2016年08月29日

579  盆 行 事

1.jpg

風の国の朝陽

 風の国の夏は、おちおち朝寝などできないことになっている。なぜなら目の前が海(宇和海)で遠く八幡浜方面を向いている集落から見ると、その方向が東に当たる。八幡浜の向こうには、久万町の山々や石鎚方面が見渡せる広々した空や海が開けているので、朝は、4時過ぎ頃から明るくなり始め、まぶし過ぎて朝寝には向かないのである。


2.jpg

明るい海が広がる

 昼も、遮る物とてないので、風景は遠くまで光に充ち満ちている。まるで空や海と直接つながっているような感覚になる。人口が激減して、空き家がものすごいスピードで増えているので、一見暗いイメージになりそうだが、目の前の風景は、限りなく明るい。


3.jpg

使われなくなった水場

 伯父さんの初盆なので、集会所に向かう。途中、今は水があまり湧かなくなり、使われなくなった水場が残っている。風の国独特の石積みで石垣が作られ、水場の上には水神様がまつられている。

4.jpg

不思議な木

 更に進むと、石垣の上に不思議な木が生えている。鬼北ではウシノシタと呼ばれているイチジクのような形状をした小さな実を付ける木があり、風の国ではそれをタブと呼ぶ。そのタブの木によく似た実を付ける木が生えていたのだ。初めて見る木で、実は通常なら付かない幹の根元辺りの太い部分にも、遠慮なく付いているのだ。

5.jpg

担当の方の演奏

 集会所の広場には、既にたくさんの人が集っている。集落の担当の方々が、鉦や太鼓を演奏する。その演奏にのって初盆を迎えた遺族の方々が白い旗を持って、集会所の広場をぐるぐると回る。

6.jpg

お練り

 紙の白旗には、お経と戒名が墨書されている。遺族は、親戚縁者が交代で旗を持って広場を回る。円はそれほど大きなものではなく、直径が4〜5mほどである。

7.jpg

1段上のお地蔵様から眺む

 ひとしきり10分間ほどすると、演奏が止まり、しばらくの休みになる。ほどなく演奏は再開され、また、旗を持ってのお練りが始まる。集まっているのは、初盆を迎えた方の親類縁者だけではなく、故人と友達であった方や、様々お付き合いのあった方々も来ておられるので、交流のあった方々も、交代で旗を持って回る風習となっている。お世話になった方との最後の別れといった意味合いもあるのだろう。

8.jpg

石垣に咲く

 海に面した傾斜地にへばりつくように広がっている風の国では、それぞれの家々からも集会所からも、そのすぐ上にある神社の社からも、そして、故人が眠る墓からも、広々と続く海が見える。我々が海を見やるように、石垣に咲く芙蓉の花も遠く海を見やっているようにも見える。
posted by tentijin at 11:06| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

578  善 通 寺 ( 2 )

1.jpg

曼荼羅寺山門

 善通寺にある寺巡り、どうやら平地にある様子の寺を探し、3つ回ることにした。今年、逆打ちをすれば、御利益があるなどと誘惑の情報もあるが、また、できるなら、全ての札所も回ってみたいが、私の場合は、にわかの思いつき詣でなので、様々な縛りから自由に、行きたい時に、行きたい所へだけ行こうと考えている。曼荼羅寺(72番札所)は、亡き母玉依御前の冥福を祈るため、大師が唐から帰朝した翌年に訪れた寺だそうだ。


2.jpg

我拝師山遠望

 次は、すぐ近くにある出釈迦寺(73番札所)に向かう。ここも弘法大師ゆかりの寺である。遠望すると、崖も小さく見える我拝師山、池に映った姿も美しい

3.jpg

ワレモコウと大師像

 寺へ登る階段横には、ワレモコウが咲き乱れ、大師像が立っていた。大師像の前が、ワレモコウで彩られていたが、後ろにそびえる我拝師山は、大師の伝説で彩られている。


4.jpg

捨身ケ嶽看板

 捨身ケ嶽の伝説とは、弘法大師が“真魚(まお)”と呼ばれていた7歳の時。我拝師山に登り「私は将来仏門に入り、仏の教えを広めて多くの人を救いたい。私の願いが叶うなら釈迦如来よ、姿を現したまえ。もし叶わぬのなら一命を捨ててこの身を諸仏に捧げる」と、断崖絶壁から身を投じ、釈迦如来と羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱きとめたという伝説である。

5.jpg

イチジク購入

 お参りを終え、坂を下る途中にイチジクを売る無人販売所があり、10個ほど入ったパックが、150円で売られていた。あまりの安さと、御利益がありそうな様子に、ついつい買ってしまった。


6.jpg

善通寺市街を眺む

 下りの階段からは、海方向の善通寺市内が一望できる。夏雲も立ち並び、なかなかの眺めであった。

7.jpg

まだ青田!!

 道々植えてある稲が、ずいぶんと愛媛や鬼北と違う様子に気づいた。鬼北は、今が稲刈りの最盛期で、田は黄色く色づいている。宇和や松山などは、昔ながらの6月田植えなので、まだ、色は薄いが実り始めている。ところが、ここ善通寺の稲は、まだ青田と言うにふさわしい様子であった。所変わればである。

8.jpg

もぬけの殻

 帰りの高速のインターを目指して走っていると、うどん屋さんがあった。せっかく讃岐の国まではるばる来たので、空腹ではなかったが、立ち寄ってみた。しかし、営業中ではある様子だったが、店主は見えず、もぬけの殻であった。仕方がないので、再び先を急ぐ。


9.jpg

陽は山の向こう

 440号まで帰ってくると、陽は西に傾き、山の向こうから光が射して姿は見えなかった。なかなか強行スケジュールの旅だったが、満足のいく旅となった。
posted by tentijin at 08:35| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

577  善 通 寺 ( 1 )

1.jpg

鬼北の雲

 あまりにも厳しい残暑に辟易(へきえき)しながら、思いついて久しぶりにアクア旅に出かけることにした。見上げると、鬼北の夏雲は、どこかしら秋の雲の風情が漂っているように見える。

2.jpg

「瓢月」に寄る

 目的は特に無しで飛び出してきたが、気づくと、日吉、檮原、そして、440号線を走っていた。車内の冷房に励まされ、久万高原町から砥部町を抜け、いつものうどんの店「瓢月(ひょうげつ)」までたどり着いていた。

3.jpg



 うどんのお昼を食べながら、思いついて善通寺を目指すことにした。相変わらずの高速嫌いで、ルートは、11号線を走ることにした。しかし、それではあまりにもゆったりなので、途中からさすがに高速に乗り換えて善通寺に着いた。

4.jpg

入り口の睡蓮

 善通寺(75番札所)は、和歌山県の高野山、京都府の東寺と共に弘法大師三大霊場の1つで、弘法大師誕生の地にある。寺の名前は、大師の父の法名善通より命名されたらしい。寺の入り口の水辺には、睡蓮がかわいげに咲いていた。睡蓮や蓮は、極楽を連想するが、そのような意味合いで植えられているのだろうか?

5.jpg

五重塔

 善通寺の印象は、この五重塔や横の金堂、そして、立派な松であるように感じた。大師ゆかりの寺なので、信者の方々もここを目指す方が多いように思われる。私も1度は訪れてみたいと思っていたので、ここを目指した。

6.jpg

笑顔から母を連想

 境内の周りには、100体を上回りそうな、おそらく羅漢像だろうと思われる像が奉納されている。よく見ると、知った人の顔に似ている像があるそうなので、両親の顔を求めて汗をかきかき、ぐるりと回ってみた。

7.jpg

口の辺りが父に似てるか?

 なかなかこれぞといった顔には出くわさないが、なかんずくの面影を見て、自己満足して次のお寺へ向かった。
posted by tentijin at 21:18| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

576  小 屋 ( 屋 根 3 )

1.jpg

斜辺の中央加工

 長い猛暑にも陰りが見え、何度か夕立が訪れてくれたので、枯れかけた夏野菜も、少しだけほっとしているふうだ。雨から遠のいて作業が進むと期待した小屋も、あまりの暑さに作業は滞っているが、秋を迎えて少しは進むだろうか?

2.jpg

ホゾ穴も刻む

 前回、屋根の三角のモデルが完成したのだが、今回もその作業の確認をして、次に進みたいと思う。三角の斜辺中央は、半分の厚さに縦割りをして、梁(はり)の上に立つ束(束)のホゾが入るようノミで刻んだ。

3.jpg

束上部の斜めホゾ

 束の上側のホゾは、斜辺が乗るように両側に斜めの切り込みを入れる。


4.jpg

斜辺外側が入るホゾ穴

 一方、斜辺の外側は、斜辺に変形のホゾを刻み、梁にはそれに合うホゾ穴を開けて組むようにした。

5.jpg

斜辺外側の変形ホゾ

 このホゾ組があるとないとでは、大違いとなる。三角がしっかりと梁に接合することで、屋根は、安定するからだ。


6.jpg

組み上がった三角

 屋根の三角がうまくできたが、1つ大きな問題がある。それは、屋根のスレートが、三角の上に乗るためには軒先まで、斜めの角度が保たれる必要があるということだ。三角の斜辺は、梁の一番外側ではない。そこに一工夫が必要になる。

7.jpg

スレートがくる角度の確認

 屋根のスレートが軒から一定の角度で屋根を構成しないと、不安定になり、困る。三角の斜辺の上には、9cm角の6mの屋根材が並ぶ。その上にスレートがくるのだ。この屋根材の9cmの隙間を延長して軒先に至るように斜辺の外側のホゾを組んだのでその確認も行った。

8.jpg

ボルト止め

 最後は、束と斜辺のボルト止めと束と梁のボルト止めを行えば、モデルは本当に完成と言うことになる。まずは、めでたしめでたしか?
posted by tentijin at 08:50| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

575  お 手 伝 い ( 秋 め く ? )

1.jpg

紫露草

 畑の露草は、私にとってやっかい者以外の何物でもないが、風の国の道端、石垣の上に、この時期、気づくといつもある紫露草には、ピンクのかわいい花が咲き、少し心惹かれる。暑い時期のお手伝いは、自分の体調にも気を遣わなければならない。

2.jpg

巣の抜け殻?

 密柑山のよくある風景、どんな鳥なのか分からないが、主(あるじ)のいなくなった鳥の巣にしばしば出合う。いったいどんな鳥の巣なのかは、主不在なので分からない。20cmほどの小さな巣なので、小鳥であることは間違いない。ひょっとしたら、渡ってきた鳥なのかも知れない。


3.jpg

摘果した実

 作業は、摘果が主であるが、何度回っても摘果するべき実が見えてくるという終わりのない仕事でもある。摘果するそれぞれが自分の感性で摘果を進める。簡単な作業のようだが、高い所を摘果するのは、なかなか大変だ。汗が噴き出してくる。


4.jpg

雑草群

 畑の雑草は、時期が来れば枯れてしまうが、可能な程度には駆除することも必要だ。怪我をしてからは、草刈り機は使わず、もっぱら手や鎌で処理する。かなり伸びた草でも、楽々手で引くことができる。暑さの中やりきる根気さえあればできるので、体調と相談しながら進めるのが賢い方法だ。

5.jpg

石仏

 風の国には、夏でも枯れない水脈を持つ泉が何カ所かある。「岡の川」と呼ばれる泉もその1つだ。昔から人々が大切にしてきた水源なので、たくさんの石仏たちに守られている。


6.jpg

岡の川の水

 山での作業を終えて、立ち寄る人が多い。水は冷たく、あふれて急な斜面を滑り降り、海まで注いでいる。ペットボトルに汲んで持ち帰ることもある。

7.jpg

黄色コスモス

 お手伝いを終え、向かった駐車場の脇には、もう黄色いコスモスが咲き誇っていた。汗にまみれ、フウフウ言っているが、季節の方は、確実に歩を進めているのかもしれないと感じた。 
posted by tentijin at 08:53| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

574  小 屋 ( 屋 根 2 )

1.jpg

このような屋根の三角を作る

 気は重いが、屋根の三角に挑戦することにした。梁(はり)に立てる束(つか)は、結局、中央の1本だけとした。試しに作ってみると、9cm角の柱材で作るので、十分の強度があると感じたからだ。隣の先輩は、この束の上を三角に切るだけの加工にしていたが、私は、ホゾにすることにしたので、難しさの度合いは、格段に上がってしまった。


2.jpg

初めに考えた束のホゾ

 束の上ホゾは、単純に両側の斜辺の木を置くので、三角に横を切り抜いた。一見これでうまくいくように感じたが、残念ながらそううまくはいかなかった。

3.jpg

斜辺を置いてみる

 斜辺を乗せてみると、中央もずれているし、隙間はできているし、散々である。別に両側の斜辺の寸法が違う訳ではないのだから不思議だ。斜辺の立ち上がる角度のなせる技のように思う。

4.jpg

頂点を合わす

 斜辺の木を微調節して作り直した。三角の頂点を束の中央上に持ってくることには成功した。しかし、束のホゾの切り落とし部分が三角形ではないことが組んでみてよく分かった。束も作り直す必要がある。


5.jpg

余分な部分を切る

 斜辺のいらない部分を切り落として三角の頂点を作ってみたが、やはり、束の部分は隙間になってしまうので、残念だが、束も作り直しだ。


6.jpg

束ホゾの完成形

 組んでみて分かったが、束のホゾ横の切り落としは、三角は三角だが、一方向からの斜辺が乗っかる形に切る必要がある。反対側は、その斜面が反対方向になるわけだ。


7.jpg

斜辺を乗せてみる

 あたらめて斜辺の木を置いてみる。右の木と束の間に隙間があるので、もう一度右の斜辺の木を作り直さなければならない。もちろん斜辺の木が重なる中央の部分は、ホゾがくるので、ノミでホゾの形に切り取っておく必要がある。


8.jpg

隙間も微調節

 斜辺の木を、まず1本置いてみると、その加工した形が良く分かる。微調節してうまく組み合うような形にたどり着いたら、それが屋根の三角のモデルになる。その形をまねて後2つ、計3つの三角を作る予定である。

9.jpg

合格の完成形

 さて、両方の斜辺を乗せてみて、まずまず合格点の三角頂点を作ることができたと思う。斜辺の木2本と束が重なる位置をボルトナットで止めれば、屋根の三角が完成となる。結局、このモデル作りに、何回も部品を作り直して5日を経過してしまった。私の大工タイムは半日なので、1本の斜辺の木の加工に1日かかることになる。慌てない、慌てない。
posted by tentijin at 23:09| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

573  気 晴 ら し ( し あ わ せ の 国 )

1.jpg

散歩中の夏雲

 天気が良くて、体の調子が良ければ、散歩に出かける。農園で半分熱中症になりかけながら、4時半か5時になれば、出かける時刻だ。世間のお仕事は終わりの時間だが、空には立派な入道雲が出ていたり、まだまだ終わりの時間には間がある。

2.jpg

太陽に背を向ける向日葵

 それでも、30分ほどの運動を終えて帰る頃には、太陽はずいぶんと西の空に傾いている。帰り道、向日葵(ひまわり)が並んで立っている場所があるが、不思議なことに彼らは、西日に背を向けて立っていた。来るべき明日の朝に備えているのだろうか?

3.jpg

ある朝の収穫

 あんまり暑い日が続くので、私の心も、時々、道に迷う不思議な体験の1つなのかも知れない。朝の一番仕事は、受粉と収穫と決めている。それだけでも、体はかなり汗ばんでしまう。様々夏野菜で篭(かご)は一杯になる。雨が降らないので、ナスビは収穫量が減ってきている。

4.jpg

黒スイカも

 ズッキーニも終わりかけているようだったが、何日か水をやってみると、少し元気を取り戻し、花を咲かせるようになった。7月3日に受粉した黒スイカ、とうとう30日を経経したので、収穫を終えた。小玉スイカよりは少し大きいのが、7個ほど収穫できた。8月の初めだが、何だか季節が1つコトリと回った気もした。

5.jpg

しあわせのポスター

 連日の30度越えの中、大工さんやら、お百姓さんやら、汗にまみれてばかり過ごしていたが、チケットが手に入ったので、この日は、「しあわせの国」へ気晴らしに出かけてみた。県美術館の1階にお面やら仏像、民族衣装などがつつましやかに展示してあった。

6.jpg

大きなマニ車

 添えられている言葉や写真、そこに写る人々の顔、とりわけ、子供たちの表情を見ていると、今ではもう日本人が失ってしまった何かが見えた気がする。出口には、大きなマニ車が設置してあるコーナーがあり、時計方向に回すと、お経を唱えた効果が得られると書いてあった。

7.jpg

高速から見た雲

 このマニ車は、重く、私も挑戦してみたが、回すのは大変そうだった。それだけ、マニ車を回して人々のしあわせを手に入れるのは、難しいのかも知れない。なかなか回らなかったマニ車とは違い、帰りの高速から見えた雲からは、季節がやすやすと回る音が聞こえる気がした。
posted by tentijin at 07:17| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

572  お 手 伝 い ( 夏 真 っ 盛 り )

1.jpg

風船の木?

 まだまだ始まりの夏と思っていたのだが、風の国に、風船を枝に付けてゆらゆら揺れる木が盛りを迎えると、夏も闌(た)けて、もう夏真っ盛りと言っても良いのだと思う。

2.jpg

磯の浅瀬

 どうりで、海の色も間違いなく夏色に変わっている。浅い磯場は、特に明るい緑の海の色が、きれいだ。汗にまみれる密柑山から一休みして見下ろすと、一瞬、暑さを忘れ、心洗われる気持ちになる。

3.jpg

時が止まったような海

 港近くの深場では、地元漁師さんの船が止まって動かない。大潮で潮がいいと、海士(あま)となり、潜ってサザエやアワビを採る方がおられるので、おそらくそのような漁をしておられるのだろう。静かな海だ。

4.jpg

梶谷鼻も静か

 遠く梶谷鼻(かじやばな)を眺めても、波もなく穏やかに佇(たたず)んでいる。カメラを換えたせいか、望遠機能が増したので、何だか良い感じに見えるのは、気のせいだろうか。


5.jpg

かなり近く見えるぞ

 今度は、試しに九四フェリーを撮ってみた。やはり、いつもより穏やかにズームアップされている気がするのは、新しいカメラは、安いのだが、可愛く思っている私の贔屓(ひいき)眼なのかも知れない。

6.jpg

すぐそこのよう

 その証拠に、日振島を撮ってみたが、肉眼では、ずいぶん遠くの水平線に浮かんでいるのに、その島影は、かなりはっきりと見えるのだから、満足!満足!ささやかな幸福感か?


7.jpg

空き家が増えて

 急な傾斜地に建ち並ぶ風の国の集落、戸数は、かなりあるのだが、先日、親戚の初盆がらみでその家を訪ねた相棒が、「行き帰りの道すがら、ただの一人にも人に出会わなかった。」と嘆いていた。空き家が増え、人口が激減しているらしい。寂しい限りだ。
posted by tentijin at 02:20| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

571  別 世 界 2 ( 救 わ れ る )

1.jpg

岩から流れ落ちる清水

 どこにも避難しようがないこの暑さと同じように、やりきれない事件が相模原の方で起こったと報道されている。ほとんど抵抗もできない障害者の方の寝込みを襲って最悪の殺戮を行った若者のニュースが、この暑さ以上にいたたまれない思いを私にも運んできた。

2.jpg

愛嬌2

 私の父親も戦争で両足を失った1級の身体障害者であった。スポーツが好きで得意でもあった人であったので、さぞかし残念な思いで以後の半生を過ごしたことであろう。いくら親子でも、当事者でなければ分からない悔しい思いがたくさんあったことであろうことしか、私には、推測はできない。

3.jpg

苔?羊歯?

 母親も少しずつ老いを深め、一方、大人に近づいていった私が高校生の頃は、父親の足が痛み始めると、母親に代わって北宇和病院までタクシーで父を運び、父を背負って診察室まで行くのが、私の役目になっていた。

4.jpg

羊歯1

 待合室に居る他の患者さんたちが、両足のない父やそれを背負っている私を見る視線は、明らかに好奇な眼差しが混ざっているのを、背中で感じつつ診察室を目指した。

5.jpg

苔1

 決まって父の治療は、痛みを止めるためにモルヒネを打ち、痛みが治まった頃に、また、タクシーで帰るというパターンであった。ある時、医者が、私を別室に呼び、モルヒネを打った後も、痛みが治まる気配もなく、2本目のモルヒネを要求する父の病状についての説明をしてくれたことがあった。


6.jpg

羊歯2

 父の足の痛みは、「幻視痛(げんしつう)」というもので、足を失くしたことを残念に思う気持ちの大きい人は、その思いが大きければ大きいほど、この幻(まぼろし)の痛みに苦しむのだということであった。

7.jpg

愛嬌3

 父の足の痛みは、早朝から仕事に向かわなければならない母親を睡眠不足にし、私をも睡眠不足にするやっかいな代物であった。それは、昼間寝たい時に好きなだけ寝て、一晩中、足が痛いと泣き叫び、家族を眠らせず苦しめるものでもあったのだ。私はいい加減腹が立って、内心もう止めて欲しいと思っていた。しかし、その痛みが幻視痛であることを知り、父の心の病がどれだけ重いのかということを少しだけ理解し、もっと父をいたわってあげることが大切だと気づいた。


8.jpg

「こけむしろ」看板

 相模原で取り返しのつかない殺戮劇をやってしまった若者、その考えは、憎むに余りあり、被害者家族のことを思うと、本当にいたたまれない思いになる。それでもなお、彼もまた、心を病む障害者の1人であったことにも思いが及ぶ。別世界のマイナスイオンに心癒やされて、また、暑きエリアに戻り、一歩を踏み出す勇気がこぼれ落ちないように大洲に向かった。
posted by tentijin at 07:35| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

570  別 世 界 1 ( マ イ ナ ス イ オ ン )

1.jpg

苔?羊歯(しだ)?

 どこに逃げても暑くて困ってしまう季節になってきた。朝は、一時、涼やかな空気が流れるのだが、一度(ひとたび)、陽が昇ると、衣服はジリジリとあぶられ、とめどなく汗が噴き出してきてしまう。ある日、相棒の買い物に付き合わされて、大洲に向かった。途中、少し涼んで行こうと立ち寄った所がある。

2.jpg

高山植物?

 そこは、杉木立の中にあり、そんなに深山でもないのに、涼やかな空気に包まれていた。ここの管理をされている方が、30年ほどの歳月をかけて整備してこられたと聞いている。私にはよくは分からないが、様々な種類の苔が植えられている。


3.jpg

山水(やまみず)の演出1

 私には名前も分からないが、その苔のあちこちに高山植物なども植えられているようだ。ほうっておけば、おそらく雑草に覆われた林の中になってしまうところを、雑草を取り、落ち葉などもきれいに掃いて除いてあると思われる。

4.jpg

愛嬌

 これだけの広い空間に苔を植えて、その美しさを保つことは、よほどの情熱がなければかなわなかったはずだ。山から湧いてくる冷たくてきれいな水を使って、水にまつわる品々を配置して涼やかな演出もしてある。

5.jpg

これも高山植物?

 それらの品々は、この空間のために作られたものもあるだろうし、ここにふさわしく馴染(なじ)むだろうと持ってこられたものもあるだろう。苔の中に溶け込んでしまっているようなものもあった。

6.jpg

山水の演出2

 56号線を走って、大洲への峠を越す前に横道に入り、こんなに近い場所に別世界が展開しているとは、驚きだった。何だか昔、テレビで紹介されていたような記憶も蘇(よみがえ)ってきた。


7.jpg

苔と同化

 木立の中に足を踏み入れると、あまりの心地よい空間が演出してあるせいか、大量のマイナスイオンに包まれてしまう感覚に襲われる。先ほどまで居た世俗の喧噪から、急にタイムスリップしたようにも感じた。 
posted by tentijin at 09:07| 愛媛 ☀| Comment(3) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
タグクラウド