2016年02月28日

525 石 絵 (  夢二 )

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夢二の絵 1

 宇和島の妙伝寺前の長屋に住んでいた頃、様々な記憶をたぐり、総合してみて、おそらく私が3〜4歳の頃なのだと思う。私が眺めていた漫画本は、織田信長を描いた本だった気がする。文字を知らなかったので、母親がそれを読んでくれていたのだと思う。

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夢二の絵 2

 ある日、私の前に紙と鉛筆が出され、その漫画の主人公を描こうという提案が、母親から出された。たぶん、見よう見まねでその漫画を写していた私を見て、母が思いついた提案だったのだろうと、推測される。できあがった二人の絵は、どう見ても私の絵の方が漫画の主人公に似ていた。

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私が選んだ夢二の絵

 私の年齢からして、そのようなことはありえないことだと、今では分かるのだが、・・・。このエピソードで、私が獲得したものは、絵を描くことが好きになったということであった。偉大なるは、母なるものである。小学生の時の写生でも、飽きずに熱心に取り組むことができた。自分で見てもさしてうまいとは思えない絵ではあったが・・・。

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石に模写

 ただ好きなのである。先日、同じ地区に住む飲み友達が、「夢二の絵を描いてくれたら、もらってあげてもいい。」と言った。オリジナルの絵は、私の頭の中には少しも生まれてこない。全ては、模写なのだ。それでも、もらってくれる人がいるのなら、やる価値はあるかも知れない。

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絵を置くコンパネの台

 夢二の絵は、好きな人もいれば、逆に嫌いだという人もいる。私も好きなグループに属しているので、なぜ、もっと早く気づいて描かなかったのだろうと思った。リアルな絵は、大変難しい。それは、実物の細部のニュアンスが、無限にあるからだと思う。どんなに頑張って描いても、実物にかなうはずもなく、絵は永久に完成しない気がする。


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絵を置いてみる

 夢二の絵は、ちっともリアルなんかではない。しかし、彼のオリジナルの魅力が満載だ。絵からほとばしる魅力を描こうとすれば、やはり、難し過ぎる。少しだけ雰囲気を伝えようと頑張るしかない。

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台に色を付けて完成

 海から拾ってきた石に私の気に入った夢二の絵を描いてみた。先日のお猿さんのように、石の下の方まで描いたので、石を置く台は、前を少し切り取って絵が見えるようにコンパネで作った。私としては精一杯のところだが、友人は、大変喜んで玄関に飾ってくれていたので、私もほっと胸をなで下ろした。
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2016年02月25日

524 通 院 (  久しぶり 2 )

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穏やかな朝陽

 さて、一夜明けて松山の病院への通院の日となった。穏やかな宇和海の向こうから太陽が昇り、天気に恵まれて出発することができた。保内の宮内からメロディーライン(197号線)に別れを告げて海沿いの道を松山に向かう。

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巨人の顔の山

 この道は、国道で2車線が確保されているのに、56号線があるために、交通量が圧倒的に少なく走りやすい。伊予市で56号に合流するまでに、信号は2カ所しかないのもありがたい。長浜を越え、双海に近づくと、不思議な山が見えてくる。


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90度写真を起こしてみた

 その山は、誰かが寝転がっている横顔のように見える。そうでもないという人もいるかもしれないが、私は密かに寝そべっている巨人を想像しながらここを走る。この寝そべっている巨人の顔の麓辺りが56号との合流点に近い。

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菜の花の土手

 海沿いのこの国道と並行するようにJRの海線が通っている。途中その線路下の土手に、毎年菜の花が林立するスポットがあるので、いつも、眺めてから行くことにしている。今年の菜の花は、まだ、やや小ぶりなままで咲いていた。

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七折の梅 1

 病院には、9時半前に着き、受付で問題が発覚した。お父さんの袋には、確認をされたようなのだが、診察券も保険証も見当たらず、代わりに出てきた免許証で受付を通過するということになった。ともあれ、無事検査診察も早々と終わり、結果は、少し数値が上がっていたが、許容範囲で、次回は1年後と、インターバルも伸びた。

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七折の梅 2

 定番のうどんの昼食は、いつもの店が休みで、別の店で昼食を終えた。食後も、定番の梅見に出かける。砥部町七折地区で行われている梅祭りは、昨年よりも咲きそろい、見事な見ごろの時期であった。

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バナナ館

 最後も、定番のバナナ館に立ち寄って、お母さんへのお土産やらを買い込んで帰ることにしている。出荷の帰りに立ち寄った八幡浜「みなっと」のバナナの3分の1の値段で、みなっとよりも新鮮なバナナが売られている。バナナは、お父さんの自分用、私も、自分用のピーナッツなどを購入して、海沿いの帰路に向かう。 
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2016年02月23日

523 通 院 (  久しぶり 1 )

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半島の河津桜

 半年ぶりに突然、松山の病院への通院話が持ち上がった。風の国では、予約票も分からなくなったようで、私が松山の病院に電話して確認したら、2月22日であった。前回からすると、半年後である。半年のインターバルがあったので、周りはもう行かなくても良いくらいになっていると思って安心していたのだが、当のお父さんは、予定しておられたようだ。

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普段の展望台の眺め

 佐田の岬半島は、気の早い河津桜がかなり咲き進んでいた。出発が午前7時頃なので、前日から風の国に向かい、泊まり込む予定だ。大久の展望台には、青色発光ダイオードの中村修二さんの記念碑が鎮座している。時々、ここから風の国を眺める。普段は、穏やかな絶景が広がる。

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この日の海

 この日は、嵐でもなく風もほとんどなかったが、正午頃の太陽の光を受けて逆光気味の山影と対照的に光る海が展開していた。しばらく見とれてシャッターを切った。

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うらうらの海

 南側の海も潮目毎に太陽の光は、別々の輝きを見せて、穏やかなうらうらの春の海を連想させる。風の国には、正午頃に到着予定である。既に風の国の倉庫には、出荷を待つ蜜柑たちが待っているはずだ。昼食後に出荷に出かける。

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青果市場

 通院の前日であるこの日は、通院前の一仕事として、八幡浜の青果市場に蜜柑たちを出荷するお手伝いの予定なのだ。運転に自信がなくなりつつある私としては、マニュアル車の軽トラに蜜柑を積んで八幡浜まで走るのは、少し苦手だが、まだ、少しは貢献できると思う。

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出荷風景

 市場に行ってみると、なかなかの盛況で、出荷はかなり多くなってきているのが分かる。たくさんの軽トラが積んできた蜜柑を市場のキャリーに入れ替えて並べている。事務所で、持ってきた蜜柑の分類ごとの出荷票をもらい、並べたキャリーに置いていく。市は、月曜日の明日、行われる。広い市場は、ほとんどキャリーで埋まっていた。風の国に帰れば、この日は、明日に備えてゆっくり眠る予定だが・・・。 
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2016年02月18日

522 トマトハウス (  寒 戻 る )

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1日中雪が舞う

 鬼北の梅も満開に近いというのに、先週末、寒の戻りがあった。積もりはしなかったが、1日降り続いた。寒さに弱くなった私だが、ハウスなら仕事ができるかもしれない。例年なら、2月は、苗を立てる季節なのだが、気が乗らなくて、伸ばし伸ばしにしてきた。

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ハウス内は散乱

 夏にトマトを植えていた所に苗床を作る。周りには草やトマトの枝などのゴミが散乱している。それらを片付けるのが、第一の仕事になる。ハウスの4分の1の面積なので、すぐにきれいになる。

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草を引き、ゴミも取りのける

 苗床は、昨年のものが反対側にある。その枠を撤去して、今年の枠を作ることにした。思いついたのが、夕方であったので、作業は夕方終了となり、残りの作業は、明日やることにした。

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翌日は銀世界

 積もらないと思っていた予想がはずれて、翌日は一面の銀世界となっていた。

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ほうれん草もすっぽり

 美味しそうに育っていたH君のほうれん草も雪に埋もれている。寒いが、ハウスでの作業は可能なので、作業を続けることにした。

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枠を移動、設置

 去年の枠を分解して、杭を打ち直し、枠を今年の場所に作り直した。

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ビニールを被せる予定

 後は、苗を作ってビニールを被せる。結果、ハウスの中に小さな苗床のトンネルができる。暖房はしないが、二重のビニールで、少しは温度が保てると思う。寒さの中、春準備の第一弾となった。 
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2016年02月15日

521 小 屋 (  柱の製作と桁(けた)  3 )

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切り組み部分を繋ぎ始める

 小屋の作業で最大の大仕事である桁の製作、前回一本目の切り組みを終えた。今回はそれに繋ぐ相方を同じように切り組んだので、実際に繋いで見ることにした。繋いだ後の長さは、6mになる予定なので、今回の作業で立派な桁が出来上がるはずだ。

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先端の隙間が気になる

 その繋ぎ部分の形は、どう見ても巧妙な形である。日本の匠たちが、いつの頃か、編み出したものだろうが、本当に感心する。2つの材木を切り組んだ形にはめ込むには、最後は、当て木を置いてその外側から金槌で叩く必要がある。叩く道具も、普通の釘抜きの付いた小さめの金槌しかないのだから、それを使うしかないのだ。

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ともあれ、ボルトで止める

 はめ込んでみると、両側に隙間ができているのが、気になった。ともあれ、繋ぎ部分は、お互いの木の摩擦でびくともしないくらいぴた〜と接合されている。正に奇跡のような気さえする。この接合にだめを押すように穴を開けて2本のボルトで締め上げて止めた。

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どう見ても隙間が気になる

 横から繋ぎを見てみると、中央部分は、ぴったりと接合されているのに比べ、そのそれぞれの部品の先端部分に隙間ができていることが分かる。中央部分の強固な接合で、びくともしない状態であるが、改善しなければならないのかもしれない。

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木片で塞ぐ

 お隣のKさんに来ていただき、その様子を見てもらった。「こんなふうになるはずはない。」というお話だったので、次に桁に挑戦する時、模型を作って検証してみたいと思った。何となくこうすれば、隙間がなくなると頭では塑像できるのだが、本当にそれで改善できるのか自信がない。ともあれ、隙間サイズの木片を作り、ボンドを塗って埋めていった。

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横も塞がなければ

 横から見ても見える隙間も先端部分にあるのが分かる。

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何とか塞いだ

 そこにも作った木片を埋め込んで隙間を塞いだ。中央部分の接合摩擦で、完璧な程にびくともしないくらい、ぴったりひっついているので、用は足せているが、見た目が悪い部分としての修正作業だった。ただし、次回は、全てがぴったり隙間なく仕上がるように挑戦してみたい。

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定位置の横で長さも調整

 出来上がった6m桁を基礎の上に置いてみた。東側は軒の長さが1mあっても、我が家の土地なので、問題はない。反対の西側は、隣のおっちゃん家(ち)の小屋ぎりぎりになったり、溝(みぞ)ごの上にかかったりしそうなので、10cm短く切ることにした。これで、北側の5m90cmの長い長い桁が完成した。 
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2016年02月12日

520 トマトハウス (  春よ来い! )

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2月の瓦絵

 いつの間にか暦は、2月になり、立春も過ぎてしまった。もう、65個も豆を食べる元気はない。しかし、これ以上元気を失うのも考えものなので、10個ほど食べてよしとした。

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近所の梅

 幾日か暖かい日が続く内に鬼北の里の梅の木も、これまた、いつの間にかほころんでいた。体力が失われるにつれて、冬が身にしむようになってきた。今年は暖冬だというのにである。

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軒先のトウガラシ

 この冬、一番それがよく分かるのが、心の部分だと思える。ある先輩が「もうここらでいいだろう。」と思う瞬間が増えてくると言われたことがある。彼(トラ氏)は40代で、私は30代の頃であったと思う。そんなもんかで飛ばしていたが、やはり、先輩の言う通り瞬間は増えてきた。

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パンジー

 時々目に入ってくる春の花が少しだけ私に元気をくれるような気がする。ふと見ると、集会所には、子供たちと秋に植えたビオラが咲いていた。私の身を縮めさせる寒さをものともしていないで・・・。

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エンドウの花

 トマトハウス農園では、例年になく張り切って9月の末に植えたスナップエンドウなどが、12月には花を咲かせていた。しかし、花粉を媒介する蝶も蜂も冬眠状態なので、実にはならないようだった。先日の雪の後、行ってみると、寒にやられてあえなく枯れていた。勇み足か。

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長ネギ

 昨年から植え始めた長ネギは、ちょくちょく鍋の材料として活躍している。溝を掘り、苗を植え付けて、土をかけながら育てる。育てるのに少し手間はかかるが、冬の食材としては、なかなか優秀であると思う。

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太り始めたブロッコリー

 これまた、いつの間にか、私の大好物のブロッコリーが育ちつつある。あまり大きくならないうちに待ちきれなくて時々収穫している。カリフラワーと違い、収穫するとわき芽からたくさんジュニアが出現して、長く楽しめる。ひょっとしたら春は近いのかも知れない。

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三島の紅梅

 春耕に備えて、三間に、牛糞を頂きに行った。たまたま牛糞は切れていて、なかった。仕方がないので、三島の豚舎を目指す。豚糞を4キャリーいただいてきた。もうすぐ始まる植え付けを思うと、私も、寒さに元気を奪われてばかりではいけないかもしれない。
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2016年02月09日

519 小 屋 (  柱の製作と桁(けた)  2 )

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まず、10.5cm用の型を当ててみる

 1つの佳境、いよいよ桁(けた)の製作に取りかかる。10.5cm角の材料を使うことになる。お隣の材料置き場から、担いで運ぶのだが、ふらふらしながら国道横の路側帯を通り運ぶ。ひ弱な老体には一苦労である。まず、端っこを直角に切って、作ったベニヤの型を当ててみる。こんな複雑な型を切り抜くことができるものだろうか。

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補助線も含めてけがきする

 最終的に作った型のような形にするためには、細かく正確に作業を進めていかなければならない。直角を取った材料に型を置き、けがきをしていく。もちろん、例の赤ボールペンである。切り進めるためには、複雑な形の部分部分を切り抜いていく過程を経なければならない。そのための補助的な線も引いておく。ベニヤのように平面ではないので、しっかりと曲尺(かねじゃく)で次の面に直角に繋がっていくように線を引き、立体をイメージしながら進めていく。大工さん偉大なり。

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先っぽのへこみを切り取る

 ケガキは、したがって、4面全てに描く必要がある。まず、手始めに先っぽの出っ張り部分のくぼんだ所を切り組む。ケガキ通りに切っていくわけだが、直角になるように切っていくのが、なかなか難しい。これで、1つ目のピースを取り除くことができた。

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反対側の交差点までを切り取る

 次に反対側の段差になっている所までを切り抜いていく。糸のこ的なものなら、曲がり角を曲がれるかも知れないが、10.5cmの材料を仮枠ノコ1本で切り抜いていくのは、なかなか一筋縄ではいかない。曲がり角を曲がらずに、いかに切り進むかという所がミソとなる。ここで2つ目のピースを取り除くことができた。

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延長して奥まで切る

 次にこの面の延長線に沿って奧側まで切り進めていく。形を分解しながら取り除いていくような方法である。

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出っ張りが入る先端まで切り進む

 もう一方の先っぽがくる出っ張りが入る所まで引いていく。外側からノコ目を入れると、交わり、3つ目のピースを取り除くことができる。

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ノコが入るようノミで落とす

 ここからが一番頭を悩ませた部分で、考えあぐねて、お隣のKさんに訊きに行った。どうやらここでは、小技を使うらしい。私にはノコで切り抜くという考えしかなかったが、一部ノミを使うということが判明した。そう言えばそうなのだ。柔らかい頭が必要だ。へこむ部分にノコ目を2本入れる。その間をノミで取り除く方法だ。仮枠ノコが入る幅だけノミで取り除いた。これがかけらにはなるが、4つ目のピースと言えるかも知れない。

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部分的なへこみ完成

 ここも立体なので、片方からだけ攻めると、大変なことになる。我々の目の力は大変いい加減なので、目に頼ってはいけない。両側から切進め、中央で出合うという方式を採用する。両側は、一応、正確にけがきしたはずで、両側から攻めれば、誤差は半分ずつになるからである。

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そこからまた、延長して奥まで切る

 次に切れなかった奧側の線にノコ目が入る隙間ができたので、そこから切り進めていく。型の先端の出っ張りが入る部分まで切っておく。

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出っ張りが入る根元で切り落とす

 出っ張りが入るへこみの根元で一旦切り落とす。これが5つ目のピースになる。

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最後はノミで切り組み完成(力作?)

 最後の先端の出っ張りが入るへこみは、またまた、ノミの出番で、両側から少しずつ刻んで取り除いていく。これが、最後の6つ目のピースということになる。私としては頑張りすぎる程に頑張って1本目ができあがった。もちろん、これは一日仕事である。
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2016年02月06日

518 時の流れ ( いったいどこへ )

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冬空 1

 吉田の葬儀場へ出かけた。元同僚のお母さんがお亡くなりになった。昨年、お父さんがお亡くなりになって今度はお母さんである。元同僚は一人っ子だったと思う。もう、結婚されてお子さんも、二人おられるが、さぞかし寂しくなられたことだろう。

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山茱萸(さんしゅゆ)の実

 私が20代の頃は、職場で多いときは3回くらい結婚式に遭遇してきた気がする。自分も歳を取ってつながりのある私の周りの人々の年齢も高くなったせいで、結婚式に恵まれないのかもしれない。確かにそれもあるのだと思う。

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生花

 しかし、とうとう終わりの頃は、職場で結婚式に恵まれることすらなくなっていった。適齢の若者が皆無になったわけではないのだが、・・・。

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夏雲

 住んでいる鬼北町の人口はというと、増えることなく減り続けているようである。昔も、若者100人の内、何人が結婚に至るかというパーセンテージは、ひょっとしたら今と同じなのかも知れないが、何だか結婚しない症候群が、若者の間に広がっているように感じるのは私だけであろうか。

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ひがしやま

 我が家は、その渦中も渦中ど真ん中に居るように感じる。三十路を越した息子たち2人は、一向にそこから脱する気配もない。燃え尽きるまでに何とかなってほしいのだが、こればっかりは難しい気もする。

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さんきらの実

 今日の葬儀に参列した元同僚の方々ともお話ししたが、本当に慶事に出会う10倍以上の弔事に遭遇するような気がするというところで、意見が一致してしまった。

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冬空 2

 同じ地区に住む私の同級生が、この地区のかなりの田んぼを任されて水稲栽培をしているが、10年経過したとき、彼が今ほどできなくなることも分かりきっているし、彼ができなくなった時、誰が後を継ぐだろうと考えてみても、候補が見つからないのだ。我が家も含め、いったいどこへ行ってしまうのだろう?
posted by tentijin at 23:33| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

516 工作 ( 石絵で干支に挑戦 )

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原画

 今年の干支は猿だが、我が家族には、猿が二匹いる。風の国も含めると、三匹になる。そこで、しばらく休んでいたが、石絵の干支に挑戦することにした。石は、大きめの青石を拾ってきた。なかなか思うような画像には出会わなかったが、赤い衣装を着た猿の写真を見つけたので、これに決めた。

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嫌になったので完成

 描いてみると、青石は、グラインダーでなるべく平らになるように磨いたが、うまく描けない。筆ペンで輪郭を修正したら何とか絵になってきた。一週間ほどペンキで色を作り、塗り重ねながら描いてきたが、毛の部分が何とも難しい。そのうち、飽きてきたので、もう完成とした。

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問題発覚

 コンパネで台を作ってみた。問題が3つあった。1つは、石が重く、台に立てても、後ろに倒れてしまうということ。2つ目は、せっかく手まで描いたのに、台に沈んで手が見えなくなっているということだ、。3つ目は、石の形が悪く、絵が右に傾いて、猿がふんぞり返っているということだ。

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手は見えるように

 2つ目の猿の手が見えるように考えて、コンパネの前側をを切り抜くことで、うまく解決できた。

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倒れない3点支持構造

 1つ目の後ろに倒れなくする方法として、箱型の台の後ろに羽を付けて、3点支持の台にしてみたら、もう全く後ろに倒れる恐れはなくなり解決することができた。

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傾きを支える切れ端

 3つ目の絵の傾きは、石の下の部分の形が平らでなく、向かって左側が出っ張っているのに、右側はへこんでいることが原因である。そこで箱型台の右下の部分にコンパネの切れ端を取り付けた。

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傾きも修正

 その切れ端に支えられて、猿は、むっくと起き上がった。ふんぞりかえった猿も可愛かったが、普通のお猿さんに戻った。

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赤ペンキで作業完了

 最後に台に赤ペンキを塗って完成とした。猿には赤が似合うと思ったのだが、台の方が目立ち、猿が負けているという御指摘もあったが、もがうことなく、平和裏に無視をさせていただいて、完了とした。
posted by tentijin at 23:44| 愛媛 ☀| Comment(5) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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