2018年04月29日

737 花 の 競 演 3 

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名も知らず 4

 あまりにも花の名前に疎(うと)い私なので、この花が、いかなる花なのかは分からないが、それぞれの花の最も魅力的な時期は、なぜか心惹かれる魅力があるようで、思わずシャッターを切ってしまことがあるようだ。斉彬のように生き急いだりしなくても、そこそこの年齢に達したら、ぼちぼちそれらの様子が目に浮かんでくるもののようである。 

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赤芽がしわ

 何本か垣根用に植えた赤芽がしわであったが、結局、生き残ったのは、1本だけであった。彼らはこの時期、赤い鮮烈な芽吹きをして、徐々にその葉を緑に戻していく。輝いて赤い若葉を伸ばすこの時期には、その赤は、赤く鮮やかな花のように見える時がある。家定が亡くなり、井伊直弼の策謀で一橋慶喜擁立が潰(つい)えた時、西郷どんは、大久保の言葉で目覚め、ついに斉彬を越える発想に至る。西郷どんも、ひょっとしたら、この時、花になったのかも知れない。 

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卯の花? 

 季節的にはこの時期から5月にかけて咲く「うつぎ」という木らしい。卯の花という名前もあるのかな?あれこれ色を持たず、白に徹しているのが、潔(いさぎよ)いようにも思える。この時期にふさわしい花の1つかもしれない。


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柿若葉 

 ふと、この柿若葉を見ると、どうしても心惹かれてしまう。この若葉に太刀打ちできる若葉はあまりない。ごくありふれた形で我々の目の前にあるのだが、彼らが見せてくれる今の季節は、毎年、やはり、一期一会だなあと思わせてくれる。


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名も知らず 5

 この花は、私が名も知らない宿根草だが、忘れず咲いて、少しずつそのエリアを広げているように思える。派手でも地味でもなく、気づけば一帯にはびこっているようなたくましさを持っている気がする。 

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ギボウシ

 これは、少し木陰でその葉の新緑を誇るようにふくよかにみずみずしい葉を膨らませている植物、「ギボウシ」と呼ばれる植物のようだ。


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キンセンカ

 最後は、ありふれたキンセンカなる花かな?しかし、盛りの時期に眺めると、色合いといい、咲き具合といい、若者のようにみずみずしく生きが良い。そんな生きが良い西郷どんにちょっとでも遭遇できた人は、歴史に名を残さなかったとしても、幸せだと感じる瞬間があったかも知れないなあ!と思える。  
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2018年04月26日

736 花 の 競 演 2

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我が家の牡丹

 はかない花のイメージは、桜が代表しているのだが、よく観察していると、多くの花がはかないサイクルでその盛りを終えているように感じられる。このボタンの花もその1つではなかろうか。いつも咲いているなと横目で見て、気づいた時には盛りを過ぎていることが多い。今年は、ほぼ絶頂の盛りに撮影することができたように思う。


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我が家のモッコウバラ

 「西郷どん」の中で、篤姫は、短くはあっても、その盛りの時期に家定のところへ輿入れして、ある意味、幸せだったのではないかとも思われる。植物ではなく、人の場合、短いといっても思い悩み、喜び、悲しむ年月は、比べようもなく長いとも言える気がする。はかない花の命の中で、このモッコウバラは、比較的長く我々の目を楽しませてくれる花かも知れない。

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名も知らず 1

 我が家の玄関に咲くこの花(名前は知らない)も私の観察範囲では、やはり、その盛りは長い方だと思う。しかし、人と同じように、過ぎてしまうと、その駆け足の盛りを感じてしまう。


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名も知らず 2

 この名も知らぬ花も、最初は1株2株から、一定のエリアを占めてはびこっていく姿を見ると、人も花もはかなくサイクルを刻みはするが、けっこう、したたかに生きているようにも、思える。


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ラビット・テール

 これは、ラビット・テールという植物だそうだが、確かにウサギの尻尾のように愛らしい姿である。愛らしいくせにと言うのもおかしいかも知れないが、したたかに増える植物であることが分かった。ほんの1穂、2穂をプランターに撒いておいたら、びっしりと芽が出て風の国にも移住した。



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名も知らず 3

 この花も、花壇に咲いていたのだが、春菊のような葉に、マーガレット黄色い版のような花で、長く確かな存在感で咲いているように見える。

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ビオラ

 定番だが、このビオラやスミレの類いも、長く咲いている花の仲間だろう。篤姫のような美しい姫が、緩やかに長く時を過ごすように見えるのに比べ、島津斉彬公の方が、生き急いでいるように駆け抜け、あっという間にその生涯を終えたようにも思えた。どうやら、我ら人間も、やはり、はかなき時を生きるもののようだ。
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2018年04月23日

735 花 の 競 演  1

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公園の藤

 篤姫様、初めて今回の「西郷どん」で認識した愚かな私ですが、つくづく歴史の曲がり角で、その名を残したお姫様だなあという感想です。篤姫様は、幕末の美しい花ですが、この晩春の時期に次々と咲く花々に、目の保養をさせていただいております。

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地主さん家の白藤

 これは、運動公園の藤ですが、車で走ると、そこここに山藤が咲いているのが見えます。山藤に絡まれている木立からすると、おそらく、たまったものではないだろうなと思いますが、少しずつ太陽の光を奪われて、弱っていっているかも知れません。


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ドウダンツツジ

 一方こちらは、地主さん家(ち)の白藤ですが、藤棚も作ってもらえず、地面を這うように伸びています。かし、毎年いくら手頃な長さに切られても、必ずその美しい花を咲かします。本当にたくましいその本姓が見えるようです。

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ミヤコワスレ

 しかし、いずれも花は、数日で盛りを過ぎてしまいます。運動公園のドウダンツツジも、可愛いスズランのような花を付けますが、何日か後に近寄ってみると、既に盛りを過ぎて散り始めていました。玄関のミヤコワスレも、鮮やかな花を咲かせていますが、時の流れにはかなわないことでしょう。


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やって来たエビネ

 地主さんにもらったエビネも根付いて、この時期いつも目を楽しませてくれます。成川辺りにも自生しているものがあったようですが、今では、採取されて自然のものはないのかも知れません。


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薄紫のエビネ

 これは、珍しい薄紫のエビネです。父が柿の木の下に小屋を作り栽培していました。なかなか増えずにいましたが、このところ条件が良い環境になったのか、6本ほどまで増えました。


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のっぽになりました

 最後は、黄色とオレンジのエビネ、そんなに珍しくはないと思いますが、今年は、例年の2倍くらいの背丈になっています。これより更に大きな黄色のジャンボエビネがあり、父親がよく自慢していましたが、私の代で消滅してしまいました。篤姫様も、短い御台所の日々を終え、公方様は、早くに亡くなるようです。やはり、花の命は短いか。
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2018年04月19日

734 夏 の 領 域


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三角山の新緑

 人々もワラビ採りにも飽きて、ワラビのメッカ三角山を見上げると、もう山に上がる人を見かけなくなった。山頂付近は雑木林で、新緑の様子が見えるようになっている。そんな中、風の国お手伝いも、新たな領域になってきた。

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小さなカタバミ

 小さな可愛いカタバミも花を咲かせている風の国、4月初めまでに、清見タンゴールの収穫も終わり、収穫作業も一段落した。まだ、サンフルが残っているが、その収穫は、少し先になるだろう。

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乳草

 陽気が良くなったので、密柑山は、一斉に草で覆われ始めた。タンポポ系の乳草が至るところ生えてくると、その農園は、荒れてきている証だそうだ。その草がずいぶん増えてきているのが気になる。

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草刈り機


 したがって、収穫の次なる作業は、草刈りということになる。以前、草刈り機で足を切ってしまい、1ヶ月入院して以来、金属の刃は使わないことにしている。背の高さが災いしての事故だったので、安全面からヒモを使う草刈りに徹している。ヒモを使う方が、仕上がりがきれいでもある。ただし、広い農園なので、かなりの重労働で、腕がぱんぱんになる。お父さんは体力が落ちているので、半日が限度、昼からは私が1人で頑張る、最近、そんな形になろうとしている。

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春の嵐

 週末だけのお手伝いだが、天気が悪い巡り合わせもある。この日も春の嵐で、半島は、雨と霧で覆われていた。こんな日のお手伝いは、倉庫での選果や荷造りなどの作業となる。今回のお手伝いは泊まり込みであったので、夕方、霧をついて亀ケ池温泉に出かけてみた。私ののろのろ運転に業(ごう)を煮(に)やした方々が、道のりの途中で私の運転の権利を奪って、交代させられてしまった。この分だと私は、お父さんより早く運転免許返納になるかも知れない(笑)。

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倉庫のの清見

 お父さんやお母さんは、温泉に出かける元気が薄れており、今回は我々だけで向かった。ここには、サウナと塩サウナがあり、まずは塩サウナに入ってみたが、温度が低くて満足せず、すぐさま普通のサウナに乗り換えてしまった。

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亀ケ池のロビー

 結構、私は、長風呂の方だが、先日、友達とぽっぽ温泉に行ってみて、本当に温泉が好きな人は、私より遙かに長く入っているのだということを初めて認識した。温泉の後のあんま機にかかるのも私の楽しみの1つになっているが、ここのあんま機は、なかなか良い具合であった。

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白メダカ

 受付カウンターには、可愛い白メダカが飼われていて心和ませることができた。唐突だが、ちょっとここで西郷どん情報、無事、篤姫の輿入れを成し遂げた斉彬(なりあきら)と西郷さんが2人だけで杯を酌み交わす場面、何という光栄な瞬間を持つことができた希(まれ)な人間であろうか。西郷さんの忘れられない出来事であったというナレーション、裏話的には、西郷さんの日記でも現存しているのかも知れないと楽しんで鑑賞した。

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講演会ポスター

 ロビーを歩いてみると、宇和島関連のポスターもあり、ちょっと心惹かれた。あまり歴史に詳しくない私だが、この講演を聴いてみたくなった。またまた、唐突だが、健康オタクの私から、健康情報も発信してみたい。私の情報は、全てテレビの受け売りだが、欠点は、すぐに私の記憶から抜け落ちて0(ゼロ)に帰ってしまうことかも知れない。「かかと落としをすると、若返り物質が分泌される。」これって、本当でしょうか?
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2018年04月15日

733 ずいぶん闌(た)けてきた

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今年の君子蘭

 今年の4月13日は、金曜日で、母の命日、あの日も13日の金曜日であった。私にとっては、あまりにも早すぎる別れの気がして、母が午前2時前に息を引き取り、北宇和病院から連れて帰り、母の布団に寝かせ、枕元に座って、惚(ほう)けたように朝まで母の顔を眺めていた。病室の窓の外には、満開を少し過ぎた桜がまだまだ豪華に咲いていたのを思い出す。


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八重桜

 今年の花は、早々と終わり、君子蘭の咲くこの時期に、最後の八重桜が咲き、早くもそれが散り始めている。病院に入院する前、母の顔は、地獄から帰ってきたようなすさまじい顔になっていた。以来、私は、自分の顔を鏡で見ながら、思わずそのような顔の変化を探してしまう癖ができてしまった。


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花ズオウ

 地主さん家(ち)の花ズオウが絢爛豪華(けんらんごうか)に咲き、3〜4日で盛りを過ぎて、春は、ずいぶん闌(た)けてきた。母の死から1ヶ月間、山菜が芽を出す山道を登り、毎日お墓に通って夜の灯明を焚いた。葬儀が終わった翌日には、母の布団を裏の川原に持って行き、燃やして、煙を母のいる天に送った。ここまでの人生、生きていることが当たり前の日常が、その日から変わった気がする。

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ネジバナ風?

 花ズオウの木の下には、ネジバナのようなねじれていない雑草の花が咲き乱れていた。4月13日が、回り回って金曜日になった今年、私は、母が亡くなった歳に到達してしまった。何とかDNA的には、新記録を樹立したことになる。母が亡くなって既に34年になる。さしたる親孝行ができなかったことが、今だに私の心残りになっている。

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半分完了

 この冬は、小屋にうつつを抜かして、農園に足が向かなかったおかげで、畑は大草に覆(おお)われてしまっていた。冬野菜が終わったので、とうとう膨大な草引き作業に入った。通常なら、3月中に植えるはずのジャガイモをやっと植える気になったからだ。一週間ほどかけて、畑の半分が草から解放された。


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ハウスも修理

 ハウスも、風でビニールが破れ、そのまま長く放置されっぱなしであった。ビニールは、昨年新しく換えたばかりなのに、どうも買ったビニールが薄いものであったようだ。また、新しいビニールを買うのも悔しいので、破れた下側だけ透明の波板を外側に設置して、補うことにした。波板の幅に合わせて細い縦の角材を入れ、3枚の波板を釘で留めることにした。

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折れた庇(ひさし)
 ハウスを建てて8年目になる。波板に裏表があるのを知らずに屋根を張ったおかげで、裏側を上に張った波板は、見事に朽ちてひびが入り、崩壊を始めた。とりあえず、ヒサシが折れてしまった3枚を修理しなければならない。

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ハナミズキ

 春は闌けて、公園では、ハナミズキの花が咲き始めた。母の死で生まれた心の空洞や心の傷は、当時、とても癒える気はしなかったが、時が流れ、その痛みは既になくなっている。母の初盆で組み立てたオショロ棚をしまう時に、「次にそれを使うのは、お父さん(私)の時」と、悪気もなく相棒が言った言葉に先のことではあっても、少しショックを受けたが、今では、何だかその日も、ずいぶん近づいて来たように思える。
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2018年04月11日

732 孝 行 旅

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コンサート画像

 風の国のお父さんやお母さん、以前と比べると、ずいぶん体が弱ってきておられる気がする。無理もない、お二人とも80歳を超えてきているのだから。私なんぞは、お二人ほどがんばれない気がする。お父さんは、運転免許も返納する予定であるらしい。近場で何かしてあげられたらという思いで、「森昌子ショー」をお母さんに見ていただくことになった。その間、お父さんは、下見に行った山本牧場の芝桜を見ていただこうということも、決定した。


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フラワーパーク 1

 「森昌子ショー」は、午後の予定なので、風の国で早昼(はやびる)を食べて出かけることにした。ショーの前に時間があるので、この時期良いところはないかと調べていて、タイミング良くチューリップが咲きそろっているらしいフラワーパークなる場所を目指す。

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フラワーパーク 2

 実は、前日に下見に出かけてみた。場所は、大洲青年の家の近くらしい。56号からマリエール方面に山道を上がる。終点は青年の家なのだが、そこまでは上がらず、途中で右折する。山の向こう側に回り込んだ所に開けた公園があった。そこが、フラワーパークであった。


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フラワーパーク 3

 かなり広い敷地に色とりどりのチューリップが咲き乱れていた。花好きのお母さんには、ぴったりの場所だと思うが、いかんせん、お母さんの足や腰は、その広い公園内を歩いて散策することは、もう難しい。全体を見渡せるベンチに座って見ていただくしかなかった。


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フラワーパーク 4

 中央にはパンジーやビオラが植えられている場所もある。お父さんは、上から見渡せる小さな丘の上に登って見学された。しかし、花よりたくさんのお客さんの方が気になるようで、知人を探している様子であったらしい。これだけたくさんの人がいるのだから、知った人がいるのではと、考えられた様子であった。


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フラワーパーク 5

 しかし、狭い風の国のコミュニティーと違い、お父さんの知っている人は、とうとう見つからないままであったらしい。森昌子コンサートがあるのは、宇和の文化会館なので、山を降りて、大洲から宇和に移動した。お母さんと相棒はここで下車、コンサート会場に入る。


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山本牧場 1

 私とお父さんは、高速に乗って津島に向かう。毎晩目が覚めては、一杯やりながら西郷どんなどを鑑賞するしかない私は、この日もやや寝不足、くっつきそうなまぶたをしっかと見開き、津島にたどり着く。山本牧場は、下見をしたときよりも、芝桜がほぼ上限になるくらい満開で、目の保養になると喜んでいただいた。

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山本牧場 2

 牧場なので、牛やら、山羊やら、鶏などが飼われていて、そのような場所が好きな方には、楽しめると場所だと思う。喫茶店のようなお店もあって、予約でピザ焼き体験などもできるふうであった。牧場は、また、けっこう奥まった山の中なので、移動に時間がかかるが、1日千人のお客が入ることもあるらしい。コンサートが終わる頃には、宇和まで長い道のりを帰らねばならない。

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半島の向こうに沈む夕日

 宇和で合流して、後はひたすら風の国を目指す。太陽は、そろそろ西に傾き、半島の先っちょの九州方面に沈んでいく。お父さんとお母さんを風の国へ届けたら、最後のドライブは鬼北の我が家への旅となる。かれこれ200kmを越える移動であったように思う。さすがに疲れて、帰るとよく眠れて、朝まで目が覚めなかった。極楽極楽。 
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2018年04月08日

731 名 残 の 花

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池の奥

 一瞬の花の美しさの余韻に浸りながら、眠れない夜に一人で杯を傾けるのは、体には悪いのかも知れないが、気持ち的には、あまり悪いものではない。花を惜しむ暇もなく、目の前の三角山には、山菜採りの車が、もう何台も上がって行った。

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山菜

 こりゃあ、もう「花より団子」かも知れないと考えて、翌日早朝に山に上がった。予想通りワラビなどは、ほぼ採られており、短いものが多かった。しかし、自然は偉大で、中腹まで上がるうちに、1食分ほどの収穫にはなった。小一時間ほどの奮闘だった。

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タケノコ

 帰るとすぐ韋駄天で、次の場所に移る。通常は、近所の知人が届けてくれるのだが、今回は何と竹藪を持たない私が、個人所有ではない河川敷の竹藪に初めて向かったのだ。しかし、掘り跡はあっても、一向に見当たらない。あきらめて帰りかけたら、掘り忘れたのか、2cmほど頭を出したタケノコを数本発見、何とか収穫出来た。

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花筏 1

 帰路、市越(いちごえ)の池を通る。団子に傾いた心が、名残の花に戻り、ひとしきり池を回り散策してしまった。正に爛漫の桜は散り、池には花筏(はないかだ)が散り敷いている。


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花むしろ

 池を回る道は、夥(おびただ)しい花むしろ状態になっている。自然とは裏腹に色気も何もなく奥まった場所へ足が進んでいく。


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究極の花筏

 池の一番奥まった場所まで来た。何とここは、花筏の終着の入り江になっていた。時間を経た花から昨日の花まで、来るべき時を静かに過ごしながら格別の花筏を作っている。不思議な場所に迷い込んだ気分になった。


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一帯の木蓮

 また、この一帯は、気づいていなかったが、赤い木蓮が何本も植えられており、時を同じくして名残の花々を競い合いながら咲かせていた。思わぬ巡り合わせで、花も名残も団子も満喫してしまった。
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2018年04月05日

730 予 行 演 習

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山本牧場入場券

 風の国のお父さんの案内係を拝命した。この時期どこへ行くかは、やや、中途半端な時期なので、少し悩んだ。桜は、既に終わって、さりとて、菖蒲などは、まだ早い、結局芝桜を見ていただくことに決定した。大洲・内子方面でとも考えたが、津島に良いところがあるという情報を得た。暇に任せて向かってみた。


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芝桜

 津島には、祓川(はらいがわ)温泉なる場所があると聞いていたが、そのそばであるらしい。祓川温泉は、友達から、小さな温泉だが、ぬるっとした泉質の良い温泉だと聞いている。ナビは、祓川を目指す。健康オタクとしては、いつか祓川に行ってみたいと考えていたのだが、今回は場所だけでもチェックしたいものだ。

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しだれ桜 1

 津島高校を過ぎた交差点から左折して、道なりに進む。祓川温泉と山本牧場の看板に至る。その細い道を右折して、祓川温泉に出た。目的の山本牧場は、少し戻った手前を、また、右折、最後に更に細い道を右折して坂を登ったところにあった。

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三つ叉の花

 山の斜面や岩場などを利用した牧場と芝桜で有名な場所だ。山羊や牛、鶏などが飼育されていた。何よりこの芝桜の時期は、1日千人くらいのお客があるらしい。入場料は、300円なので、✕1000人=300,000円、結構な経済効果だ。


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逆光のしだれ桜

 行ってみると、噂通りお客は、結構来ていた。知人のHさんや松野のUさんなども来ていたので、しばらくお話を聞いてみると、Uさんの娘がここに嫁入りしていたようで、私も30年以上ぶりの再会となった。

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しだれ桜 3

 今回はしだれ桜が満開で、芝桜とのコラボで、なかなか見応えがあった。道のりは、国道からかなり入る奥まった場所なので、ぽっちゃりお腹の健康オタクとしては、安全運転を旨としながら、お腹に力を入れて息を吐く腹筋元気呼吸をしながら走ってみた。


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途中の大木蓮

 お父さんを連れて来る頃は、一週間後なので、既に桜が終わっているように思われる。喫茶店もあるので、美味しいソフトクリームでも食べながら、芝桜を眺めることになりそうだ。 
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2018年04月02日

729 爛 漫 巡 り 2

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奈良霊園の桜

 爛漫の旅から帰り、ひとしおの疲れの中に身を置いたが、時には地獄で仏に遭遇することもある。望まない目覚めのうちに、SEDODONを鑑賞する。不思議に心落ち着く。篤姫が、将軍家定に嫁ぐ前の長い準備、それは、希望というよりは、試練に近かったのかも知れないと思う。旅から帰ってみると、鬼北も正に満開の花々になっていた。

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役場裏の桜

 自然に足は、第2の旅に向かい、再びアクア号に乗っていた。役場裏の広見川の桜も、まごうことなき満開の時を迎えていた。花はあまりにもはかないので、そのピークを心から楽しむ機会に巡り会えることも、本当は難しいのかもしれない。花がピークでも、心がピークでない場合もあるからだ。

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立派な木瓜?

 西郷さんと篤姫との心の交流は、どこまでが本当の姿だったのか、大河のドラマを見ていても、その真実は分からないように思う。作者の思い入れや解釈がそこに描かれるからだ。しかし、深く考えずに大河を楽しむ。すると、気づけば地獄から極楽に身を置いている時が訪れる。旅は、日吉回りの道をとっている。

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三島の桜

 並木の桜も心惹かれるのだが、不思議に、名もない1本の桜でも、周りの空気を含めて1つの強い存在感を発しながら立っている木には、強く心を惹かれてしまう。自分の宿命の中で、篤姫は、西郷さんに心惹かれる。篤姫に慕われる西郷さん、うらやましい限りだ。


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日吉の桜

 日吉では、何度もこの場所で、広見川と桜のコラボを撮ってきた。同じ場所ではあるが、これも、一期一会なのかもしれない。大洲へ抜けてみようと思った。

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城川のレンギョウ

 城川へ下る坂で、美事なレンギョウに遭遇した。桜を巡る旅だが、立派な木瓜(ぼけ)の花やレンギョウに出会うのも、楽しみの1つだ。田舎は、それぞれの花を愛する人が、思いを込めて植えたであろう時を経て、主のいない時を迎えても、旅人にその魅力を力強く伝えてくれるという場合もあるのかも知れない。レンギョウの咲くお家には、人が住んでいる気配があまり感じられなかった。

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城川の木蓮

 ダムに続く道を進んでいくと、もう散ったはずの赤い木蓮が、ここではまだ固いその蕾(つぼみ)を天に向かって力強く伸ばしていた。その咲かんとする強い意志を感じて思わず見入ってしまった。

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どこかで見た風景

 道すがらその曲がる辺りに咲く木に心惹かれるのは、なぜなのだろうかと、ふと、思う。いつか見たことのある懐かしい風景にも似て、正に最高のタイミングで目の前に現れたからなのかも知れない。

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双海の桜

 とうとう大洲から長浜を抜け、双海の辺りまで来てしまった。最後はここの菜の花と桜のコラボを撮って帰ろうと思ったのだ。しかし、最もいい菜の花のスポットには、頃合いの桜はなく、別の場所の土手の中腹に、私の好きな見上げる桜が、最高の状態で咲いていた。

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双海の菜の花

 菜の花も、見上げる構図でカメラに収め、花との出会いに感謝して帰路についた。大洲からの高速なら、何とか我慢できそうなので、三間までのコースを帰った。何だか良いタイミングで今年の花巡りが終えられた気がする。案外、これは、地獄から出(い)で来(き)て、極楽往生ができたのかも知れない。
posted by tentijin at 06:36| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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