団塊世代の奮闘記

2019年05月24日

836 感 謝 の 日 も 終 わ り

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たけのこ

 人生で母親に何かプレゼントしたことは、1度しかない。新聞屋さんで働いていた19歳の時、人生最初の給料をもらった折に、それを実行した。確か籐で編んだ買い物籠と財布を送った気がする。以来、母が亡くなるまで、プレゼントらしきものは、あげたためしがなかった。

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不思議な花

 その後悔の思いをずっと心の底に置いたまま、生きているような気もする。風の国のお父さんやお母さんのお役に立てたらという原動力の1つに繋がっているかも知れない。表だっては言葉にはできないが、お母さんの好きなタケノコを調達したりすると、少し満足してしまう。

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蜜柑の花

 風の国お手伝いに出かける時、三間の田んぼで不思議な光景を目にした。田んぼ一面に吾亦紅(われもこう)のような赤い花が咲いていたのだ。昔、田植え前の田んぼにレンゲが植えられていた様子に似ている。ひょっとしたら、同じように田んぼに良い肥料になる植物なのかも知れない。

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使わせてもらってます

 風の国は、収穫の順をたどるかのごとく、伊予柑、ポンカン、デコポン、清見、サンフル、と次々と蜜柑の花が咲き、そこら中、花の香りで満たされていく。ある日、私のかぶっていた帽子が汗になっている様子を見て、お母さんが、お父さんが使っていた帽子を渡してくれた。風の国へ行った時は、その帽子をかぶって作業をする。お父さんの使っていたスリッパなども、お借りして動く。ささいなことの中に、感謝の気持ちが湧いてくる。

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蜜柑の新芽

 畑では、花に加えて、蜜柑の新芽が、新鮮なお茶の新芽のように延びていく。毎年繰り返される光景だが、この時期は、畑も命の営みに充ち満ちている。


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昼食

 コンビニ調達のサンドイッチとコーヒーで昼食を取る。畑で昼食を取ると、作業時間を増やすことができる。草刈りなど、時間のかかる作業の時は、この方法に限る。作業が出来るのは、週1なので、これに勝るものはないような気がする。

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母の日の花

 風の国のひのら(前庭)には、皆さんから、母の日のプレゼントの花々がいくつも届いている。何だか心がほっこりとしてくる。
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2019年05月21日

835 久 々 の 登 山 2

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高山植物 4

 土小屋の駐車場までは、面河渓谷から石鎚スカイラインを車で登る。地図で確認すると、このスカイラインは、石鎚山の南側になる。また、着いた土小屋駐車場は、石鎚山の東側になるので、山の東側から登り始めることになる。しばらく登ると、長い坂道の階段になる。私の足は、もうそこで悲鳴を上げていた。その坂道辺りで見付けたのが、この高山植物4である。道端にたくさん生えていた。

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アザミ?

 峠のような所を過ぎると、そこからは、石鎚山の北側斜面を下ったり、登ったりの道になった。このアザミもその辺りで見付けた。地上のアザミは、ちょうど今が花の季節で、野原のあちこちで咲いている。この石鎚のアザミは、種類も、地上とは多少違って見える。気温のせいか、まだ花は咲いていない。

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残雪

 この北側斜面を登りながら、ついに決定的なものを発見した。斜面の窪んだ、形状が小川のようになっている場所に見えたのは、明らかに残雪であった。まだ、この時期残っているとは聞いていたが、北側斜面だからこそ、見ることができたのだと思う。鬼北では、既に終わっていたモッコウバラが、麓の面河渓谷では、まだ、美しく咲いていた。高原地帯なので、気温差はそれくらいあるのだろう。

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休憩所

 長い長い北側斜面を登り、山頂を過ぎた西側にさしかかった頃、鳥居が見えてくる。休憩場所やトイレが設置されている。しばし、休んで英気を養う。


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鎖場(くさりば)

 この休憩場所のすぐ上が、最初の鎖場だと思う。道すがら見上げてみると、ほぼ垂直に見える岩場なのだ。よくもまあ、昔これを登ったものだと、あきれてしまう。当然、4人のメンバーは、誰も鎖を登るという方はいなかった。


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遂に山頂付近

 更に北の斜面のいくつもの階段を休みながら登っていって、山頂の西側の尾根に回り込み、しばらく行くと、石鎚山の山荘があり、すぐ上に山の看板にたどり着いた。ここは、石鎚神社の頂上社のある弥山(みせん)と言われている場所らしい。


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石鎚山頂上社にて

 看板のすぐ上に頂上社がある。ここでもお参りをして待望の昼食を取った。鬼北からは、日吉回りで、高知県の檮原の町中を通ってきた。檮原は、龍馬が脱藩してきた脱藩の道のルート上にある。この檮原のコンビニで、おにぎり弁当を調達、ひたすら440号線をスカイラインに向けて、やって来たのだ。


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天狗岳と記念撮影

 令和の旗が立つ神社からは、目の前に天狗岳が見えている。この弥山からの標高差は、10mくらいらしい。見ての通り登ってきた北側は、断崖絶壁の状態である。また、天狗岳までの道は、尾根伝いに続く岩ばかりの危険なルートになる。当然私は、天狗岳まで行くのはパスをした。

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イシヅチザクラ

 尾根のコースを見下ろしていた体育会系のメンバーも、パス組に入った。残る、以前、マラソンランナーだったメンバーと生物に詳しいメンバーが挑戦するらしい。マラソンランナーは、ルートに入って行ったが、もう一人は遅れてコース入り口に来て、眺めた結果、パス組に入った。結局、3人は、好天の下、弥山に生えていたイシヅチザクラを鑑賞しつつ、ランナーの快挙を3人で眺めていた。


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ランナー、登頂!

 そして、ついに山頂に到達して、手を振るランナーを、望遠のレンズで捉えた。その辺におられた方と記念写真を撮ったが、ランナーは、へっぴり腰であったと、後から話していた。

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今治方面

 山上からは、今治方面だという地上の様子も見えたが、靄(もや)が懸かっているような様子であった。


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高山植物 4

 ランナーが尾根の道から帰還すると、メンバーは、下山に入った。登りの間、最も情けなかった私も、下山の時は、多少膝に衝撃が伝わるものの、比較的楽に階段を下ることができた。我が筋肉にとって地球の引力こそが、敵になり味方になるようだ。下山中、高山植物4の、まだ、花の時期の状態に巡り会った。登る時に見付けたのは、花の終わった後の状態だったらしい。


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霊峰

 土小屋付近まで下山して、再び山頂を見上げてみた。厳しい登山をしてきた後だったので、その姿は、正に霊峰に見えた。登山者の中には、外国の方や関東方面から来られた方、100人近くの方々と遭遇した気がする。年金組もたくさん来ておられ、天狗岳まで行かれる方々にも、私より年上と思われる方々がたくさんおられるように見受けた。記念にはなったが、私には,厳しい久々の登山だった。  
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2019年05月17日

834 久 々 の 登 山 1 

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ネットで購入

 飲み仲間の中に、無謀な方々がいる。以前から、一緒に杯を重ねる内に、富士山に登ろうという話が持ち上がった。私にも、我が父も富士登山をしているので、登ってみたいという思いはある。しかし、私は、脚力が極端に弱いので、この話は、ほぼ恐怖でしかない。


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ルート

 そんな無謀な流れから、西日本最高峰に登る話が持ち上がった。情けない私ではあるが、仕方なく準備に入った。まずは、登山靴、トレッキング用のズボンやら、ヤッケやらネットで注文してもらい、格好だけは勇ましげになった。

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出だしの標高

 登山のコースは、土小屋から天狗岳を目指すコースだ。何とこれは、35〜6年前に、若者会というグループで登ったコースだった。ただでさえ、限りなく記憶が崩壊している私なので、当時のことはかすかにしか覚えていない。ただ、図体だけは昔も今もでかかったので、皆さんの荷物を背負い、鎖登りに挑戦したのを覚えている。


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神社で記念撮影

 背中の荷物の重さと体重の負荷に負けて、鎖の途中で登れなくなってしまった。結局、仲間にリュックを預け、助けを借りて、何とか登った悪い記憶が蘇った。今思い返すと、よくもまあ、あんな挑戦をしたものだとあきれてしまう。今回、鎖の場所に着き、鎖を見上げて、つくづくと思った。

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熊笹

 出発は、土小屋の駐車場、標高1,492m、神社に無事帰還できるようお参りをして、出かけた。両脇に熊笹の生える小道の登山道を登る。道の細部に関しては、全く記憶から抜け落ちていた。道は、小さな木材を階段のようにしたりして整備されている。


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高山植物1

 道すがら高山植物が見られるが、残念ながら、私の無知はこれらの美しさおもしろさは感知するが、その名前は全く分からない。猫に小判だ。


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高山植物2

 今回の登山仲間の方々は、あまりそれらの植物には興味がなさそうで、私が撮影をする度に、皆さんのペースから遅れていく。元々情けない脚力なので、遅れ気味なのに、更に遅れては、皆さんに待っていただく。急な階段の前には、しばし休んで息を整える。


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高山植物3

 坂を登ると、その苦しさに、またまた、しばし休息を取る。階段を登ることが非常に辛いのに、登山道の階段は、永遠のように続いて行くのだ。30代の登山では、この階段の苦しさは全く覚えていないので、何とか、若さで乗り越えたのだろう。

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あけぼのつつじ?

 太ももの筋肉は、50代後半から、あれよあれよとスマートになり、今では、階段を登るという行為が、いかに大変なことか実感するようになっている。それでも、仲間と来た以上は、弱音を吐いたとしても、止まるわけにはいかない。


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水苔?

 35年あまりの月日の重さと新たなるコースの記憶を積み重ねながら登っていった。こんな様子で、最後まで登れるものだろうか?


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目指すは高嶺

 限りなく自信のない状態で、メンバー最高齢のいたわりを受けつつ、目指す高嶺に向かうしかないだろう。
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2019年05月13日

833 夏 草 の 季 節

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はびこり始めた夏草

 5月に入って、気温が急に上がり始めた。風の国では、清見タンゴールの収穫が終わったので、収穫作業が一段落した。次なる作業は、夏草との戦いと肥料撒きである。肥料をやることで、柑橘はその甘みを確保することができる。

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草刈り機と面

 肥料やりは、比較的楽な作業になるが、甘さ確保のためには、必要不可欠な作業でもある。草刈りは、クロチの畑から始め、ウマキの畑、伊予柑畑、三崎道の畑と進み、最後の大物は、垣内作りの畑だ。

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明るくなった畑

 垣内作りの畑は、清見タンゴールの畑でモノレールの左右に5段の畑が広がっている。もう放棄してしまった馬の背の畑よりは、狭いが、かなりの広さがある。この広さだと、週末土日では終わらないかも知れない。

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余った肥料

 既に相棒や弟夫婦が、肥料をやってくれているので、私が草を刈って、畑を明るくするだけである。肥料やりをして余った肥料袋が、草の中から出てきた。お母さんによると、これは、花がたくさん咲いている木の根元に、追加して撒いたら良いということであった。

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出てきたサンテ

 草を刈ると、草の中に隠れていたサンテが出てくる。袋かけをした後で、実ごと落下したものだ。中の実が腐ると、このように出てくるのだ。黒くてだめなものは焼き、洗濯すれば使えそうなものは、持ち帰ることになる。


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薪用の蜜柑の枝

 収穫時に、切った蜜柑の枝は、葉っぱが腐って落ちた頃に、適当な長さに切って風呂の焚き付けにする。この薪作りは、恐らく、お父さんが、作業の折々にやっていたと思われる。風呂を焚くのも、お父さんの役目であった。


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集めた薪

 お父さんがいなくなり、薪を作るのは、私の役目になった。先日、大阪から帰って手伝っていただいた方々にも、クロチでの薪作りを手伝っていただいた。昨年、杉垣を切ったので、その枝を主に集めた。風呂を焚くのは、お母さんの役目になったので、小屋まで運んだ薪も、風呂場までは、お母さんが運ばなければならない。とても大変だと思う。
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2019年05月10日

832 巣立ちの物語

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温める親鳥

 3月の終わり頃、お隣さんの板壁に付けられている鍬(くわ)をかける棚の上に巣作りを始めた鳥がいた。子供の頃、山鳩と言っていた鳥で、正式にはキジバトと言うらしい。よく見ると、羽根の模様が、キジによく似ているとも思う。

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怪しい影が

 始まりは、畑から家の南側の出口に帰ってくると、必ず建ちかけの小屋の横に鳩がやって来ていたということがあったということだろうか。それが、あまりにも頻繁(ひんぱん)なので、家の中からも時々、観察をしていたら、どうやらハトは、巣の材料集めをして、その材料をお隣の鍬の棚に運んでいるのが分かった。


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やっぱり雛か

 山鳩の巣は、小枝を組んで作られ、卵は2個生み付け、2週間温め、雛になってまた、2週間過ぎると巣立っていくらしい。最初の写真は、まだ、卵を温めているらしい親鳥の写真だ。雌なのか雄なのかは分からない。巣作りの段階では、雄雌両方見かけた。おそらく、どちらかがエサを食べにでかけ、交代で温めているのかも知れない。


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少しふっくら

 4月半ばの2番目のの写真では、確認はできなかったが、親鳩の向こう側に怪しい影が見える。卵から雛がかえる日数にほぼ合致した頃なので、変化が現れているのかもしれない。

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産毛はあるが、親鳥に近づいた

 3番目の写真は、怪しい陰から2〜3日後、親がいない折に偶然撮影できた。間違いなく雛が誕生している。まだ、痩せて頼りなげである。4番目の写真では、少しふっくらしている気がする。5番目の写真では、更にしっかりして産毛も少なくなっている。

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ある日、舞い降りた

 雛になって2週間を少し過ぎた辺りで、またまた、決定的な場面に遭遇した。1羽が巣から飛び出し地面に降り立ったのだ。写真でよく見ると、首の下にわずかに産毛が残っているのが分かる。親鳥の姿にも見えたが、雛に間違いない。その後、彼?は、私の気配を感じたのか、屋根に飛び上がってしまった。


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片方は、まだ

 一方、巣にはもう1羽の雛が、泰然と座っていた。こちらはまだ巣立つ気はなさそうだ。同じに生まれても個人差があるようで、結局、何日も巣立つことはなかった。


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練習か?

 ところが、ある日、巣の上で、羽ばたく練習をしていた。ぼちぼちその気になったのかも知れない。それでもまだ、巣立つことはなかった。


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催促でしょうか?

 その次の日あたりに、巣を見ると、2羽がいる。親がしびれを切らして様子を見に来たのか?はたまた、兄弟が様子を見に来たのか?鳩は、親鳥のミルクで育つらしいのだが、巣立つ気がないと、時は満ちても、どうも事は前に進まないようだ。


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飛び降りはしたが・・・

 兄弟が巣立ってから1週間後くらいに、巣の下に降りている雛を発見、近づくと、お隣の物置の中に入ってしまった。どうやら、巣から下へ飛び降りるのが、最初の巣立ちの行動のようだ。


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今度こそ?

 次の日、物置の下から顔を出し、巣立とうか悩んでいる風の彼?彼女?がいた。近づくと飛び立つかも知れない。

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まだ、自信がないのかなあ!

 本当に近づいてみると、彼?彼女?は、大空に舞い上がったりせずに、10mほどあるブロック塀の根元に逃げたので、仕方なく反対側に回り込み元の場所に誘導した。もうここまで来たら、巣立つだろうと、そのままにして置いたら、次の日は姿が見えなかったので、無事、巣立ったようだ。めでたし!めでたし!
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2019年05月07日

831 夏 来 る 3

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ボタン

 我が家には、白い牡丹もあったような気がするが、今では、いつの間にか赤い牡丹だけになっている。不思議だ。先祖返りをするのかもしれない。ともあれ、咲いたかと思うとすぐに散ってしまい。この夏も私を置いて行ってしまう。


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ジャーマンアイリス

 これは、ずいぶん昔、どこかからいただき、根付いたジャーマンアイリスの1つだと、記憶している。立派な花を咲かせるが、広がりすぎると間引かれたりで、何とか生き残っている。やっとこ生きている私に似ているかも知れない。


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ギボウシ

 これも、我が家の庭に生えている植物で、ギボウシとかいう名前だったと思う。相棒がもらってきたものだと思う。冬には枯れてしまうが、この時期、復活して立派な葉っぱを広げ、その生命力を誇示しているようだ。

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モッコウバラ

 これも、相棒が、たった1本もらってきた植物で、モッコウバラというらしい。今では玄関の垣根にはびこり、いい感じになっている。この花も綺麗だが、意外と花の命は短く、風の国に行って、帰ってみると、花は、哀れにも終わってしまっていた。

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卯の花

 これは、ウツギという花らしいが、いわゆる卯の花というものだろうと思っているのだが、この季節に相応しい花で、私は、気に入っている花の1つだ。

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柿若葉

 我が家から出て車を走らせてみると、鮮やかな黄緑の葉が目に飛び込んでくる。クヌギ若葉もいいが、この柿若葉もつやつや鮮やかで優しい色だ。


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椎の木

 これは今の時期の椎(しい)の木の様子だ。遠目には細部は見えないが、花でも咲いているようにも思える。若葉がこの色なのかもしれない。とにかく、そこらじゅうの雑木林には、このモコモコとした椎の木が、その存在感を見せつけている。椎の木は陰樹なので、放っておくと山はこの木に占領されてしまうだろう。

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 最後に見付けたのは、生き生きモコモコした藤の花だった。普通の藤のように、しだれるというよりは、花が飛び出していくような勢いが感じられる。けっこう、初夏を巡った気がする。
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2019年05月03日

830 夏 来 る 2

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クヌギ若葉

 私がもたもたしている間に、平成は令和に変わってしまい、夏もまた、一歩進んでしまった。私の好きなクヌギ若葉も、山の中で明るい緑でその存在感を示している。


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庭の花1

 玄関先の鉢植えの花々も、次々と花を咲かせ、リアルタイムの夏の時間を刻んでいっている。


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庭の花2

 この花も、始まりは1株2株だったが、今では、はびこり、どんどんその存在感を増している気がする。


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ラビット・テール

 この花は、最後はドライフラワーになる「ラビット・テール(うさぎのしっぽ)」という植物だ。あまりの可愛さに、植物の名前を知らない私でも知っている草だ。

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植田

 久しぶりに風の国から帰ってみると、田植えもほぼ終わり、夏が一歩前に進んだのが分かる。

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大でまり?

 これは何の花だろう?コデマリよりは、花が大きく迫力がある。松野からの帰る途中で見付けた花だ。

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アヤメ群生

 最後は、吉野のくいしんぼうさんがアップされていたあの場所の菖蒲?かな?あまりの美事さに、ついつい車を止めて見入ってしまう。今回は、通りがかった御近所のおばさんと鑑賞した。   
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2019年04月29日

829 夏 来 る 1 

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牡丹桜

 いつものようにうっかりして、季節に置いて行かれそうになっている。時々に、その瞬間の写真は撮るのだが、夏の初めのこの牡丹桜も、既に花びらを落としてしまっている。空の青と花の鮮やかな濃いピンクを眺めた日は、いったいどこへ行ってしまったんだろうか?

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白藤

 畑の隅では、地主さん家の白藤が、あっという間に咲き、あっという間に散っていった。観察していると、桜の花より短いような気もした。夏を迎えて気温が上がったせいで、季節の進み方も速度を増しているのかもしれない。

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公園の藤

 運動公園の藤も、何とか満開に遭遇することはできたが、この藤もあっという間に散って、その優雅な花は、もう、見られない。


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木陰のエビネ

 庭の木陰のエビネ蘭も、気付いたら一斉に咲きそろっていた。父が柿の木の下にエビネの小屋を作り、小屋の板の隙間が、太陽やら雨やらを絶妙に通す隙間があって、エビネが元気に育っていた。今では、小屋もなくなり、庭の木の根元で、わずかに生き残っている。ここでも、彼らが夏を告げているのだろう。


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カエデ若葉

 公園のカエデも、この時期、若い葉を繁らせ、明るい黄緑が燃えるがごとく目に飛び込んでくる。その周りの地面には、昨年飛んだカエデの種から、たくさんの小さな芽が出ている。


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田鋤(す)き

 あちこちの田んぼには、水が張られ、耕され、今ではほとんどの田んぼで、田植えが終わってしまっている。これもまた、夏到来の風景だろう。

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何の花?

 庭に咲き乱れているこの花、名前は、いつものごとく知らないのだが、白い花と二種類あったはずなのに、今はこの黄色い花ばかりが辺りを席巻(せっけん)している。可愛い様子の花なのだが、意外とたくましい植物なのだ。
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2019年04月25日

828 何 と か 少 し で も

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草刈り機

 「親孝行、したい時には、親はなし」昔の人の言葉だと思うが、本当にこのような状況になる子供たちが多くいることだろうと思われる。私もまだ、元気な盛りの30代初めに、突然、母親を亡くした。とても、信じられる出来事ではなく、お通夜の夜は、一睡もできずに朝を迎えた。本当に何もできないままのあの時だった。


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草刈りの面

 なけなしの稼ぎを送ってくれて、私の学生時代の生活の一部になった。思い起こしても、どれほど、様々なお世話になりながら大人になることができたが、ただの1つも親孝行をしないままに終わってしまった。


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お母さんが上がってくる小道

 今、風の国のお父さんが、亡くなって、頼りない気持ちを持って、お母さんは日々暮らしていると思う。私は、「自分の親にできなかったことをすることができたら、良いのになあ」と思いながら、お手伝いに来ていた。大したことはできなくても、少しでもお役に立てたら、ほんとうに嬉しい。


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お母さんの野菜畑

 お母さんは運転免許を4月で返納した。お母さんの運転は、私より遙かに上手だ。それでも、そう決めて返納したので、家から倉庫に上がったり畑に行ったりするのに、車を使うことができなくなってしまった。杖をつきながら、長い長い坂を上がらなければ、倉庫にも畑にもたどり着けなくなったのだ。

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枯れた蜜柑の木

 お母さんが上がってくる小道やお母さんが野菜を植える畑も、草だらけになっている。先日、その小道と畑の草刈りをした。草を刈っても、そこを耕さなければ、野菜を植えることはできない。お母さんの楽しみが、野菜を作ることで、ほんとうに美事な野菜ができるのだ。


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草刈りの後、耕し始める

 お母さんと野菜作りの話をすると、私はいつも、たくさんのヒントをもらうことができる。同じ趣味を持つ2人のように楽しい会話ができて、私は幸せな気持ちになれる。お母さんの野菜畑は、柑橘の木の間にもある。柑橘の木が枯れていたので、切ってしまい、畑に設置しているドラム缶で燃やす。少し畑が広々とする。

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木やゴミは燃やす

 草だらけになっていたお母さんの畑、草を刈った後に手ぐわで耕し、野菜が植えられるようにしてみた。もう日差しは夏の日差しになって、1時間も作業をするとくらくらしてくる。この日は、午前午後6時間くらい作業をして何とかお母さんが野菜を植えていた場所を復活させることができた。この畑まで上がってくることは並大抵ではないと思うが、お母さんが頑張ってくれるとうれしいのだが・・・。
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2019年04月21日

827 行 く 春

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山桜

 春が闌(た)けていく姿を鮮やかに見せてくれたのは、宇和島のダムの上の山々だった気がする。この山は、山桜の数が非常に多く、花が咲き始めると、どんどん山の様子が変わってくる。


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ダムのピーク

 そんな頃、ダムのソメイヨシノはほぼ満開で、宇和島の桜のピークだったかも知れない。宇和島がひとしきり花の盛りを過ぎた頃、花は鬼北に移っていく。

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爛漫になっていく

 鬼北は桜と共に、あちこちで花々が爛漫と開花していく。季節を忘れず、次々と我々の目を楽しませてくれる自然に感謝である。



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鮮やかな爛漫

 この花は、同じ地区のあるお家の庭に咲いていた木であるが、ミモザの木のような様子で咲いているのだが、色が全く違う。鮮やかな紫で、強く目を引くこれも爛漫の春であろう。


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花筵(はなむしろ)

 しかし、ピークから2〜3日すると、花は次々と枝を離れ、あっという間に、行く春に移ってしまう。ほんの数日ではあるが、心して桜の名所を訪ねてみると、一面に散り敷いた花筵(はなむしろ)の、これまた、美しい姿を眺めることができる。


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正に絨毯(じゅうたん)

 場所によっては、まるで絨毯(じゅうたん)のごとく花びらが降り積もり、歩くのがはばかられたりすることもある。


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ここにも行く春

 同じ頃、たくさんの花を付けていた椿の木の下にも、次々と花びらが散り落ちて、ここにも行く春が現出している。


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締めは花筏(はないかだ)

 行く春の締めは、やはり、花筏(いかだ)の風情を目に焼き付けておくのも、一興(いっきょう)かも知れない。体調を崩さず、花のタイミングに恵まれ、行く春まで楽しむことができて、今年も、本当に幸せな春であった。  
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2019年04月18日

826 爛 漫 の 春 2

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これもまだ、浅き春

 何年か前に、我が家の君子蘭は、鉢を運んでいたら、どこかにぶつかって、茎が1本折れてしまった。助からないかも知れないが、折れた芽を土に刺して置いたら、彼は、何もない茎の下から根を張り初め、とうとう、我が家の君子蘭は、2鉢になってしまった。何という生命力だろうか。

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辺りはすぐに爛漫となる

 浅き春は、我が家の庭でも闌(た)けていき、爛漫の春を迎えた。

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ずっしりと咲く

 旅から帰った鬼北の桜も、数日でどんどんボリュームを増し、重そうなくらいに満開になった。この瞬間に出会えて本当に幸せだと思える。

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これは、ピークかも

 運動公園からの帰りに、車を止めて、奈良霊園を眺めてみると、正に、今がピークと言わんばかりに花は、斜面に満ちあふれていた。


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三崎の桜

 気温を比較すると、風の国は、鬼北より暖かい。しかし、桜は、宇和島、鬼北の順で開花したが、風の国は、鬼北よりも二〜三歩遅れて開花したのが、不思議である。鬼北がピークを過ぎた頃に、風の国へ行くと、まだ、7分咲きくらいであった。


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保内の川沿い

 半島の中で言うと、半島の先が早く、付け根が少し遅いくらいの塩梅であった。半島の197号線沿いには、たくさんの桜が植えられ、時期をずらしながら咲いていく。桜の名所的な場所は、三崎トンネルを越えた所や保内の国道沿いや川沿いがいい。

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保内の川

 しかし、これらの名所も、1週間に1度だけの訪問なので、ベストタイミングに遭遇することは、なかなかできない。それでも、そこそこの時点で花を愛でることができた気がする。ピークを過ぎると、あっという間に散ってしまう運命だ。
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2019年04月15日

825 爛 漫 の 春 1 

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これは、まだ浅き春

 春の旅に出かけるので、爛漫(らんまん)の花には巡り会えないで終わるのかなあと、残念に思っていた。ところが、鬼北に帰ってみると、旅の間の気温が低かったせいか、花はまだ十分に観賞できる状態であった。そこで、定番ではあるが、近くの花を回ってみた。


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春も闌(た)けて爛漫に

 リアルタイムでいうと、もう近所の桜は全て散ってしまっているのだが、少しだけ時間を巻き戻して、春を堪能してみたいと思う。まずは、私のお散歩場所の鬼北グランド、天気も良くて、青空とのコントラストが最高の色合いだ。

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標本木

 私が勝手に標本木にしてしまった桜も、絢爛豪華(けんらんごうか)に咲いていた。花の命は短いので、満開のタイミングに遭遇することは、意外と難しい。そのタイミングは、朝と夕方の間であったり、朝とお昼の間であったりすると思える時がある。


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松中桜のトンネル

 これは、お隣松野町松野中学校の桜並木、桜のトンネルだ。この緑が丘は、53年ほど前に松野中学校として開かれたと聞き及んでいる。従ってここの桜も、長い歴史を刻んだ古木になっているはずだ。


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美事なしだれ桜

 これは、鬼北に接した松野のあるお宅のしだれ桜だが、やはり、年数を経た立派な古木で、美事な花を咲かせていた。


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市越の池

 これは、再び運動公園に戻り、市越の池の桜だ。ここの池は、水の色が、仁淀川の水の色に似ていて、とても魅力的だ。その美しい水の色との対比で愛でる桜は、なかなかいいものだと思う。

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並み居る木々

 鬼北グランドまで帰ってくると、丘の斜面には、まるで吉野山の桜のように桜の木々が並び立ち、爛漫の春を謳歌している。これも、なかなか、いい。   
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2019年04月12日

824 春 の 旅 4

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金箔のおやつタイム

 能登巡りで貸し切ったタクシーは、金沢のホテルまでの契約で、途中2つの場所も回って観光させてもらった。1つは、千里浜(ちりはま)という何キロもある砂浜を走ることができる場所、もう1つは、金沢に入って金箔を作っているお店に寄ってもらった。

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様々な金箔製品

 金箔のお店では、金箔入りのケーキとお茶が出てきた。店の一隅には、全て金箔を貼った茶室もあり、金箔の切れ端を頂いて、手の甲にすり込むという体験もさせてもらった。女子は何やら金箔がらみのアクセサリーなど購入していた。


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ホテル到着

 金沢での宿は、三井ガーデンホテルという最近できたホテルであった。ビジネス風だが、なかなかいい感じのホテルであった。能登では、食事が海鮮丼やら海草しゃぶしゃぶだったので、金沢では違う食事に向かった。ホテルではなく、近所を探索してみた。また、明日のバス観光のバス停なども探索してみた。


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能登牛に舌鼓

 結局、感じの良い焼き肉屋さんがあり、能登牛の霜降り焼き肉にありつけた。量は少なかったが、高級感を味わうことができた。満足満足。


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金箔アイス

 翌日は、バス利用の金沢巡りとなった。ホテル近くのバス停から始まり、まずは、21世紀美術館、バスは、一日フリー切符500円をホテルで調達、どこまで、何度乗っても500円だ。美術館付近で金箔付きのアイス試食、味は、普通のものと変わらないが、唇は金箔だらけになる、金沢的一時となった。


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金沢城は通過

 次は兼六園を目指すが、金沢城は、外から眺めて通過。どこも外国から来た方が多いのに驚く。気温も低く、途中、雹(ひょう)まで降り出す始末であった。


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兼六園は寒そうな桜

 兼六園は、桜の名所だが、この寒さなので、ソメイヨシノはまだまだ蕾であった。一部別種の桜がちらほら咲いており、梅の花が散り始めた頃合いであった。


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東茶屋街

 兼六園の次は、東茶屋街に向かう。ひとしきり雨の茶屋街を回り、昼食は近江町市場にて、またまた、名物の海鮮丼を頂いてしまった。


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ふり出しに帰る

 大きな荷物は、ホテルで宅配にて送っておいたので、最小限の荷物で観光、そのまま帰途につくことができた。

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一路大阪へ

 振り出しの金沢駅から、再びサンダーバードに乗り込み、大阪を目指す。大阪の方々とは、大阪駅で別れ、駅近くのラーメン店で夕食を済ます。


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梅田の夜桜

 少しずつ現実世界に戻り、またまた寝苦しい夜行バスの旅となる。梅田は行く時よりも、桜が咲きそろい、夜桜がバスを見送ってくれた。雨にはたたられたが、なかなかの良い旅だった気がする。宇和島に着くと、何と特別のおまけの偶然か、吉野のくいしんぼうさんも同じバスだったようで、ばったり出くわした。
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2019年04月09日

823 春 の 旅 3 

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バイキング朝食

 大満足の和倉温泉「あえの風」での一夜であった。朝食もバイキングではあったが、十分満足のいくメニューで、気分良く予約していたタクシーに乗車、能登島回りで能登の旅に出発した。


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輪島の雨の朝市

 まずは、半島の頭部分、輪島の朝市に向かう。野菜や魚、工芸品や塩などなどが売られている。輪島塗の箸(はし)の店で名前入りの箸を注文、朝市を見ている間に完成。お土産とする。

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千枚田

 続いて半島の先へと進む。千枚田と呼ばれる棚田に到着。朝市見学の途中から降り出した雨は、本降りになり、棚田の写真を撮影して終了となる。


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窓岩

 途中、ベテランの運転手さんが、そこここのスポットを説明してくれる。これは、窓岩、海の浸食の跡だろうか?近所にも似たような場所があるので、あまり珍しくはない。



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垂水の滝

 このスポットは、垂水の滝、厳しい冬の能登半島の風に吹かれて、水が噴き上げられたり、凍ったりするらしい。能登らしいスポットだろう。

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すだれ

 更に半島の先端に進み、能登の塩を作っている場所に到着。塩田のように夏の太陽を利用して潮水を砂に撒く方式もあるが、この日は雨だったので、室内で塩作りをしている場所に連れて行ってもらった。温室のような棟の中にすだれが張られ、そこに潮を降り注いで、塩分を濃縮するようだ。


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竈(かまど)

 次に塩分濃度が高まった塩水を大きな釜で煮る。更に濃度を増して塩に近づく。家屋を解体したときに出る廃材が釜を焚く燃料になる。そういえば道道の海岸通りには、この廃材がたくさん積み上げられていた。


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ステンレスのお釜

 竈で熱せられた塩水は、この大きなステンレスの釜の中で、少しずつ水分が飛んでいく。鉄の釜では、錆び付いてしまうため、ステンレスが使われているようだ。ほぼ出来上がった塩は、布を敷いた木の桶に移され、さらに水分を濾(こ)されていく。この過程でにがりも塩から抜けていくらしい。


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海草しゃぶしゃぶセット

 昼食は、予定外の塩作り場所にやって来たので、初め予定していた場所はやめて、奥能登の庄屋の館というお店で、名物料理を食べることになった。それは、岩ノリ、カジメ、ワカメ、 アオサ、モズク、ギバサなどの海草をしゃぶしゃぶにして様々なたれを付けて食べる健康な料理だ。もちろん、能登で穫れる様々な魚のお造りやらを宇和島の鯛飯のようにご飯に載せて、特性のたれをかけて食べる海鮮丼もついているなかなかの料理だった。美味しいお昼を運転手さんありがとう!
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2019年04月05日

822 春 の 旅 2

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能登半島

 さてさてサンダーバードは、金沢を越え、和倉温泉に着いた。お迎えのバスに揺られて着いた宿は、「あえの風」という一風変わった名前の宿であった。「あえ」とは、能登の言葉で、「東」という意味らしい。したがって、「あえの風」とは、「東風」、古典でいう(こち)にあたるのだろう。

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味も良し

 和倉温泉は、能登半島の口のような七尾湾の根っこの場所にある。湾には能登島という島があり、2つの橋で繋がっている。この能登島を正面に見晴らせる場所にある宿なので、目の前に海が開けている。

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次々と登場

 「あえの風」は、ホテルとは呼ばれていなくて、部屋もベッドではなく、和室であった。ホールや食事場所は、大きなホテルのような仕様になっている。食事場所の中央には、丸い舞台がしつらえられており、何かその舞台で催されるようだ。

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最後の締め

 食事は、見開きのメニューが配られ、次から次へと10品以上の品々が並び、提供される。真面目に食べていると、お腹が一杯になり過ぎる現象が起こった。歳を重ねた我々には、少しボリュームがあり過ぎたかも知れない。


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飛鳥か奈良か?

 食事も、最後の締めに近づいた頃から、舞台でのショーが始まった。初めは、女性と思われる古代風の衣装を着た演者が、登場。


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優雅に進む

 舞台では、古代の伝説とおぼしき流れが、舞いを舞うように演じられた。内容はよくは分からなかったが、優雅な時間が流れた。


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次は大迫力

 続いて次なる出し物は、舞台に運び込まれた和太鼓を鬼の面をかぶった和太鼓奏者たちが、入れ替わり立ち替わり登場しては迫力ある演奏をかなり長い時間続けた。後で聞くところによると、これが、名前だけは知っていた「御陣乗太鼓(ごじんじょうだいこ)」だったらしい。


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御陣乗太鼓というらしい

 舞台の周りに幾つかのテーブル席があり、周りには一段高い部屋のように区切られた席がいくつもあって、そこからもこの舞台が鑑賞できるようになっていた。そのいわば2階席の上にも3階席があり、歌舞伎などを鑑賞する劇場のような作りになっていた。普段質素な食事をしている我々にはあり得ないような御馳走がきて、不思議な郷土芸能の時間が流れた。
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2019年04月02日

821 春 の 旅 1 

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奈良霊園の桜(3/29)

 私が勝手に開花宣言をした頃、最も立派に咲いていた奈良霊園の桜に見送られて、春の旅に出かけた。あまりにも順調に咲き進んでいたので、帰る頃には、盛りを過ぎているだろうなという少し残念な気持ちがあった。

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大阪駅

 しかし、かなり前から計画を進めてもらっていた旅であったし、みんなが楽しみにしていた旅だったので、心はワクワクの出発となった。ただし、大阪まではあの夜行バス、眠れない地獄のような夜を通過する必要がある。


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旅のお供

 何とか梅田に着いて、待ち合わせは、大阪駅のコンビニ前、バスの中ではトイレが怖くて、飲まなかったアルコールも、バスから降りたら解禁となり、清酒や焼酎なども買い込んだ。旅の楽しみの1つだと思う。


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15号に乗る

 早朝に梅田に着いたが、食事をしてたくさんの時間を潰(つぶ)して、10時頃、ほかの4人と合流、10時過ぎにサンダーバードに乗り込むこととなる。最初の目的地は、能登半島の和倉温泉を目指す。

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列車到着

 私は大学の同窓会があったので、サンダーバードは、2度目になる。特急仕様なので、現在建設中の新幹線ができるまでは、北陸旅の主役級の乗り物である。


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特急にて

 座席は指定席で、安心して旅ができる。列車は、金沢で切り離され、我々が乗る前6両は、和倉温泉まで進むことになる。


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びっくりの女性車掌さん

 何とこのサンダーバードの車掌さんは、すらりと足の伸びた女性であった。男性が悪いわけではないが、男にとっては、すごい!、かっこいい!となってしまうから不思議であり、単純である。


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白山連峰?

 石川県に入ると、山の頂上付近には白いものがたくさん見えてきた。初めはビニールハウスのようなものかと見間違っていたが、近づくにつれ、それが残雪と分かって、南国の旅人は、びっくりしてしまった。わくわく感は更に高まる。   
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2019年03月27日

820 一 段 落

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蕗の薹(とう)

 空き地のクルミの木の下に、たった1つだけ芽を出した蕗の薹、毎年数が減っているように感じる。どうやら都合良く私が思い描くような蕗の薹だらけにはならないようだ。


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収穫した清見

 垣内作りの清見の収穫も、弟夫婦と共に最後まで収穫をすることができて、一段落を迎えた。摘果がうまくできていなかったので、実は小さいものがほとんどで、病気に弱い清見は、消毒も少ないため、ほぼ黒点病の状態である。


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モノレールから

 倉庫に持ち帰っての選果作業は、今まで頑張ってこられたプロのお母さんの目がなければ、我々にはできない仕事である。ただ、その選果も、重いキャリーを運びながらの作業になるので、おそらく、お母さんも一杯一杯になっておられるはずだ。


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落下したサンテも拾う

 また、4月初めには、お母さんは運転免許を返納することになっている。買い物や用事を済ませたり、倉庫に行くのも、長い坂道を上がって行かなければならない。本当に大変な状況が、すぐそこにまで来ているのだ。

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春肥

 主な柑橘の収穫を終え、一段落したので、次は、草刈りや肥料撒きになる。高齢化が進み、草刈りを省略して肥料を撒いておられたようだが、理想を言えば、草を刈った後に肥料を撒く方が良いのだと思う。

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山桜は開花

 肥料は、一袋が20kgあるので、なかなかの力仕事になる。まずは、それぞれの畑に軽トラで運び、モノレールで畑まで降ろす。畑は何段にもなっているので、それぞれの段に振り分けながら降ろしていく。肥料撒きの前段作業となった。山桜が既に咲き始めている。

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早咲きの桜

 ソメイヨシノは、半島の先ではまだ、開花していなかったが、八幡浜に近づくにつれ、ぽつぽつと開花し始めている。鮮やかな濃いピンクのこの桜が散り始める頃、ソメイヨシノも、満開を迎えるはずだ。少し旅に出るので、満開に遭遇できないかも知れない。  
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2019年03月24日

819 春 近 し 2



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開花しにけり

 お彼岸の中日も過ぎて、雨の前にお墓参りを済ませることができてほっとしていた。散歩場所の運動公園で、たった1輪の開花した桜を見つけたので、私が勝手にその木を標本木とした。次の日行ってみると、開花した花は、10〜20輪に増えていた。そこで、またまた、勝手に私が、鬼北町の開花宣言をした。



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ムラサキ菜の花

 庭では、毎年、己(おのれ)生えするムラサキ菜の花がスペースを取り始めた。水仙も負けじと彩りを加えている。私の青春は、2度と帰って来ないのに、毎年、はつらつと春を体現する彼らには頭が下がる。

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伸びてきた!

 寒さを避けて玄関に入れている君子蘭、今年は、4つも花芽を付けている。週1で少しだけ水をやると、背丈が少し伸びるような気がする。空気中の水分を吸収する君子蘭の根っこは、気根と呼ばれる優れものだ。背丈が伸びるのは、おそらく、私のせいなんかではないのだろう。

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馬酔木(あせび)

 お隣さんの馬酔木の花も、例年のように美事にたくさんの花を咲かせている。こんなにたくさんの花を咲かせなくても、滅びたりしないような気もするのだが、厳しい自然の中では、私より厳しい考えを持つ彼らの方が正しいのだろうう。


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何という所に!!!

 居間に座って窓の外を眺めていると、度々、鳩がやって来て庭を歩き回ることが多くなった。いったい何をしているのだろうか?何か美味しいものでも落ちているのだろうか。



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角度を変えて

 ある日、相棒が、そのワケを探り当てた。お隣の鍬(くわ)を懸(か)ける棒の上を木の枝に見立てたのか、その上に巣を作っているのだ。彼らも、春の営みを始めたのだろう。庭をうろついていたのは、その材料を集めていたらしい。


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牡丹の新芽

 庭の隅に生えている牡丹(ぼたん)の木も、鮮やかな新芽を伸ばし始めた。もうこれだけで花のようにも見える。しょぼくれて春をも忘れそうな私も、この元気なエネルギーやはつらつとした心持ちを、見倣(みなら)わなくてはならない。

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2019年03月20日

818 春 近 し 1

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パンジー?

 どうやら宇和島では、桜が開花したらしい。我が家の庭や玄関にも、春らしい花が咲き始めた。これは、パンジーでしょうか?


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???

 これも、春の花のようだが、しかも、有名な花だということまでは分かるのだが、残念ながらその名前は私の頭の中には定着していない。それにしても、植物たちは、季節を間違えずに花を咲かすなあ!



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ムスカリ

 この花も、ついこの間までは、雑草しか生えていなかった鉢から顔を出した。ムスカリという名前らしい。毎年咲くので、球根であるらしい。



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ビオラ?

 こちらは、チューリップと一緒に植えられている。花の大きさが少し小さいので、パンジーではなく、ビオラの方だと思う。可愛らしく玄関を飾ってくれるので、感謝だ。

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アジ届く

 春を楽しんでいたら、津島から友達がやって来て、今朝、釣ったという小アジを数匹持ってきてくれた。河豚で飲んだ仲間の一人だ。


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刺身と開きに

 朝の2時から釣ったそうなので、まだ活きが良い。これは、昼飯に料理しない手はない。大きめのものは、刺身にした。骨や皮などのアラはあれにしよう。疲れたので後の2匹は開いたままで、塩でもするか。


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美味しい一品

 アラはさっと茹でて味噌と野菜を入れたら、私の大好きな出汁がたっぷりのお汁が一品できた。


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開花近しか?

 運動公園の桜は、目一杯その花芽を膨らませていたので、今週末か来週には開花しそうな雰囲気である。
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2019年03月16日

817 土 佐 巡 り 2

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雛飾り

 土佐巡りの旅は、名残惜しい酒蔵を出て、大正町の小さな商店街に到着した。何回か訪れたことのある町並みだが、不思議な魅力があるように感じる。旅人の休憩場所には、おひな様が飾られていた。


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板壁に

 駐車場の板壁には、懐かしいような看板がずらりと貼り付けてある。オロナインの松山さんなど、今ではもう使われていないような看板ばかりである。どこかタイムスリップしたような町並みなのだ。


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民家の玄関には

 商店街から外れて裏の方を歩いてみたら、民家の玄関には、軒並み正月飾りが付いている。やはり、時が止まったような町並みだ。歩いていたあるお母さんに訊いてみたら、ここでは、1年中この飾りを玄関に飾っているのだそうだ。不思議な町だ。

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なじみの駐車場から

 集合場所の駐車場は、海のそばで、ここにも何度もやって来た記憶がある。黒潮別館の下にできた道の駅にも立ち寄って見学した。以前この町の日本酒の酒蔵にも来たことがあるが、今回は、既に栗焼酎の酒蔵を見ているので、当然、それはない。


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かわうその里

 日吉回りで土佐を目指すと、峠を下りて須崎に至るが、今回は、四万十を遡りながら,海沿いを走って須崎に到着。

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昼食

 須崎のかわうその里という道の駅で、昼食となった。せっかく出てきたので、鰹のたたきなどなど、真面目に食べたら、お腹がぱんぱんになってしまった。

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窪川

 次に窪川の道の駅に立ち寄るが、もうお土産も完了していて立ち寄るのみとなった。

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十和

 最後は、江川崎の近くまで帰ってきて、四万十沿いの十和の道の駅に立ち寄った。ここも、ほぼトイレ休憩のみ。ある真面目な生産者の方が言っていたが、高知らしい野菜の生産などをしているビニールハウスなどに立ち寄ったら良かった気が、私もした。
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2019年03月12日

816 土 佐 巡 り 1

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鬼王丸を出発

 ちょっと人生に疲れて、道の駅三角帽子の会員になったのだが、真面目な生産者の方のようには、当然、定期的に出荷する能力もないので、ここでの出荷は、可愛らしくウン千円マイナスくらいの収支となっている。


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酒蔵

 この三角帽会員対象の視察研修会があった。費用は、この日の昼食込みで、1600円くらい、今回は、高知の道の駅を巡るバスによる視察研修となっている。松野から江川崎、四万十に至って、四万十の上流に向かう。まずは、栗焼酎で有名な酒蔵を見学した。

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好青年

 説明をしてくれた若者は、なかなか声も魅力的で、説明も的確な好青年であった。栗を蒸し、中身を機械で取り出し、発酵させて蒸留していく過程を分かりやすく教えてくれた。また、日本酒も無農薬の普通の米にこだわった自然農法で作るところから行っているということも、教えてもらった。

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焼酎群

 最後は、工場の前の道路に面した売店に行き、飲み放題の試飲を経て、ダバダ火振りの焼酎を購入した。帰って飲むのが楽しみだ。


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酒粕

 また、酒粕の1kg袋も250円ほどで販売していたので、購入した。袋はパンパンにふくれていたので不思議に思っていたら、レジで、生(なま)の酒粕なので、まだ、発酵を続けているため、袋がパンパンにふくれているということを教えてもらった。これは、風の国のお母さん用に購入。

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河童君

 お店の前には、別のお店があり、カッパが3〜4匹ほどで、お客を誘っている様子で佇(たたず)んでいた。



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地酒屋

 そのお店の手作り風の看板を見上げると、「地酒屋」と書いてある。建物も古く、昔の賑(にぎ)わいは想像できるが、今となっては、少し寂(さび)れているような様子である。お酒の好きな高知らしいお店で、とても気に入った。旅は、まだ、始まりなのに、もう完結したような満足感のある出だしとなった。
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2019年03月08日

815 春 探 し 

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ミモザ 1

 あまり動かない、動けない毎日が続いていたので、暖かい春の日に近所に出かけてみた。散歩の運動公園近くが、良さそうなので、中野川方面にゆっくりと車を走らせてみる。春の花がお目当てであった。まず、通り道にミモザの花を発見。

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ミモザ 2(アップ)

 普段は車の窓から通り過ぎながら、一瞬の鑑賞だが、今日は、車を止めて近くまで行き、じっくりと眺めてみる。遠目にはすっきりと咲いているように見えたが、案外もこもことボリュームがある花であることが分かった。好きな花の1つだ。

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ネギ坊主

 しばらく走って車を降りてみると、畑に植えてあるネギにネギ坊主ができていた。寒い冬を乗り切った野菜たちは、この時期一斉に花を咲かせ始める。我が農園でも、チンゲン菜が一番に花を咲かせた。このネギ坊主君も、しっかりと季節の訪れを把握しているのだ。


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もも?

 あの花は何だろう?田んぼの横に植えられている。田んぼのあぜ道を通り、近づいてみた。隣には蝋梅の木も花を付けている。季節は正に桃の節句なのだから、雰囲気的にも桃の木なのかも知れない。


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枇杷の花

 小さな川沿いの一画には、枇杷の木も植えられている。よく見ると、花と呼ぶには地味な枇杷の花、そして、既に小さな実をも付けている。季節に置いてきぼりを食っているのは、どうやら、私だけのようだ。


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ボケ

 これは、道沿いのお家の庭に咲くボケの花、葉っぱは出ておらず、枝の所々に花を付けているので、ちょっと見には、まだ、寒そうな様子で咲いていた。


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ラッパ水仙

 田んぼの横の空き地には、ラッパ水仙が咲いている。水仙の中では立派な花なので、確かな様子で咲いている。


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コブシ?

 最後は、コブシの花だろうと思う。小ぶりの花なので、恐らくそうだろう。この木は、花が終わった後で葉っぱが出てくる。まずは、春を告げておく、といった塩梅だ。
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2019年03月04日

814 春 の 農 園

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さんしゅゆ

 1月も2月も、あっという間に、行き、そして、逃げていってしまった。その間に、我が家の山茱萸(さんしゅゆ)の花がほぼ満開になっている。季節は、いつの間にかひなまつりの時期なのだ。


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さくらひめ

 この日は、相棒が、松野の農業公社から買い求めてきた「さくらひめ」なる清楚で可憐な新種の花を、お母さんへのプレゼントに携えて、風の国へ向かった。


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モノレールの降り口

 農園では、2週間くらい前から、清見タンゴールの収穫に移っている。清見の畑は、うち捨てられた広い広い馬の瀬の畑とその隣の垣内作りの畑である。馬の瀬は雑草に覆われているので、放棄され、垣内作りの畑は、摘果も間に合わず、あまり良い収穫にはならない可能性が高い。

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清見農園

 ちょうどお父さんが亡くなられる少し前が勝負であったかもしれないが、夥しい数の実を遅くなって摘果したのを覚えている。おそらく小さな実の清見がほとんどであろう。


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袋ごと収穫

 以前は、お父さんがされていた畑に降りていくモノレールの混合ガソリンの世話も、私の担当になった。混合ガソリンは、ペットボトルに入れ、使用の前後に補充する。モノレールは、何軒かの農家が共同で使うので、基本、使った分、補充するのが決め事となっている。

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実は、黒点だらけ

 清見も消毒は、近所のS君が2度ほどしてくれるだけなので、黒点という病気に弱いこの柑橘の表面には、小さな黒い点が無数にできている。この黒点が入らないようにするには、もっと何度も消毒をしなければならない。したがって、製品として出荷できる品物はほとんどないのだそうだ。また、農園経営も、赤字に傾いているのが現状のような気がする。

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選果

昨日、弟夫婦と収穫した50キャリー以上の収穫が、我々の新記録となったが、2日目は、雨となり、倉庫での選果作業となった。選果のプロであるお母さんが選果をする。私と相棒は「サンテ」と呼ばれる袋をはがしたり、キャリーを運んだりするのをお手伝いするだけだ。

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ちらし寿司

 2日間のお手伝いを終えて、鬼北に帰着。疲れた体をひな祭りのちらし寿司で癒やして、今回のお手伝いを終えた。
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2019年02月28日

813 海 と 空

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穏やかな秋の海

 もう春に足を踏み入れているので、今回は、風の国の秋から冬の海やら空やらを紹介してみたい。まずは、斜面に立つ民家の屋根越しに見える海。日振島の一部が見えている。方向的には、宇和海が太平洋に開く辺りを眺めているぐらいのところだろうか。まだ、秋の穏やかな日差しの頃だ。


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珍しいタンカー

 この日は珍しくタンカーが航行していた。良く目にするのは、九州と四国を結ぶフェリーが多いが、宇和海ではとても新鮮なタンカーの姿にちょっと驚いた。


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まるで黄砂のよう

 これは、明浜か吉田の辺りだろうか、冬になってくると、空が雲で覆われる日が多くなり、どこかの雲の隙間から漏れる太陽の光には、不思議な色が加わることがある。ちょっと色の濃い黄砂の空のようにも見える。

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雲間からはじける

 これも、冬の典型的な海と空だ。雲が多いだけに、太陽が顔を出した瞬間は、とても印象的な風景になる。半島から宇和海を望み、太陽を見上げると、太陽のある南の空が太平洋の方向で、半島が太陽に向かう逆光の様子で見えることが多くある。

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怪しい色合い

 これも、冬らしい風景で、方向はやはり、太平洋の方向だと思う。その日の雲の厚さなどの様子で、その向こう側の太陽は、様々な色合いで見える。この日は、まるで夕焼け空のように赤い空になっていた。


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天使の階段

 これは、風の国の集落から、梶谷鼻(かじやばな)の西の方向を眺めている風景になる。水平線の向こうにかすかに見えているのは、九州の山並みだと思う。梶谷鼻辺りは、やはり逆光で暗くなり、たくさんの雲の隙間から天使の階段が降り注いでいる。これも典型的な冬の海と空だ。

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燃えるがごとく

 これも、冬の雲があまりにも分厚すぎて、水平線の辺り、その向こうの雲の切れ目から太陽が光を落とすと、夕陽のような赤い色に空が染まってしまった様子だ。これもやはり、典型的な冬の海と空の姿だと思う。

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強烈な西日

 最後は海ではないが、保内からトンネルを抜けて八幡浜に入る所の交差点の風景だ。その正面方向には、フェリーの港があり、この交差点からは、半島の先端方向の西の方向になるため、沈みゆく太陽が、信号も見えにくくするほどの強烈な逆光を投げかけてくる。我々のお手伝い帰り道での定番の景色だ。
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2019年02月24日

812 春 の 狭 間 ( は ざ ま )

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ほぼ満開

 まだまだたくさんの蕾(つぼみ)が見えるが、ぱっと見には満開に近い気がする。3週間ほど前に咲き始めたこの河津桜、実は、ソメイヨシノのようにぱっと咲いてぱっと散る桜ではなく、長い期間その花を楽しめる桜らしい。半島の道にも、間違いなく春は始まっている。

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相棒のプレゼント

 昨年、87歳で亡くなったお父さんは、とうとう米寿のお祝いを受けることなく、逝ってしまわれた。お父さんと同級生の女性が地区の中に何人かおられる。お元気であれば、一緒に米寿のお祝いができたのに、という思いは、例えば、相棒にはあるのだろうと思う。家のすぐ上の女性が米寿のお祝いをしてもらうらしいという情報を得て、相棒は、花束を買ってきて、彼女にプレゼントをしていた。私にも、何となくその思いは伝わってきた。


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私のプレゼント

 2年ほど前までは、足腰が痛いお母さんも、頑張って蜜柑の木の低いところの実を収穫することができたのだが、今は、もうそれをするのも難しい面ができたのか、収穫に参加されることはなくなった。様々な場面で、今までできていたことが、できなくなると、独り言のように「情けなやの」という言葉が出てくるときがある。そんな場面に遭遇すると、何とか少しでも楽な状態になれば良いのになあと思う。そこで、改善はしないかも知れないが、私が飲んで膝痛を治している薬をプレゼントした。私の飲みかけだが、もし、効くようなら、次は買ってきてあげようと考えている。


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煙突掃除機

 この日は、風呂の煙突が詰まっていたらしいので、S君に掃除してもらい、まだ、不十分な部分を私が風呂場の屋根に登って掃除をした。いつもは、お父さんがやっておられたようだが、掃除をする道具は残っていたので、初めてそれを使って挑戦してみた。鉄の重りを網で包み、それにロープを付けて、ロープを上げ下げすれば、煙突内の煤(すす)がたくさん穫れるのだ。大成功!


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咲きました


 お父さんが球根を買い、用意していたチューリップ、お母さんが引き継いで、水栽培の鉢にセットした。そのチューリップが可愛い花を付け、聞いてみると、お父さんの代わりに、今年は、お母さんが病院に持って行ってプレゼントしたそうだ。お父さんも、喜んでおられることだろう。

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雑草だらけ

 この日は、デコポンの収穫も終わったので、捨てている馬の瀬の畑に下がってみた。昨年は少し収穫もしたのだが、行ってみると、雑草で覆われてしまっていた。モノレールも、至る所で、伸びてきた雑草や雑木のため止まってしまう。その障害物を取りのけながら、やっと下の小屋までたどり着いた。

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残された肥料

 この馬の瀬の畑での作業意欲を失っていたお父さんが、モノレールで降ろした肥料が、撒かれずにそのまま木の根元に放置されている。この1〜2年意欲減退の様子を時々目にしていたが、きっと、苦しい体調をかかえておられたのだと思う。


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磁石

 最後に木から吊された磁石を発見した。かなり強力な磁石である。ハサミやノコ、鎌などを、一時的にくっつけて置いておくために設置しておられたのだと思う。サンフルは、食べるだけ収穫に来るので、その時、私も使わせてもらおうと眺めた。
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2019年02月18日

811 恒 例 春 の 会

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入り口の雛人形

 この時期、1月か2月には、恒例となった春の会が催される。1年に1回、贅沢な河豚を囲む会がある。もう、かれこれ24〜25年目を迎える。何とまた、長きにわたる会になったことかと思う。ある職場で息の合った仲間同士の会なので、続くのかな?


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刺身

 とはいえ、このメンバーでは最長老の私なので、もうすぐ大台に乗りそうな所まで来ている。いつまでこのメンバーで飲めるのかは、甚(はなは)だ不安である。


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突き出し風

 夜は夜で、無呼吸睡眠障害を抱え、外にも様々、何とか日々を過ごしている状態だ。夜が明けると、少しほっとする。

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唐揚げとひれ酒

 しかし、夜が明けたからといって、すぐに安心してはいけない。基本、やることがないのだから。やるべきことがあって、朝食をそこそこに仕事に出かけて行ける身分の方は、すこぶる幸せな方であろう。

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にぎり

 毎日サンデーの身分であると、100%自由な毎日なのだが、これが何とも生きる意欲を減退させるということに最近気付いた。様々考え方なのかも知れないが、そんなわけで、暇な人間よりも、忙しく仕事に追われる人間の方が、遙かに幸せだと、今は、感じている。


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 この会の私以外のメンバーは、私より若いので、また、仕事を持っていたりするからか、私よりも、遙かに元気で過ごしておられるように感じる。私としては、その元気をもらえるので、河豚も贅沢なのだが、若さに触れられるというのも、かなり贅沢に感じている。

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しめ

 メンバーでお金を積み立てて、時々、旅をすることにしている。なかなか行く場所にそれぞれ好みがあったりして、旅は、流れることもある。昨年などは、富士へ登ろうとか、北海道へ行こうとか、ついに決まらずに終わった。

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この4人です

 どうも山を目指そうとする元気な魂がいるようで、5月の連休明けに石鎚登山をすることに決定してしまった。恐らく、心の中で「自分的には、危ないぞ。」思うのだが、若さをもらっている感謝の気持ちからか、私は、気弱にそっとうなずくことしかできないのだ。
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2019年02月14日

810 近 づ く 春

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河津桜

 早くも2月も、10日を過ぎてしまった。2週間ほど前から、197号メロディーラインの国道脇には、ピンクの花がちらほらと開き始め、4〜5分咲きの状態にまでなってきた。河津桜なのかなあと思っている。次の週末に行けば、8分咲きくらいにはなっていそうな勢いだ。

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風車

 見上げると、展望台の上の風車がすっくと立っている。その後ろにある青空も明るくて春の予感を感じる時期になってきたようだ。

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エソ

 風の国のお母さんの所には、時々、親戚の方々から、魚の差し入れがある。この頃は、エソが多いらしく、この日も、ほぼエソばかりであった。エソは、小骨が多い魚で、その調理は、並大抵ではない。お母さんは、エソの調理ができる近所の奥さんに全て差し上げてしまう。奥さんは、調理してすり身にしたエソを届けてくれる。



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咲き始めた

 もううち捨てられた馬の瀬の畑の上には、いつも菜の花が咲く。国道の脇や至る所が菜の花で満たされていく。今年の春も近づいているようだ。

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エソの天麩羅

 エソは、ジャコテンの材料にもなる魚だと思うが、近所の奥さんからいただいたすり身を、我々もお裾分けしていただく。あの無数の小骨は、姿を消し、野菜やひじきを加えた肉団子風に天麩羅にすると、極めて美味である。

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水栽培のチューリップ

 縁側の窓際には、いつもお父さんが水栽培をしていたチューリップがその茎を伸ばしている。花が咲くと我々も頂いて切り花で楽しむのだが、残りは、お父さんが切り花にして通っていた病院などにプレゼントとして持って行かれる。恒例行事だった。おそらくお父さんはこの水栽培の準備もできなくて、今年は、お母さんが用意をされたのだと思われる。例年よりセッティングが遅れたのか、少し丈が短い気がする。

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肥料袋の灰

 ウマキの畑に行ってみると、肥料袋が落ちていた。中身は風呂で燃やした薪の灰である。蜜柑の木の間に里芋や野菜類を植えているお母さんがもってきたものだろう。もう杖がなければ、安全に歩けないお母さんだが、杖をついてこの肥料袋を持ってくることはできない。かりカゴという背中に背負う竹のカゴが、お母さんの最大の武器で、その中に入れて背負ってこられるのだ。この作業1つをとってみても大変な労力を費やされるのだろうな思われるが、これも、お母さんの春準備の1つなのだと思う。
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2019年02月09日

809 浅 き 春

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鬼ヶ城の雪

 立春を過ぎて、暦の上では春到来ということのようだ。北の方では、寒波が襲来しているようだが、四国は、間違いなく暖冬の部類で進んでいるようだ。この冬には、2度雪がちらついた。鬼ヶ城や高月山は、白く雪をかぶった。

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サボテンの花

 我が家の玄関では、カニサボテンがピンクの花を咲かせている。この植物は、サボテンという名前なので、私の心のどこか片隅には、暑い季節の主役のような気がしている。確かにこの寒い時期には、寒さを避けて室内に取り込むのだが、この極寒の中で花を咲かせるところがどうも不思議な気がする。


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うっすら積もる

 2度目の雪のちらついた日には、地上にもうっすらと雪が積もった。よく考えると、はかない春の雪だった気もする。


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はるばる来た蕗

 庭には、石川県からやって来た雪国の蕗(ふき)が、かわいい蕗の薹(とう)を付けていた。我が家の空き地に、地主さんにいただいた蕗を植えているが、こちらは、まるで蕗の薹の気配もない。雪国で育った蕗は、間違いなく寒さに強い気がする。


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今年の冬景色

 暖冬でも、雪を降らせ、ほんの少し冬景色を見せてくれた自然に、何だか「ありがとう」と言いたくなるのは、どういう気持ちだろうか。

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風の国から

 風の国からやって来た水仙も、玄関を明るくしている気がする。まだまだ浅い春だが、その気配は、心を明るくしてくれるようだ。

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紅梅

 奈良トンネルを越えた道沿いに、誰が植えたのか、紅梅やら蝋梅が、満開を迎えている。

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 そして、この2月の主役は、昔から梅の花である。まだまだ寒い空気や風の中、先駆けて咲いてくれる梅には、生きる勇気までももらえるような気がする。
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2019年02月05日

808 曲 が り 角 近 し ? 

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持参品

 この日も、宇和で安い灯油を購入して、風の国に乗り込んだ。野良猫が蓋(ふた)が壊れたゴミ箱をあさって困っておられるようだったので、三連のゴミ箱も、調達してきた。食料品や我々の着替えも入れると、こんなにたくさんの荷物になる。岡の川から運ぶ時、以前ならお父さんが手助けしていただいていたが、今では、私の存在感が増してきた気もする。


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貨物新幹線

 ただし、私もお父さんと同じ無呼吸症候群なので、体調の悪い日には、心臓にくる。畑で、座り込みそうになるときもあるので、お父さんも、人には言われなかったが、苦しい日があったのではなかろうかと、今になって思われてくる。

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新幹線本体

 清見の摘果があまりなされてなかったりした年があったり、少しずつだったが、以前のような仕事ができなくなっておられたのかも知れないとも、今になると思い当たる。


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在来線

 私も、夜、口呼吸にならないように、ヘッドギアを手作りして、無呼吸を予防しているが、なかなかうまくいかない夜があり、そんな夜の次の日は、朝の脈拍数が上がってしまい、苦しい1日になったりする。



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海の風

 もうすぐ退職後、9年目に近づいているので、新たなお肌の曲がり角に近づいているような気もする。50代の後半から、顔のしわが増え、筋肉が落ちて足がスマートになってきた。60代半ばでは、階段を登りずらくなる衰えぶりだったので、散歩中の運動に筋トレを加え、何とか維持している。

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我らの昼食

 結構風が強く寒い日でも、農園で仕事をしていると、体はぽかぽかになる。仕事量を増やすために、コンビニの食料を持って行き、お昼も、農園で食べる。本当に美味である。1年後には、大台にも乗るので、曲がり角は、近づいているのかも知れないが、負けずに頑張りたい。



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デコポンの出っ張り

 ほぼ、デコポンを採り終えた気がするが、収穫したデコポンを眺めてみると、名前通りデコっと出っ張っているものもあるのだが、それほどでもないものもあり、どちらかというと、典型的に出っ張っている物の方が少ない気がする。どうも植えてある畑の土質にも関係があるのだそうだ。ともあれ、1つの区切りが付きそうだ。
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2019年01月31日

807 峠 を 越 え た か も ? 



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私の力飯

 これは、私のこの日の力飯(ちからめし)だ。いつも誰かのおかげで、3食をいただいて、疑問にも思わなかった私も、退職後、少しだけ人間に近づいて、自力で自分の昼食を作ることがやっと板に付いてきた。ただし、中央の野菜とウインナーの炒め物と、茹でた農園の野菜だけが私の作で、頂いた漬け物、酢漬けときんぴら、豚汁は相棒作である。

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スパームーン

 自分で食事作りにチャレンジして以来、少しだけ感謝の心が生まれたかも知れない。昨夜のスーパームーンにも励まされて、6mの長い梁を上げる作業に引き続き取り組んできた。今は、これまでの長い大工作業からも、何かしら学べるものがあるような気がしている。


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第1休憩所

 軒の梁は、既に上がっているが、構造的に丈夫さを保持するために10.5cm角の太い角材を使っている。現在進行中の6本の梁は、9cm角のものになる。それでも十分重いので、クレーンを使ってじわじわと上げるしかない。やっと、第一休憩所までたどり着いた。

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第2休憩所

 そこから、また、えっちらおっちら上げていき、3つの足場に登り変えながら、見上げる第2休憩所までたどり着く。とどめは、足場に登って、屋根の3角に梁を手作業で持ち上げていく。まず、中央をクリアしてから、左右を交互に上げていく。助手のいない私には、1日1本がせいぜいの作業なのだ。


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L字金具

 軒を越えたら、屋根の3角にL字金具が3カ所に付いている。思えばこの3角を上げる時も大変だった。今回の梁を上げる作業では、このL字金具が1つの障害物にもなる。3角は3カ所あるので、その上に梁を運ぶには、3つの足場に登り変えながら、L字金具を越えて少しずつ上げていくことになる。


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様々乗り越えて

 しかも、梁を上げて、白マジックで付けた印に合わせたら、ねじ釘でL字金具に止めていく。高所作業なので、片手は3角か梁、柱などを抱えて落下防止しながらの作業となる。下を見たらぞくぞくする。片手でネジをねじ込むのは、力が要り、休んでは少しずつドライバーを回すというよちよち作業が続く。


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遂に全て上がる

 とにもかくにも、1週間あまり晴天を選んで1本ずつ上げていった。見上げると、軒の2本の梁とその上にくる6本の梁が全て上がった。我ながらよくもまあ、こんな作業が、たった1人でできたものだと感心してしまった。ふう〜!峠を越えたかも。
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2019年01月27日

806 1 0 0 ケ 日

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庭の花

 本当に時は、淀むことなく流れていくもののようだ。49日の法要を終えて、片付けておいた祭壇を、小さなものにして再び設置した。お父さんの遺影も壁の上にかけておいたのだが、100ケ日をむかえて再び祭壇に飾った。


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屋根に干された大根

 ある日、風の国に行ってみると、何と隠居部屋の屋根に干し大根が干してあった。足も腰も痛くて杖をついて歩いておられるお母さんが、家の2階の窓から屋根に出て、棟続きの隠居部屋の屋根に登って干したのであろう。大変な作業だったと思う。びっくりした。


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100ケ日の祭壇

 100ケ日は、少人数の親戚や近所の方が来ていただいて、午後から念仏を申した。お寺の和尚さんは来ないけど、念仏に長(た)けた親戚のTさんが中心になって念仏を上げてもらった。地区に伝わる念仏のテープが存在していて、もう故人になっている方が、とても良い声で念仏を録音されている。そのテープに合わせてみんなが念仏を申すのが習わしとなっているのだ。念仏が終わって、参加した人たちで、最後の塔婆を持ってお墓参りをする。1つの区切りとなった。


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旧式のモノレール

 デコポンの収穫中なので、既に収穫した100キャリーほどのデコポンを、クロチの倉庫から三崎道の倉庫に移動させることになった。クロチの倉庫から道路までは、20〜30mくらいの距離だが、道路まではモノレールで上げる。このように小さな倉庫から選果作業をする大きな倉庫にキャリーを上げていく作業を「まく」と言うのだそうだ。「巻く」なのだろうか?

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10キャリーを積む

 このモノレールは、かなり古いものだし、エンジンがかかりにくいと聞いていた。止めてある場所も不安定な場所なので、なかなか始動のヒモを引くのに苦労する。また、テイクラという燃料を送る装置も付いていないので、チョークだけを引いて始動する。お父さん流のかけ方でやってみると、意外にうまくかかってくれた。


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私よりゆっくり登ってくる

 モノレールには、目一杯の10キャリーを積んで、発進する。20〜30mの距離なので、私は横の道を自力で駆け上がる。モノレールには、道路まで上がると、ストッパーが付いているので、自力でギアが外れて止まる。

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倉庫到着

 軽四をモノレールのゴール地点に止めているので、後は、私が自力で車に積み込む。モノレール2回分の20キャリーほどを積んで、大きな倉庫に運び、並べていく。これも、お父さんがやっておられた仕事だと思う。積み降ろしに力が必要だが、やはり、お役に立てて嬉しい。
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2019年01月23日

805 暖 冬 の お か げ か な ?

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玄関の花

 まだ、玄関には、お正月ぽい花が活けられているこの頃だが、大寒を過ぎ、少し寒い日が増えて、寒さが応える老体の私は、朝の9時を過ぎなければ、外に出て、行動開始にはならなくなった。それでも、9時を過ぎてぽかぽか太陽が顔を出すと、ついに意を決して、小屋の作業再開に踏み出した。暖冬のおかげかな?

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休憩所

 小屋の作業は、山場にさしかかっている。6mもの梁を6本、屋根の三角の上まで持ちあげなければならないのだ。クレーンは、組み上がっている骨組みの中央に立っている。クレーンの動かせる長さは1m40cm程なので、当然、いっぺんに6mの長い梁を持ちあげてしまうことは不可能だ。


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2段目の休憩所

 立っている柱は、4mに近い。軒の梁まで持ちあげるためにも、少なくても2カ所、休憩ポイントを作らなければならない。何ヶ月も悩み、やる気をなくしながら2つのアイデアに恵まれた。1つは、長い6mの梁が休める場所を柱に板を打ち付けて作るという方法だ。

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上げていく

 この休憩ポイントに梁を持ちあげたら、一旦、クレーンを緩めて、引き上げた1m40cmの距離を元に戻す。それで緩んだロープを、休憩所で休んでいる梁からほどき、また結び直して、クレーンを再び1m40cm上げることができるようにする。


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やっと1本上がる

 こうして2段目の休憩場所まで来て、もう一度ロープを結び直す。これで軒の梁の高さまで、上げることができる。そこからは手作業で、足場に上がり、梁を軒の上まで手で持ちあげる。片方が上がったら、反対側の足場に登り替えて、反対側も持ちあげる。かくして、6分の1本目の梁が上がることとなった。

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L字金具に止める

 梁は、軒先が1mなので、吊り上げる前に、端から1mの所に白いマジックペンでけがきをしておく。そのけがきの線を屋根の三角の柱に合わせて設置できれば、後は、3つある屋根の三角に止めているL字金具の穴全てに、3本ずつねじ釘をネジ込んで、設置が完了する。全てが高所作業なので、梁は、1日1本上げればせいぜいであった。


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材木の角(かど)に竹を設置

 さて、2つ目のアイデアは、クレーンの鎖やロープが軒の梁を傷つけずに、持ちあげる梁を上げることができるか、という課題の答えである。骨組みの中央にあるクレーンから伸びる鎖やロープは、梁の重さが全てかかった状態で、軒の梁の角をこすって移動することになる。軒の梁の角は、そのままだと、特に鎖で、必ず破壊されることは分かりきっている。それを防ぐために、孟宗竹を半分に割り、ねじ釘で軒の梁の角に打ち付ける方法を思いついたのだ。これが大成功で、6mの梁の重さも何のその、その竹の曲面で、スムーズに梁を持ちあげる作業が成功した。これには、大感激!!であった。暖冬君ありがとう!
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2019年01月18日

804 少 し 波 に 乗 る

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お土産の灯油

 またまたお土産を持って風の国に向かう。灯油は、ガソリンスタンドより、ホームセンターが安い。また、ダイレックスというスーパーも安い。同じ店なのに、その宇和店の方がもっと安い。そのため、風の国の帰り道で、宇和で購入するのが一番安いことが分かった。ガソリンも宇和が安いのだから、当然の結論なのかも知れない。


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お土産の野菜

 鬼北の農園には、未だ白菜がたくさん残っていたので、今回は、白菜と大根をお土産にした。なかなか畑での作業に参加出来ないお母さんの仕事の1つが、干し大根作りなので、大根を持って行くと、お母さんの仕事ができて良いように思われる。白菜も漬け物にすれば、1仕事になるかもしれない。


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青いポンカン

 クロチのポンカンも、正月から採り始め、既に採り終えることができた。青いものだけクロチの倉庫に保管しておいたが、三崎道の倉庫へ運ぶよう指令が下ったので、モノレールで運び上げ、軽トラで上の倉庫まで運んだ。これもお父さんの仕事だったが、貢献できて嬉しい。


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上に運んだキャリー

 次は、クロチの手前の区画に植えてあるデコポンの収穫に入る。弟夫婦も加わり、4人がかりでの作業となる。人数が多いと、能率も上がるし、何だか楽しい気持ちにもなる。

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新幹線2段

 このデコポンエリアでこそ、新幹線が大活躍する。キャリーを2段重ねにしても、安定して倉庫まで運べる。昔は背中に背負うようにして運んでいたが、体の前に持って運ぶよりは楽だが、足腰にダメージを受けてしまう。新幹線なら、重さは全て塩ビパイプのレールが受けてくれる。


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新幹線3段

 人間は、そのキャリーが倒れないように両手で支えながら、押していけば良いのだ。しかも、この日は、キャリーの3段重ねにも挑戦してみたが、何とかこなすことができた。これこそが、新幹線の威力だと思う。


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収穫デコポン

 結局、この日は、4人がかりで、新幹線の威力も味方して、50キャリー以上収穫することができた。満足満足。  
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2019年01月15日

803 ば た ば た の 作 業

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岡の川のお地蔵さん

 2019年が明けて、暮れから始まった農作業も、少しずつ佳境を迎えてきた。伊予柑の収穫、清見の袋かけ、ポンカンの収穫などなどが展開している。 

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お泊まりセット

 お父さんがやっていた力作業を、少しでもフォローしたくて、冬場に使う灯油を宇和や鬼北で購入して、風の国に届ける。お母さんが三崎で購入することは可能だが、岡の川から家まで運び上げることは、足腰が弱っているお母さんでは、なかなか難しいと思う。ついでに我が家の白菜もお土産に持参する。 

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清見の摘果

 作業は、いろいろ平行して行うが、摘果があまりできていなかった垣内作りの清見の袋かけも、何とか終わることができた。摘果が出来ていないので、あまりにも実の数が多く、木も高いため、なかなか作業ははかどらなかった。 

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なり過ぎ

 ただ、弟夫婦が来てくれる日は、4人で作業するので、はかどり、西側から始めた作業も、何週間かかけてやっと終わることができた。


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袋かけ

 我々夫婦が、お手伝いを1泊仕事にして、その量を増やしたが、以前はその中身を、お父さんがほぼ1人で行っていたはずだ。本当に大変だったと思う。摘果が間に合わない年があったが、お父さんも限界に来ていたのだと思う。


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赤い実

 昼にはほっと一息、お餅を食べたりして元気を取り戻す。どこからか鳥が運んできて、大きくなった木が、赤い実を一杯に付けて、冬に色を添えている。 

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電気柵

 垣内作りには、猪の被害を防ぐための電気柵が設置してあるが、この電気柵の管理もお父さんの仕事だった。畑の杉垣を刈り込んでもらった人が、猪が侵入していることを教えてくれた。放置すると彼らは、ミミズを食べるために、石垣を崩してしまう。 

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電池ボックス

 案の定電気柵には、電気が通じていなかった。電源は充電のようだと言われたが、中を開けてみると、乾電池であった。何カ所か電気柵が持ち上げられて猪が侵入してきた形跡も発見した。電気柵の切れた部分を新しい電線で直し、持ち上げられた電線も直して、新しい電池と交換。立派に機能するようになった。あれこれ訳も分からず、出たとこ勝負のようにばたばたと作業を続けている。

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2019年01月12日

802 驚 き の 流 れ

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夏の農園

 これは、夏の農園の1風景である。暑かったり、台風並みの豪雨に見舞われて畑が、海のように水没してしまったり、暑さに負けて体調を崩してしまったりしたことも、思い起こさなければ、そのまま忘却の彼方に飛んで行ってしまいそうである。


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晩秋の農園

 こちらは、秋から冬にかけての1風景である。草引きをしていたり、耕耘機で耕していたりすると、彼の眠りを妨げてしまうことが何度かある。彼は、次なる春に備えて冬眠中であったのだろう。夏から冬にかけての時の流れも、過ぎてしまうと、あまりの高速に驚いてしまう。


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明るきかな女子

 私も、退職してから、何とか8年をやっとこさ生きのびた。私が退職した年に、12歳だった子供たちは、当然、8年をプラスすると、20歳と言うことになる。ある公民館の企画で、この子供たちの20歳を記念して、1つの集いが催された。

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男子も立派に

 この学年の子供たちは、8人の卒業生として、私と同じ年に卒業していった。この日は、そのうち5人が参加していた。来れなかった1人は、何と箱根駅伝に参加しているということであった。


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いよいよカプセル

 弱冠20歳の子供たちは、眩しい程に若々しく、それぞれ看護師の学校や、JRに就職したり、大学生であったり、様々なポジションで頑張っている様子であった。公民館が主催して、20歳を祝う会なのだが、メインは、小学生だった時に、納めたタイムカプセルを開くという行事であろう。

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お宝発掘

 子供たちは、懐かしい作文や写真、記念の品々と8年ぶりの対面を果たし、蘇る思いや様々なあの時の場面を思い出し、笑顔が弾けていた。子供たちが話す内容から、当時を彷彿とさせるフレーズにもたくさん再会するのだが、あの頃とは違い、本当にしっかりした考えを披露してくれる場面もたくさんあった。


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記念の1枚

 70歳の大台を目前にして、突如体調が狂ったり、「いよいよお肌の曲がり角か。」と思わされる日々が展開している私だが、彼らの笑顔や成長を目の当たりにして、たくさんの元気をもらった気がする。げに、驚きの時の流れかな!   
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2019年01月08日

801 新 幹 線

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冬の朝陽

 いつもお正月辺りに収穫をする伊予柑だが、今年は、年末に収穫をし終えた。狭い2段ほどの園地なので、1日で終わった。続いてクロチのポンカンの収穫を目標に暮れの1日を、その準備やら試しの収穫やらに汗を流した。


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草に埋まったレール 1

 このクロチには、入り口の倉庫から二区画ほど、デコポンが植えられている。その園地の中に、「新幹線」と呼ばれている輸送用の道具のレールがある。新幹線には、塩ビパイプをレールのように設置した道があるのだ。パイプの繋ぎ目は、T字になった鉄筋があって、両方のパイプに差し込み、後の1本を地面に打ち込んで、固定してある。

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両脇を整備する

 キャリーに収穫した柑橘は、なかなかの重さなので、それを運ぶ道具が必要となる。昔は2〜4個ものキャリーを背中に背負って運んでいたらしいが、それをやり過ぎたお母さんは、足腰が半端なく壊れてしまっている。新幹線のように体に楽な道具は、正に新幹線なのだ。

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草に埋まったレール 

 新幹線でキャリーを運ぶのは、お父さんの仕事だった。大変だろうなと横目で見ていた私が、今度は新幹線を運転することになった。まずは収穫前に新幹線のレールである塩ビパイプ周りの整備をしなければならない。

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手鍬で完璧な整備

 塩ビパイプのレールの上に乗る新幹線は、キャリーを積むので、その寸法は、キャリーの幅やら長さやらに合わせた鉄パイプでできている。それを考えて、パイプのレールの左右を手鍬を使って綺麗に掃除する。運ぶキャリーが引っかかる障害物があると、新幹線はすぐに止まってしまう。結局、この案外緻密な作業に、私は、1日を費やしてしまった。

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在来線

 運ぶ道具には、新幹線に対抗して私が命名した在来線もある。こちらも、キャリーの大きさに荷台がなっているが、手で引っぱって運ぶ取っ手が付いており、レールは使わずに小さなタイヤが付いている。こちらも、できれば平らな道が欲しいが、多少の障害物があっても、乗り越えることができる。運転がしやすく、私でもすぐに運転することが可能だ。

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試し取り5キャリー

 結局、この日私は、新幹線のレール周りの整備で終わった。相棒が伊予柑の次なる収穫ターゲットのポンカンを5キャリーだけ収穫していた。道ができたので、そのポンカンを、私が小屋まで在来線で運んだ。何とか無事、運ぶことができた。ここのポンカンは、晩生(おくて)なので、まだ色が青いものが多い。しばらく、倉庫で寝かせることになるだろう。
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2019年01月04日

800 寒 中 に 年 を ま た ぐ

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高月山

 暮れには、尻割れ山こと、高月山にも雪が降り、地上も雪が舞って、今期初雪となった。楽しみに見ていた「西郷どん」も、歴史の裏側のエピソードから、最後は、いわゆる誰もが知る歴史の流れに戻って、最終回を迎え、あっという間に2018年の暮れをも駆け抜けていった。今年も、行ってみたいと思っていた鹿児島旅にはならず、思うだけで終わった。

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寒の桜

 11月頃から咲き始めた気がする寒の桜、1月になった今でも花を残している。不思議な桜だ。3〜4月にこの木は、花を付けるのだろうか、いつも興味はあるのだが、時の流れと共にいつも忘れ去っている私に、「ぼーっと生きてんじゃねえよ。」と活を入れる方が、世の中には、たくさんおられることだろう。


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ビオラ 1

 松野の農業公社から買ってきたビオラの苗が、少しずつ株を広げている気がする。この花もまた、寒さをものともせず、春にかけて子孫を残す営みを続けている。たくましい花だ。


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ビオラ 2

 新しい年になったが、今年は、初詣も、年賀状も控えさせていただき、静かに過ごしている。暮れに鬼北の墓参りを済ませ、年が明けてからは、風の国の墓参りにも行った。

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ビオラ 3

 風の国の祭壇は、49日で取りのけ、仏壇には、100日目に上げる塔婆だけが残っている。お父さんの写真も、祭壇のなくなった座敷にぽつんと残されているので、お爺ちゃんお婆ちゃんの写真の横に、道具を買ってきてやっと掲げることができた。また1つこちらからは、遠くなった気もする。

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ミニシクラメン

 北宇和高校で買ってきた小さなシクラメン、この花も寒さには強く、クリスマスやお正月の頃に元気に咲いている。これら寒さに強い花々は、人間と違い、むしろ、暖冬の冬を軽々と過ごしているのだろう。私はといえば、暖かい秋が終わった頃から、防寒のためたくさん着込んで、やっとこさ過ごしている気がする。


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年末ジャンボ

 一筋の希望と願いを込めて購入した宝くじも、いつものように美事に外れて、あっという間に暮れが過ぎて行った気もする。新しい年、2019年は、昨年のような災害が起こったりせずに、穏やかな1年になることを願ってやまない。ブログを眺めていただく方に感謝しつつ、私も自分なりに頑張っていきたいと思います。今年もよろしくお願いします。
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2018年12月28日

799  足 跡 を た ど っ て み る

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セクシーな巨大大根

 例年のこの時期、鬼北の餅米を60kg風の国に持ち込む。餅米の量としては、おそらく半端ない量なのだと思う。それだけの量の餅つきをやめてしまうのは、あまりにも寂しい気がして、巳午(みんま)餅に使わなかった半分の30kgで、餅をつくことになった。

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干し大根に変身中

 我が家の巨大な大根を携えて、風の国に向かう。その姿を見て、お母さんはさっそく干し大根の製作を始めた。寒くて風のある天気に変わり始め、時機到来と思われたのだと思う。


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竈(くど)セット

 いつもは、我々が風の国にやって来る時刻には、餅つきは半分くらい終わっている。朝早くからお父さんとお母さんで餅つきは進行する。今年は、前日から我々が泊まり込んだ。我々が起きてくる前に、かなりの準備ができている。お母さんの仕事だ。


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餅切り台

 餅米を水に浸けておくだけでも、半端ない仕事なのだが、2つの桶に浸けられていた。餅つき機を倉庫から上げる作業も重くて大変なはずだが、よちよちとしか歩けないお母さんが、いったいどうやって階段を上げて来たのだろうか?それを思うと、次からは、前日ではなく、前々日からやって来た方がいいのかもしれない。

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せいろに詰める

 餅切りをしたり、丸めたりする台は、食堂のテーブルを片付けて上にシートを貼り付けて設置する。今回は、一番遅く起きて朝食を食べた私の食事が終わってから準備された。これも、いつもならもっと早い時間に早起きのお父さんとお母さんによって設置されていたはずだ。

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後は火の番

 例年なら相棒は、お母さんの手伝いに入り、私はお父さんのお手伝いで、火の番くらいがせいぜいだった。しかし、今回からは、餅米をせいろに入れ、羽釜に乗せたり、羽釜の水をつぎ足したり、むせた餅米をお母さんのいる餅つき機の所まで持って行くのも、私の仕事となった。

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例年の半分

 ぼーっとしている私だが、竈(くど)にくべる薪を下の倉庫から持ち上がる仕事には気づき、準備することができた。しかし、私が起きた時には、既に竈は設置されていた。いつもなら、おそらく、これもお父さんが準備をしていたはずだ。

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背戸?(せど)

 白餅、よもぎ餅、蜜柑餅、紫芋餅と下の倉庫につき上がった餅が並んでいく。この並べる作業も、お父さんがやっていたように思われる。私もお手伝いをしたことがある。今回は、人数が少なくなっているのに、私がもたもたしているので、パーフェクターの相棒がその仕事を私からもぎとった。チャランポランナーの私は、竈の火に専念をする。


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疲れを癒やす

 海岸ぶちの立て込んだ集落の家と家の間の狭い空間を「背戸?(せど)」という。餅つきが終わって、その背戸の掃除を頼まれた。飛んできた木の葉やゴミがたまっている。大掃除の1つだと思うが、これもお父さんの仕事だったのだろうと想像する。それらの仕事をたどってみると、今まで見えなかったものが少し見えてきた気がする。  
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2018年12月23日

798  伊 予 柑 の 収 穫

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メロディーラインの紅葉

 雨上がりの薄い霧の中を進む。遅れてきた寒さのせいか、半島の雑木林は、ここへ来て紅葉している。例年ほどではなく、あまり綺麗ではないが、ちょっとだけ目を引く。


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最初の収穫、伊予柑

 この日は、最も早い晩柑類の収穫、伊予柑の収穫をした。伊予柑は、駐車場の横の狭い2段のみの畑で、収穫量もわずかである。とはいえ、モノレールもない場所なので、重いキャリーを人力で運び上げなければならない。

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運び役は、私となる

 いつもならキャリーを持って階段を上がる一番きつい仕事は、お父さんがやっていたのだが、これからは、そうもいかない。私か相棒が持ち上げるしかない。最後は力持ちのS君が少しだけ手伝ってくれて、半日の作業で収穫し終えることができた。キャリーは、全部で32キャリー、軽四トラックで倉庫まで私が運ぶ。何とかお役目を果たすことができた。


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十六夜(いざよい)の月

 その夜は、立派な十六夜の月が、宇和海に登る。親戚のTさんがくれたはまちをさばいて刺身を作り、S君を呼んで酒盛りとなった。私は早々とダウン、明日に備える。

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眩(まぶ)しい朝陽

 翌日は、また、垣内作りの畑での清見の袋かけ、雨が近そうなので、早朝から畑に向かう。この日は、気温が高く、上着も帽子も汗ばんで脱いでしまった。


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倉庫前のカタバミ

 途中から弟夫婦も加わり、作業の能率も上がる。相棒はせかせかと速い。弟夫婦も速いが、私だけがのんびりやっているかもしれない。作業は、畑の半分を過ぎ、東側に少し入ったところでお昼となる。


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気温が高く、夏のような海が見えた

 午後からは、雨になったので、お母さんの指導の下、昨日、摘んだ伊予柑の選果作業を習った。大中小にきれいでないもの、青いものなどを見分けて、新聞紙でまわりを包んだキャリーに選別して入れ替えていく。いつもお母さんが1人でやっていた作業なので、我々は初めてその様子を学ぶことができた。
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2018年12月19日

797  清 見 の 袋 か け

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光に走る舟

 師走に入って、風の国の海も、ぐっと冬バージョンに変わりつつある。空も鉛色の雲で覆われ始め、天使の階段が現れる日が増える。

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雲から出(いず)る光

 そうなると、夏の明るい青い海とは違い、モノトーンの色合いに近づいていく。しかし、それはそれで、冬らしくて心引かれる景色にも見える。

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サンテ(袋かけの袋)

 お父さんが存命の頃は、我々のお手伝いも、行き当たりばったりで、計画等というものはなかった。我々がやり残した分を、お父さんが、平日の間に、補いながら、次の週には、かなり作業が進んでいた。

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なりすぎている清見

 しかし、お父さんがいなくなってみると、お母さんは、足腰の弱りのため、柑橘の仕事はできないので、我々が計画を立て、遅れつつも進めていくしかない状況になってしまった。そして、年末のこの時期は、袋かけの時期なのだ。

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袋をかけていく

 クロチとウマキのデコポン畑がやっと終わり、いよいよ垣内作り(カキウチヅクリ)の清見畑に移った。畑に入ってみると、お父さんが亡くなった頃にやっていた実を間引く摘果が不十分で、実は大きくならず、小さな実が鈴なり状態であった。

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摘果した清見

 仕方がないので、まず、小さな実やきたない実をちぎって、あらあらと摘果をすませて後、残った実に袋をかけるという手間のかかる作業を進めるしかない。おかげで、木の下は、ちぎった清見があふれてしまう。我々はそれを踏んでは、転びそうになる始末だ。

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お父さん愛用のカギ

 3〜4週間で、弟夫婦も帰ってきてくれて、広い清見畑の半分近くまでやっと終わった。畑には、お父さんが木に登る時に使っていた枝に渡して作業をする板があちこちに残っている。また、枝を控えて作業するときに使うロープの付いた鉄筋でできたカギなども残って枝にある。我々は、それらを使いこなすほど熟練をしていないので、お父さんを思い出すよすがとこそなっている。
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2018年12月15日

796  冬 の 旅

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パンジー

 寒々とした灰色の空が広がる中、恒例になっている冬の旅に誘われた。インターチェンジのパンジーも寒そうだ。

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切符

 目的地は、坊ちゃん劇場と温泉の利楽だ。今年は、参加する人数が集まらず、世話役のMちゃんが苦労していた。

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ポスター

 演目は、「よろこびのうた」、私にはあまりなじみのない話であったが、徳島のドイツ人捕虜収容所での、ある捕虜と娘との物語であった。



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収容所所長

 結局、この日参集したのは、19名で、結果的には、この4年で最も多い人数となった。

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キャスト

 バスの中、私のお隣は、88歳のHおっちゃんであったが、おっちゃんは、大変お元気で、バスの中、私同様ビールや焼酎を楽しんでおられた。

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夕空

 参加メンバーは、皆さん高齢者の仲間入りをされた方ばかりであった。私もHおっちゃんと、死んだ父の話などできて、有意義な時間になった。

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記念に

 ワンパターンの冬の旅ではあるが、少し心が豊かになった気がしながら帰ってきた。 
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2018年12月09日

795 残 っ た 仕 事

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イチョウは裸ん坊

 御近所もみじも、既に散り果ててしまったので、最後の楽しみ、落ち葉の観察に神社を目指してみた。予想通り、神社の銀杏の大木は、もうその葉を全て散らして後ろの青空が枝の向こうに見えていた。

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落ち葉も今一

 ここでも、温かい気温を反映してか、落ち葉の色も、何だか冴えない色合いのように感じる。


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色合いが違う

 いつもの風景だが、神社の建物や境内に散り敷く落ち葉の色も、やはり、今一つの色合いであった。夏の頃は、御近所の方が、落ち葉などをほうきで掃いている姿を見ることがあるのだが、この銀杏落ち葉の季節には、誰も、その落ち葉を掃く姿がない。私が必ずその風情を眺めに来るように、誰もが、この風情を愛しておられるのだろうと思う。



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岡の川の広場

 風の国では、49日が来て、その祭壇も片付けられ、古い塔婆やお父さんの持ち物等を浜で焼いたそうだ。お父さんが亡くなった岡の川の広場には、主の1人がいなくなった軽四トラックが静かに止められている。


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岡の川の泉

 岡の川の泉は、この地区で最も水が豊富な場所だ。近所の人たちも、夏でも冷たいここの水を汲んでいったり、手を洗ったり、喉をうるおしたりと、この場所を愛し、頻繁に利用している。午後8時には、眠りにつき、午前1時か2時には目を覚ましていたお父さんは、午前3時頃になると、いつも、この岡の川の清掃に来ていた。


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落ち葉と木の実

 毎日、この岡の川の清掃をする人は、お父さんをおいてほかにはいなかった。「しなくてもいいのに。」と言う人もいたようだが、誰もがここは、きれいなのが当たり前だと思っていたのだろう。お父さんが亡くなった今は、ウバメガシの葉やドングリが落ちていて、ふと上を見上げてみる。何とそこにはウバメガシの木が枝を張っているのだ。掃除をする人がいなくなってはじめて、その存在に気付かされた。これからは、毎年、ウバメガシのドングリをここで目にするのだろうなと、歩きながら思う。


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トロ箱

 馬の脊(瀬・せ)の畑の上には、モノレールの発着場がある。その横にたくさんのトロ箱が積んであった。お父さんが焚き物にするために、どこかからもらってきて積んでいたものだ。これを分解して焚き物にする仕事こそは、お父さんがやり残した仕事だろう。お母さんが、風呂を焚くには、絶好の燃料なので、その仕事を、ある日、私が引き継いだ。


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まずは分解

 私がハンマーで箱を分解していく。相棒はその材を布のヒモでしばって束にしたり、コンテナに入れたりしてまとめる。


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束ねる

 2人の共同作業半日で全て分解、まとめ上げて家の地下倉庫まで運んだ。たまたま岡の川には、力持ちのS君がいて、一緒に倉庫まで運んでくれた。これでしばらくは、お母さんの風呂の燃料も、大丈夫だろう。
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2018年12月05日

794 御 近 所 も み じ 2

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初霜

 霜月を終え、師走に突入、暖冬と言われている今年も、とうとう初霜を観察することとなった。畑に残っていた乳草にも美事に霜が張り付いていた。



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田んぼのコスモス 1

 このところ、空振りばかりの牛糞もらいの三間行き、思わぬ所で、背丈の低いコスモスが、田んぼを飾っている。思わず車を止めてカメラを向けた。


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田んぼのコスモス 2

 遠目からなので、はっきりはしないが、どうもハート型やら様々な形に種が蒔かれているようで、育てた方の心のありようが見えてきて、その余裕やら遊び心が伝わってきた。


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国道向こうのもみじ

 私としては定番の国道向こうの藪を染める紅葉、結構長く目を楽しませてくれる。立派な日本庭園の紅葉とは、ひと味違う地味な風情なのだと思うが、なぜか、心を癒やされる。

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溜め池のほとり

 牛糞をいただく、山の中の牧場、山の中の道に入ってすぐの所に水田用の溜め池がある。ここにも、飾ることを意図していない紅葉がその水辺で赤に染まっている。見過ごせば見過ごしてしまうような1場面だが、この日は、心に届いてきた。

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庭のもみじ

 御近所もみじの最後は、長く父が鉢の代わりにブリキの缶に植えていた紅葉を、数年前、私が畑に植え替えてやった庭のもみじに到る。父以来なので、おそらく長い歳月を経てキャリアは十分だが、背丈はまだ、2mほどの我が家のもみじ。不思議に御近所の最後の最後に紅葉するのだ。


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最後のブルーベリー

 最後の最後と言えば、今年1番に目を楽しませてくれたブルーベリーの紅葉、特大の鉢に2本植えている。ここでも不思議なことに一方は紅葉し、片方は紅葉していなかった。それが、ここへ来てラストを飾るかのように、紅葉していなかった木が、えもいわれぬ鮮やかな色に染まっていた。植物には、それぞれに事情はあるのだろうけれど、今年も、私には、たくさんの心の癒やしを与えてくれた気がする。
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2018年12月01日

793 御 近 所 も み じ 1

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散歩場所のドウダンツツジ

 この秋は、ばたばたと過ぎていき、紅葉や黄葉を目指して出かけるという機会に恵まれなかった。しかし、デジカメのメモリーを開いてみると、意外にその姿が残っているのに驚いた。きっと取り立てて出かけるということはできなかったのだが、普段の日常でふと足を止めて撮影したのだと思う。

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市越池のカーブ辺り

 散歩場所のいつものドウダンツツジ、散歩に行く度にシャッターを切っているのが、判明した。美事な赤だ。また、松野の農業公社にビオラを買いに行くのに、裏道大好きの私は、いつも市越の池の横を通って松野へ出ることが多い。池の紅葉までは覗かず、カーブの辺りの紅葉を撮影していた。タイミングが良かったのかも知れない。


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成川奥の落ち葉

 成川渓谷には、唯一、どうだろうと、眺めに出かけた。何せ5分もかからずに到着する地の利を得ているからだ。奥まで行ってみたが、概ね期待はずれであった。道の落ち葉も、感じは良いが、色合いはまだまだであった。


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温泉辺り

 温泉辺りの紅葉も、やはり、色合いが悪い。暖冬傾向のある時期だったせいもあるかも知れない。

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林の中

 林の中の黄葉も、今一つかな。


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落葉樹

 落葉樹の辺りも、その黄色は、くすんでいるように見える。

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天満神社

 近永に出た帰りに寄った天満神社、いつも銀杏の落ち葉を撮影する場所だが、銀杏は、まだまだで、社の前の紅葉がグッドタイミングであった。
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2018年11月27日

792 巳午(みんま) 2

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昼の海

 巳午の夜は、少し飲み過ぎた私だったが、みんなで賑やかに正月をしていただき、おそらくお父さんも、にこにこと眺めておられたのではないかと、感じた。晴れ男だったお父さんなので、お墓に上がる翌朝も、小春日和の良い天気であった。

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ムラサキツユクサ

 お父さんが、家の地下倉庫に置いているスーパーカブにまたがり、岡の川まで下っていった坂道の石垣には、ムラサキツユクサが、その命の力を発揮して大きな株に発展している。私たちも、お父さんの生命力を一杯に受け継ぎ、パワーアップして生きていけるといいなと、坂道を下りながら思う。


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薄い鏡餅

 巳午餅は、地区のお世話になった方や親戚に配られ、遠方で暮らす親戚方には、送られて、共に偲びつつ、正月を祝う。翌日の墓参り用に薄いお餅も届いているので、それに切れ目を入れて、お墓に上がる。お墓に着くと、その餅を子供がちぎる習わしらしく、我々もちぎるお手伝いをした。墓参りに上がった方々が、それを更に小さくちぎって、それぞれのお墓全てに供える。余った餅は、それぞれがかじって正月の味わいとする。

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風呂の焚き物入れ

 様々な仏事が進行して、後は49日だけとなっている。力仕事担当のお父さんがいなくなり、お風呂を焚く係も、お父さんからお母さんに移行するほかない。地下倉庫から重い薪が入ったキャリーを持ち上げることは、足腰が限界にきているお母さんには難しい。息子が同居しているので、頼まれたら、力になるよう話している。しかし夜勤の多い息子にも限界がある。私も、週末のお手伝いでは、気を配るようにしている。近所のS君が、そのことを心配してくれて何度も風呂用の焚き物を届けて上に上げてくれていた。本当にありがたい。

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野路菊

 49日が近づくにつれ、あまりにも月日の流れが速く、驚いてしまう。風の国の石垣には、もうあちこち野路菊が咲き始め、ツワブキの花は、終わりかけている。


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花盛り

  この野路菊は、風の国の皆さんには、なじみの花だが、あの頃に咲いていたというのも、また、いい思い出の1つになりそうな気がする。蜜柑山のそこここにも、この野路菊は咲いており、お父さんの活躍した場所と自然に結び付くので、また、印象に深い。


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ザクロ

 お父さんが、毎日、がんばって焚いていた風呂の焚き口の前には、ザクロの木が生えている。子供の頃には、大変珍しい果物なので、どこかのお家になっているのを見つけると、食べてみたい気持ちを抑えきれないでいた。今でもその頃をひきずっているのか、食べたくなってしまう。しかし、いざ食べてみると、魅力的に甘酸っぱいのだが、そんなに美味しいものではないのかもしれないと、感じたりもする。しかし、それでも、食べると元気をもらえるような気もするから、不思議だ。これもまた、いい思い出になっていくかもしれない。
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2018年11月23日

791 巳午(みんま) 1

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しめ縄

 10月15日に、お父さんが亡くなって、早くも一ヶ月が過ぎてしまった。信じられない思いのままに35日目の塔婆をお墓に上げる行事も既に終わってしまった。11月の巳の日に巳午(みんま)という行事がある。これは、なくなった人のお正月の行事なのだ。祭壇の前に、柿の木の枝を立て、しめ縄を渡す。このしめ縄は、通常とは逆の左によじった縄を編んで作る。となりのおっちゃんにお願いして作ってもらった。


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伊勢エビのお供え

 お父さんが亡くなったことを聞いた運送屋さんが、大きな伊勢エビを、お供えにと持ってきてくれたので、大きい方を、分解しながらうまく中身を抜いて、剥製にしてみた。お供えとして1つの思い出になったかも知れない。

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地区のお寺

 巳午の日は、7:30にお餅が届く。それを手分けして、お世話になった方や親戚筋に配っていく。坂の多い風の国なので、なかなかの労働になる。弟と私は、お寺に参ることとなっている。地区の集会所にも、臨江庵というお寺がある。地区の人たちの中に、念仏を申す方がいて、仏事を行う風習があるのだ。地区の人たちの信仰心から生まれた場所で、正式なお寺ではない。

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餅を供える

 集会所とは別棟に、かなり広めの部屋が2つあり、地区の方々の信仰の対象となるのであろうか、様々な仏様が並んでいる。その祭壇に亡くなった方の名前を書いた紙を貼り、2升餅と呼ばれるお鏡を供え、お線香を上げるのが習わしのようだ。この地区の先祖代々の方々を祀っていると言えるだろう。


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伝宗寺の大楠

 続いて、伝宋寺という三崎にあるお寺に参る。ここには、その境内に、樹齢1000年あまりと言われている天然記念物の大楠が鎮座している。

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位牌堂にもお供え

 本堂から堂内を通って裏手の位牌堂に向かう。地区ごとに巳午の祭壇がしつらえてあるので、そこにお米1袋とお菓子や果物を供えて線香を上げて帰る。ここまでが、昼間の巳午の行事となる。

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夕刻に近づく

 しばらく休憩するうちに、海も暮れてきて、4時頃からは、第2部ともいうべき宴会が始まる。故人のお世話になった方々や親戚うちが集まってくる。お正月なので、賑わしく折りやお酒が振る舞われ、個人と共に一時、永遠の時を過ごしていく。
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2018年11月19日

790 あの時に帰ってみる 2

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岳人山さん

 さて、夕方からは、JAのホールで、80周年記念の祝賀会が行われた。この夜の会でも、岳人山の尺八演奏で始まり、素晴らしい演奏に皆が酔いしれた。我々は、同級生が同じテーブルにつき、懇親の祝賀会は、進んでいった。

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O君、MIっちゃん

 我々が、高校生だった頃は、エレキバンドが隆盛し始めた頃であった。お父さんがギターを教えていたO君から誘われて、私とJUNちゃんは、O君が始めようとしていたエレキバンドの一員になった。当初は、4人がそのメンバーであった。中心のO君がリードギター、OKAMOTOがサイドギター、そして、JUNちゃんがベースギターの担当だった。私はといえば、何とドラムス担当であった。これらの楽器演奏は、全てO君がそのノウハウを知っており、後の3人は、全くのド素人であった。O君はレコードを聴いて、リードギターやサイドギター、ベースギター、ドラムなどの音を譜面に起こし、メンバーの指導をした。私も、ドラムの叩き方を1からO君に学んだ。


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H君、N君

 エレキのギター2本は、O君が所有していて、JUNちゃん担当のベースギターは、4人がアルバイトをして後日購入したような気がする。私の担当だったドラムは、大変高価な楽器で、当時で5万円以上したので、とても買うことはできなかった。当初、4人の練習場所は、出目の集会所だったが、ドラムはないので、段ボールを大小3〜4個並べて置き、シンバルの代わりには、集会所のブリキのちりとりを針金で天井から吊して、スティックでそれを叩いていたのを思い出した。


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H君、S君

 我々の演奏の発表場所は、予餞会だったように思う。あの記念式典があった体育館がその舞台だった。最初に我々が挑戦した曲は、ベンチャーズのパイプラインであったと思う。たぶん、1年目は、ベンチャーズの曲をいくつか演奏をしたのではなかろうか。私は、なれないドラム演奏のため、授業中も隠れて机の中や教科書の上を指で叩いて練習をしていた記憶がある。

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記念に

 結局、この祝賀会に集まったバンドメンバーは、O君とJUNちゃんと私の3人が集まった。1年目の演奏では、既に散髪屋さんになっていた中学の同級生が持っていたドラムをお借りして臨んだ。熱意だけはあったので、練習に打ち込んだ私だったが、練習をやり過ぎて予餞会当日は、筋肉痛になり、バスドラムがあまり叩けない状態であったという笑い話で終わった。


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Tちゃん

 2年目は、少し進化して寺内タケシとブルージーンズの曲を数曲演奏した。これもO君の好みで、リードギターの見せ場がすごいというところが、その選曲の理由だった気がする。ちょうどその頃、出目に広島研磨の工場ができるということで、夏休みのほとんどを費やして、我々4人は、工場の予定敷地の草刈りのアルバイトを行った。おかげで、やっと我々は、大枚5万5千円の立派なドラムを買うことができた。

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ご夫妻

 最後の3年目は、ブルージーンズに加えてタイガースの曲など、十数曲を用意していた。バンド練習にのぼせて、私は、大学入試の勉強も1mmもせず、結果、浪人をするはめにもなった。しかも、3〜4曲終わったところで、生徒指導の先生からストップがかかり、そこで我々バンドメンバーの予餞会は終わってしまった。

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2次会にて

 卒業式を終えた日曜日に、結局、我々は練習した全ての曲を、聴きたい生徒に来てもらって、学校にも許可をもらって、あの体育館で最後のお別れコンサートを実現した。JAでの祝賀会も、滞りなく終わり、我々同窓生は、2次会場のスナックに移動、JUNちゃんは、来てくれる予定であったと思うのだが、都合で姿を見せてくれなかった。我々同級生の一番出世のJUNちゃんではあるが、少し雲の上に届き、我々の世界からは、離れてしまったのかも知れないと、少し寂しい思いも起こってきた。
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2018年11月15日

789 あの時に帰ってみる 1

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校門の表示

 あの頃の仲間たちも、今では、あちこち不具合が出てきて、元気は、次第に今一になって来ているだろう。そんな何人かが、原点の場所に集まることになった。我々がいた頃は、まだ、木造校舎であったのが、今では鉄筋の校舎になっている。この鉄筋の校舎になってからも久しい気がする。何と我々が、ここを卒業したのは、50年、つまり半世紀前なのだから、自分でも驚いてしまう。


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校門の絵

 校門には、創立80周年の祝賀と記念の文化祭の表示と生徒が描いた絵が、出迎えてくれた。体育祭で大きな看板の絵を、私も、描いたことがあるのが思い出された。私は、高校時代いつも一緒にこの高校に通っていた3人の中の1人のMちゃんと乗り合わせてやって来た。当時の建物で、今でも残っているのは、体育館だけである。体育館は、我々が在学中に、建った気がするので、この体育館も、50年以上の月日を経ていることになる。


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式典場

 式典では、岳人山さんの尺八演奏にまず心を打たれた。式場の体育館は、外装を塗り直したり、様々なリニューアルはしたと思うが、基本的には、昔と変わらずの様子であった。ここは、主に私の親友のS君が頑張っていたバスケ部の練習場所であった。私が規則を破ってオートバイ通学をし、この体育館の地下にオートバイを置いていたというむずがゆいような思い出も蘇ってきた。

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岳人山の演奏

 学校に遅れそうになりながら、オートバイで家を出る。時間すれすれに体育館の下に、裏門から滑り込む。模擬テストがあっても、サッカー部の練習試合を優先し、優しいK先生に、「お〜い、○○、もうテストが始まっとるぞ〜。」言われ、「先生〜、試合も始まっとるので、行けません〜。」何と危なっかしくも、のどかな高校生活だったことだろうか。その優しいK先生も、既にお亡くなりになった。


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JUNちゃんの演題

 さて、我々仲間たちが、50年ぶりにここに集うことになったのは、80週年記念式典で講演をする四電工取締役会長になっているJUNちゃんこそが、私とこの高校に通った仲良しメンバー3人の中の1人なのだが、彼の講演を可能な同窓生みんなで聞きに行こうということになったからだ。MIっちゃんと私とJUNちゃんの3人は、下校途中、飽きることなく話ながら、登校も下校も一緒にしていた思い出がある。よくもまあ、そんなに話があるなと思われるほど、分かれ道で、30分、また次の分かれ道でも30分、尽きない話をしていたのに、今更ながら驚く。毎週、3人が徹夜で英語のテスト勉強をしたこともあったっけ。


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JUNちゃん

 我々は、いったい何を話していたのだろうか?記憶に残っているのは、女の子の話を多くしていたような気がする。「自分の好きな子は、だれそれで・・・」などという他愛もない話であったように思う。土日に主がいなくなる住宅に、その家の息子、我々の同級生と、10人ほどがたむろして、夜通し遊んでいた。我々は、賢くも秘密裏に夜遊びをしていたのだ。数々の冒険もしたが、もはや、時効とということで流していただきたい。

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グランドから空を見上げる

 大学生の時、お父さんを亡くし、学生生活を続けられるかという窮地に陥ったJUNちゃんの人生の話は、今の高校生にどれくらい届いたかは分からないが、我々同級生には、十分に心に響いてきた。彼は、四国電力時代、初期には広報関係の仕事をしていた時があったが、毎朝、全国紙やら地方紙やらの新聞を10紙ほど読んでいるという話を彼から聞いたことがあった。私はその時、そのエネルギッシュな仕事ぶりに大変驚いたことを覚えているが、その時、彼の未来や時代を見る目が養われたのではなかろうかと思えた。一時、彼の講演を聞きながら、私は、あの懐かしい時代に帰ってみることができた。
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2018年11月11日

788 ク ル ミ の 涙

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牛鬼

 秋祭りの牛鬼が、子供たちの一時の夢を乗せて、秋晴れの空の下、家々を回っていく。亥の子の実入りよりは格段に良い牛鬼(秋祭り)の収入は、昔も子供たちの楽しみの1つだった気がする。この季節、秋から冬にかけて、我が家の空き地では、しっかりと実の詰まったクルミを収穫することができる。

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大木となりにけり

 クルミの木は、既に葉を落とし、空に大きく手を伸ばしている。この木は、すこぶる生長が速く、1年で3m〜4mも枝の長さを伸ばしていく、単純に計算してみても、空恐ろしい数字をはじき出すので、計算しないことにしている。

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日々たくさんの実が・・・

 そのため、油断すると、お隣さんの土地の上空に枝が伸びてしまう危険がいっぱいの木なのだ。たまたま興味を持って大枚4千円以上支出して買い求めた苗、あまりの生長の速さに驚いて、庭に植えたものを、1年で掘り起こし、空き地に移植したという、いわくつきの木なのだ。


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何日分かを集めてみても・・・

 したがって、毎年、枝を切るという作業をしてきた。しかし、枝を切ってしまうと、あまり実を付けなくなってしまう。そこで、枝を2年間切らずに様子を見た。すると、予想通り、今年は、たくさんの実を付けた。拾っても拾っても実が落ちてくるのだ。

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庭は埋め尽くされていく

 家に持ち帰り、庭にぶちまけてみると、かなりの量であることが判明する。頭の中で、まだ、枝に残っているものと合算してみると、ここに並んでいるものは、全体の5分の1くらいだろうか?


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クルミの涙

 これは、限りない豊かな実りの姿なのだが、その一方で、巨大に生長してしまった枝の行く末をおもんぱかれば、背筋が寒くなるような光景しか思い浮かばない。計画通り今年こそ枝を切るしかない。あまりにも大きく生長したクルミの木は、ノコの目が入る度にその傷口から大量の涙(樹液)をこぼした。何だか、かわいそうな気がしてくる。


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桁(けた)外れの量

 果肉を除(の)け、水洗いしたクルミの実は、見たこともないくらい大量の実りになっている。涙を流したクルミ君たちが、一生懸命育てた実りなので無駄にせず、有効にありがたくいただくしかないだろう。「ありがとう!お疲れ様でした。」  
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2018年11月07日

787 西 に 走 っ て み る

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鬼北の空

 突然の出来事が起こった週は、鬼北と風の国を何往復もした。秋の終わりの空を、落ち着いて眺める余裕もなかった気がする。

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スーパーカブ

 お父さんの仕事の主たるものになっていた風呂焚き、お父さんがその薪を作る空間がある。敷地の一番下になる。地下2階になる倉庫のような部屋だ。薪割りはそこで行われるので、必要な道具が全て揃っている。私もお父さんに習って、そこで薪割りをしてみた。なかなか大変な作業だ。その部屋の前に、お父さんのスーパーカブが収納されている。


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西へ

 ふと、このカブの行く末を思い描いてみた。主を失ってしまったカブは、この倉庫の中で、じっと時を刻んでいる。雨を防ぐ屋根の下なので、すぐに錆びて朽ち果てることはないだろう。しかし、主を失ってしまったので、誰もそのエンジンをかける者はいないかもしれない。近々そのバッテリーがあがってしまうことだろう。

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西側の海

 私もバイクの免許を持っているので、ふと、乗ってみようという気になった。坂の多い風の国なので、何十年も乗ってないカブに乗るのは、少し危険な気もした。気付くと、お墓のある西の方角へ走っていた。この地区を外れた所まで来ると、断崖絶壁から海が見える。


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裏側の梶谷鼻

 例の梶谷鼻の裏側に出た。蜜柑山はまだまだ続き、道は山を越えて三崎の町まで続いている。

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第2の梶谷鼻

 次の鼻には、第2の梶谷鼻にあたる岩山が2つ見えてくる。この鼻を回ったところで、Uターンして岡の川まで帰ってきた。途中でいつも助けてくれるS君に出合う。彼もバイクに乗るので、時々、乗ってほしいと頼んでみた。快く引き受けてくれた。お父さんも、彼に乗ってもらえれば、本望だと思う。


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足を分解

 お父さんの突然の死を知らなかったという、いつもミカンなどを運んでくれる運送屋さんのNさんが、巨大な伊勢エビを持ってきてくれた。仏前に供えようと考えて、中身を苦労して取り出し、分解してみた。


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胴体も身を抜く

 胴体は大きいので、比較的身を出すのは、容易にできるが、足などの細い部分は、折れないように細心の注意をして身を抜くのは大変難しい。しかし、これを再び組み立てるのはもっと難しそうだが、何とか完成させてお父さんに見てもらいたいものだ。
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2018年11月03日

786 秋 を 行 く 2


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ブルーベリーの紅葉

 足下が寒くて目が覚める秋の夜、朝晩本当に寒くなった。もう冬に突入しているのかも知れない。ふと見ると、我が家の鉢植えのブルーベリーが、紅葉していた。今日も引き続き農園の秋?初冬?を少し巡ってみたい。


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消滅寸前のほうれん草

 まずは、難しいほうれん草、枯れて消滅しそうだったのだが、近所のもう亡くなったJ君のお父さんが言っていた言葉を、突然思い出して実践してみた。それは、「ほうれん草にとっては、石灰こそが肥料と同じなのだよ。」という言葉だった。

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美事復活!

 そこで、まず、ほうれん草を植えた畝と畝の間を少し掘って、小さな溝をこしらえた。その溝に顆粒の苦土石灰と化成肥料を撒いてみた。一雨降った後は、何と魔法のごとく、ほうれん草は蘇り、青々とした葉っぱに戻ってくれた。経験に満ちた先輩の言葉こそ、いとめでたけれ!


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生姜の株

 日照りが嫌いな生姜君も、あまり立派にはならなかったが、何とか育ってくれた株もいくつかは、できた。


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収穫生姜

 小さな生姜ではあるが、煮魚に入れたり、佃煮にしたり、重宝した。


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エンドウたち

 10月に入って種を蒔いたスナップエンドウと絹さやエンドウも、無事、芽を出した。しかし、経験では、これから寒くなるにしたがい、寒さにやられる可能性がある。何とか乗り越える手を考える必要がある。

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春菊順調

 鍋のおともの大葉春菊も、何とか発芽したので、これからの鍋の季節に、頼もしい相棒になってくれそうだ。


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試し掘り

 試し掘りしたサツマイモも、まずまずのサイズのものもあり、何とか安堵するに至った。実りの秋は、いと楽しである。
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2018年10月30日

785 秋 を 行 く 1

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メアカ芋

 ばたばたとしている間に、ずいぶん肌寒い気候になって来た気がする。ハウスの横に植えている芽赤芋(めあかいも)の葉っぱもかなり立派に生長しているので、収穫の秋になったかも知れない。里芋の方は、なぜか消滅寸前の寂しい秋になっている。

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順調、ニンニク

 九月に植えたニンニク君たちは、例年の2倍の牛糞を与えたからか、順調に育っているようだ。冬場に異変が起こる可能性があるので、気を付けていきたい。


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ジャンボも元気

 ジャンボニンニクは、10月に入ってから、ずいぶんとしっかりしてきた気がする。やはり、順調な秋で推移している。楽しみだ。

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頼りなげな状態から

 同じく9月に種を蒔いたニンジン君、間引きも終わり、少し頼りなげな様子で、秋のスタートを切った。

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しっかりしてきた

 今では、10cmオーバーの背丈になって、こちらも順調な秋と言えるかも知れない。


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美味しそう!

 こちらも、9月に種を蒔いたチンゲン菜、びっしりと元気よく新鮮な葉を繁らせてきた。間引きして食べたら美味しそうである。こちらは、さしずめ、美味の秋かも知れない。

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既に立派!

 こちらは、今年初めて植えた小松菜、大変生長が速い野菜でびっくりした。美味しいからか、虫が穴を開けている。立派になりすぎて食べきらない気がする。御近所に配るしかないだろう。

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友達ができたのか?

 この小松菜をズームアップしてみると、まだまだ元気なのか、限界まで来ているのか、バッタ君が羽を休めていた。私の地味〜な農業だが、命を感じ、元気をもらえる秋を見た気がする。
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2018年10月26日

784 前 に 進 も う

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海の夜明け

 ずんずん歳をとると涙もろくなる傾向があるが、私も例外ではなさそうだ。物心ついた頃、私の周りには、母親と祖母がいた。父親の姿はなかったが、特段不思議にも思わなかった4歳の頃であった。小学校低学年の頃、父親は、母を困らせた人間であったと、叔母から聞いた。その父親の子供であることから逃れることのできない自分なので、その話にショックを受け、その話をした叔母を恨んだ記憶がある。


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あの時収穫したミカン

 小学校入学と同時に、母は再婚し、私には、初めて顔を見ることができる父ができた。母と2人で暮らした時代もあったが、今思うと、かなりの極貧生活だったのだろうと、想像できる。最もひどい時は、一週間、三度の食事のおかずが、ニンジンのみであったという記憶がある。

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ひのらの植物

 母は、小さな私に「ごめんね。」と謝った。私は幼すぎて、自分たちの置かれている状況に思いが及ぶことがなく、母の作ってくれたニンジンの煮物の美味しさに十二分に満足していて、なぜ母が謝るのか分からず、あっけらかんとしていたことも、記憶に残っている。

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フェリー

 父無しの生活からスタートし、私が30代の頃、母も早くに病死、続いて父も逝ってしまったので、風の国のお父さんやお母さんに出会えて、私としては、内心、とても嬉しかった。また、温かく家族の一員として迎えていただいたので、更に嬉しかった。

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風呂の焚き口

 風の国のお父さんは、花や植物が好きで、ひのら(庭)には、お父さんが育てていた様々の植物の鉢植えが並んでいる。朝晩の水やりもお父さんの仕事であった。足腰の弱っているお母さんがその仕事を受け継ぐのだろうか?


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小さく割った焚き付け

 また、晩年、風呂を沸かす仕事を自分の役目としていたお父さん、薪を割ったり、下の倉庫から運んできたり、力仕事はお父さんの役目であった。風呂に入らない訳にはいかないので、これもお母さんの仕事になるのだろうか。少しでもお役に立てるようにしていきたい。

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お母さん用の台

 台所に荷物などを置くのに、お母さんが便利になるよう小さな台を、鬼北で、製作中だった。一度作って持って行ったが、サイズが合わずに持ち帰った次の朝に、お父さんが亡くなってしまった。1歩を踏み出すために、台は完成させることができた。


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風の国の明け方

 私は、また、父のいない状態に戻ってしまったが、いっぱい良い思い出をもらったので、それを大切に心に持ち続けて、前に進んでいきたい。
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2018年10月22日

783 グ ッ ド バ イ 2

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遙かに海を

 まさかあの何気ないグッドバイが、本当のグッドバイになるなんて、おそらく誰も思わなかったはずだった。風の国から帰った翌日の月曜日の朝、風の国のお母さんから突然の電話があった。その日は、お母さんが病院に行く日だった。


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昼の月

 電話は、畑に野菜をとりに単車で出かけたお父さんが、岡の川で倒れていて、救急車で運ばれたというものであった。救急車という言葉に少し驚いたが、倒れて骨折でもしたのかも知れないと考えた。あまり焦ることもなく、風の国に向かった。途中、救急車は、八幡浜の市立病院に向かっているという連絡があった。


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不思議な虹

 高速を降りて、宇和を走っている時、急いで来るようにという連絡が、お母さんから届いた。何だか胸騒ぎがしてきた。骨折ではなく、頭でも打ったのかも知れないと思う。しかし、いつもヘルメットをかぶっているお父さんなので、大丈夫だと、心を静めようとした。

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梶谷鼻

 病院に着いてみると、お父さんは、救急処置室からまだ、出ていないということだった。途中、生命維持装置を外すかどうか、続けても、戻らないのだという情報も入って来た。岡の川で倒れていた時、ぬくもりはあったが、実は、心肺停止の状態で発見されたらしい。結局、病院では、蘇生の可能性が既になかったようだ。警察が検死を行ったり、風の国の現場検証をしたり、病院に着いても、6時間以上お父さんの顔を見ることはできなかった。



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お通夜

 我々以外にも、弟(長男)夫婦などが病院に集まり、様々、警察の事情聴取をされて、お父さんは、とうとう、葬儀社の車で帰宅することになってしまった。何ということだ。帰宅して、夕方からは、情報を得た弔問客の方々が、たくさんやって来られた。お通夜は翌日行われることになり、お父さんの兄弟、大阪の親戚の方々が、駆けつけてこられた。


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葬儀

 葬儀は、水曜日に八幡浜の葬儀場で行われることになったが、葬儀場の事情や火葬場の事情で、葬儀の前に火葬にして、葬儀場に向かうこととなった。しかし、いくら考えても、目の前で進んでいることが、どうにも信じられない。前日、一緒に採った蜜柑を運んだり、普段のように元気なお父さんだったのだから・・・。


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葬儀場の絨毯(じゅうたん)

 今年になってのお父さんは、あまり畑に行かなくなり、もっぱら風呂焚きなどの仕事に専念することが多くなっていた。病院の先生によると、お父さんの死因は、心不全による突然死であった可能性が高いということであった。

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思い出

 お父さんは、5〜6年前に前立腺ガンで、松山の病院に通い始めた。その前から、蜜柑山で一緒に仕事をしてきたので、前立腺にヨウ素カプセルを入れた後、お父さんの元気が以前よりなくなってきたのを、感じていた。数値が良くなり、また、元気が戻るだろうと思っていたのだが、・・・。


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畑から海と家を望む

 お父さんは、夜間無呼吸症候群の治療をされていた。私も、無呼吸で、時々、畑で原因不明の心臓のハタハタを経験している。無呼吸は、心不全のリスクを高めると聞いたことがある。1分も2分も呼吸が止まると、当然、体は酸欠状態になるだろう。すると、じわじわと内臓などがダメージを受けていくらしい。


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ぽっかり雲

 この最近は、主な仕事が、風呂を焚くことと海を眺めることになっていたお父さんは、元気な頃、高い蜜柑の木にも軽々と登り、枝の先で安定した仕事をしておられた。手足が痺れて、しかも、力がない私などは、はなから木に登ることなどは、あきらめている根性なしで、お父さんとは、雲泥の差だった。ふと、単車で走っているお父さんや、軽々と蜜柑の木の高いところで作業している姿や、岡の川で掃除をしている姿や、海を眺めている姿が、はっきりと目に浮かぶ。
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2018年10月19日

782 グ ッ ド バ イ 1

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秋の雲

 あの地獄のような暑さは影をひそめ、秋らしい雲が空に現れる日が多くなってきた。もう台風も来なくなり、風の国も穏やかな秋の陽に包まれている。風の国の家の上には、お母さんが野菜を作っている畑がいくつかある。私も時々出かけて、野菜をいただいたり、草引きのお手伝いをする。

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畑からの港

 その畑のうち下にある家の上の畑からは、地区の港や波止(はと)がよく見える。お母さんがお元気な頃は、畑までの道もきれいに草が引かれていたが、この最近は、名残の夏草に覆われていることが多くなってきた。

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久しぶりの獲物

 ある日、お手伝いの合間に、夕方、釣りに出かけてみた。なかなか釣れない場所が多い中で、昔ながらの場所に行き、竿を出してみたら、ぜんごアジや大ぶりのアジなどが釣れた。短い時間なので、数は多くないが、夕飯のおかずにはなった。

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草に覆われた小道

 畑に通じる小道が、あまりにも草に覆われているので、翌日の朝、この道の草引きをしようと、鎌を手に出かけた。下の畑から更に上がると、上の畑に通じている。大まかな草の処理ではあるが、鎌で草を刈ったり手で引いたりして、道が見えるように頑張った。


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草引きを終えた小道

 下の畑の道も、草だらけであったので、同じように草引きをして、道が見えるようになった。お母さんがこの道を通るとしたら、あまりにも危険な状態だったので、これで少しでも、お母さんの野菜作りに貢献できたかも知れない。

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削った石段1

 家から下の畑までは、30mほどの坂道の小道である。坂の急な場所もあるので、そんな場所には、石段が作られている。その石段も、泥が流れてきて、ただの坂道になってしまっていたので、泥を削り、元の石段になるように頑張った。

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削った石段2

 足を乗せることができる石段が復活すれば、ゆっくり這うように歩いて行くお母さんの安全も少しは確保されるだろう。足も腰も痛いお母さんだが、動かなくなったら本当に歩けなくなると、いつも言っておられるので、少しでも長く、好きな野菜作りが楽しめるように、これからも貢献していきたい。


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遠くの夏雲

 海の向こうには、まだ、夏ぽい雲も並んでいる。帰り際、我々の忘れ物を届けに、岡の川の車回し場まで、お父さんがその忘れ物を届けてくれた。私も軽トラのカギを返し忘れていたので、お父さんに返す。相棒が「バイバイ!」と、いつになくおどけた物言いで、お父さんに別れを告げた。これがその日のグッドバイの場面であった。
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2018年10月13日

781 秋 め ぐ り

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秋の夕暮れ

 気温の上がり下がりが激しい気がする。夏の名残の台風が過ぎてしまうと、涼しい秋が、少し肌寒い秋がやって来ているのだろう。台風の前後に、秋めぐりをしてみた。

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1回目の収穫

 通常の栗の方は、落ちるのが早く、8月末頃から落ち始める。私の得意の山栗拾いは、早いところで、9月の28日くらいから収穫ができる。なぜか山栗を拾いに行くと、とても楽しくなる。子どもの頃のわくわく感が蘇ってくるからかもしれない。

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2回目大きい分

 山栗が落ちる時期は、通常の栗よりは遅いが、種類によって落ちる時期がまちまちである。収穫してみて、よく見ると、その大きさも、また、まちまちだ。大きなもので、通常の栗の6〜7割の大きさである。

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2回目小さい分

 小さなものも、大きさはまちまちで、最も小さなもので1cmくらいだ。台風前に、1回目の収穫に出かけた。私の山栗拾いの場所は、一応秘密の場所としておこう。5カ所ほどその場所はあるので、一通り回ると、拾う時間も入れて、車で1時間以上かかってしまう。この1回目の収穫は、127個だった。


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並べてみると

 台風明けに、2回目の収穫に出かけてみた。時期が良かったのか、台風の風のおかげか、この日は、時間も2時間オーバー、数は、317個もあった。茹でて通常の栗と食べ比べてみると、山栗の方が、遙かに甘く美味だ。山栗は、栗の大好きな風の国のお母さんへのお土産となり、貢献する。


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柿もゲット

 この日は、午後、もう一つ秋めぐりに出かけてみた。内子の道の駅カラリから大瀬の方へ向かい柿を買いに行くドライブ、これも、秋の定番になっている。台風明けで、出てない場所も多かったが、何とか確保することができた。1袋4個ほど入って100円、何たるお得感だろう。これも、風の国へのお土産とした。



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なぎ倒された木々

 往きは、高速利用でのドライブだったが、帰りは、肱川沿いの道を日吉に向けて走った。7月豪雨の傷跡が、川沿いの木々をなぎ倒し無残な様子で、ダムの放流後の流域の方々の恐怖感が分かるような気がした。
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2018年10月09日

780 冬 バ ー ジ ョ ン へ

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まだ、元気

 やっと最後と思われる台風が去って、短いかもしれない?秋空が広がるようになった。農園も、夏の昆虫たちが、まだまだ元気だが、痛手を被(こうむ)った夏野菜たちが終わりの時を迎えている。

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発芽したほうれん草

 農園は、冬バージョンへの切り替え中だが、多めに植えたほうれん草が、モミガラの保湿効果で、美事に芽を出してくれた。しかし、このほうれん草の難しさは、発芽しにくい点もそうだが、この後いかに元気に育つかというところも、難しいところだ。うまくいくかは、まだ、未知数だ。

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ちょっと生長

 ほうれん草は、一週間あまり経過してほぼ順調に育っている気がする。しかし、経験では、この後、こしくれてしまう経験もしているので、予断を許さない。

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小松菜、元気!

 今年、意識して導入したのが、小松菜である。彼らは、発芽率も良く、育ちも悪くないように思える。わりと、作りやすい野菜なのかも知れない。立派になって楽しみたいものだ。

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大根、順調

 冬野菜で最も作りやすいと思われるのが、大根であろう。条件が悪いと、発芽しにくいのかも知れないが、いつも合格点をやれるくらいうまく発芽してくれる。温暖化が進むと、虫が長く元気を保ち、葉っぱが穴だらけになってしまう。それでも、たくましく育つのが大根だ。既に直径3〜4cmの太さになっているものもある。


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長(白)ネギ、植え替え

 長ネギを放置していたら、ネギ坊主ができて種が落ち、勝手にネギの苗が育っていた。仕方がないので、植え替えてやり、生長してもらうことにした。

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これも、順調

 その苗も順調に根付いて大きくなりつつある。しかし、この冬はまだ、収穫には至らないだろう。1昨年から植えてある親たちが冬の鍋料理などを賑わせてくれるはずだ。少しずつ冬バージョンが進行中である。
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2018年10月05日

779 夏 の 名 残 か ら

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まだまだ元気?

 もうあまり汗をかくこともなくなったが、晴れた日の作業を終えると、少し汗ばむこともある。残暑というには少し涼しい。季節外れの台風25号が接近している。農園でも夏の名残のカマキリ君が、夏を惜しむかのように、まだ元気で狩りを続けている。

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お疲れ、スイカ網

 夏の主役のスイカをカラスから守る網の柵も、主のスイカが枯れてしまい、手持ちぶさたな様子なので、やっと取りのけてすっきりした。結局スイカ君は、4つしか収穫出来なかった。たくさん収穫するには、何かもっとコツがあるような気がするのだが・・・。

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トマトはトップでゴール

 次に夏を終えたのは、トマト君たちであった。ハウス栽培は、連作を嫌う作物なので、放棄して、最近は、屋外で育てることにしている。雨を嫌う作物でもあるので、マルチをして、雨があまりかからない対策をしている。今は、いち早く終わって、残骸のみとなっている。


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ミニトマトも既にゴール

 ミニトマトも、大きなトマトよりは長生きだったが、既に残骸になり、枝だけを摘み取っておいた。もうこの期に及んでは、支柱も取りのけて夏を終わらせる必要があるようだ。

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オクラは、巨人になったが

 夏野菜で最もコンスタントに収穫ができたのは、長オクラ君たちであった。幹の根元は、直径5cm程になり、高さも180cmある私の身長を優に超えていた。

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風のターゲットになって

 それでも、季節は移っているので、そろそろ種を確保しようと思っていた矢先に、台風24号の風に合い、被害を受けてしまった。哀れな姿にはなったが、種を育てつつ、その最後を見届けてやりたい。

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茄子も終わりに

 長く楽しんだ茄子君たちも、風にやられて、やはり、哀れな様子になっている。1夏、頑張ってくれたので、天気が回復したら、役目を終わらせてやりたい。ありがとう!


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次世代に期待

 次世代の作物の準備も同時進行しているが、いつもあまり芳しくないホウレンソウを、今年は、比較的多く植えてみた。冬の主役になってくれると、良いのだが・・・。
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2018年10月02日

778 ビ ー ル 旅

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朝の空

 秋雨前線や台風などの影響で、安定しない天気が続く中、日頃の行いが良かったのか、その日の天気は、秋らしい霧と秋日和の晴れになりそうな予感のする朝になった。

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大麦

 積み立てをしながら、2年に1度の旅を楽しむ仲良しグループなのだが、行き先の希望がまちまちで決まらず、とうとう考えていた大きな旅は中止せざるをえないことになってしまった。大きな旅が無理なら、小さな旅をしようということで先日出かけた。


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ホップ

 その旅は、名付ければ「ビール旅」ということになるだろうか。西条のビール工場までバスに揺られて行って、食べ飲み放題をして帰ってくるという単純明快なツアーだ。さぞかし、ビール大好きのおじ様たちであふれているのかと思いきや、キャンセルもあったりで、小型のバスに乗ってみると、おば様たちもたくさん乗っておられた。

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西条の名水

 大麦とホップと打ち抜きの西条のきれいな水で作られるビールは、さぞかし美味しいに違いない。前半は、工場の見学だが、これが、観光地など1つも回らないこの旅の観光といえば、無理矢理その範疇(はんちゅう)になるかも知れない。

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タンク

 材料を仕込み、甘い麦汁(ばくじゅう)を作る過程から見学、なかなか熱心には聞いていないふうの仲間たち、後半のビールに心は飛んでいるのかも知れない。

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説明嬢

 そんな我々の心を知ってか知らずか、案内役の女性従業員の方は、一生懸命熱弁をふるっていただいた。

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鉄板焼き

 一回り見学を終えると、次は試飲をする部屋で、3〜4種類のビールを味見した。そこからまた、移動してメインの食堂に到着、牛肉と海鮮の鉄板焼き食べ放題、ビールも各種飲み放題、ワインやウイスキー、焼酎ももちろん、飲み放題だ。


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大満足

 幸せな1時間半ほどの食事に、夕食も入らないくらい目一杯の飲み食いをして終了。観光もなく、これしかないのだから、気合いを入れざるをえない。撮った写真も、幸福そのものといった笑顔で写っている。

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飲み過ぎ?

 最後は、元来た道を、また、バスで帰って行く。気分はご機嫌この上ない様子の4人だが、どうやら飲み過ぎた空気も一杯の様子で写真に納まっている。めでたし、めでたし。
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2018年09月28日

777 始 ま り の 秋

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彼岸花の頃

 気付くと過ぎてしまっていることが多い彼岸花が咲く頃、名前の通り、秋のお彼岸の頃、我々の目を楽しませてくれる。しかし、あっという間にその花は盛りを過ぎ、秋の始まりも、せわしなく進んでいく。

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立派な百日草

 ある道端に、珍しい花ではない百日草が、あまりにも美事に咲いていたので、思わず車を止めて見入ってしまった。花の一輪一輪がかなり大きくて、色も鮮やかである。植えられている場所は、特段、立派な土でもないようなのだが、育てた人の思いを感じてしまうほどに立派に咲いていた。


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オレンジ色のコスモス

 すると、ふと、この秋の始まりに咲く花々を撮影したい気になってしまった。まず、出会ったのは、そこここに植えられてるオレンジ色のコスモス、珍しくも何でもないが、やはり、花を愛する方が、植えたのだろうなという思いに至る。


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美事なサルビア

 更に走っていくと、ある交差点にプランターが並び、美事に咲いているサルビアに出会った。何度か植えたことのある花だが、私はなかなかうまく栽培することができなかった。これほど美事に咲かせるためには、日々の水やりなど、まめにお世話することが必須の条件だと思う。


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白い彼岸花

 そういえば、我が家の玄関には、白い彼岸花が生けられていた。私は、何もお世話することなく、この時期になると、忘れず咲いて、玄関も飾ってくれる。

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オレンジ彼岸花

 同じく裏庭の木陰に植えられているオレンジ色の彼岸花も、ほんの一瞬の秋の始まりを告げるかのように咲き誇っている。

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地主さん家のコスモス

 農園の道路側には、地主さんが植えられたコスモスが今年も少し控え目な様子で咲いている。ピンクや赤、白、様々な花が可憐に咲いて秋の陽を受けている。


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我が家のススキ

 最後は、我が家の斑入りのススキ、いつの間にか穂を出し、闌(た)けていく秋に向かってその情緒を深めているように見える。何気ない秋の始まりだが、何気ないのが、幸せな時を刻んでいるようにも、思える。
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2018年09月24日

776 風 の 国 の 来 客

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風の国の朝陽

 風の国では、9月のこの時期、大阪からの来客があるのが、恒例になっている。大阪におられるお父さんの御兄弟が帰ってこられるのだ。お父さんも高齢化しているので、その御兄弟も、少しずつ歳を重ねて帰郷も大変になっていると思われる。

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お母さんの御馳走

 しかし、大阪から車で帰ってこられるので、本当に頭が下がる。迎えるお父さんとお母さんも、少しずつ体が厳しい状況を迎えているので、楽しみに待っているのだが、不安もあるようだ。特にお母さんは、ご接待の中心なので、心配をされていた。

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はまち君

 お母さんが難しくなっているのが、ハマチなどの大きな魚をさばく作業だ。幸い南郡生活が長かった私は、魚をさばくことができるので、お母さんの力になることができる。また、相棒もお母さんの作る料理のお手伝いができる。私と相棒、弟夫婦が手分けをしてお手伝いをすることとなった。


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はまち君のアラ

 前半は、私と相棒、後半は弟夫婦がお手伝いをする。段取りやノウハウは、お母さんが全て了解されているので、我々は、その指示に従って動くだけなのだ。お客さんたちが帰られると、親戚の方々も集まり、いつもとても楽しい会食や交流が展開する。


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届いた伊勢エビ

 この帰郷に合わせて親戚の方も一役買っていただける。漁師をしているY君は、解禁になった伊勢エビの立て網漁の獲物を持ってきてくれる。また、退職後、趣味で漁をする親戚の方は、釣った大アジを差し入れてもらった。刺身系は、私の仕事で、お手伝いを進めた。

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立て網の魚

 Y君の立て網には、伊勢エビ以外にも魚もかかるので、メバルやハゲなどの魚も届く。それもさばいたり、下ごしらえするのは、私の役目だ。


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熱々

 伊勢エビは、単純に茹でて出てくる。この日ばかりは、伊勢エビの食べ放題が実現する。私は、茹で上がった熱々の伊勢エビを3匹もいただくことができて、私にとっても、幸せこの上ない1日になった。

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早生蜜柑

 早生蜜柑(わせみかん)の好きなお客さんのために、お父さんと2人で畑の蜜柑を収穫してきた。消毒が完全ではないので、器量は悪いが、初物を提供することができた。2日目からは、弟夫婦に後を託して、後始末など、お母さんのお手伝いをお願いして帰ってきた。楽しい宴が今年も実現して良かったと思う。
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2018年09月20日

775 秋 の 農 作 業

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秋の実

 木の上で、栗の実が、立派に膨らんできた。本当の所は分からないが、今年の栗は不作だと聞いている。栗の実がふくらむこの時期の農作業は、冬野菜の種まきで忙しい。しかし、毎年、ばたばたと作業が遅れてしまうのが常だ。


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栗畑の雑草

 栗林の中には、日当たりの悪い場所を好むのか、ネジバナに似た薄紫の花を付ける雑草が一面に咲いている。秋の農作業を1つ1つ片付けていきたい。急がねば。

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ジャガイモの植え付け

 まずは、秋ジャガの植え付けである。赤ジャガは繁殖力が強く、種芋もたくさんあるが、需要からいうと、白い普通のジャガイモの方が望まれている。皮が少しピンクっぽいキタアカリを今回は多く植えてみた。植えた場所が分かるように土を少し盛り上げて分かるようにするのが、私流だ。


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ニンニクの畝(うね)

 次は、ニンニクの植え付けだ。9月半ばまでには植え終わるのが良いようなので、作業を急ぐ。耕して肥料を撒き、更に耕してそれを混ぜ込む。マルチに合わせた広めの畝を作り、何度か雨に当てる。

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マルチをかける

 土が馴染んだら、マルチをかぶせる。200個ほどの種を植え付けた。細い棒で穴を開け、1個ずつ植えていく。なかなか根気の要る仕事だ。


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ジャンボニンニクの芽

 畝の端っこには、ジャンボニンニクを植えた。1雨で芽が出てきた。ジャンボニンニクは、普通のニンニク料理には、あまり向かないが、黒ニンニクにすると美味しいので、今回も少しだけ植えてみた。

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タマネギの苗床作り

 次は花子さんから学習したタマネギ植えだ。広めの畝を作って、フルイで土をふるって苗床を作る。種を適した間隔で撒いていく。種の上には、また、ふるった細かな土をかける発芽しぬくいタマネギをうまく発芽させる手間だ。


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モミガラを撒く

 更に水分がいつも種を湿らすことができるように、モミガラを撒く。水はモミガラから下の土にしみこみ、表面のモミガラのおかげで、水分は蒸発しぬくい。モミガラの代わりに新聞紙を使う方もあるようだが、タマネギが芽を出したらモミガラの方が遙かに都合が良い。その隙間から芽を出すことが容易だからだ。新聞の方は、人間の手で破って取りのけてやらねばならない。

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可愛い芽を出す

 タマネギも、雨と水やりで、4〜5日後に無事発芽した。苗が大きく育つためには、肥料やり、消毒など、これからも、まだまだ、手間がかかる。植えるべき苗にまで育ってくれれば良いのだが・・・。
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2018年09月16日

774 ノ ッ ク ア ウ ト

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地主さん家(ち)のトラクター

 ある同級生に勧められて、キャベツ栽培にチャレンジする気でいたのだが、運命(さだめ)なのか、天気のいたずらか、大変な結末を迎えた。最低1トンは要るということだったので、1トンをキャベツの重さで割ってみた。すると何と1,000個の数が少なくても要るということが分かった。

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頑張って育てたキャベツ苗

 いったいそんな数のキャベツを私が作れるものだろうか。不安はあったが、ある目標があったので、やってみる気になった。まず、1,000個ものキャベツを植える土地がない。同じ地区にいる同級生がたくさんの米作りをしているので、彼に頼んで、1つの田んぼを冬だけ借りることにした。


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広〜い田んぼ

 あまりにも広い田んぼなので、地主さんのトラクターをお借りすることにした。旧式だが、耕すことだけはできる。何と4〜5時間かけて3回くらい耕して何とか何かを植えられる状態にした。その間にガス欠2回、燃料は15Lも使ってしまった。

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トラクターで耕す

 運転は、前日講習を受けて、何とかこなした。問題は、キャベツを植えるための畝を作る作業だ。借りたトラクターは、古いもので、畝を作るアタッチメントがない。人力で作るしかない。しかし、田んぼは、ねばねばした土で、稲の切り株が無数に転がっている。それを取りのけながら、クワ1本で人力で畝を作るのは、至難の業だ。

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ヒキガエル君

 それでも2日間程かけて10mくらいの畝を2本作った。1畝に2列植える。計100本ほどをやっとこさ植えた。その日はバタンキューになるくらい疲れ果てた。その後に秋雨前線によるしたたかな雨が降った。キャベツに水やりをする必要がないと、当初は喜んだ。しかし、その見通しは、完全に甘いものだった。


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何と殿様も

 トラクターを使う稲刈り後の田んぼには、コンバインが切り敷いた藁くずが無数に折り重なっている。その中には、これまた、無数のコオロギが我が物顔ではねている。コオロギより大きくてジャンプ力のある動物がいたので、よく見ると、ヒキガエル君だった。

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キャベツのプール

 そのヒキガエル君の何倍もジャンプする方がおられた。久しぶりによくよく見ると、それは、トノサマガエル君だった。どうやら田んぼは、彼らの天国であるらしい。彼らの望むエサがたくさんあるのだろう。


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いつもの畑に植えてみた

雨のやんだ折りに見に行くと、キャベツを植えた田んぼは、プールになっていた。田植えこそできそうな様子だったが、畝を作ったり、キャベツを植えたりすることは不可能だ。苗は限界まで伸びすぎて、もう使い物にならない。ちょっとだけ夢見た計画は、あっさりと挫折してしまった。多くの苗は、廃棄。もう様々経験ができて良かったと考えるしかない。完全なるノックアウトだ。 
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2018年09月12日

773 雨 上 が り

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奈良川の鷺(さぎ)

 秋雨前線の雨上がり、久しぶりに川下りをする気になった。役場裏の奈良川に沿って下り始める。川は、増水はしているが、鷺が漁をする程度で、大した増水ではない。水自体が濁っていないのでも、それが分かる。


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奈良川、三間川合流地点

 役場のすぐ川下辺りで、奈良川は、三間川と合流する。三間川は、あの雨で、もう水が濁っている。合流地点では、二色の水が混じり合う。時期的には、この夏の終わりの増水で、鰻や蟹が川を下り始める。きれいな奈良川の水にも乗って彼らは海を目指しているかもしれない。


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広見川の瀬

 奈良川と三間川の合流した流れは、興野々(おきのの)辺りで日吉方面から流れてくる広見川と合流する。広見川の流れも濁っており、ここから下流は、濁ったまま四万十に至り、太平洋に注ぐのだろう。


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流域の花1

 流域には、日だまりに秋の花が咲いていて、目を楽しませてくれる。「よって西土佐」で途中休憩、川ガニの価格をチェックしてみた。蟹は、1ぱい200円で売られていた。大きさは、あまり大きくない。上流の奈良川まで遡(さかのぼ)ってきた蟹は、かなり大物が多いので、おそらくこれらの蟹は、四万十で捕れた蟹であろう。


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四万十の赤橋辺り

 四万十は川幅が広く、増水はしているが、ゆったりと流れている。岩間沈下橋手前の赤橋から右折して支流に入る。この支流は、滑床(なめとこ)渓谷から流れてくる目黒川になる。以前、逆に目黒から下ってきたことがある。

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山からの水

 目黒川沿いの道は細くなり、片側は川、もう片側は山なので、雨上がりのこの日は、至る所、山から水が流れ落ちていた。7月7日の豪雨の時は、いったいどんな様子だっただろうか。今回の雨の量は、あの豪雨の時と比べると、10分の1くらいだろうか。想像してみただけで恐ろしくなった。


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目黒川

 目黒川の流れは、成川渓谷から流れてくる奈良川同様、水は濁っておらず、澄んでいる。大きな四万十から上がってくると小さな川幅で、可愛くさえある。以前通った風景が現れ、懐かしくも、タイムスリップするような気分になる。


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流域の花2

 目黒部落が近づくと、人家が急に増えて流域の花々も賑やかになる。この花はワレモコウだろうか?不思議なことに高知県の道は、細いが、愛媛に入ると、広い道になる。


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流された沈下橋

 四万十から目黒までの目黒川には、高知県側に2つの沈下橋がある。杉木立の中の沈下橋は無事であったが、目黒に近い沈下橋は、大水で流されていた。今回のおよそ10倍の流れの恐ろしさをここでも感じた。


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流域の花3

 雨上がりの川下り、川上りは、目黒で終了。峠を越えて富岡に抜け、松野から鬼北に帰り着き、小さな旅は終わった。しかし、まさか今回の雨が、農園に非常事態を呼び起こすとは・・・、この時は思いもしなかった。  
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2018年09月08日

772 見 納 め に 近 い の か ?

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津島の海から1

 巨大な台風21号が、風の被害を残して去り、次なる台風22号が早くも発生しているらしい。残暑もまだまだ厳しいが、そろそろ秋の気配も感じられる頃となって来た。先日、アクア号の点検整備の日に、代車で少し津島方面をドライブしてみた。岩松川の橋を越えたすぐの道を海沿いに走る。リアス式の海岸線は、どこも似たような風景で、初めての道だったが、見たことのあるような景色が展開した。


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津島の海から2

 見上げる空に浮かぶ雲は、まだまだ夏の雲に見える。今年の暑さのせいなのか、アクア号は、ドアミラーが開かなくなったり、閉じなくなったりのトラブルが起こった。どうも全国でそのようなトラブルが起こっているらしい。リコール対象にはなっていないようだが、これに関しては、熱さに強い部品に無料交換してもらい、ドアミラーに慣れていると、ドアミラーなしで走るのは、わりと怖いものだから、一安心した。

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風の国の夏雲1

 風の国も、まだまだ夏雲がのさばっており、三瓶方面の山の向こうにも、夏雲が連なっている。この風景は、立派な夏の風景だろう。


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風の国の夏雲2

 また、ある日には、八幡浜のお隣、明浜方面の空にもくもくと立ち上がりつつある雲を発見。これは、正真正銘、夏の雲でしょう。

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秋みたい!

 しかし、こんな風の国ですが、朝起きてみると、霧に包まれていることもあるのです。夏と秋が交互に顔を見せるような時期なのかも知れません。気持ちの中の予感めいた部分では、秋の気配が少しずつ強くなっています。


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新米を運ぶ


 毎年、Nちゃんから購入する新米ができたので、とりあえず、4袋だけ風の国に持って行きました。お父さん、お母さんは、普段お世話になっている親戚や知人にこれを配ります。配るための5kg用の小袋も持って行きます。対象が海の人々なので、喜んでもらえるようです。

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まだまだ夏雲


 まだまだ、暑い日は続きそうで、吉田方面の空には、オレンジ色の夏雲が出ています。しかし、心の中の秋の予感と並べながら見ていると、何だか夏も夏雲も、見納めのようにも見えます。
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2018年09月04日

771 移 住 者 と 帰 る

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海の満月

 1泊の風の国でのお手伝いになって、目の前に広がる宇和海の絶景と親しく触れ合うことが多くなった。風の国に住んでいたこともあるので、なじみではあるが、改めてその風景に出会うと、新たな感動も生まれる。夏の風の国の夜は、外に設置された夕涼み台に座って、過ごすことが多い。いつもの満月も、「いいなあ!」と眺めると、心も涼やかになる。

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光の道

 朝は朝で早くからものすごい朝陽が登るので、寝坊助の私以外は、早くから起きて行動しておられる。私が起きる頃には、太陽は、少し海から上に移動して、太陽の光の道が眩しく海にきらめいている。

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天使の階段

 天気や雲の具合で、天使の階段が沖に出現する日もあり、絶景は見飽きない。なぜか、日帰りの折りには、気付かないのがこれらの風景だ。1泊する生活リズムが見せてくれている景色なのかも知れない。


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階段の花

 階段に置かれた風の国の花も、何んでもない風景だが、お父さんが毎日水やりをしている様子を見たりすると、心落ち着く風景になる。

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波高し

 この日は、まだ、台風の影響の及ばない頃だったが、予想以上に波立った磯が見えた。残暑の中、消毒したり、草刈りをしたりするお手伝いは、なかなか大変でこたえるけど、海の小さな変化が、なぜか、元気を伝えてきてくれる時がある。

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ピンクのバケツでやって来る

 先日、梶谷鼻の海の散歩に連れて行って暮れた彼は、たくさんのメダカを飼っており、少しいただけるという話があったらしい。10匹あまりのメダカが、彼の家からピンクのバケツに入ってやって来た。


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鬼北の水槽に落ち着く

 私は、日本メダカの生息場所を知っているので、それを深めのプランターに飼っている。風の国から移住してきたメダカたちは、赤い色のものもおり、どうも、日本の固有種ではなさそうだ。相棒が同級生からもらってきた移住者たちなので、相棒は、珍しく水槽など用意して飼い始めた。何となく、最後は私がお世話するようになる気はするのだが・・・。
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2018年08月31日

770 下 見 の 旅

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いただいた鈴虫君たち

 奥さんが脳梗塞で倒れ、麻痺が残った御近所さんの御主人から、美味しいきんぴらゴボウをいただき、この時期にぴったりのプレゼントもいただいた。まめな御主人で、不自由になった奥さんに替わって、炊事や洗濯をしておられる。自身が育てた鈴虫を入れ物ごとプレゼントしていただいたのだ。きんぴらは、私のおつまみ、鈴虫は玄関で綺麗な声で鳴いている。暑い残暑だが、深まり来る秋の涼やかな音色に聞こえて嬉しい。


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道の駅「とおわ」

 そんな中、伊方から相棒の同級生と知人の方が鬼北に来られることになった。相棒は、どこか鬼北らしい場所を案内したいらしいので、下見の旅に運転手で雇われた。滑床も候補にあがっていたが、雨で崩れた道がどのくらい復旧しているのか情報がなかったので、成川渓谷を案内することにした。

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「とおわ食堂」

 昼食は、ちょうどバイキングの昼食が行われる道の駅「とおわ」に行くことにしたようだ。四万十関係には詳しい運転手さんなので、岩間沈下橋にも行ってみたが、7月の豪雨で、橋の途中が流されていた。仕方がないので、長生(ながおい)沈下橋方面を目指して、道の駅「とおわ」まで走った。


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食堂メニュー

 奥まった「とおわ食堂」には、四万十らしいメニューとバイキングのチラシが貼られていて、食堂はまだ開いてなかったが、十分な下見ができたと思う。


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食堂裏の四万十

 食堂の四万十川側には、川の流れを見ながら食事ができるテラス席があるので、食事をする場所は、そこがいいかもしれないという下見もできた。

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道の駅「よって西土佐」

 江川崎まで帰って、道の駅「よって西土佐」にも立ち寄って中を見学した。道の駅的には、「とおわ」よりも後にできたので、店は充実しているように思う。


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フィギア群

 「よって西土佐」の2階テラスには、アニメヒーローのフィギアが展示されている。私は、このような高知の方の心の熱さ嫌いではない。スルーする方も多いのかも知れないが、私は密かに眺めては、心の中でにっこり笑っている。


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虹の森

 四万十からの帰りに、虹の森の道の駅にも寄って、トマトがあれば、買って帰ろうという途中下車をした。四万十が都合が悪くなった折りには、ここでも昼食が出来るなと、下見目線で眺めてみた。家に着く前に、友達のブルーベリー農園で、ブルーベリー狩りをするのもいいかも、というアイデアが相棒の頭に浮かんだらしい。私は、ひたすら運転手であったり、狩りの段取りであったりのお世話に徹した旅であった。
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2018年08月27日

769 予 感 の 季 節

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鶏頭の花

 大河の「西郷どん」も、この夏、いわゆる歴史に描かれる西郷さんの物語へと突入している。動いていった歴史のディティールを知ることができる楽しみが加わったのだろう。私の目の前の風景も、予感に満ちた瞬間が垣間見える。植えなくても、毎年、咲き誇るこの鶏頭の花も、その1つかもしれない。

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哀れ

 ある日、あの元気だった蛙君の哀れな姿に遭遇した。まだまだ、農園では至る所で彼らの元気にジャンプする姿が見られるが、ここで遭遇した彼?彼女?は、いかなる不幸な事件に遭遇してしまったのだろう。たまたまの事件ではあろうが、これも、1つの予感かもしれない。

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ニラ坊主?

 そういえば、農園の片隅には、ニラが次なる季節の準備をしているのに、ふと気付いた。これは、ニラの花と呼べば良いものだろうか?小さなニラ坊主が一斉に頭を伸ばした。次なる季節には、もっともっと涼しくなって無数の種をまき散らすことになる。まだまだ静かな予感だ。

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紫蘇もまた

 紫蘇ジュースにして楽しんだ赤紫蘇君たちも、新たな枝を伸ばし、その奪われた葉っぱを、今まで以上に増やし、もう少し時が過ぎれば、穂を出して次なる季節に突入していく。彼らの未来を感じるのは、ひょっとしたら、ほかならぬ、私の予感なのかも知れない。

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狩りの成果

 元同級生がブルーベリーの畑を持っている。ついこの間までは、自ら収穫して道の駅に出荷していた。ところが、たくさんの田んぼで稲作をしている彼は、稲刈りに追われ、ブルーベリーの収穫どころではなくなっている。我が家には、ブルーベリーのジャムを作るのが大好きな方がおられ、この元同級生のブルーベリー狩りを希望していた。元同級生も、渡りに船と喜んで狩りをさせてくれる。ひょっとしたら、これも、予感の1つと思えなくもない。

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たっぷり夏野菜?秋ナス?

 台風の雨で、農園のナスビが喜び、たくさんの実をつけるようになった。夏野菜ではあっても、秋ナスでもある。こじつけのようだが、これも、予感の仲間に入れてやってもいいのかもしれない。

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ニンニク畑

 ひょっとしたら、この予感に満ちあふれた農園に次なる季節の準備がやって来たのかも知れない。初夏に収穫して放置していたニンニク畑、そろそろマルチを外し、耕さねばならない。放置したおかげで、マルチが残ったまま、2〜3回草引きをすることとなってしまったのだから。

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次なる作業は?

 ニンニクの植え付けは、9月なので、もはや、ゆっくりしている猶予はない。マルチを外し、石灰を撒いて、牛糞を投入、耕して、再びマルチをかける。少なくても半月はかかる仕事となるだろう。予感は、次なる準備で完結する、頑張ろう。
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2018年08月24日

768 た て に 合 わ ん

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ひのら(庭)のザクロ

 風の国お手伝いが、一泊でのお手伝いとなり、2日がかりが常態化してきた。草刈り作業も、「クロチ(ポンカンとデコポンの畑)」から始めて、「ウマキ(デコポンの畑)」、「垣内作り(清見タンゴールの畑)」、「三崎道の畑」と、それぞれに広い4つの畑を制覇した。もう1つ、一番広い馬の瀬の畑は、もう放棄されている。4つの畑だけでも、あまりにも広いので、私にとっては、なかなかの重労働であった。


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宇和海の朝陽

 昨年までは、お父さんがほとんどやっていた作業で、週に1日だけ私が加わって手伝うという塩梅であった。改めてお父さんやお母さんの偉大さを実感しながら、今年は、私が頑張った。風の国のぎらぎらの朝陽に少し恐れを成しながらも、午前午後、それぞれ2〜3時間の草刈り作業は、値打ちがある

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朝陽の周辺

 今年のお父さんは、ほとんど畑には足が向かず、病院通いや、風呂焚きの仕事を常とするようになっている。食も細くなり、筋肉が落ちてきつい仕事が難しくなっているのだと思う。たまに相棒が誘うと、「もう、たてに合わん」と言われる。


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昼前の宇和海

 何となくその言葉の意味は分かるような気はするが、風の国の言い回しなので、正確には、よくは分からない。想像してみるに、自分の今の体力では草刈りなどのきつい仕事は、もうできないから、行かない、というような意味だと思う。


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夜の巻き網漁

 草刈りの大敵は、暑さとカズラ(葛の蔓)だ。カズラは、草刈り機に巻き付いて機械を止めてしまう。その度に草刈り機を肩から降ろしてその蔓を外さなければならない。能率が悪くなるのだ。それでも、根気よく進めるしかない。夜、久しぶりに緑の光を照らす漁船が来ていた。

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直径4〜5cm

 地元の船ではなく、他所(よそ)の船団らしい。巻き網漁というものらしい。明かりを付けて魚を寄せ、一網打尽にする。魚がいなくなってしまうらしく、地元の人からは嫌われている。草刈りが一段落したら、次の作業は、除草剤でだめを押し、その次は、膨らんできている柑橘の実を摘果する作業になるだろう。


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ドライフラワー化したホオズキ

 摘果作業は、草刈りほどきつくはないので、みんなでするようになるかも知れない。お母さんも、今までの重労働がたたって足や腰が痛い、なかなか作業は進まないかも知れないが、お手伝いの我々ががんばって、できるだけ進めていきたい。
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2018年08月21日

767 海 の 散 歩 

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相棒の同級生が描いた梶谷鼻

 例年通りお盆も、風の国で過ごす。今回は、13〜14日に1泊で訪れ、草刈りお手伝いも行ったが、運悪く、私は、アシナガバチに刺されてしまった。飛んでくる小石や草を除けるためメッシュの面をかぶる。視界の悪い中、蜜柑の木の間を動きながら草を刈る。蜂の巣があるかどうか、確認などしない。頭が巣に当たって耳の辺りを3カ所ほど刺されてしまった。


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風の国全貌

 子どもの頃、裏の川原で、炭窯(すみがま)などを作って遊ぶ中、アシナガバチに何度刺されたことか。今回も刺してくるハチをたたきながら後ろに下がり、何とか3刺しくらいで助かった。、耳たぶが福耳になる程度で、蜂に対する私の抵抗力も健在だった。

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間の岩

 さすがに14日は、仕事(草刈り)を控え、相棒の同級生の船で、海の散歩をさせてもらった。目標は、梶谷鼻(かじやばな)風の国のシンボルのような場所だ。梶谷鼻には、裏の顔があるらしく、台風の大きなうねりの中、彼の小舟で向かった。



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梶谷鼻(東から)

 梶谷鼻は、実際は半島の断崖からは少し離れた場所に立っている岩山である。私も1度この断崖を、おそるおそる降りて、メバルを釣りに行ったことがある。半島と梶谷鼻の間には、大きな花崗岩の岩が横たわっている。そのため、遠方から見ると、梶谷鼻は、半島と繋がって見える。間の岩は、長年の風化で2カ所の穴が開いている。


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梶谷鼻(西から、ゴリラの横顔)

 間の岩と半島の間も隙間があり、今回もその隙間を抜けて梶谷鼻に向かった。半島の付け根には、八幡浜があり、その東側から梶谷鼻を見ると、いつもの姿である。しかし、一度、沖を回り、西側から梶谷鼻を眺めると、彼が見せたいと言っていた姿が見えてきた。何かの横顔に見えないだろうか?正しくこれは、ゴリラの横顔に見える。


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沖から見るとトカゲも

 梶谷鼻の西側にも、大きな岩場があり、その岩も、沖から眺めると、大きなトカゲの頭に見える。


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急な崖

 西側から、ゴリラの横顔を見ながら、梶谷鼻辺りを見ると、そこに至る半島の崖がいかに急な崖であるか良く分かる。やっとのことでこの坂を下り、日が暮れてから、クーラーと竿をかかえて坂を登った日のことが、まざまざと頭に蘇った。


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キラキラ

 東の水平線方向には、午前の太陽がもたらす太陽の道がきらきらと海面を輝かせているのが、見えた。


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大サービス

 彼の船は、こんなに小さな小舟だが、電池で作動する魚群探知機を付けており、海底付近の様子が見える。おそらく、いつも彼が釣りに使っているのであろう。それを頼りに、大サービスで、私に鯵(あじ)を釣らせてくれた。おまけに港に仕掛けていたカゴにかかっていた伊勢エビを3匹までつけてお土産をもらい、楽しい海の散歩を終えた。
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2018年08月15日

766 タ ー ニ ン グ ポ イ ン ト

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宇和海の朝陽

 風の国は、東側の八幡浜や南側の吉田や宇和島方面に開けた宇和海が目の前にある。したがって、朝陽と言えば、風の国と言ってもいいくらい何物も遮らない凄い太陽が上がる。夏の夜明けは、かなり早朝から明るい太陽に照らされて、おちおち寝ていられないくらいだ。

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畑の空蝉(うつせみ)

 柑橘農園のお手伝いが、1つのターニングポイントを迎えている気がする。今までは、収穫期のお手伝いが主であったが、今年の暑い夏には、本格的に私の肩に草刈り作業がのしかかってきている。昨年は、まだまだ、頑張っておられたお父さん、今年は、農園に足が向かなくなってしまったからだ。



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地獄のような夏雲

 この夏の異常な暑さの中、クロチの畑から草刈りを始めた。昨年は、お父さんと2人で刈った気がする。除草剤も一緒に撒いた記憶がある。今年は、畑に行ってみると、草は伸び放題伸びてジャングル状態になっている。ヒモの刃で刈るので、伸びすぎの草は、2〜3度に高さを変えて刈っていく必要がある。

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必需品

 作業中は、蚊もやって来るが、アブも寄ってくる。アブに刺されると、何日もその場所がかゆい。したがって、虫除けのスプレーは必需品である。急に背中が痛くなり、タオルや帽子で追うと、アブが逃げていく。昨年までは、この小さな困難も、お父さんが一手に引き受けていたのだろう。


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ジャングル

 いざ、拾い農園を刈ってみると、その大変さを実感する。飛んでくる小石や草を除けるための面や長い前掛けをして草を刈るのだが、ただでさえ暑い中なので、汗は、体中からしたたり、シャツもズボンも水中に飛び込んだようにびしょびしょになる。凍らせたお茶などを持参して水分補給も欠かせない。



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すっきり

 草を刈った後は、いつもの農園の風景に戻り、爽やかな気持ちになる。暑い中なので、体力的には、かなり限界まで追い込まれる。しかも、草刈り機のご機嫌も、いつも良いわけではない。急に止まったりして作業を滞(とどこお)らせる。1つ1つの草刈り機には、微妙な個性があり、それを心得ていなければ、作業を再開できない場合がある。



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てっぺんに残っていたデコポン

 この草刈り機のご機嫌の直し方も、まだまだ、お父さんの方がよく熟知しておられると思う。直接は、習えないので、私なりに試行錯誤しながら学習を深めていくしかない。木のてっぺん辺りに採らずにおいた蜜柑がある場合がある。採って食べてみると、少し時期は過ぎているが、ちょっとだけ疲れがとれる。


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お母さんの梅干し

 ターニングポイントを迎えて、今までの週1日のお手伝いでは、間に合わなくなってきている。夏休みを利用して、1泊2日でのお手伝いにこの夏はグレードアップした。暑いので、なかなかきついが、頑張っていきたい。作業を終えて帰ってみると、風の国のひのら(庭)には、梅干し用の梅が干してある。心和む風景で、疲れも少しとれる気がする。
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2018年08月10日

765 彼 ら に 学 ぶ



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百日紅

 暑い暑いと暑がっているうちに、もう早くも、立秋を過ぎて、残暑と呼ばれる季節に突入している。知らぬ間に時は移る。いつもながら、これは、私がうっかり生きている証拠かも知れない。散歩場所には、既にサルスベリが花を付けている。夏から秋にかけて100日ほど花を付け続けるので、百日紅とも書くらしい。見ていると植物たちは、今のところこの異常な暑さを、うまくすり抜けているようにも思える。

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休憩?モンシロチョウ

 散歩と言えば、私は、夏の初めにスイッチが切れて以来、行く気力を失って、現在休止している。それでも、この暑さの夏の日中に草引きをしているのだから、我ながら頑張っているようにも思える。農園の小動物は、いったいこの暑さの夏をどう思っているのだろうか。ふと見ると、モンシロチョウは、ラディッシュの葉陰で涼んでいるように見えたが、本人に聞いて見ないと、真相は分からない。

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ショウリョウバッタ

 私が頑張って草を引くと、困る方々もいるように思う。このショウリョウバッタは、足を1本失って、草がなくなった裸の地面に色を似せている。草がジャングルのように生い茂っている方が、彼らにとっては、天国なのだろう。暑い太陽も草陰で少しはしのぐことができるはずだろうし・・・。


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イナゴ系?

 こちらにもイナゴ風のバッタが、体を地面の色にして佇(たたず)んでいた。この色のバッタを多く見かけるということは、あれだけ荒れ放題だった畑の草のジャングルが、かなり開拓されてきたと考えても良いのかも知れない。ともあれ、彼らの天国を奪っているのは、ほかならぬ私なのだろう。


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頭隠して

 頭隠して尻隠さず状態で、枯葉の下に潜り込んだのは、コオロギだ。彼らは草のジャングルのあるなしにかかわらず、色は黒い色をしている。引いた草が枯れて茶色くなった下などに隠れていることが多い。彼らの生態は良く分からないが、寝ぐらを与えるという意味では、私が貢献しているかも知れない。枯れ草の山の下は、湿気があり、暑い太陽を避けるには、最適の場所かも知れないのだから・・・。

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ハウスの住人

 ハウスの中は、かなり暑いのだが、そこにも、棲みついている方々がいる。先ほどのコオロギ君、キャベツの苗を育てているので、それを狙っているのかも知れない。もうひと方は、ヒキガエル君である。まだ若者らしく、お肌はすべすべしている。あまり食料になる虫などは少ないハウス内なので、秋には、かなりダイエットした体つきになっているかも知れない。

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優雅

 今回のモデルの中では、一番穏やかに座って動かないでいてくれたのは、この雨蛙君だけであった。色合いも鮮やかに大きなオクラの葉の上で、すましていた。いったい、どんな風に狩りをするのか見てみたいものだ。まだまだ暑い日が続きそうだが、彼は天国のようなオクラの葉っぱの上で、もうしばらくは優雅に過ごしていけるだろう。



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跳びは、元気!

 草がなくなった暑そうな裸の地面を跳んでいたハウスの外の別のヒキガエル君、その跳びっぷりを見ていると、私のように暑さにやられているふうはない。植物も動物も、人間様よりは、暑さに強くできているのかも知れない。暑さ負けをして弱っていたNちゃんは、教訓を生かして、保冷バックに冷えたお茶を3本も入れて草刈りに出かけているそうだ。
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2018年08月06日

764 ど う 乗 り 切 る か

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夏雲

 私は、連日の半端ない暑さにへこんでいた。近所の元気者Nちゃんも、草刈りに疲れ、どうやら暑気(あつけ)をして参っているようだ。空にはぎらぎらの太陽が輝いている。夏雲も完全に典型的な積乱雲が出始めている。


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台風前の波

 風の国の磯は、台風がやって来ると、台風の姿は見えなくても、白波が打ち寄せて報せてくれる。この日も、サーファーの車が10台くらい止まっていたので、彼らにとっては、絶好の波乗りのタイミングだったのだろう。

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火星?

 暑さにへこんだ私も、夜は少しだけ元気を取り戻す。火星が大接近して夜空を飾っているらしいので、南東の空を眺めてみた。確かに肉眼でも綺麗に赤い光を放つ火星が見えている。それなりのカメラも道具もない私だったが、家の外壁にカメラを押しつけるようにして何枚かシャッターを切ってしまった。望遠を使うとなかなかピントが合わない。言われれば、火星のような写真に見えなくもない。かえって元気を喪失したかも知れない。


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凍らせたお茶

 この時期の風の国お手伝いには、ペットボトルに入れたお茶を凍らせた物が、必需品となる。普通に冷蔵で冷やしたお茶と2本セットで持って行く。氷が溶けた分だけ飲み干して、その隙間に凍っていないお茶を流し込み、また、木陰に置いておいて冷やしておくという使い方をする。地獄のような暑さの畑にはなくてはならない。


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切り落とした枝

 この日は、クロチの畑の小屋に懸かっていた柿の木の枝を切るお役目をいただいた。たった一枝であったが、直径は20cmほどあって、大変な力が必要だった。足場の悪い石垣の先端に身を乗り出して切り落とすまでに大汗をかいてしまった。

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大物の枝を切りました

 切った枝は、更に薪になるくらいの長さまで小切りにする。大きな枝だったのでかなり時間はかかったが、柿の木の下の木陰での作業だったので、少しはましであった。鬼北の畑にはまるで影がないが、風の国の畑には、蜜柑の木などが生えているので、その点、陰を探しながら作業を進めることができるのが、いい。


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夏の花

 作業を終えて風の国の家に帰ってくる。庭に夏の花が咲いている。爽やかな色合いの花に少し癒やされる。暑い夏は、まだまだ続いて行く。暑さにへこみながら、いかに乗り切るか考えて見る。良いアイデアは浮かばない。やはり、これは、少し気が遠くなる異常気象ではなかろうか。
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2018年08月01日

763 古 い 知 人

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はぐれ雲

 風の国は、旧三崎町の始まりにある。峠を越すと、三崎地区となり、国道フェリーが着く三崎港がある。そこから更にどんどん進むと半島の先端の灯台に至る。その途中の瀬戸内海側に、与侈(よぼこり)という集落がある。そこに古い知人がおられるので、久々に三崎港を越えて半島の先端方向にドライブをした。

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半島から望む

 与侈(よぼこり)地区は、海士(あまし・・・海に潜って、サザエやアワビを獲る男性)さんが多く住む地区であるが、古い知人の方のお家も、海士さんで、毎年サザエを送っていただく。


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三崎湾のフェリー 1

 こちらも感謝して、松野の桃をお送りする交流が、40年以上続いている。年に1回の交流だが、元気なうちは、お顔を見に行くことにしている。与侈(よぼこり)地区も、風の国と同様で、人口は激減しているように感じる。


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夏の海

 もう海の色は、夏色になり、日差しもかなり暑い。三崎港を過ぎると、三崎湾に入ってくるフェリーや、出て行くフェリーが間近に見える。国道が今のように整備される前は、八幡浜から船で三崎を目指す方が多い時代があった。ゆったりと湾の中を進む船を見るのは、なかなかいいものだ。


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三崎湾のフェリー 2

 三崎地区は、半島の最先端の町だったので、フェリーに乗って九州の別府の歯医者さんに通う方も多くいた。お町へ出て買い物をしたり、遊ぶのも別府へ出かけることが多かった。思い返してみると、陸の孤島のような部分があったのだと思う。


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半島の花

 三崎から九州へ橋ができるとか、海底トンネルができるとかいう話が、まことしやかにされる時代もあった。しかし、未だに半島から九州へのルートが、橋やトンネルにはなっていない。困難なのかも知れないし、メリットもないのかも知れないなどと思う。

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宇和海のフェリー

 沖をゆくフェリーの姿を見ると、昔々の時代が蘇ってくる。当時、九州のことを我々は、「海外」と呼んでいた。三崎地区には、食堂などが1〜2軒しかなく、娯楽場のようなものは、なかった。遊びを目指せば、八幡浜か九州を目指すしかなかったのだ。


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暮れる海

 八幡浜までのバスは、三机回りなら、当時、3時間もかかった。一方、三崎港から別府までの船の旅は、1時間ちょいだったように思う。多くの三崎の方々が別府を目指す理由が、分かる気がした。学生が修学旅行に旅立つのも、船で出るケースも多かった時代があったということだ。暮れゆく海を見ていると、古い知人の方々の顔が浮かんできて、懐かしい。 
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2018年07月28日

762 変 わ り ゆ く 

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岡の川の水

1週間以上も、かなりの雨が降ったり、1時間に100mmを越す集中豪雨があったり、間違いなく我らを囲む自然は変化してきている。今はまた、今まで経験しなかったような焦げ付くような暑さの中だ。風の国を歩いてみると、変わりゆく地球とは、また、違った意味で変化している風の国を感じる。

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機能しなくなった水場

 風の国は、かなりな傾斜地に石垣と階段を築きながら集落を形成している。写真や絵が好きな方がこの石垣やら階段やらを見に来られる。浜へ降りる道の途中に、岡の川という水場がある。今も綺麗な水が石垣の間から湧き出て、わずかな流れだが、急な傾斜を海に向かって流れていく。一方、集落の中心に向かう道筋に、もうほとんど水が湧かなくなった水場もある。その石垣は、美事なので、それでも訪れる人は多い。

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廃屋の中庭を望む

 更に集落の中心へと歩いて行く。この集落では、メインストリートのようなものなのだが、あちこちに人が住まなくなった廃屋がある。中庭には、草が生い茂り、風呂の跡も見られて昔の生活の一端が垣間見えて、寂しい。


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住んでいる証(あかし)

 炊事用のガスボンベが置いてある家は、まだ住んでおられる方がいる証なのだ。廃屋はあちこちにあるので、住んでおられるお家に、逆にはっとしてしまう。


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ミズヒキ

 廃屋の片隅には、ミズヒキと呼ばれる雑草が花を咲かせている。この草は、風の国では畑や空き地にあちこち生えている草だ。人々の活動が少なくなると、この草も勢力範囲を広げてくるのだろう。


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風呂場跡

 ここでは、既に廃屋もなくなってしまい、五右衛門風呂の残骸だけが残っている。家を支えた石垣やセメントで作られた部分だけが、時を越えてその場所に佇(たたず)んでいる。


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壁も崩壊

 このお家は、壁土が雨風に崩壊していって、廃屋然としている。このような廃屋がたくさんあるので、アライグマのような動物が出現するとも聞いている。彼らは猪なら乗り越えられない石垣や柵なども乗り越えることができるので、畑のサツマイモなどは、犠牲になってしまう。


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空き地になって

 ここには以前、家が建っていたのだろうが、今は空き地になっている。物を燃やす竈(かまど)が設置され、安全のための火を消す水桶まで用意されているところをみると、お隣の住人が管理をされているのかも知れない。気候だけでなく、変わりゆくものは、我々の周りに、ひょっとしたらあふれているのかも知れない。 
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2018年07月24日

761 豪 雨 の 果 て

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風蘭

 雨の前は、松の木にへばりついた風蘭も良い塩梅に咲いていたのに、長雨と豪雨の後は、焼けるような天気が続いており、風蘭も終わり、畑で草を引いていると、いつ倒れてもおかしくないような激しい太陽光が注いでくる。


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夏野菜 1

 夏野菜も順調に生育して、そこここ収穫ができていた。しかし、これもつかの間で、長雨と豪雨で、今は少し哀れな状態となっている。


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夏野菜 2

 長雨で夏野菜たちは、腐っていき、最後の豪雨でとどめを刺され、痛々しい様子になって来ている。少しは回復するものだろうか?


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スイカのアミ

 スイカを囲んだ網も何とか倒壊は免れたが、カラスの害からスイカを守る力は残っているようで、一安心をした。ただし、実は、3個しか付いておらず、楽しみは少なそうだ。


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はずれたマルチ

 夏野菜のマルチも、畑が川のようになって水が流れたので、一部ハゲかけている。草たちも遠慮なく生えてくるので、どこから手を付けて良いのか分からないくらいだ。


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弱ったズッキーニ

 豪雨の流れの中を何とか頑張ったズッキーニ君も、よく見ると、もう寿命が尽きかけているようだ。葉や茎がしなびかけている。


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腐ったトマト

 トマトたちも腐ったり、病気になるものが、増えている。おまけに、カラスまでかじってくるのだから、まともな収穫にはならない現状となっている。  
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2018年07月20日

760 厳 し い 旅 

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ファミレスで昼食

 体調不良からほぼ2週間、突然の訃報が届いた。小学生の頃、結婚式にも参列した親族の家からであった。遠いので行かなくてもという声もあったが、スイッチが切れた体験をしたばかりだったので、行ける時が花かなとも思い、葬儀に参列することにした。


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JRも至る所寸断

 場所が、滋賀県なので、少し困った。JRは、至る所で寸断されているというし、例の夜行バスに乗る元気は、ないと思った。思案した末、宇和までは、車で出かけた。宇和から高速バスに乗る算段であった。急遽出てきたので、バス営業所の隣にあったファミレスで昼食をとり、松山行きに乗り込んだ。



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多度津からは普通の乗り継ぎ

 松山市駅に降りると、暑さは尋常ではないことが分かる。思いキャリーバッグを転がしながら、JRの駅まで移動、予讃線で岡山を目指す。しかし、ここも途中は寸断していて、観音寺で下車、多度津まで1時間程度のバスでの移動となる。ゴールは遠い気がする。

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長浜着

 多度津からは、橋を渡り、岡山へ、岡山からは新幹線に乗り込んで京都までたどり着く。ここまでで、あたりは、もう、すっぽりと闇に包まれてしまっている。京都からは、在来線で、長浜を目指す。ホテル入りしたのは、夜の10時を過ぎていた。

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秀吉がお出迎え

 歴史に疎い私は、駅前の銅像も、何で秀吉くらいに横目で眺めた。長浜は、秀吉が長浜城を築いたことで栄えた町らしい。

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秀吉ゆかりの豊国神社

 ホテルにあった地図を眺めてみると、秀吉ゆかりの場所があちこちにあった。2日目に葬儀を終えて、ホテルの周りを歩いてみたら、すぐ近くに豊国神社があった。秀吉の長浜城築城以来城下町では楽市楽座など町は栄え、秀吉の死後、町人たちが秀吉の恩徳を思い作られた神社が、豊国神社とあった。秀吉が祀られている。


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黒塗りの町

 慌ただしく葬儀は終わり、また、長くて暑い厳しい旅をして、帰路につく。今度は、明るい内に着きたいと、3日目の朝の7時前に電車に乗ることにしていた。7時からの朝食はキャンセルして、6時過ぎに近くだと聞いた黒塗りの町並みを見学してきた。そこは、ホテルから200mくらいしか離れていない場所だった。


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商店街も

 秀吉の長浜城にあやかって、町並みや商店街は、黒塗りの外壁で統一されている。少しでも魅力的な地域にしようと住民が頑張っているのが分かるような気がする町だった。それでも、あまりに早い朝だったので、人通りはなく、町の情緒を感じるだけで、電車に飛び乗ることになった。


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アンパンマンにて松山着

 またまた、暑い日差しの中乗り継ぎ、乗り継ぎの帰りの旅が始まった。多度津まで帰り、バスで観音寺着、ところが、JRの連絡はすぐにはなく、1時間30分の待ち合わせとなった。松山までは、かわいいアンパンマン列車で、少しは癒やされながら帰ってくる。そこからまたバスで宇和を目指すが、少し賢くなって、三間の道の駅に着くバスに乗り込むことができた。やはり、10時間を経過する厳しい旅となった。何とか、今度は明るい内に家までたどり着くとこができた。
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2018年07月15日

759 危 険 な 年 頃

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爽やか花

 よく見かける花だが、相変わらず名前は覚えないというのふうぞうな私だ。梅雨時期に咲く花としては、色も咲く様子も、大変爽(さわ)やかな気がする。爽やかではないのが、ここのところの私の体調で、日々、うどんでいる(苦しくてへこんでいる)状態なのだ。



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梅雨空

 しばらく雨ばかりが続き、空も不安定ではっきりしなかったのが、更に悪い方へ私を運んで来たような気もする。始まりは、大好きなサッカー、夜中のワールドカップ観戦からであった。

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玄関の花

 玄関には、我が家の庭に咲いていた花が活けられているが、やはり、連日のうっとうしい天気に、その元気も限界に近づいている気がする。夜中のサッカー観戦は、西郷どん鑑賞と同じで、鑑賞のお供は、究極焼酎になってしまう。そんなこんなで、少しずつ体力を奪われていたのかも知れない。

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飛べず

 1日中室内に閉じ込められていると、頭の中も体の中も、ストレスで満タンになってくる。勢い、少しでも晴れ間が見えたりすると、畑に出かけてしまう。大草になって畑を覆っているが、引く暇もなかなか見つからない。睡眠不足でのテレビ鑑賞、飲みっぱなしの焼酎タイム、体に良いわけはなく、ある日、ぷつんとスイッチが切れてしまった。畑で、生まれたときから、羽がいびつになって飛べない蝶を見つけた。私の中のバランスもいびつになってしまっていたのかも知れない。

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ダーク

 ある日、相棒がTシャツを買ってくれた。みきゃんの裏メニュー、ダークみきゃんのTシャツだ。ダークに生きてきたので、ダークみきゃんは、嫌いではない。ダークという名前が付けば、パワーは保証されるだろう。ダークな方が、通常元気でパワフルなのだ。ところが、今回は、ダークなパワーも心許(こころもと)ない感じであった。


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カタツムリ

 この天気で喜んでいるのは、カタツムリ君くらいかも知れない。彼らは太陽が降り注ぐ日には、ブロック塀の裏側などにくっついてひたすら雨を待っているように見える。元気な彼らとは対照的に、私は一度スイッチが切れると、大変なことになってしまった。


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終わりの紫陽花

 普段、生きている私のパワーを10とすると、何とパワーは、1にまで下がってしまったのだ。こんな経験は、私にとっても初めてで、目の前に焼酎があるのに、一切欲しくないのだ。食事も1mmも欲しくない。さすがに危険な臭いを感じた。いつの間にか、私も人並みに危険な年頃になったのかも知れない。公園の紫陽花も、盛りを過ぎて、何だか色合いが「死」の色を帯びてきている気がする。何とか回復はしたが、パワーが1に落ちて、私も、思わず、知った方の顔など思い浮かべ、心の中でお別れの言葉を口走っていた。 くわばらくわばら。 
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2018年07月12日

758 お 見 舞 い

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通行止め

 今年は、夏に負けて青息吐息の傾向があるが、吉野のくいしんぼうさんのブログを見ると、広見川があふれて、かなりの氾濫があった様子が見えるので、お世話になった方の家がどうなっただろうかという心配が心に膨らんできた。

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水は道路を越え

 我が体調も、苦しい状況ではあったが、もう水も引いているだろうと、興野々(おきのの)経由で、水に浸かったという話が聞こえてきた延野々(のびのの)を目指した。興野々は、広見川、三間川、奈良川が、この辺りで合流することもあって、いつも氾濫危険地域になる場所だと思う。

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ここも水没?

 しかし、このコースは、まだどこか崩れている場所があるのか、通行止めになっていた。辺りのフェンスには、ゴミがへばりつき、水が完全に道路を越すほどに流れていたことが分かるし、道路脇には、泥がたまって、車の轍(わだち)が深くついている場所もあった。

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道路にもドブが

 通行止めでは仕方がないので、興野々から国道の方へ帰り、通常の道行きで松野を目指した。

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吉野橋も越えていたか?

 水に浸かった延野々も、興野々の合流点辺りから水に浸かり、そのまま水は、大門橋をも越えていたらしい。当然その橋の元にある虹の森公園も、水浸しになっていたようだ。吉野の街に至る吉野橋に来てみると、橋の川下側に芥(あくた)がたまっているので、やはり、ここも、水は橋を越えていたらしい。


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畑もこの惨状

 お世話になった方のお家は、吉野の街の一番広見川寄りに位置している。氾濫の水から逃れることはできなかっただろうと思われる。近所の方々も復興作業中で、水に浸かった様々な品物が道路脇に運び出されて積まれていた。お世話になった方に聞いて見ると、床上30〜40cmまで水が来たらしい。


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水をかぶった品々

 その日(7日)は、川の水が増えてきたので、老人施設に高齢のお母さんを預けることができるか、問い合わせ、預けて帰ったときは、もう水が家の方まで来ていたということであった。子どもさんが宇和島に住んでいるので、そちらに居を構えるかたちで、後始末に通っているとのことであった。私も、ボランティアのお手伝いはできないが、畑にあった野菜とミカンジュースを差し入れに、元気なっていただけるようなお話しをするだけの訪問になった。まだまだ、普通の生活に戻るまでには、たくさんの時間が必要だと思う。幸い吉野は断水がないので、助かっているとのことだったが、吉田や三間で被災された方々は、断水がしばらく続きそうで、更に困難な復興になるだろう。どなたも、頑張って欲しい。 
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2018年07月08日

757 1 時 間 1 0 0 ミ リ の 雨



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6日の成川

 今年の七夕は、全くロマンティックな日には、ならなかった。もう、6日の時点で、星空など望むべき状況ではなかった。間断なく降り続く雨の音におびえながら過ごすしかない。成川の入り口にある橋と堰の様子を見てきた。水は増水しているが、思ったほどの流れにはなっていない。水もまだ、濁ってはいない。

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7日の溝の合流点

 7日の朝は、更に激しい雨が降り、後で見たテレビの情報では、1時間100ミリの雨だったのだそうだ。こうなると我が家は、大変不利な状況に追い込まれてしまう。お隣のお家の地下を流れてきた溝の水は、我が家の土地にぶつかり、家の西側を北に流れる。北は、国道で、水は国道にぶつかって流れを東に変える。国道に沿って家の東を流れて下流へと向かうのだ。ここで国道の側溝からの水と合流して溝の水量は、更に増える。

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洗い場水没寸前

 要するに、家の西と北を溝が流れていることになる。過去にもこの溝があふれて、床下浸水をしたこともある。当時、まだ、ぽっちゃん便所であったが、そんな床下は、完全に水の支配下になった。今、家の東側にあるこの溝の洗い場は、既に水没寸前である。


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合流点の水は増し

 午前7時頃、例の100ミリが襲ってきた。合流点では、更に激しい水の流れが始まり、もう溝があふれんばかりになって来た。


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新宅橋も増水

 心配になって、裏の奈良川の様子を見に行ってみた。危険極まりない行為ではあるが、流れの様子から、危険度を推し量ることができるのだ。徒歩で新宅橋に行く、川の流れは、橋にかなり近づいている。危険な兆候だ。

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すぐ上の堰も、水没寸前

 この新宅橋のすぐ上流に堰がある。我が家のすぐ裏になるこの堰の上を水が越し始めたら、奈良川の氾濫ということになる。堰を越えて流れる水は、かなりの水量の流れになっているが、堰を越すには、20〜30cmくらいまだ、余裕があるのが見える。ただし、水の色は、昨日より濁っているので、予断を許さない。

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落ち着きを取り戻した等妙寺橋付近

 1時間100ミリの間に、溝は洗い場を水没させ、一軒下のお家をでは、溝があふれて敷地に侵入し始めていた。更に下った集会所にも水はあふれ、消防団の待機場所になっているが、打つ手はなさそうであった。その後、やや小降りの時間帯を経て、奈良川の氾濫にまでは至らなかったが、少し怖い目をした。これが我が家付近の1時間100ミリ体験だった。 
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2018年07月05日

756 岬 め ぐ り 2

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ブランコ

 サッカー大好き人間代表で、ワールドカップを観戦中、睡眠不足と焼酎の飲み過ぎという色気のかけらもない理由で、大、大、大夏ばてになってしまった。日本の敗戦に合わせて、現在、復活中である。前回、吉野のくいしんぼうさんが、パネルを見て「ターシャの庭」と言っておられたのが、相棒に知れ、さすがだという話になっている。私には分からないのでは、あるのだが・・・。

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 神戸から移住をしてこられたオーナーのOOTOSIさんが、こだわってこつこつと作り上げてこられた庭の様々なスペースには、憩える場所がいくつか設置してある。ゆったりと揺られ続けると、眠ってしまいそうなブランコ、お家からウッドデッキで繋がっている亭(ちん)、ターシャの庭を知らない私でも、これらの空間に身を置くと、溶けてしまうかもと思わせる何かを感じる。


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庭の花1

 木陰を歩いて散策するのも、花が好きで、庭が好きで、自然が好きな方ならば、本当に、満足して帰ることができるはずだ。


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休憩スペース

 自由に解放されたこの庭に来て、友達と静かな時間を過ごしたりできればどんなにいいだろうと、感じる方も多いかも知れない。今は、御主人の看護をされに昼間お留守なのだが、おられれば、いろいろと植えてある植物について説明などもしていただくのだそうだ。

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庭の花2

 知人を通じてお知らせをしておくと、そのように対応していただくような日もあるようだ。相棒も、この庭に半夏生がないので、次回持っていきますと約束をしていたらしく、今回、私も含めて訪れて、我が家の半夏生がこの庭に移住を果たした。このお庭の土地に相応うものだけが、いつも根付き定着するそうなので、ぜひ、根付いて欲しい。


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松地区の港

  OOTOSIさんの庭を後にして、私が、20代の頃住んでいた地区の一つを訪ねて、岬巡りの一環としてみた。それは、二名津地区という瀬戸内海側にある地区から、車で5〜10分の所にある「松」という小さな小さな地区だ。今では、港には、もう5〜6隻の船しか停泊していない様子だ。おそらく、海が好き、自然が好きという共通点からか、近所の子供が、私を鰻釣りに誘ってきたのだ。鬼北では、鰻は、そうそう簡単には釣れたりはしないのが当たり前なのだが、この岬の果てでは釣れるのだろうか?半信半疑でその松地区の港までやって来た。小さな川が港には注ぎ込んでいる。

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消え入りそうな松地区の川

 2人で釣り始めて見ると、何と鰻君は、およそ警戒などせずに、あっという間に釣れてしまった。しかも、かなりの大物がである。誰も鰻釣りなどしないような地区なのだ。おそらく、鬼北の鰻の方が、食べたらはるかに美味しいと思われる。ともあれ、40年以上もの昔にタイムスリップして、懐かしいこと限りなしの岬めぐりにもなった。

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デイゴ

 岬めぐりの締めは、帰りの寄り道。国道脇のトンネル手前に咲いている赤い花、「デイゴ」と呼ばれているようだ。国道を通過しながら、ぼんやりと眺めたことはあった。

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デイゴの花

 止まって車から降りてじっくり見たのは、今回が初めてである。木に咲く花なのだ。どうもこの岬という土地は、亜熱帯の気候であるらしい。だから、三崎地区に北限として生えているあこう樹(天然記念物)なども、生息することができるようなのだ。OOTOSIさんの庭も、やはり、亜熱帯の植物が定着しやすいらしい。 
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2018年07月01日

755 岬 め ぐ り 1


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リゾートのあたり

 岬に縁があり暮らしたことがある私や地元の人でも知らない岬あると教えていただいた方があったようで、現地学習をしてきた相棒が騒いでいた。そこにどうしても案内したいらしくて、ある日とうとう、車で向かってみた。

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入り口

 その場所は、佐田の岬リゾートとして売り出された別荘地の一角で、大変眺めの良い場所にあった。道はなかなか複雑のようでもあり、迷いそうな要素もあった。しかし、お目当ての玄関表示にやっとたどり着いた。


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入り口のパネル

 これは、ここの庭のモデルにした有名なパネルなのだそうだ。そのようなことにあまり詳しくない私だが、なんとなくその様子は、分かるような気がした。


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オーナーのお家

 これは、アプローチから下るオーナーの方のお家である。様々の植物を植えていかれ、今では家の周り1000坪ほどの全体が1つの自然として完了している。


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庭への表示

 県外からこの地を選ばれて、ここに別荘を建て、以来、御主人と二人三脚で暮らしてこられたと、聞いている。当初からこの庭は、お二人のお気持ちを反映して自由に開放されていたということだ。


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庭の小路

 庭を巡る小路の周りには、様々な木々や草が植えられおり、今では、背景の自然に溶け込んで、少しも違和感がない。


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休憩スペース

 庭の所々には、休憩スペースがもうけられており、その場所も完全に自然の1部になっている。おそらく、当初からそのようなコンセプトで作られていったのだろうと、想像される。


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小鳥のエサ場

 お宅の周りのウッドデッキも、解放されており、その手すりには、自然の野鳥がやってこれるようお皿に向日葵の種がおいてある。鳥を驚かせずに手渡しでエサをやることも可能らしい。

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木々の間から

 今、オーナーの方(御主人)は、健康を害されて入院をされている。自然淘汰された植物だけが残っていくだろうという方針ではあるが、御主人がお元気で2人で庭のお世話をされていた頃とは、変わってくるだろうと思われる。


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庭の花々

 この庭が好きで、ボランティアで手入れのお手伝いに来ている方もおられるのだと、聞いている。小さな岬めぐりをすることしか私にはできないのだが・・・。
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2018年06月24日

754 プ ロ は 偉 大 な り

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鬼王丸

 鬼王丸に誘われて、三角帽子の会員になったが、ここに様々な農産物を出荷している方々は、ほぼ農業を生業としているプロの方々である。私のように遊びやくの取組をしている方は少ないように思う。



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出荷商品

 幾つか思いついて出荷物を考え、まずは、タマネギやジャガイモを出荷してみた。プロの方が作ったものは、立派な作物なのだが、私が作るものは、明らかに見劣りがする。数を多めに一袋を作ったり、値段を安くしたりしても売れない物の方が多い。その中で、優秀だったのは、タケノコで、もう終わってしまったが、経費の赤字を何とかプラスにまでしてくれた。ふう!


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ズッキーニ

 農園では、ズッキーニが一株だけ育ってきている。やる気を失って、植えるのが間に合わなかったのだ。さて、エースになってくれるものだろうか?

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哀れな夏大根

 夏大根は、草に埋まってしまい商品にはなりそうもない。モンシロチョウが飛び回り、葉っぱは哀れな状態になっている。我が家の大根おろしになるくらいが関の山だろう。

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トウモロコシ

 とうもろこしは、カラスの被害防止のため、いつもスイカの網に囲まれた中に植えていたが、今年は別の場所に植えた。数が少ないので、もちろん、我が家で楽しむだけだ。その前にカラス君のおやつになるかもしれない。



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巨大ゴボウ

 これは、ハウスの前に植えたゴボウだが、葉っぱは、私の腰の高さよりも上まで生長して、久々に巨大なものに生長している。いつも11月初めに植えるのだが、今年は、冬があまりにも寒かったので、発芽しなかった。春になってやっと発芽して現在に至っている。ゴボウ大好き人間としては嬉しい。巨大ゴボウなので、値段を付けて売れるものなのか見当も付かない。


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中国野菜

 これは、昨年植えていた中国野菜(ツルムラサキ?)が無数に発芽していたので、苗として出荷してみたが、売れ行きは芳しくない。


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キャベツの種まき

 これは、春を目指してキャベツの種を蒔いたものだが、無駄に終わるかも知れない。種を蒔いてから生長するまでには、たくさんの時間がかかるし、プロの方のようにうまく育てられないのだから、希望はあまりない。

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高月の雲

 そうこうしているうちに高月山の頂上に雲が懸かっているのが見えた。どうも観察してみるに、高月山と戸岐山の頂上に雲が懸かるときは、雨になることが多いような気がする。沖縄では梅雨明けだと騒いでいるが、鬼北はまだまだ雨が続くのだろう。
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2018年06月21日

753 梅 雨 の 花 三 昧



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時計草

 梅雨空は、依然として続いている。朝起きると、この頃は、時計草が一輪か二輪必ず咲くようになった。見れば見るほど不思議な花だ。その名は、言い得て妙なり、である。散歩に出かけて、梅雨時期の花の観察をする気になって出かけてみた。


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始まりの紫陽花

 向かうは、いつもの散歩コース、運動公園だ。ここのネット際には、桜の木やその下に紫陽花の木が植えられている。東側の歩道に入るころから紫陽花が始まる。撮影した画像をよく見てみると不思議な部分があることに気付いた。


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青の単一

 ぱっと見には、白い花が目に付くのだが、赤や青や紫も混じって見える。これは、意図的なものなのだろうか。ずーっと歩いてみると、明らかに単一の花が咲いている木も、何本かはある。


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青とガク?

 しかし、別の種類の木が混じって植えられているものを多数発見した。同じ木で赤い色の花枝と青い色の花枝が咲くということは、ひょっとしたらあるのかもしれない。別の種類の花が同じ木に咲くということは、まず考えられない。



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紫と青

 してみると、同じ株には一種類の木を植えるというのが通常ではあるが、この公園に紫陽花を植えた方は、二種類以上の寄せ植えも良しとして公園作りをされたものと考えられる。


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入り乱れ

 ちょっと見には、見逃してしまいそうな変化だが、何となく違和感を感じて、突き詰めて想像してみると、実はそういうことなのかも知れない。植えられた方の「遊び心」の一種だろうか?

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華やかに

 この株などは、青い花が中央で王様のように咲いている。周りに姫君やら奥方やらが、華やかに囲んでいるような図に見えなくもない。



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戸岐と夏雲?

 この日は、暑い梅雨の晴れ間で、青空が広がっていたが、青田の向こうに控える戸岐山には、何だか夏雲ふうの雲が、顔を覗かせていた。本物の夏も近いのかも知れない。
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2018年06月18日

752 緑 の 洪 水

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洪水の中の南天の花

 家の南側、隣家との間に、猫の額ほどの土地がある。地目は畑(農地)になっているのだろう。様々な成り行きで、様々な木々が植わっている。放っておくと大変なことになるので、時々短く剪定をする。庭師さんなどには頼らず、自力で何とか管理している。今の時期は、青葉若葉が生い茂り、何だか緑の洪水のようにも見える。柿の木の下、ツツジの木の中から、勝手に生えてきて、我が家の難を転じてくれている南天が、この緑の洪水の中で、白い花を咲かせている。


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おもちゃカボチャ

 その横の地面には、意図的にうち捨てて置いたおもちゃカボチャが芽を出し、蔓を伸ばそうとしている。その周りには、夥(おびただ)しい鶏頭の一種が芽を出している。地面もいずれ緑に埋まっていくのだろう。


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半夏生(はんげしょう)

 ツツジや南天の横には、自分好みの木(こ)の下陰に数を増やしている半夏生がはびこっている。爽やかな白の斑(ふ)は入っているものの、やはり地面を緑で覆っている。


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柿の実

 この小さな緑の森の最上部にあるのは、高知の朝市で買ってきた次郎柿の木で、様々なものをその傘下に抱えて、立っている。消毒もあまりしないので、無数にできた柿の実も、ほとんどは地上に落下して朽ち果ててしまう。

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青梅

 台所には、この緑あふれる中のどこかからいただいてきた青梅が鎮座していた。梅ジュースにしたり、梅酒になったりはするが、それを口にする人はあまりいないのが我が家の現状だ。この青梅は、梅ジャムにでもなるのだろうか?あまり消費されない梅製品を、焼酎にでも添加して味わってみようか、とふと思いついた。

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ドングリの花

 散歩道で、毎年拾うドングリ、このところ数が増えすぎて拾いきれなくなってしまった。今は、緑の洪水の中で、ちょっと栗の花に似ている花を咲かせている。ドングリをおもしろがる方々も少しずつ減っていくのだろうと思うが、今年の秋は、活用法を研究してみたい。

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合歓(ねむ)の花

 車で走るのにどこかで見たような風景が通り過ぎる。その木は、かなりの大木だ。通過してしばらくしてから、頭の中の記憶とさっき見た景色が符号した。三角帽子の坂道だったので、出荷ついでに信号を渡ってその木まで歩いてみた。やはり、合歓の木であった。花は少し終わりかけていたが、そういえば、この花も緑にアクセントを付けるかのごとく、緑の洪水の中に咲く花だ。 
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2018年06月14日

751 梅 雨 の 農 園

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夥(おびただ)しいくちなしの花

 ある日散歩をしていたら、びっくりの花が迎えてくれた。「やせてやつれた」、「子どもみたいな」、「淋しい笑顔」、どうもこれらの歌詞とは、少し外れて賑(にぎ)わしいばかりの花数なのだから、驚いた。これも、今年のくちなしの花との一期一会の出会いかも知れないなと、思わず微笑んでしまった。

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公園の紫陽花

 その横には、公園の紫陽花が咲き始め、彼らにとって一番良い時期を迎えているように思える。度々で申し訳ないが、毎朝、地獄から生還する私なので、西郷どん混じりの言葉が浮かんで仕方がない。物語が終わってみなければ分からないが、「今日は、ここらでよかろうかい。」という西田敏行のナレーションが気になって仕方がない。

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水草の花

 我が家のメダカ君たちは、スイレンの池にいてござるが、その横にも別種の水草が植えられている。好んで植えたものではなく、頂き物だった気がする。この時期黄色い花を咲かせるが、ほんの2〜3日でしぼなえてしまう。別に実を結ぶ気配も見当たらない。斉彬が死に、大島に流された時点で、西郷どんは、1つの死を経験していたのかも知れないと思える。


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J君の立派なレタス

 農園に行くと、時々、J君がやって来る。彼は、今、失業中で、職探しの日々を送っている。この日は、レタスがたくさんできているので、持って帰れということだった。私の農園にも、彼にもらったレタスの苗が大きくなりつつある。しかし、育てるのがへたくそな私のものは、J君のような立派なものには、ならないような気がする。

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ニンジンの密集

 田舎者で世間知らずの人間を「じごろ」というらしい。西郷の弟は、先が見えないまま血気盛んな倒幕浪士となり、兄の西郷と京都で再会、偉大な兄の力で自分の位置を思い知る。私の農業も、じごろよろしくあちこち過去を生かさず、先も見えぬまま進んでいる気がする。とっておいたニンジンの種を植えたのだが、畝(うね)の半分は1本も発芽していなかった。発芽している部分は、逆に密集しすぎている。何ということだろう、困ったものだ。


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適度に植え替え、大丈夫?

 こんな小さなニンジンの苗だが、密集地帯を掘ってみると、細いひげのような根っこがもう10cm近くまで伸びていた。それを無謀にも生えてない場所を深く掘って植え直してしまった。結果、密集地帯は、隙間ができ、何も生えてない場所には、適度な間隔にニンジンが植わった。果たして、これがうまく育つものだろうか?行き当たりばったりもいいところだろう。

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風の国の山紫陽花

 玄関の花瓶には、風の国から移住した山紫陽花が良い感じで咲いている。新しく国父となった島津久光は、義理の兄、斉彬の後を継ぎ、幕府に対して兵を起こそうとしている。大久保の並々ならぬ働きで島から帰ることができた西郷との出会いで、波乱の後半が垣間見えた。やはり、西郷にとっては、斉彬が死んだことが、最大の不幸だったのだろう。穏やかに咲く山紫陽花と違い、これから始まる嵐のような激動の時代を感じた。すると、あの西田敏行のナレーションが、またまた気になってくる。
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2018年06月10日

750 季 節 を 刻 む 2 

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海士(あまし)の船

 4月初めの時期、海の近くに住む海の大好きな人たちは、ヒジキやワカメなどの海草を採りに海に向かう。また、この頃は、大きな潮が引くときには、海に潜ってサザエやアワビを採る元気な方もいる。風の国のお父さんも、元気な時は、よく磯に出かけていた。今ではもうそんな元気はないので、仲良しのS君が採ってきたり、親戚の漁師さんが採ってきたサザエをいただくくらいである。海を見下ろすと、漁師さんの船が浮かんでいるので、その位置から、素人では潜れないくらいの深さで漁をしているのが分かる。



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ザクロの花

 風の国のヒノラ(前庭)で一番大きな木は、ザクロの木で、今の季節は、赤い花を咲かせている。誰も食べようとはしないが、秋には花は実になって枝にたくさんぶら下がる。今年は、果実酒にでも挑戦してみようか。


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ヒノラの紫陽花

 元は、母の日プレゼントで都会からやって来た紫陽花も、ヒノラの鉢植えだけでなく、野菜畑の端の方にすみかを移してかなり繁栄をしている者たちもある。


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伊予柑の実

 お手伝いの合間に畑を眺めてみると、この間まで、蜜柑の花咲く畑だったのが、白い花は見えなくなり、可愛い実が結実している。晩柑類の中で、最も早く収穫するのが、ポンカンや伊予柑たちだが、6月の声を聞くと、もうこんな小さな実を付けている。


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畑の紫陽花 1

 風の国のヒノラだけで、かなりの種類の紫陽花たちが咲き始め、目を楽しませてくれている。地区の西側の畑に行ってみると、誰が植えたのか紫陽花ロードができている。


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畑の紫陽花 2

 風の国の柑橘畑は、主に東側に点在している。花の好きなお母さんが植えられたのだと思うが、畑にもあちこちとこの梅雨時期、仕事の合間に目を楽しませてくれる紫陽花の花がたくさん植えられている。


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余った枇杷たち

 前回のお手伝いでいただいてきた枇杷の実は、パックに入って友人宅などにもらわれていき、残ったものは、皮むきと種外しを私が担当して、相棒の手で生まれ変わる運命となった。


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枇杷のコンポート?

 私にはよくは分からないが、桃のコンポートならぬ、枇杷のコンポートなるものに変身していた。これは、更にゼリーのようなものにとじ込められたデザートにも変身していった。そのまま皮をむいて食べるのも大変美味しいのだが、何せ量が多いので、加工しないと、すぐに小バエ君たちの餌食にこそなってしまうからなのだろう。


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移住者たち

 今、風の国の紫陽花たちは、我が家にやって来て、そのあでやかな姿を披露してくれている。ただ、問題なのは、アジサイは、水揚げが悪く、命が短いことかも知れない。
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2018年06月06日

749 季 節 を 刻 む

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栗の花

 思わぬ時間に目が覚めての睡眠不足は、なかなかに苦しいが、西郷どんが少しだけ心を癒やしてくれる生活が続いている。昼間に眺めてみると、もう鬼北では、しだれた栗の花が一斉に咲いてこの季節を飾っている。


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サボテンの花

 睡眠が足りていないと、風の国の週末お手伝いに行っても、作業がなかなかに苦しい。心臓の老化には、オリーブオイルが良いらしいので、気持ちだけ時々食べ物に少量かけることにしてみた。気持ちの問題程度かもしれないが、この歳になると、心臓がはたはたするのは、あまり気色の良いものではない。風の国では、石垣のサボテンの花が咲き始めている。

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ムラサキツユクサ

 ムラサキツユクサのピンクの花も、冬のダメージをはねのけて、石垣の上で復活して咲いている。サボテンもツユクサもイメージ的には、南方からやって来た植物に思える。逆に島津斉彬の一の家来だった西郷は、斉彬がなくなると、逆に南方に島流しになる。

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ネギ坊主

 風の国のヒノラ(前庭)には、お母さんが様々なものを干しておられる。これは、ネギ坊主なので、ネギの種を取るのであろう。私は、ネギの種など取ったことはなく、ネギ坊主君は、勝手に熟れて、周りに種を振りまいているだけだ。斉彬の死後、隠居させられていた島津斉興が再び権力を握り、西郷は3年の間、奄美大島に流される。


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赤いこや豆

 これは、やはりお母さんが干している赤いこや豆だが、時々にお母さんが作って、我々に食べさせてもらう団子餅のあんこになるのだと思う。西郷は、薩摩の武士たちにも愛されていたが、島に流されていた間に、夢破れ、失意のどん底で、島の娘に救われ、生きる気力をもらうこととなる。ついには2人は結婚をして、西郷の子供が生まれることになる。西郷は、誰のためにも一生懸命になる人間として魅力ある男だったのだろうと思う。



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赤タマネギ

 ヒノラの奥には、お母さんが収穫した立派な赤タマネギが干されている。私がたてた同じ苗なのに、哀れな私のタマネギとは大違いだ。西郷が島流しになっている間に、大久保が、斉興や久光の助けになりながら、西郷の赦免(しゃめん)を画策していく。西郷が天才的な愛すべき人間だとしたら、大久保は、秀才で、友情と知恵で、西郷を復活させることに成功する。

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収穫した枇杷

 この日は、三崎道の畑の草刈りがお手伝いとなった。ここには枇杷の木が植えられているので、カラスが食べ残した枇杷を収穫してお土産にいただいて帰った。この畑は、2段だけの狭い畑なので、お父さんと2人で草を刈ると、1時間あまりで終了することができた。大久保がいなかったら、斉彬がやり残した西郷の歴史的な仕事は、できなかったかもしれない。そう考えると、不思議な日本のストーリーに思えてくる。


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モンダイ

 お母さんの体は、あちこち限界に近づいているようだが、手首もその1つで、時々、親戚から魚が届いても、調理できないことがあるらしい。この日は、そのまま冷凍してあったモンダイをお土産にいただいて帰った。翌日解凍したものを私がさばいてみたが、まだ、内臓も残ったままであった。近くにいれば、お手伝いができるのだが・・・。
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2018年06月02日

748 つ い に デ ビ ュ ー

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サツマイモの覆い

 昨年までサツマイモは、200本ほど苗を植えた。しかし、肝心な頃に雨が降らず、枯れる苗が多かった。今年は、寒冷紗で太陽を避ける覆いをして、苗が生きのびる工夫をした。野菜作りに意欲減退している私にも、何か意欲を高める工夫はないものだろうか。

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ジャンボニンニクの芽

 収穫前のニンニクには、ニンニクの芽と呼ばれる塔が立つ。肉と一緒に炒めて食べると、歯ごたえもあり美味だ。ジャンボニンニクには、特大のニンニクの芽が出る。芽のてっぺんには、植えたらニンニクになる実ができる。したがって、これも、子孫を残す希望の光なのかも知れない。

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お裾分け

 我が家の野菜の需要よりもたくさんの収穫がある時は、私の作った野菜たちは、近所の非農家のお宅にもらわれていく。喜んでいただけば嬉しいからである。しかし、こう野菜作りの意欲が減退すると、憂鬱な気分になってしまう。これって、高齢になってくると起こる鬱状態なのだろうか?地主さんが亡くなって以来、奥様が鬱になっていると聞いている。私の落ちた意欲の高揚にも、何か対策はないものか。


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鬼がささやく

 このタイミングで、鬼が密やかに耳元でささやいた。「どうだ、お前もここに出荷してみんか?」甘いささやきに聞こえた。「その手があったか。」どうも仕事らしい仕事をしてないのが、意欲減退の理由かも知れない。ここに出荷すれば、お仕事をしている気になるかも知れない。


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最初の製品

 ついに意を決して、三角帽子会員にデビューしてしまった。自分のバーコードをもらい、値段を付けて売り場に並べる。記念すべき製品は、タマネギとニンニク、どちらの袋も、100円。しかし、必ずしも売れるとは限らない。


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ハチクも

 ハチクも、私でも採ってこれるので、5〜6本1袋100円で売り出した。ライバルたちは200円なので、買ってもらえた。


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数は増えたが・・・

 ニンニクとタマネギを多めに出荷してみる。人気がなく売れない。商売とはなかなかむずかしいものだ。


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ジャガもデビュー

 ついでにジャガイモも出荷。こちらもなかなか売れない。入会金が2,000円、年会費が3,000円、計5,000円、赤字は一向に解消されない。それでも、心は少しせいらしい様子なので、もう少し具合を見てみよう。
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2018年05月30日

747 梅 雨 の 花



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ツリガネソウかな?

 沖縄・九州に続いて四国も、どうやら梅雨入りした様子だ。この季節の風の国お手伝いは、1回目の草刈りが終わり、本当なら、2回目は、除草剤で草を駆除する番であったが、お父さんの元気が失われて、どうも後手に回ったらしい。風の国では、その間に我が家にやって来たツリガネソウのような花が元気に咲いていた。



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色づき始めた

 風の国の坂道を上りながらふと横の藪(やぶ)を眺(なが)めると、枇杷(びわ)の実がもう色づいてきていた。後手に回った柑橘畑の草は、除草剤をかけても、背の高いまま枯れるので、それを取り除こうとすれば、二度手間になってしまう。


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かしわ葉紫陽花(あじさい)

 風の国で、鬼北よりも2週間も早く咲き始めたかしわ葉紫陽花は、この時期の主役のような花である。二度手間をしないようにするためには、畑で伸びた草をもう一度草刈り機で刈らなければならない。草刈りは、なかなかの重労働なので、今回のお手伝いは、草刈りとなった。


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母の日プレゼント

 母の日に大阪から送られてきた蘭の花も、風の国の玄関を飾り、華やいでいる。今回の草刈りは、クロチの畑だった。私も頑張ったが、クロチ全部を刈ることができなかった。残りは、次回のお手伝いになるだろう。


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色づき始める

 風の国のひのら(前庭)にも、以前送られてきたり、購入したりしたたくさんの紫陽花が少しずつ咲き始めている。私が行くまでに、お父さんが少しは草刈りをしたようだが、体力の低下は著しく、ほんの一部だけの草刈りの様子だった。


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こちらは鑑賞可能

 紫陽花は、植えられている土が酸性なら赤くなり、アルカリなら青くなると聞いていたが真実は定かではない。時々、草刈りでもしようかと、思いつくことができる間は、お父さんも、少しではあっても、草刈りをされると思う。その仕事を補うように私も頑張ってお手伝いをしていきたい。


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乳草系はびこる

 クロチに行って草を刈ってみると、例の乳草系(ちちくさけい)の草がかなりはびこっている。この草が畑にはびこり始めると、畑が荒れていく前兆だと言われている。しかし、いかんとも成しがたい現状ではあるのかも知れない。

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玄関にやって来た花々

 我が家の玄関にやって来たツリガネソウのような花々は、案外水揚げがよく、もう2〜3週間その立派な花を咲かせ続け、私たちの目を楽しませてくれている。お手伝いは、私の比重が大きくなりつつあるが、私が、平日にやって来ることはまだできない。お父さんにも、できるだけ元気でがんばっていってほしいと思っている。 
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2018年05月27日

746 西 郷 ど ん の 旅 3

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中京区の薩摩藩邸址

 西郷どんの旅は、いわば自己満足の旅でもあると思う。大河や西郷どんのファンでなければ、おそらく、1mmもおもしろくもおかしくもないはずだ。大河や西郷どんにはまってしまった私にとっては、様々に思いを巡らすことができる、何とも言えない旅なのである。大学の同窓生の楽しい懇親会が、今回の旅のメインではあったが、プラスアルファーの西郷どんの旅も、劣らず楽しい旅ではあった。3日目は、体を休める1日でもあり、最後のさまよい観光の1日でもあった。


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鍵屋があった辺り

 まず向かったのは、中京区にある大丸デパート、蛤御門(はまぐりごもん)の変で焼亡してしまった錦小路薩摩屋敷の址。デパートの裏手の植え込みにひっそりと石碑が立っているだけであった。ここは、龍馬と西郷が初めて会った場所だそうだ。また、この近くに西郷が斉彬公の訃報を受けたと言われる西郷の定宿、鍵屋旅館のあった辺りがあるというので、探してみた。散々聞き回り、やっと紹介されている場所の写真の地点にたどり着いた。

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同志社前の薩摩藩邸址立て札

 次は上京区の今出川通りまで、懲りずに徒歩でさまよい歩いた。同志社の校門近くに薩摩藩邸二本松屋敷跡の石碑がある。説明の看板によると、元々は相国寺の敷地内に土地を借り受け、藩邸を作ったとある。広さは、同志社キャンパスの3分の2、明治になり、新島譲がここを買い取り、同志社を開いたとあった。

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蛤御門(はまぐりごもん)

 今出川通から、御所の西側を南へ下っていき、西郷が活躍した禁門の変の蛤御門を目指す。今は、京都御苑となっている御所の中には、篤姫ゆかりの近衛邸址や久坂玄瑞が自決した場所などが、点在している。蛤御門から御所に入り、東側に抜けていった。


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祭に出くわす

 御所の東側に出てみると、何やら祭なのか、牛車(ぎっしゃ)や馬に乗った烏帽子姿の方々、聞いてみると、上御霊神社 御霊祭というお祭りらしい。その様子はいかにも古式ゆかしい京都風であった。

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大久保利通邸址

 御所の東側、今出川通の近くに大久保利通の邸があったらしい。あたりで聞き回り、民家の塀の外にその石碑を発見。今出川の薩摩藩邸の近くである。ここまでで昼過ぎまでかかり、再び疲れ切った。一旦ホテルに帰って休息をとる。

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戊辰戦争戦没碑

 夕方、少し体力回復、京都駅の南側にある東福寺を目指す。ここには、戊辰戦争の薩摩藩慰霊碑があり、途中でそれを発見した。

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楓若葉の向こうに

 東福寺は、紅葉の名所らしく、ここも、楓若葉で燃えていた。


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残念中には入れず

 残念ながら、時間は17時を過ぎていたので、近代的な折りたたみの門が閉まっていた。東福寺の塔頭の1つ即宗院は西郷と月照上人が密議を交わした場所であったらしい。


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渦潮

 4日目は、梅田に戻り、ひたすら四国宇和島を目指す。梅田を昼頃出発し、海を渡る。大橋から渦潮を眺めながら、旅はいつもこの終わりのセレモニーで締め括られるなあと、車窓を眺める。


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讃岐の山

 海を渡ると、見覚えのある香川の山が車窓に広がる。ため池が窓の外を流れたり、松山に近づくと、黄色く実った麦畑が広がったり、いなかに帰ってきてしまったなあという感慨に満たされていく。


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無事帰着

 長旅を終え、宇和島に着いても、日が長くなって、あまり暗くはなっていない。往きは、宇和島自動車のバスだったが、帰りのバスは、阪神交通のバスになっている。この便は共同運行しているのだろうか?往きが宇和島乗客3人という少ない人数に心配をしたが、帰りは15〜16人は乗っていたので、気持ちは、何やら到着の安堵と重なっていた。 
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2018年05月23日

745 西 郷 ど ん の 旅 2 

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中華料亭「一之船入」

 西郷どんの旅、歩き疲れ、とうとうバスを選択、親戚の家を目指すことにした。下鴨神社方面の家に到着、しばらく休ませてもらった。お昼は、ここの姉夫婦と昼食をすることになっていた。昔は桂川の荷下ろし場だった場所にある。創作中華「一之船入(いちのふないり)」というお店だった。

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コースの始まり

 中華なのに一品ずつ品々が並ぶコース料理になっている。生ビールをいただきながら、贅沢な昼食をいただき、何だか疲れも少し飛んでいくような黄金の時間が過ぎて行った。感謝感謝である。重い荷物を運んだ甲斐があったというものだ。

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林光院

 昼食後は、姉夫婦と別れ、夕方までの時間を、またまた、さまよい観光の西郷どん旅に戻した。まず、御所の今出川門を目指し、同志社の奥にある相国寺(しょうこくじ)に至る。目的は、相国寺塔頭の1つで島津家ゆかりのお寺、林光院である。同志社の辺りが、薩摩藩邸のあった場所なので、相国寺が、薩摩にゆかりのある寺なのは納得がいく。鳥羽伏見の戦いの負傷兵をこの寺で治療したらしい。


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お経の観音様

 林光院を見た後、本堂など御開帳されている場所があるようなので、相国寺を少し見て歩くことにした。観覧料は800円、お経の文字で描かれた観音像があった。本物は撮影禁止、しかし、撮影用に複製画が展示してあったので、私の陰が移ったまま撮影してきた。


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天井画の龍

 天井に有名な龍の絵も、にらみを効かせていた。私は近眼なので、詳細はよく分からないまま鑑賞をした。


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相国寺浴室

 浴場も開放されていて、修行僧が入浴をしたと言われる風呂を見ることができた。昔、菩薩が浴室に入り、水で悟りを開いたとの故事から、今の入浴とは違い、修行僧がそれに習うというような宗教的な意味合いが、入浴にはあったらしい。


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薩藩戦死者の墓

 また、林光院を少し行った奥には、様々な戦いで倒れた薩摩藩士が眠る共同墓地石碑が建立されていた。ここまでで、私の疲れもピークを迎え、地下鉄でホテルに直行、夕方までの少しの時間休憩をとった。


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「らんぶる」

 さて、お楽しみの約束の時間、一力亭前での待ち合わせ、この時間帯の車の多さに、バスは遅れ、少し遅刻して皆さんと合流することができた。懇親会の場所は、「らんぶる」というお店で、またまた、コース料理を味わいながらグラスを傾け、懐かしい話に花が咲く。


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集まった5人

 集まったきっかけは、最年長のOさんが群馬から出てくる。応仁の乱の場所を巡るらしい。集まって飲むかという成り行きと相成った次第だ。京都での同窓会幹事の1人だった私にもお呼びがかかり、これ幸いと、西郷どん旅を兼ねてやって来た。実は、これがこの旅の第一の目的であったのだった。ともあれ、楽しい京都の夜を過ごすことができ、満足満足であった。
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2018年05月20日

744 西 郷 ど ん の 旅 1 

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京都タワー

 現職時代、あれこれアルバイトやら、第二の仕事も思い描いたが、結局、DNA的な寿命が頭にちらつき、とうとうそれらは、実現せずにここまできてしまった。趣味で農業のまねごとをする。趣味でも経費がいる。小屋作りも同じくで、ずいぶんと筍生活を進めてしまった気がする。大河に癒やされるのに、なかなかその大河の旅もままならなくなった。それでも今回、英断して大学の同窓旅と合わせて、西郷どんの旅も兼ねてみたいと出かけた。


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清水

 場所は、京都、候補の場所は、30以上あったが、そんなに回れるはずはない。ともあれ、思いつきでその中から行ける場所を絞りつつ、もう1つの目的、親戚の家をも目指して、頭は、地図の上を歩く。いつものように、夜行バスで梅田に朝6:20に着いた。食事場所も、大阪では、まだ、開いていない。京都まで移動したが、それでもありつけたのは、駅前で調達したサンドイッチであった。仕方なかろう。

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成就院

 親戚は、下鴨方面なので、駅から北を攻める。まずは、清水がらみで、清水の左奥にある成就院を探した。ここは、近衛忠煕(このえ ただひろ)、月照上人、西郷などの勤王の志士たちが、密談密議した場所だそうだ。バスで清水近くまで行く。坂を登って清水に至り、成就院は、左奥にすぐに見つけることができた。

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楓若葉

 次は、清水の右奥600mほどの場所にある清閑寺を目指す。清水の舞台下を通り、音羽の滝方面に至る。楓若葉の中、山道を登って行く。


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清閑寺

 清水の坂やら、続く山道に汗が噴き出してくる。上着は、バックにしまい込み、歩く。山の小道の向こうに、天皇陵に並んで苔むした清閑寺に至る。誰も訪れそうにない鄙(ひな)びた小さな家の小さな離れのようなお寺であった。でも、とても感じの良い癒やされるようなお寺だった。ここも、西郷と月照上人が謀議を凝らした場所だそうだ。


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道端のオブジェ

 山道を清水まで戻り、2年坂、3年坂を下る。不思議なオブジェにも出くわす。この辺りに、次なる目的地、春光院があるはずなのだが、なかなか行き当たらない。高台寺の塔頭の1つで、ねねの道にあるのだそうだが・・・。


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魅力のポスター

 春光院の近くには、心惹かれるポスターが貼ってあったが、結局、今回の旅で、この催しに遭遇することはできなかった。


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春光院

 やっと春光院を見つけたが、中には入れない。ここは、月照がしばらく住まいにしていた所で、やはり、西郷や幕末の志士たちと密議を凝らした場所であったようだ。成就院、清閑寺、春光院、いずれも観光地としてはマイナーな場所で、逆に謀略密議にはふさわしい場所だったのであろうと思われる場所であった。



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一力亭

 昨夜の寝不足と歩きながらさまよう旅なので、体力は、どんどん消耗して、折りたたみ傘と地図しか入っていない肩掛けバッグが、石のように重くなってきた。おまけに親戚へのお土産が腕を更に重くして青息吐息状態になってきた。祇園まで歩き、今夜の集合場所の一力亭にたどり着いた頃には、倒れそうになってしまった。 
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2018年05月16日

743 夏 来 る ?

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ブラシの花

 どうやら夏は、知らぬ間にその歩を進め、若葉は、少しずつ青葉へと移行しているように感じられる。夜な夜な訪れる不思議な目覚めに悩まされながら、時には西郷どんに救われたり、夥(おびただ)しい悪夢のような夢また夢の世界をさまよったり、そして、目覚めると、初夏の鮮やかな自然の色が目に飛び込んでくる。赤いブラシの花もその1つだ。

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池の若葉

 散歩の前に、少し池を散策すると、若葉と青葉がひしめき合って山は盛り上がって見える。池に映った若葉の汚れない明るい緑が、池を華やかに彩っているようにも思える。夜ごと私を、少しだけ救いの方向に導いてくれる西郷どんの物語は、島津斉彬(しまづなりあきら)が急死した後、波瀾万丈(はらんばんじょう)の流れに翻弄(ほんろう)されているように見える。

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蜜の吸える花

 子供の頃、道草の途中、野原に座り込んで、蜜を吸った花、そんな子供の文化は、既に今の子供の心の中からは消えてしまっているんだろうなと、思いながらシャッターを切った。井伊直弼(いいなおすけ)が反対派を安政の大獄で弾圧、慶喜(よしのぶ)を将軍にと画策した西郷と月照も、薩摩まで逃げ延びるが、追い詰められて、冬の海に2人は入水。

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照葉樹?

 見上げると、栗の若葉は、この時期少し色を増して、それでも若々しく輝いている。栗が照葉樹なのかどうかは知らないが、何だかそんなフレーズが頭に浮かんでくる。勤王の僧侶、月照は亡くなり、西郷は一命を救われる。何という運命だろうか。生かされてこの後の歴史に名前を刻むのだから、正に波瀾万丈の幕開けのようにも思われる。


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木漏れ日と木陰

 公園の散歩は、もう気温がずいぶんと上がってきて、少し息苦しくなってきた。それでも、散歩道の脇に生えている木々のおかげで、陰を作ってくれている下を歩くのは、少し清々しい変換が心に起こってくる。斉彬が、遠くが見える天才的な人間だとしたら、弟の久光は、少し凡庸(ぼんよう)に見える。幕府におもねる父親の斉興(なりおき)が薩摩に帰って、とうとう西郷は島流しになる。

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青葉の裏側

 散歩の最後は、木陰のベンチに寝っ転がって、上を見上げるのを常としている。すると、青葉の裏側が見えてくる。木々が、枝を伸ばそうとする前向きで一途な心が見えるようでもある。青空も向こうに見えたはずなのに、写真ではハーレーションの中に隠れてしまった。西郷どんは、斉彬の遺志を継ぎ、どのように復活していくのか、とても楽しみだ。

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黄色き花

 公園の駐車場の脇に黄色の鮮やかな花がたくさん咲いているのが見えた。引き寄せられて、行ってみると、以前植えられたもののようではあるが、今では、毎年、野生の花のごとく自然な様子で咲いているのが分かった。さて、全国に西郷どんゆかりの地は、数多くあるだろうが、たまたま旅に出る方面にも、その場所がありそうなので、少しだけ寄り道をして帰ってきたい。  
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2018年05月14日

742 初 夏 の 農 園

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倒れたラビット・テール

 可愛い姿で咲いていたラビット・テール(兎のしっぽ)急な雨でいっせいにお辞儀をしてしまった。いったい花なのか穂なのか良く分からないが、プランター一杯に発芽してあちこちにもらわれていった。不思議な植物だ。


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庭のバラ

 昨年根元に施した牛糞が今頃効いてきたのか、今年は、庭のバラの花が、この時期次々と花を付けて目を楽しませてくれる。正直なものだ。



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庭の芍薬

 庭の木陰には、シャクヤクの花もたくさん蕾や花を付けている。牡丹同様、1つの花の寿命は短いが、鮮やかな花は言われる通り、美人を彷彿(ほうふつ)とさせる。


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ゴボウの新芽

 晴れ間に誘われて農園を回ってみると、11月に植えたゴボウがずいぶんと生長して鮮やかな葉を広げている。まだ、その大きさは、最大時の8〜10分の1程度だが、順調な生育のリズムに乗った気がする。寒さで発芽せず、ビニールをかぶせていたら、春先になってから一斉に発芽してきた遅れてきた青年なのである。


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極早生タマネギ

 御近所に苗を配り、余った生育の悪いタマネギ苗も、やっと、極早生(ごくわせ)が倒れ初め、ハウスに収穫して乾燥を始めた。今年は、天候のせいか、生育は悪く、ラッキョウの親玉のようなものがたくさんできている気がする。

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キュウリ苗

 苗も今年は、種まきから育てられず、買ってきたものばかりとなってしまった。買ってきたこのキュウリ2株も、ハウス内の片隅に植えてみた。ウリバエの犠牲になることが分かっているので、、ハウス栽培も一方法だと思う。


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耕耘機小屋

 畑の栗の木の下に耕耘機小屋を作っているが、畑で使う道具入れがその横にほしいという思いが以前からあった。肥料などのように、濡らしたくない小道具もあるので、冬場に挑戦してみた。


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3段物入れ

 波板を表面と屋根に打ち付けて防水した3段の物入れが完成した。国体の看板作りに使った木材とベニヤ板を再生利用して、防腐剤を塗り、波板まで貼り付けたのだから、少しは長持ちして農園を支えて欲しいものだ。  
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2018年05月10日

741 晴 れ 間 に て

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もう花が咲いているミニトマト

 普通なら、五月晴れの青空が広がるはずなのに、まるで梅雨の雨か、台風の雨のような大雨注意報の日々が過ぎて、やっと晴れ間に恵まれた。農園活動にやや興味を失って、夏野菜も少し縮小したい思いで草引き作業の後の農作業にいそしんでいる。


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ジャガイモ順調

 昨年までは、トマトだけで100本近く苗を植えたが、今年は、未だ15本程にとどまっている。また、昨年は、40本ほど植えた茄子(なすび)も10本に足らない現状である。何だか体の内なるパワーが失われてきているのかもしれない。


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花まで咲いた

 激しい雨がやんで、農園を回ってみると、草引き後、最初に植えたジャガイモが、かなり順調に育ってきているように思う。一部種が悪かったのか、発芽していない所もあるが、赤ジャガも白ジャガも、かなり大きくなってきた。

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ほうれん草

 白ジャガの茎には、既に薄紫の花まで咲き始めている。雨が上がって、急にジャガイモ君たちは生長してきた気がする。良きイモに繋がって欲しい。

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山芋発芽

 うっとおしい雨ではあったが、発芽したほうれん草も、順調に育ってきている、恵みの雨だったかも知れない。農園の片隅に植えられた山芋君たちも、一斉にその蔓を伸ばし始めている。

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レタス

 J君にもらって植えたレタスも少し生長したように思える。レタスは、乾燥を好む野菜だが、今回の雨では、腐ってしまうほどのお湿りではなかったのだろう。


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ピーナッツ

 雨のおかげで、7割くらい発芽したジャンボピーナッツ、発芽率が悪いので、最後の雨の前に新たな種を、発芽しなかった3割の場所に植えておいた。恐らくそれでも、100%になることはないのだろう。ともあれ、まあ、ほぼほぼ収穫出来る程度に発芽すれば、最後は良しとする。趣味の範囲なのだから。


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枝豆の芽

 枝豆やピーナッツは、通常は、肥料をやらずに種を蒔く必要がある。肥料をまだやらずにおいた場所に、枝豆も植えることとした。今回の雨で、植えておいた枝豆も、にょっきりとその芽を出していた。順調に枝豆に生長して、私の栄養満点おつまみになって欲しい。 
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2018年05月07日

740 お 遊 び

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鬼グルミ

 50代の初め頃だから、もう15年ほど昔になるだろうか。おもしろがって大枚4,000円をはたいて苗木を買った。おまけにその苗を勧めてくれた方が、野生の苗もくれたので、我が家には、2本のクルミの木が空き地に生えている。

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クルミ割り機

 植えた当初は、どちらも実を付けたが、2〜3年すると、片方のみ実を付け、他方は実を付けなくなった。できるクルミの実は、長細い形なので、オニグルミという種類になるのかもしれない。

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クルミの殻(から)

 食べてみるに味は十分に美味しいと思われるので、鬼が付いていても一向に差し支えないようだ。ただ、困ったことが1つある。このクルミという植物は、生長が極めて早いので、すぐに大木になってしまう。


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クルミの中実

 我が家の空き地は、とても狭い土地なので、すぐにお隣さんに御迷惑をおかけするようなサイズになってしまう。かといって、毎年枝を切ると、実がならなくなるので、意味がない。


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味噌を砂糖で味を調える

 そこで編み出した方法は、1年毎に枝を切るという方法だ。これでも1年実を付けて、翌年は実がならないというサイクルになる。もっと良い方法はないものか思案した挙げ句に、枝をいっぺんに切らずに、半分間引きする形で切るという方法である。


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刻んだ中実を投入

 クルミの木は、初めは1年で1mくらい枝を伸ばしていた。ところが、そのうち根付いてくると、1年に2mくらい伸びるようになり、今では、3mくらい生長するようになった。放っておくと、とんでもない大木になってしまう。


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味噌と混ぜ合わせる

 やはり、定期的に枝を切って、大きさをほどほどにしておく必要がある。幸いこの木は、切っても切っても新しい芽が出てくるので消滅するということはない。全ての枝を切ると、翌年、実がならないので、半分の枝を切る。切らなかった枝に実が付くという寸法だ。


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ビンに詰めたら出来上がり

 実は、専用のくるみ割り機で割ってサラダに入れたり、ケーキなどにも使えると思う。今、私が凝っているのは、クルミ味噌にして食べる方法だ。少し古くなった赤味噌に砂糖と辛子を入れて味を調える。割ったクルミの実を適当な大きさに刻んでその味噌の中に投入する。よく混ぜて瓶詰めにしたら出来上がりだ。大変美味である。  
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2018年05月04日

739 こ こ ま で 来 に け り 

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風の国のキンセンカ

 連休も終わりかけになり、いつものごとく行楽はない我が家だが、風の国お手伝いも、一段落したので、少しのんびりしたい気持ちになっている。


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風の国の名も知らぬ

 風の国の花々も、春を通り越して咲いているものや夏の領域に咲くものが、その美を競っている。年末から続いた収穫作業もポンカン、伊予柑、デコポン、清見と、4月半ばまでには、終わってしまった。

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畑の草

 暖かい陽気が進んでくると、柑橘の畑は、草だらけに変わってくる。農作業が嫌になってきているお父さんも、我々が行くと頑張って作業に参加することができる。したがって、もう捨ててしまっている馬の瀬は、広いが一番荒れてしまっている。


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草刈り完了

 収穫作業の後は、草との闘いで、お父さんの体力低下に伴い、私の出番も増えてきている。クロチ、垣内作り、アサジリと3カ所の草刈りに貢献することができた。最後は、機械の入らない伊予柑の中を手で草取りをした。


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次は肥料まき

 草との闘いが一段落すると、終わったところから肥料を撒いていく、この作業は比較的軽い作業なので、我々が来ない平日にお父さんが単独で進めていくことも可能だ。


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刈った草の上に

 どの程度の肥料をやるのか、お父さんはその塩梅をよく了解しておられるので、私が手伝う折りには、見よう見まねでそれを習う。草を刈り終えた畑に撒いた肥料の力で、柑橘の甘さが確保されるそうだ。購入する肥料代は、10万円以上だと聞いている。


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石楠花

 これらの作業がほぼ終わり、連休を迎えるのが、風の国の通常のサイクルになっている。風の国のヒノラ(庭)に石楠花が花を付けるのが、この連休の頃と重なる。石楠花にご苦労様と慰労されているような気もする。
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2018年05月01日

738 初 夏 の 領 域 

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椎の花

 雑木林の椎(しい)の木が一斉に花を咲かせている景色を見ると、もう春というよりは、初夏の領域に入っているような気になる。山は盛り上がり、迫ってくるように見える。世間は連休に突入しているが、相変わらず夜中に目が覚めて地獄タイムが訪れる。私くらいの歳になると、みんなこんな時間を過ごしているのだろうか?

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初トンボ

 メダカ池にも初トンボがやって来て、羽を休めている。もう、やはり、夏の領域に入り込んでいるのだろう。一度夜中に目覚めると、どんどん目は冴えてくるから始末におえない。布団の中で心休めれば、また、眠りに戻れるだろうとアドバイスをいただく方もあるのだが、なぜかどんどん目は冴えてくるのだ。


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ジャーマン・アイリス

 たくさん咲いていたジャーマン・アイリスが、長年の間に、どんどん紫欄(しらん)?に囲まれて形勢が悪くなり、負けそうになってきている。大きくて一見強そうに見えるアイリスの方が負けてしまうのかも知れない。地獄タイムに突入したら、心を決めて起き上がることにしている。起きて、西郷どんでもビデオ鑑賞していると、地獄感からは解放されて浄土に至ることができる。今のところこれが最上の選択なのだ。


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楓若葉

 散歩道で出会う公園の楓若葉も、燃えるがごとく鮮やかである。周りの山も、あちこち新緑の色に染まってきている。桜の若葉は、もう色を増し夏の葉に近づいている。西郷さんは、とうとう主君を失い、その遺志を継いで奮闘するが、頼みの水戸も、慶喜も、蟄居の定めに入ってしまう。物語のディティール(細部)は作者が描くイメージだろうと思うが、本当はどうだったんだろうと想像すると楽しい。

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巨大アスパラ

 もう消滅したのかも知れないと思っていたアスパラが、突然、巨大な芽を出す。直径は2cmくらいある。伸ばすか収穫かの決定は、問答無用の収穫になり、肉巻きの姿で食卓にのぼった。最も斉彬に近く仕えて、とうとう斉彬を越える程に時代の先端を歩き始める西郷さんがどうなっていくのか、今回もどんどん作者に乗せられていくのが分かる。


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レタス

 農園の大草もほぼ引き終えたので、J君からもらったレタスを植えてみた。野菜作りの情熱は、どんどんしぼんでいくが、遅ればせながら、一歩ずつ前に進むしかない。時代に逆行するかのように、大老井伊直弼が安政の大獄に向けて歩んだ道筋も見え、桜田門外の変にどのように続いて行くのか興味が膨らんでくる。

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ほうれん草

 雑然としたハウス内には、植えられることのなかった野菜の種がたくさんある。いったいいつの種なのかも分からない。試しにまいてみたら、少しだけほうれん草が芽を出した。J君の畑では、もう立派なほうれん草になっている。まだ、夏の入り口なのだから、やることはあるはずだ。浄土から眠りにつき、朝を迎え少しだけ力が湧いてくる。がんばろう!
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2018年04月29日

737 花 の 競 演 3 

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名も知らず 4

 あまりにも花の名前に疎(うと)い私なので、この花が、いかなる花なのかは分からないが、それぞれの花の最も魅力的な時期は、なぜか心惹かれる魅力があるようで、思わずシャッターを切ってしまことがあるようだ。斉彬のように生き急いだりしなくても、そこそこの年齢に達したら、ぼちぼちそれらの様子が目に浮かんでくるもののようである。 

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赤芽がしわ

 何本か垣根用に植えた赤芽がしわであったが、結局、生き残ったのは、1本だけであった。彼らはこの時期、赤い鮮烈な芽吹きをして、徐々にその葉を緑に戻していく。輝いて赤い若葉を伸ばすこの時期には、その赤は、赤く鮮やかな花のように見える時がある。家定が亡くなり、井伊直弼の策謀で一橋慶喜擁立が潰(つい)えた時、西郷どんは、大久保の言葉で目覚め、ついに斉彬を越える発想に至る。西郷どんも、ひょっとしたら、この時、花になったのかも知れない。 

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卯の花? 

 季節的にはこの時期から5月にかけて咲く「うつぎ」という木らしい。卯の花という名前もあるのかな?あれこれ色を持たず、白に徹しているのが、潔(いさぎよ)いようにも思える。この時期にふさわしい花の1つかもしれない。


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柿若葉 

 ふと、この柿若葉を見ると、どうしても心惹かれてしまう。この若葉に太刀打ちできる若葉はあまりない。ごくありふれた形で我々の目の前にあるのだが、彼らが見せてくれる今の季節は、毎年、やはり、一期一会だなあと思わせてくれる。


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名も知らず 5

 この花は、私が名も知らない宿根草だが、忘れず咲いて、少しずつそのエリアを広げているように思える。派手でも地味でもなく、気づけば一帯にはびこっているようなたくましさを持っている気がする。 

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ギボウシ

 これは、少し木陰でその葉の新緑を誇るようにふくよかにみずみずしい葉を膨らませている植物、「ギボウシ」と呼ばれる植物のようだ。


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キンセンカ

 最後は、ありふれたキンセンカなる花かな?しかし、盛りの時期に眺めると、色合いといい、咲き具合といい、若者のようにみずみずしく生きが良い。そんな生きが良い西郷どんにちょっとでも遭遇できた人は、歴史に名を残さなかったとしても、幸せだと感じる瞬間があったかも知れないなあ!と思える。  
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