2017年03月28日

644 終わりが見える?

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大モクレン

 この時期、あちこちに白い木蓮(もくれん)が花盛りとなっている。去り行く3月も、もう終わりが見えてきたようだ。ひょっとしたら、我々団塊世代の終わりも見えてきているのかも知れない。私より5年くらい先輩の方が、地区の総会で、勇気ある発言をされた。

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花近し

 3月が去るにつれて、もう3度も収穫した農園のブロッコリーの色合いも、花の色に変わりそうな勢いである。K先輩は、地区を流れる用水路を直す工事に、地区の予算を使ったのは、間違っているので、この特例の決定を次からは、2度とやって欲しくないと発言された。

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紫花

 いつの間にか、農園の紫の菜の花も愛らしく咲き始めた。3月は去り、春は更に歩を進めているようだ。用水路とは、もちろん、農業用水路である。用水路を直す場合、用水路に接している土地を有している方が、工事費の半分を出し、後半分は、町の補助を充当することが出来る。

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今のネギ

 農園のネギも、今はまだ、青い葉を伸ばしているだけだが、春が闌(た)けてくると、一斉(いっせい)に葱坊主(ねぎぼうず)を頭に乗せる。用水路の工事は、もしも30万の工事であれば、15万を用水路に接する地主が払い、残りの15万を町補助でまかなうこととなる。

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牡丹の新芽

 何と紫花の横には、もう、牡丹(ぼたん)の赤い新芽が出ていた。このごろ季節に置いて行かれそうな私は、そんな変化にも気づくのが遅れている。K先輩が言いたかったのは、地主が払うべきお金を地域の予算で支払う決定をしたことは間違いで、2度とこのような不合理な決定をしてはいけないという意見であった。

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綿帽子のような花

 ホワイトデーにちなんで買ってきた小さな綿帽子のような花、派手な花ではないが、間違いなく可愛い花である。K先輩の意見は、大変勇気ある発言であったと思う。用水路の恩恵を受けない方々や非農家の方々が工事費を出すべき義務は、100%ないのだから、地区全体が費用を負担する必要はなく、大変意義ある意見であったと思う。多数決で決めてはいけない案件であったのだろう。

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カランコエの寄せ植え

 初めて目にした黄色いカランコエ、オレンジのカランコエと寄せ植えをしたら、黄色がオレンジに近づいている。多数決の前で、我々は、多少疑問があっても、多数に流されてしまうようだ。反対がなかったり、もめるのが嫌だったりして多数に流され、だまし討ちのように関係ない方が、工事費を出す羽目になった決定の過ちを指摘した先輩は、少し人生の終わりが見えて勇気ある発言をされたのかも知れない。「よく言った!」多数決に流された私は、密かに彼に拍手を送った。 
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2017年03月25日

643 様 々 な 季 節

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朝陽

 ぼんやりとした空に、ぼんやりとした太陽が昇る。しかし、ぼんやりとはしているが、どこととなく暖かみをまして、春が進んでいるように感じる。

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サクランボ桜?

 いつものように交通指導に地区の街角に立つと、桜の花が目に飛び込んでくる。この時期、ソメイヨシノにはまだ早い。いつもサクランボをならす桜が同じように満開で花の色合いも同じように見えるので、この桜もサクランボの採れる桜なのかも知れない。

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指導も後わずか

 子供たちは、7:15〜7:20頃にやって来る。この交通指導も、後は、4月を残すのみとなり、5月の総会出席をもって卒業となる。学校も卒業式の季節で、様々な旅立ちがあるだろうが、私のお役目も、もうすぐきりが付く季節になった。

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タラの芽の季節

 農園の片隅にH君からもらったタラの木を3本植えたが、2本は枯れて、唯一1本だけ根付き、昨年は3mになりそうなくらい生長した。途中から切って、タラの芽を栽培してみたら、切られた方は、近くに新しい木が5〜6本にょきにょきと生えてきた。滅亡の危機を感じたのだろう。それらも、今、一斉に芽を膨らませている季節になった。美味しい春近し。

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馬酔木

 お隣さんの駐車場には、馬酔木(アセビ)の花が花盛りの季節になっている。この植物を馬が食べると、ふらふらとなる毒があるのだそうだ。子供の頃、その知識を聞きかじっていたのか、ガキ大将が、この植物の実を、我々子分たちに集めさせ、石で潰(つぶ)して川に撒(ま)き、魚を捕獲しようとしたことがあった。魚が馬のようにふらふらと酔っ払ったかどうかは、なぜか記憶からは抜け落ちている。

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ある日の昼食

 ある日の私の昼食、朝の味噌汁、昨夜のおかずの残りときんぴらゴボウ、そして特性菜の花ジュース、ご飯は、小皿に少々。おかずが何もないときは、肉入り野菜炒めなどすぐに出来るものを作る。毎日日曜日になって、台所の洗い物と昼食は、必要上何とかこなせるようになった。しかし、女性は偉大であることに、やっと気づいた。


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夕日

 お決まりの散歩が終わると、夕日を見て1日が終わる。単調な毎日なので、ひょっとしたら、認知症一歩手前の季節にさしかかっているのかもしれない。頭を鍛える簡単な方法はないものだろうか。
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2017年03月22日

642 さ さ や か な 願 い

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農園の菜の花

 先日、農作業中に可愛い娘っこに出合った。娘といっても、もう50代になっているそうなので、世間的にはおばさんなのかもしれない。私にとっては、私が20代の頃の中学生だから、とびきり若い娘っこなのだ。


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赤いこぶしの花

 彼女は、インテリアコーディネーターをしている地主さん家(ち)の娘さんだ。地主さんが亡くなり、前後して奥様も、元気を失っているのだが、奥様は、80歳は越えていて、バレーボールが大好きなので、つい数ヶ月前までチームに所属して練習をされていたようだったのだが・・・。

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花数で賑わう

 彼女が元気を失った頃から、可愛い娘っこが、松山から、時々、帰ってくるようになった。その娘から聞いた話によると、「あれだけ料理の好きだった人が、料理をしなくなって、総菜を買ってきて過ごしている。」とのことであった。料理は、女性の最大のボケ防止なのだと聞いたことがある。奥様は、毎日、正午過ぎには、軽やかな足取りで、散歩に出かけられる。


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ニューサマーオレンジ

 しかし、1日のうち、洗濯物を干す一瞬以外は、ほとんど家の外に出ておられる姿を見かけなくなった。娘もまだ、現役なので、なかなか松山から帰って奥様のお世話をするということにはならないようである。

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半分に切る

 50代の半ばから足がスマートになってしまい、還暦を過ぎた頃からは、階段を上がるのが苦しくなってしまった私は、農作業も、草引きなど腰を下ろす作業は、椅子に座るようになってしまった。

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スプーンで実をすくい出す

 現役時代は、晩酌もしない人間だったが、退職後は、たしなむようになった。何年も飲み続けると、飲酒には、リスクがあることが分かってきた。一方、膝が老化現象でぎくしゃくし始めるのには、どうも個人差があるようだ。

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絞って果汁を

 概ね誰にも訪れる現象のようだが、長生きをする素質を持っておられる方の方が現れるのが遅いようだ。糖尿系の私は順調にぎくしゃくしているが、親が亡くなった68歳という年齢から推測すると、67歳を迎えた私が、今、ぎくしゃくするのは、すこぶる自然な状態に思える。


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焼酎のベストフレンドとなる

 何とか親が亡くなった年齢は越えて、大記録には至りたいというのが、私の望みなのだが、こればかりは、勝手に私が決める訳にはいかない。ぎくしゃくしながら、頑張り散歩を続けて、ぜひとも、このささやかな願いを叶えたいものだ。 
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2017年03月19日

641 散 歩 仲 間

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宿り木

 女は、群れを成すが、男は、基本、群れでなくとも生きていけるそんな気がする。私の散歩もしかりである。何が楽しいのか、1人で鬼北グランドをぐるぐる回っている。ふと見上げると、まだまだ開花には遠い桜の木の枝に、緑を発見した。いわゆる宿り木というものだろう。松の木に寄生する宿り木には、実がなって食べると、美しいグリーンのガムのようなものになり、貴重な子供の頃の楽しみの1つであったが、この桜の木の宿り木は、いかなるものなのだろうか?

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忍者婆(にんじゃばあ)ちゃん

 群れを成さない60代のお爺が「散歩仲間」といっても、その真の意味は、「散歩で遭遇する方々」とでもいう意味合いなのだ。最も最初に認識したのが、私が密かに「忍者婆ちゃん」と呼んでいるお婆ちゃんである。至って寡黙(かもく)、何度こんにちはのあいさつをしても、おおよそもごもごでお返しの返事をいただき、歩く足音が少しもしないので、忍者のように気配がなく、気づくと私のそばを歩いていることがしばしばある。彼女は、意外と速い足どりで決まってグランドを3周して帰って行かれる。

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杖爺(つえじい)

 次なる方は、「杖爺(つえじい)」と、私だけが心中密かに呼んでいる。彼は、先日、お話すると後期高齢者だと言われたので、私より先輩に当たる方のように思われる。2つの杖をついてしゃきしゃきと歩かれる。しかし、その歩きっぷりに比べ、周回は2周で、途中ベンチで3回ほど休憩をされる。聞くところによると、腰の方が不調なのだそうだ。

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三歩先を歩く

 最後は、御夫婦で、旦那さんの足腰が弱っておられるのか、奥さんの後を付いて歩いて行かれる。奥様は、時々立ち止まり、旦那さんの歩みを確認されながら歩いて行かれる。ふと気づくと、嫁に保護されながら人生の後半の道のりを歩く私のようにも見える。

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花はまだ、さりとて、明るいきざし

 グランドの周りには、桜が植えられている。花の便りは、まだまだだが、明るい色合いには見える気がする。

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リニューアル?

 体育館(アリーナ)の建物は、国体本番に向けて、足場が組まれて、何かしらリニューアルされる様子である。

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今日も終わる

 今日も、西の山の端に夕日が傾き、1日が終わろうとしている。散歩をした翌朝の血圧は、通常より下がっているので、この散歩も、何かしら健康にプラスしているのだろう。 
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2017年03月16日

640 お 手 伝 い ( 次 な る 季 節 ? )

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若葉に変身

 菜の花とコラボしてあんなに美しく咲いていた河津桜も、すっかり葉桜に変身してしまい、次なる季節を予感させる中、連休を利用してお泊まりお手伝いに出かけた。

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馴染んできた若冲

 風の国の玄関には、今年の干支にちなんだ伊藤若冲のニワトリの石絵模写を持ってきていたが、お父さん、お母さんにも気に入っていただき、少し玄関に馴染んできているように思える。

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海は春色に

 密柑山から見える馬の瀬の海は、ずいぶん春色に染まってきているようだ。昨年は不作で、採れなかったワカメを収穫する時期も近づいているのだろう。一昨年、ワカメを採るため浜に降りたのは、4月に入ってからだった気がする。

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突然巣箱出現

 馬の瀬の畑の降り口にあるタンクの上に蜜蜂の巣箱が設置された。35年ほど前に関わった自然大好き少年が、今では、養蜂(ようほう)を生業(なりわい)にしてがんばっているらしい。彼とは一緒に海の鰻(ウナギ)を釣りに行ったことがある。大きな鰻を5匹くらい釣り上げ、大漁だった。また、山芋掘りにも、一緒に出かけた。どうやら彼は、自分にぴったりの職業に出合ったものらしい。

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夜の絶景

 風の国お手伝いお泊まりバージョンの最大の見所は、朝陽の眺めと夜の海の絶景に出合う瞬間かも知れない。この日は、ほぼ満月の月が、東の宇和海から昇り始めた。海も穏やかで、漁り火(いさりび)も見える。写真ではなかなか伝わらないが、海にのびる月の光にも心癒(こころい)やされる。

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ズームアップしてみると

 月をズームアップしてみると、飛行機雲のような雲とコラボしていた。ついこの間までは、寒すぎて夜、月を眺めることなどなかったのだから、やはり、季節は1つコトリと音を立てて回り始めている気がする。

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朝はスポットライト

 朝は朝で、密柑山から海に浮かぶ漁船に、空からスポットライトが当たっているのが見えた。馬の瀬の畑は、お父さん、お母さんの元気が減退しつつあるので、消毒もしていないし、袋かけもできなかったところが、たくさんある。収穫の時期に、私は、手が届きにくい枝は極力思い切って切ることにしている。切った木は、翌年、あまり実を付けないのだが、もうお父さんの手に余る時期にもさしかかっているので、仕方がないのだろうと思う。
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2017年03月13日

639 小 さ な 椿 事 ( ち ん じ )

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シクラメン

 いつの間にか3月も、半ばにさしかかっている。北宇和高校で購入したシクラメンは、週1の水やりで、まだまだがんばってくれている。この時期、季節に追いつきかねている自分を一方に感じて、私は、過ごしているのだが・・・。

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春の野菜

 畑では、大根には塔が立つ気配が現れ、ブロッコリーもあと少しで花に変わっていくだろう。菜花は蕾(つぼみ)から黄色い花に移行中、我が家のキャベツは、冬の育ちで固いキャベツだ。ほんの一瞬のようなこの時期の移ろいが続いている。

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水仙

 寒い頃から長く咲き続けている水仙には、元気をもらいつつ、少し頭が下がる思いも生まれる。ある夕方、小さな椿事(ちんじ)が起こった。

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君子蘭

 玄関では、今年も、君子蘭の花芽が少しずつ伸び始めた。観察を続けると、毎日数ミリ、あるときはセンチに至る。その時は、まだ、私の晩酌(ばんしゃく)が始まっていなかったので、少しは幸運だったかも知れない。

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カランコエ 1

 長く蕾(つぼみ)のまま室内で過ごしてきたカランコエが咲き始めた。風の国から嫁入りしてきた花である。椿事の報せは突然にお隣さんから届いた。入浴中に隣のおっちゃんが動けなくなったという報(しら)せであった。

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ビオラ

 隣のおっちゃんは、運動神経も良く退職後は毎日自転車での散歩を欠かさなかった。川も好きで、ウナギやカニを捕り、我が家も毎年御馳走になっていた。その自転車の散歩で転ぶようになり、散歩も出来なくなっていた。駆けつけて急いで風呂から上げ、服を着せるところまでのお手伝いをした。

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カランコエ 2

 私の母も、風呂で2度意識を失ったことがあった。高齢者にとっての風呂は気持ちは良いのだが、両刃(もろは)の剣のようなところがある。その気持ちよさの中、いざのぼせてしまったら事態に対応する筋力が失われている年齢なので、動けなくなってしまうのだ。花々は次々と花開いていくが、季節にも置いて行かれる方々が我が地域にも増えてきている。
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2017年03月10日

638 蕗 の 薹 ( ふ き の と う )

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果たして蕗の薹なのか?

 我が家の空き地に蕗を植えたのが、2年ほど前であった。地主さんの畑の柿の木の下に植えられていたものをいただいて、移植したのだ。、動機は不純で、いつか蕗の薹が収穫できる日がやって来れば良いのにという思いであった。

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割ってみると、間違いなさそうだ

 少し不安もあった。なぜなら、地主さん家(ち)の蕗は、2本の柿の木の下に一面に生えている。ほぼ4m四方の広さがあるが、何と蕗の薹は、1個たりとも見たことがないのだ。蕗の薹のできない種類ではないかという気がしていた。

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他の山で発見したものと一緒に

 一方、通りすがりの道路脇に4〜5個も蕗の薹を見つけたりするときもある。彼らは、夏が闌(た)けてくると、雑草の中、太陽の陽を浴びることが難しいくらい。虐げられて生活をしているだ。

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刻んで調理開始

 それに比べて地主さん家(ち)の蕗は、ほこほこの畑の土に植えられ、雑草など生える隙間もないくらい我が世の春を謳歌している。条件の悪い所では、植物も子孫を残そうと努力するのが、常なのだから、ひょっとしたら、私のこの気づきが当を得ているのかも知れない。そんな淡い望みも心に浮かぶ。

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オリーブオイルで炒めます

 我が家の空き地は、文字通りの荒れ地で、クルミの木の下に植えてみた。少し日陰くらいがむいているように思ったからだ。翌年もいただいて2〜3本植えた。夏になっても雑草に覆われそうになりながら、何とか生き残っている。案外これくらいの条件の悪い状況の方が良いのかも知れないと思いながら待つこと2年。行って枯葉を除いてみると、何とたった一芽、蕗の薹らしき芽を発見、色がきれいな緑でないのが少し気になる。

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イリコ味噌と混ぜて

 収穫して2つに割ってみる間違いなく匂いも姿も蕗の薹と思われる。近所の赤土の痩せた土地の上にも発見していたので持ち帰り、切ってオリーブオイルで炒める。秋に一緒に坊ちゃん劇場へ行った下組のお婆ちゃんからいただいたシラス干しと味噌で作っておいたイリコ味噌に混ぜてみる。

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絶品春の味おつまみで一杯

 生きていると、今の状況は少し地獄のようだと思える瞬間があるが、できた蕗の薹のおつまみをぱくり、えもいわれぬ春の美味が口の中に広がり、絶品おつまみで飲むビールの味は、こりゃ極楽以外の何物でもないわい。
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2017年03月07日

637 イ ン ス ト ラ ク タ ー ( 防 災 士 )

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講義は限りなく眠し

 5〜6年前に勧められて、防災士の講習会なるものに参加した。行ってみると、なかなかハードな研修会であった。テキストは、かなり分厚いもので、読むのも途中で放棄してしまいそうなものであった。


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西条からの「ぼうさいじょ」さんたち

 「防災士」の字面から何となくその役割が分かるような気もしたが、やはりよくは分からない。災害時に人助けをする人のようでもあるが、読み進めていくと、災害を未然に防ぐのに役立つ人といううのが、より近い意味のように思えてきた。

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ストッキングとラップで手を吊る

 災害時には、人助けより、まず、自分の身を守ることの方が先決であると書いてある。少しほっとする。私の場合、日々老化現象は進み、あちこちぎこちなく、体はぎくしゃくしてきているのだから。人助けなど、大それたことがそれほど出来るとは考えられない情けない状況になっているのが、現実なのである。

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段ボールトイレ

 長い講義と実習の日々を終えて挙げ句の果てには、試験まで待ち構えていた。とにかく、しゃにむにテキストを読んだのが功を奏したのか、自信は無かったのだが、試験は満点で通過することが出来た。気づくと自分は、いつの間にかに防災士なるものになってしまっていた。

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何と!小学生防災士

 しかし、今でも自信は無く、あの時学んだことは、遙かな忘却の地平にまで退いているというのが、正直なところだ。そんな中、今回は、「防災士インストラクター養成講座」というものに参加した。訳も分からずにである。どうも、インストラクターとは、「指導員」という意味らしい。ということは、やはり、防災士は、災害時に役立つよりも、災害前に災害にどう準備するかを皆さんに知っていただくのが、そのお役目のようだし、資格を取る研修より一段階上の研修会なのかも知れない。

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班名「ドランカー」

 土日を潰して、午前午後の講義やら実習が待ち構えていた。少しトラブルもあったが、何とか無事終了することが出来た。参加していた方は、ほとんど私よりお若い方ばかりで、元気だけはいただいた気がする。災害が起これば、私が一番足を引っ張る存在になるのではないかと、それだけが心配の種なのだが・・・。

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何と!びっくりの立派な発表で締め

 グループで自己紹介をしてみると、メンバーの多くの方がお酒大好きであると知れた。したがって、班の名前はそのまんまで、「ドランカー」となった。年齢こそ、皆さん私よりかなりお若かったが、班での実習を終えてみると、何だかまた、どこかで出会って何か役立つことを一緒に出来たらと思うことが出来た。
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2017年03月04日

636 時 の 流 れ 3 ( 我 ら が ヒ ー ロ ー )

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なんでもかん

 ある先輩が、「なんでもかん」に絵を出品していると、新聞に情報が掲載されていたので、私は、しばし、記憶のレバーを小中学生の頃に入れて、タイムトラベルを試みてみた。最先端のタイムマシーンなら、鮮明に蘇るであろうに、我がマシーンは、勝手に私が組み立てたマシーンであるので、何とも心許(こころもと)なく、不鮮明な画像のみが少し見え隠れした気がしただけであった。


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ハーレー画1

 彼(か)の先輩は、今在家のKYOUCHANと同い年、近永の町中(まちなか)に住んでおられた俊足の一級歳上の先輩であった。いつも地区対抗リレーの花形であった。私も、当時、リレーメンバーに選ばれていたが、地区にはいろいろ事情もあり、私の場合は、何かの間違いで選ばれた鈍足少年で、私からすれば、彼は、雲の上のスーパーヒーローのような存在であった方である。

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至りて来た道

 先輩は、総務課長さんで、役場を退職され、現在、67歳で悠々自適の生活を送られているのだろうと推測する。私も、突然、何かに目覚める時があるが、先輩は、ハーレーダビットソンに目覚められたようだ。

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ハーレー画2

 私の怖いサッカー部の先輩、松野の建設会社社長さんも、大きなバイクにまたがり、どこか遠距離に出かけるらしい場面を、2年ほど前に、しかと見届けた時があった。我々世代の憧れ(あこがれ)の1つは、どうやらバイクであった気がする。しかも、それがハーレーダビットソンであったりすれば、完璧に私たちの夢のまた夢であったのだと思う。


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ハーレー画3

 私もバイク好き、ハーレー大好きの例外ではなく、高校時代、ある同級生がバイクの免許を取ったのをきっかけに、我こそはという強者(もさ)が、免許を取るために宇和島の教習所に出没し始めたのを見て、私も、長期の休みには勇んで教習所に日参(にっさん)し始めた。

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ハーレー画4

 何とか自動二輪の免許を取り、当時の私が彼女と思っていた女性の家に、「夜這い」ならぬ、「昼這い」に向かったのも、125CCの中古のオートバイであった。当時、舗装されていなかった道路にバイクごとスライディングしたり、ヘアピンカーブで、軽トラックと正面衝突して、空を飛んだのも、高校生の頃であった。

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ハーレー画5

 私は、十分自分がやんちゃの限りを尽くしていたことを知っていたが、人の目には、私は、静かで温厚な少年に見えていたらしく、ハーレーに目覚めたこの先輩も、小中学生時代、私が友達をいじめていた記憶があるのだが、あれは、本当だったのか、ずっと謎に思っていると話しかけていただいた。やはり先輩も、好意を持って私を見ていただいていた部分があったようだ。「私は、けんか小僧でしたよ。」というと、どうやら60年ぶりの謎が解けたと納得の御様子であった。


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本物のハーレー

 会場に置かれていたハーレーダビットソンは、奥様を何とか説得した末に購入された1,500CCFLSTS.Iソフィテル・スプリンガーというハーレーのバイクだということを教えていただいた。金額は、もろもろ付けて320万ほどであったらしい。夢を実現され、何ともうらやましい限りである。
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2017年03月01日

635 ト マ ト ハ ウ ス 農 園 ( 大 フ ロ ン テ ィ ア 作 戦 )

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若き梅

 とうとう2月にも逃げられ、何と今日からは、3月となってしまった。古い梅を切り、新しく植えた梅も、この頃は天に向かって伸び始めてきた。まだ、満開には至っていないが、3月の声を聞き、彼にもそろそろ季節に置いて行かれる運命が近づいているかも知れない。

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いつもの雛

 あちこちで雛(ひな)人形のニュースや情報が頻出(ひんしゅつ)しているようだが、我が家のの雛は、いつものごとくすこぶる素朴に所定の場所に鎮座している。寒さと小屋も気になって、ほったらかしになっている農園の畑は、冬野菜を収穫はされるのに草は放置されてあちこち原始に帰りつつある。


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荒れた場所

 さすがに気になってきたので、草を削り始める。しかし、5分もやると嫌になってしまう極道者なのだ。それでも、思い直して更に5分だけお勤めをする。

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くっきりフロンティア

 すると、草を削った部分に真新しい土の色が現れ、草の生えている部分と削った部分の境界がくっきりと現れてくる。ここは、昨年スイカを植えたり、トウガンの蔓を伸ばしたりしていた場所なので、秋以来、冬枯れた草と春草が入り交じって荒廃している場所である。

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豊かなる草

 一方ここには、遅植えの白菜が植わっていたのだが、主はとうに食べられてしまい、周りから押し寄せていた雑草(はこべら?)が美味しそうに美事にはびこっている場所だ。

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ここでもフロンティア

 こんな場所は、そこここに点在しているが、これだけボリューミーに草が盛り上がっていると、削るという動作だけでは、対策は不完全となる。そこで、まず、軍手君の力も借りながら、掴(つか)んでは引っぱりを繰り返し、草の巨人にダメージを与える。根元が明らかになり始めたところで、手ぐわ攻撃に入り、立派に育った根っこもろとも更地に返す。ここでも私の根気は5分ちょいがせいぜいなのだ。

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タマネギエリア

 先日、遅ればせながら化成肥料の追肥を施したタマネギの中は、追肥と雨でタマネギよりも春草の勢いが増大しそうな状況となっている。この時期を外すと、更に大変な状況が生まれてくる。タマネギの根っこをなるべく傷つけないようにするため、鍬では削らずに、手で1本ずつ引いていくしかないのだ。草の根元に軽く鍬を入れて手で引くという更に根気の要る作業となる。


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ここでもフロンティア

 いずれの作業も、アスペルガー気味の私の性格では、10分弱がせいぜいである。しかし、わずかな時間の作業でも、草のある部分ときれいに草を引いて土が現れた境界(フロンティア)があらわになると、その場所を通過する時、私の良心がこうつぶやくのだ。「君には次なる課題が、ここにもあるんだよ。今日は、続きをやらないのかい?」と・・・。
posted by tentijin at 10:49| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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