか、バッタ君が羽を休めていた。私の地味〜な農業だが、命を感じ、元気をもらえる秋を見た気がする。
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2018年10月26日

784 前 に 進 も う

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海の夜明け

 ずんずん歳をとると涙もろくなる傾向があるが、私も例外ではなさそうだ。物心ついた頃、私の周りには、母親と祖母がいた。父親の姿はなかったが、特段不思議にも思わなかった4歳の頃であった。小学校低学年の頃、父親は、母を困らせた人間であったと、叔母から聞いた。その父親の子供であることから逃れることのできない自分なので、その話にショックを受け、その話をした叔母を恨んだ記憶がある。


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あの時収穫したミカン

 小学校入学と同時に、母は再婚し、私には、初めて顔を見ることができる父ができた。母と2人で暮らした時代もあったが、今思うと、かなりの極貧生活だったのだろうと、想像できる。最もひどい時は、一週間、三度の食事のおかずが、ニンジンのみであったという記憶がある。

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ひのらの植物

 母は、小さな私に「ごめんね。」と謝った。私は幼すぎて、自分たちの置かれている状況に思いが及ぶことがなく、母の作ってくれたニンジンの煮物の美味しさに十二分に満足していて、なぜ母が謝るのか分からず、あっけらかんとしていたことも、記憶に残っている。

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フェリー

 父無しの生活からスタートし、私が30代の頃、母も早くに病死、続いて父も逝ってしまったので、風の国のお父さんやお母さんに出会えて、私としては、内心、とても嬉しかった。また、温かく家族の一員として迎えていただいたので、更に嬉しかった。

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風呂の焚き口

 風の国のお父さんは、花や植物が好きで、ひのら(庭)には、お父さんが育てていた様々の植物の鉢植えが並んでいる。朝晩の水やりもお父さんの仕事であった。足腰の弱っているお母さんがその仕事を受け継ぐのだろうか?


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小さく割った焚き付け

 また、晩年、風呂を沸かす仕事を自分の役目としていたお父さん、薪を割ったり、下の倉庫から運んできたり、力仕事はお父さんの役目であった。風呂に入らない訳にはいかないので、これもお母さんの仕事になるのだろうか。少しでもお役に立てるようにしていきたい。

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お母さん用の台

 台所に荷物などを置くのに、お母さんが便利になるよう小さな台を、鬼北で、製作中だった。一度作って持って行ったが、サイズが合わずに持ち帰った次の朝に、お父さんが亡くなってしまった。1歩を踏み出すために、台は完成させることができた。


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風の国の明け方

 私は、また、父のいない状態に戻ってしまったが、いっぱい良い思い出をもらったので、それを大切に心に持ち続けて、前に進んでいきたい。
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2018年10月22日

783 グ ッ ド バ イ 2

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遙かに海を

 まさかあの何気ないグッドバイが、本当のグッドバイになるなんて、おそらく誰も思わなかったはずだった。風の国から帰った翌日の月曜日の朝、風の国のお母さんから突然の電話があった。その日は、お母さんが病院に行く日だった。


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昼の月

 電話は、畑に野菜をとりに単車で出かけたお父さんが、岡の川で倒れていて、救急車で運ばれたというものであった。救急車という言葉に少し驚いたが、倒れて骨折でもしたのかも知れないと考えた。あまり焦ることもなく、風の国に向かった。途中、救急車は、八幡浜の市立病院に向かっているという連絡があった。


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不思議な虹

 高速を降りて、宇和を走っている時、急いで来るようにという連絡が、お母さんから届いた。何だか胸騒ぎがしてきた。骨折ではなく、頭でも打ったのかも知れないと思う。しかし、いつもヘルメットをかぶっているお父さんなので、大丈夫だと、心を静めようとした。

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梶谷鼻

 病院に着いてみると、お父さんは、救急処置室からまだ、出ていないということだった。途中、生命維持装置を外すかどうか、続けても、戻らないのだという情報も入って来た。岡の川で倒れていた時、ぬくもりはあったが、実は、心肺停止の状態で発見されたらしい。結局、病院では、蘇生の可能性が既になかったようだ。警察が検死を行ったり、風の国の現場検証をしたり、病院に着いても、6時間以上お父さんの顔を見ることはできなかった。



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お通夜

 我々以外にも、弟(長男)夫婦などが病院に集まり、様々、警察の事情聴取をされて、お父さんは、とうとう、葬儀社の車で帰宅することになってしまった。何ということだ。帰宅して、夕方からは、情報を得た弔問客の方々が、たくさんやって来られた。お通夜は翌日行われることになり、お父さんの兄弟、大阪の親戚の方々が、駆けつけてこられた。


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葬儀

 葬儀は、水曜日に八幡浜の葬儀場で行われることになったが、葬儀場の事情や火葬場の事情で、葬儀の前に火葬にして、葬儀場に向かうこととなった。しかし、いくら考えても、目の前で進んでいることが、どうにも信じられない。前日、一緒に採った蜜柑を運んだり、普段のように元気なお父さんだったのだから・・・。


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葬儀場の絨毯(じゅうたん)

 今年になってのお父さんは、あまり畑に行かなくなり、もっぱら風呂焚きなどの仕事に専念することが多くなっていた。病院の先生によると、お父さんの死因は、心不全による突然死であった可能性が高いということであった。

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思い出

 お父さんは、5〜6年前に前立腺ガンで、松山の病院に通い始めた。その前から、蜜柑山で一緒に仕事をしてきたので、前立腺にヨウ素カプセルを入れた後、お父さんの元気が以前よりなくなってきたのを、感じていた。数値が良くなり、また、元気が戻るだろうと思っていたのだが、・・・。


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畑から海と家を望む

 お父さんは、夜間無呼吸症候群の治療をされていた。私も、無呼吸で、時々、畑で原因不明の心臓のハタハタを経験している。無呼吸は、心不全のリスクを高めると聞いたことがある。1分も2分も呼吸が止まると、当然、体は酸欠状態になるだろう。すると、じわじわと内臓などがダメージを受けていくらしい。


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ぽっかり雲

 この最近は、主な仕事が、風呂を焚くことと海を眺めることになっていたお父さんは、元気な頃、高い蜜柑の木にも軽々と登り、枝の先で安定した仕事をしておられた。手足が痺れて、しかも、力がない私などは、はなから木に登ることなどは、あきらめている根性なしで、お父さんとは、雲泥の差だった。ふと、単車で走っているお父さんや、軽々と蜜柑の木の高いところで作業している姿や、岡の川で掃除をしている姿や、海を眺めている姿が、はっきりと目に浮かぶ。
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2018年10月19日

782 グ ッ ド バ イ 1

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秋の雲

 あの地獄のような暑さは影をひそめ、秋らしい雲が空に現れる日が多くなってきた。もう台風も来なくなり、風の国も穏やかな秋の陽に包まれている。風の国の家の上には、お母さんが野菜を作っている畑がいくつかある。私も時々出かけて、野菜をいただいたり、草引きのお手伝いをする。

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畑からの港

 その畑のうち下にある家の上の畑からは、地区の港や波止(はと)がよく見える。お母さんがお元気な頃は、畑までの道もきれいに草が引かれていたが、この最近は、名残の夏草に覆われていることが多くなってきた。

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久しぶりの獲物

 ある日、お手伝いの合間に、夕方、釣りに出かけてみた。なかなか釣れない場所が多い中で、昔ながらの場所に行き、竿を出してみたら、ぜんごアジや大ぶりのアジなどが釣れた。短い時間なので、数は多くないが、夕飯のおかずにはなった。

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草に覆われた小道

 畑に通じる小道が、あまりにも草に覆われているので、翌日の朝、この道の草引きをしようと、鎌を手に出かけた。下の畑から更に上がると、上の畑に通じている。大まかな草の処理ではあるが、鎌で草を刈ったり手で引いたりして、道が見えるように頑張った。


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草引きを終えた小道

 下の畑の道も、草だらけであったので、同じように草引きをして、道が見えるようになった。お母さんがこの道を通るとしたら、あまりにも危険な状態だったので、これで少しでも、お母さんの野菜作りに貢献できたかも知れない。

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削った石段1

 家から下の畑までは、30mほどの坂道の小道である。坂の急な場所もあるので、そんな場所には、石段が作られている。その石段も、泥が流れてきて、ただの坂道になってしまっていたので、泥を削り、元の石段になるように頑張った。

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削った石段2

 足を乗せることができる石段が復活すれば、ゆっくり這うように歩いて行くお母さんの安全も少しは確保されるだろう。足も腰も痛いお母さんだが、動かなくなったら本当に歩けなくなると、いつも言っておられるので、少しでも長く、好きな野菜作りが楽しめるように、これからも貢献していきたい。


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遠くの夏雲

 海の向こうには、まだ、夏ぽい雲も並んでいる。帰り際、我々の忘れ物を届けに、岡の川の車回し場まで、お父さんがその忘れ物を届けてくれた。私も軽トラのカギを返し忘れていたので、お父さんに返す。相棒が「バイバイ!」と、いつになくおどけた物言いで、お父さんに別れを告げた。これがその日のグッドバイの場面であった。
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2018年10月13日

781 秋 め ぐ り

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秋の夕暮れ

 気温の上がり下がりが激しい気がする。夏の名残の台風が過ぎてしまうと、涼しい秋が、少し肌寒い秋がやって来ているのだろう。台風の前後に、秋めぐりをしてみた。

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1回目の収穫

 通常の栗の方は、落ちるのが早く、8月末頃から落ち始める。私の得意の山栗拾いは、早いところで、9月の28日くらいから収穫ができる。なぜか山栗を拾いに行くと、とても楽しくなる。子どもの頃のわくわく感が蘇ってくるからかもしれない。

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2回目大きい分

 山栗が落ちる時期は、通常の栗よりは遅いが、種類によって落ちる時期がまちまちである。収穫してみて、よく見ると、その大きさも、また、まちまちだ。大きなもので、通常の栗の6〜7割の大きさである。

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2回目小さい分

 小さなものも、大きさはまちまちで、最も小さなもので1cmくらいだ。台風前に、1回目の収穫に出かけた。私の山栗拾いの場所は、一応秘密の場所としておこう。5カ所ほどその場所はあるので、一通り回ると、拾う時間も入れて、車で1時間以上かかってしまう。この1回目の収穫は、127個だった。


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並べてみると

 台風明けに、2回目の収穫に出かけてみた。時期が良かったのか、台風の風のおかげか、この日は、時間も2時間オーバー、数は、317個もあった。茹でて通常の栗と食べ比べてみると、山栗の方が、遙かに甘く美味だ。山栗は、栗の大好きな風の国のお母さんへのお土産となり、貢献する。


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柿もゲット

 この日は、午後、もう一つ秋めぐりに出かけてみた。内子の道の駅カラリから大瀬の方へ向かい柿を買いに行くドライブ、これも、秋の定番になっている。台風明けで、出てない場所も多かったが、何とか確保することができた。1袋4個ほど入って100円、何たるお得感だろう。これも、風の国へのお土産とした。



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なぎ倒された木々

 往きは、高速利用でのドライブだったが、帰りは、肱川沿いの道を日吉に向けて走った。7月豪雨の傷跡が、川沿いの木々をなぎ倒し無残な様子で、ダムの放流後の流域の方々の恐怖感が分かるような気がした。
posted by tentijin at 08:16| 愛媛 ☀| Comment(6) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

780 冬 バ ー ジ ョ ン へ

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まだ、元気

 やっと最後と思われる台風が去って、短いかもしれない?秋空が広がるようになった。農園も、夏の昆虫たちが、まだまだ元気だが、痛手を被(こうむ)った夏野菜たちが終わりの時を迎えている。

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発芽したほうれん草

 農園は、冬バージョンへの切り替え中だが、多めに植えたほうれん草が、モミガラの保湿効果で、美事に芽を出してくれた。しかし、このほうれん草の難しさは、発芽しにくい点もそうだが、この後いかに元気に育つかというところも、難しいところだ。うまくいくかは、まだ、未知数だ。

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ちょっと生長

 ほうれん草は、一週間あまり経過してほぼ順調に育っている気がする。しかし、経験では、この後、こしくれてしまう経験もしているので、予断を許さない。

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小松菜、元気!

 今年、意識して導入したのが、小松菜である。彼らは、発芽率も良く、育ちも悪くないように思える。わりと、作りやすい野菜なのかも知れない。立派になって楽しみたいものだ。

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大根、順調

 冬野菜で最も作りやすいと思われるのが、大根であろう。条件が悪いと、発芽しにくいのかも知れないが、いつも合格点をやれるくらいうまく発芽してくれる。温暖化が進むと、虫が長く元気を保ち、葉っぱが穴だらけになってしまう。それでも、たくましく育つのが大根だ。既に直径3〜4cmの太さになっているものもある。


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長(白)ネギ、植え替え

 長ネギを放置していたら、ネギ坊主ができて種が落ち、勝手にネギの苗が育っていた。仕方がないので、植え替えてやり、生長してもらうことにした。

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これも、順調

 その苗も順調に根付いて大きくなりつつある。しかし、この冬はまだ、収穫には至らないだろう。1昨年から植えてある親たちが冬の鍋料理などを賑わせてくれるはずだ。少しずつ冬バージョンが進行中である。
posted by tentijin at 10:52| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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