2018年05月30日

747 梅 雨 の 花



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ツリガネソウかな?

 沖縄・九州に続いて四国も、どうやら梅雨入りした様子だ。この季節の風の国お手伝いは、1回目の草刈りが終わり、本当なら、2回目は、除草剤で草を駆除する番であったが、お父さんの元気が失われて、どうも後手に回ったらしい。風の国では、その間に我が家にやって来たツリガネソウのような花が元気に咲いていた。



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色づき始めた

 風の国の坂道を上りながらふと横の藪(やぶ)を眺(なが)めると、枇杷(びわ)の実がもう色づいてきていた。後手に回った柑橘畑の草は、除草剤をかけても、背の高いまま枯れるので、それを取り除こうとすれば、二度手間になってしまう。


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かしわ葉紫陽花(あじさい)

 風の国で、鬼北よりも2週間も早く咲き始めたかしわ葉紫陽花は、この時期の主役のような花である。二度手間をしないようにするためには、畑で伸びた草をもう一度草刈り機で刈らなければならない。草刈りは、なかなかの重労働なので、今回のお手伝いは、草刈りとなった。


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母の日プレゼント

 母の日に大阪から送られてきた蘭の花も、風の国の玄関を飾り、華やいでいる。今回の草刈りは、クロチの畑だった。私も頑張ったが、クロチ全部を刈ることができなかった。残りは、次回のお手伝いになるだろう。


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色づき始める

 風の国のひのら(前庭)にも、以前送られてきたり、購入したりしたたくさんの紫陽花が少しずつ咲き始めている。私が行くまでに、お父さんが少しは草刈りをしたようだが、体力の低下は著しく、ほんの一部だけの草刈りの様子だった。


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こちらは鑑賞可能

 紫陽花は、植えられている土が酸性なら赤くなり、アルカリなら青くなると聞いていたが真実は定かではない。時々、草刈りでもしようかと、思いつくことができる間は、お父さんも、少しではあっても、草刈りをされると思う。その仕事を補うように私も頑張ってお手伝いをしていきたい。


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乳草系はびこる

 クロチに行って草を刈ってみると、例の乳草系(ちちくさけい)の草がかなりはびこっている。この草が畑にはびこり始めると、畑が荒れていく前兆だと言われている。しかし、いかんとも成しがたい現状ではあるのかも知れない。

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玄関にやって来た花々

 我が家の玄関にやって来たツリガネソウのような花々は、案外水揚げがよく、もう2〜3週間その立派な花を咲かせ続け、私たちの目を楽しませてくれている。お手伝いは、私の比重が大きくなりつつあるが、私が、平日にやって来ることはまだできない。お父さんにも、できるだけ元気でがんばっていってほしいと思っている。 
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2018年05月27日

746 西 郷 ど ん の 旅 3

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中京区の薩摩藩邸址

 西郷どんの旅は、いわば自己満足の旅でもあると思う。大河や西郷どんのファンでなければ、おそらく、1mmもおもしろくもおかしくもないはずだ。大河や西郷どんにはまってしまった私にとっては、様々に思いを巡らすことができる、何とも言えない旅なのである。大学の同窓生の楽しい懇親会が、今回の旅のメインではあったが、プラスアルファーの西郷どんの旅も、劣らず楽しい旅ではあった。3日目は、体を休める1日でもあり、最後のさまよい観光の1日でもあった。


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鍵屋があった辺り

 まず向かったのは、中京区にある大丸デパート、蛤御門(はまぐりごもん)の変で焼亡してしまった錦小路薩摩屋敷の址。デパートの裏手の植え込みにひっそりと石碑が立っているだけであった。ここは、龍馬と西郷が初めて会った場所だそうだ。また、この近くに西郷が斉彬公の訃報を受けたと言われる西郷の定宿、鍵屋旅館のあった辺りがあるというので、探してみた。散々聞き回り、やっと紹介されている場所の写真の地点にたどり着いた。

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同志社前の薩摩藩邸址立て札

 次は上京区の今出川通りまで、懲りずに徒歩でさまよい歩いた。同志社の校門近くに薩摩藩邸二本松屋敷跡の石碑がある。説明の看板によると、元々は相国寺の敷地内に土地を借り受け、藩邸を作ったとある。広さは、同志社キャンパスの3分の2、明治になり、新島譲がここを買い取り、同志社を開いたとあった。

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蛤御門(はまぐりごもん)

 今出川通から、御所の西側を南へ下っていき、西郷が活躍した禁門の変の蛤御門を目指す。今は、京都御苑となっている御所の中には、篤姫ゆかりの近衛邸址や久坂玄瑞が自決した場所などが、点在している。蛤御門から御所に入り、東側に抜けていった。


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祭に出くわす

 御所の東側に出てみると、何やら祭なのか、牛車(ぎっしゃ)や馬に乗った烏帽子姿の方々、聞いてみると、上御霊神社 御霊祭というお祭りらしい。その様子はいかにも古式ゆかしい京都風であった。

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大久保利通邸址

 御所の東側、今出川通の近くに大久保利通の邸があったらしい。あたりで聞き回り、民家の塀の外にその石碑を発見。今出川の薩摩藩邸の近くである。ここまでで昼過ぎまでかかり、再び疲れ切った。一旦ホテルに帰って休息をとる。

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戊辰戦争戦没碑

 夕方、少し体力回復、京都駅の南側にある東福寺を目指す。ここには、戊辰戦争の薩摩藩慰霊碑があり、途中でそれを発見した。

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楓若葉の向こうに

 東福寺は、紅葉の名所らしく、ここも、楓若葉で燃えていた。


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残念中には入れず

 残念ながら、時間は17時を過ぎていたので、近代的な折りたたみの門が閉まっていた。東福寺の塔頭の1つ即宗院は西郷と月照上人が密議を交わした場所であったらしい。


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渦潮

 4日目は、梅田に戻り、ひたすら四国宇和島を目指す。梅田を昼頃出発し、海を渡る。大橋から渦潮を眺めながら、旅はいつもこの終わりのセレモニーで締め括られるなあと、車窓を眺める。


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讃岐の山

 海を渡ると、見覚えのある香川の山が車窓に広がる。ため池が窓の外を流れたり、松山に近づくと、黄色く実った麦畑が広がったり、いなかに帰ってきてしまったなあという感慨に満たされていく。


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無事帰着

 長旅を終え、宇和島に着いても、日が長くなって、あまり暗くはなっていない。往きは、宇和島自動車のバスだったが、帰りのバスは、阪神交通のバスになっている。この便は共同運行しているのだろうか?往きが宇和島乗客3人という少ない人数に心配をしたが、帰りは15〜16人は乗っていたので、気持ちは、何やら到着の安堵と重なっていた。 
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2018年05月23日

745 西 郷 ど ん の 旅 2 

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中華料亭「一之船入」

 西郷どんの旅、歩き疲れ、とうとうバスを選択、親戚の家を目指すことにした。下鴨神社方面の家に到着、しばらく休ませてもらった。お昼は、ここの姉夫婦と昼食をすることになっていた。昔は桂川の荷下ろし場だった場所にある。創作中華「一之船入(いちのふないり)」というお店だった。

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コースの始まり

 中華なのに一品ずつ品々が並ぶコース料理になっている。生ビールをいただきながら、贅沢な昼食をいただき、何だか疲れも少し飛んでいくような黄金の時間が過ぎて行った。感謝感謝である。重い荷物を運んだ甲斐があったというものだ。

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林光院

 昼食後は、姉夫婦と別れ、夕方までの時間を、またまた、さまよい観光の西郷どん旅に戻した。まず、御所の今出川門を目指し、同志社の奥にある相国寺(しょうこくじ)に至る。目的は、相国寺塔頭の1つで島津家ゆかりのお寺、林光院である。同志社の辺りが、薩摩藩邸のあった場所なので、相国寺が、薩摩にゆかりのある寺なのは納得がいく。鳥羽伏見の戦いの負傷兵をこの寺で治療したらしい。


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お経の観音様

 林光院を見た後、本堂など御開帳されている場所があるようなので、相国寺を少し見て歩くことにした。観覧料は800円、お経の文字で描かれた観音像があった。本物は撮影禁止、しかし、撮影用に複製画が展示してあったので、私の陰が移ったまま撮影してきた。


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天井画の龍

 天井に有名な龍の絵も、にらみを効かせていた。私は近眼なので、詳細はよく分からないまま鑑賞をした。


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相国寺浴室

 浴場も開放されていて、修行僧が入浴をしたと言われる風呂を見ることができた。昔、菩薩が浴室に入り、水で悟りを開いたとの故事から、今の入浴とは違い、修行僧がそれに習うというような宗教的な意味合いが、入浴にはあったらしい。


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薩藩戦死者の墓

 また、林光院を少し行った奥には、様々な戦いで倒れた薩摩藩士が眠る共同墓地石碑が建立されていた。ここまでで、私の疲れもピークを迎え、地下鉄でホテルに直行、夕方までの少しの時間休憩をとった。


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「らんぶる」

 さて、お楽しみの約束の時間、一力亭前での待ち合わせ、この時間帯の車の多さに、バスは遅れ、少し遅刻して皆さんと合流することができた。懇親会の場所は、「らんぶる」というお店で、またまた、コース料理を味わいながらグラスを傾け、懐かしい話に花が咲く。


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集まった5人

 集まったきっかけは、最年長のOさんが群馬から出てくる。応仁の乱の場所を巡るらしい。集まって飲むかという成り行きと相成った次第だ。京都での同窓会幹事の1人だった私にもお呼びがかかり、これ幸いと、西郷どん旅を兼ねてやって来た。実は、これがこの旅の第一の目的であったのだった。ともあれ、楽しい京都の夜を過ごすことができ、満足満足であった。
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2018年05月20日

744 西 郷 ど ん の 旅 1 

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京都タワー

 現職時代、あれこれアルバイトやら、第二の仕事も思い描いたが、結局、DNA的な寿命が頭にちらつき、とうとうそれらは、実現せずにここまできてしまった。趣味で農業のまねごとをする。趣味でも経費がいる。小屋作りも同じくで、ずいぶんと筍生活を進めてしまった気がする。大河に癒やされるのに、なかなかその大河の旅もままならなくなった。それでも今回、英断して大学の同窓旅と合わせて、西郷どんの旅も兼ねてみたいと出かけた。


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清水

 場所は、京都、候補の場所は、30以上あったが、そんなに回れるはずはない。ともあれ、思いつきでその中から行ける場所を絞りつつ、もう1つの目的、親戚の家をも目指して、頭は、地図の上を歩く。いつものように、夜行バスで梅田に朝6:20に着いた。食事場所も、大阪では、まだ、開いていない。京都まで移動したが、それでもありつけたのは、駅前で調達したサンドイッチであった。仕方なかろう。

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成就院

 親戚は、下鴨方面なので、駅から北を攻める。まずは、清水がらみで、清水の左奥にある成就院を探した。ここは、近衛忠煕(このえ ただひろ)、月照上人、西郷などの勤王の志士たちが、密談密議した場所だそうだ。バスで清水近くまで行く。坂を登って清水に至り、成就院は、左奥にすぐに見つけることができた。

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楓若葉

 次は、清水の右奥600mほどの場所にある清閑寺を目指す。清水の舞台下を通り、音羽の滝方面に至る。楓若葉の中、山道を登って行く。


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清閑寺

 清水の坂やら、続く山道に汗が噴き出してくる。上着は、バックにしまい込み、歩く。山の小道の向こうに、天皇陵に並んで苔むした清閑寺に至る。誰も訪れそうにない鄙(ひな)びた小さな家の小さな離れのようなお寺であった。でも、とても感じの良い癒やされるようなお寺だった。ここも、西郷と月照上人が謀議を凝らした場所だそうだ。


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道端のオブジェ

 山道を清水まで戻り、2年坂、3年坂を下る。不思議なオブジェにも出くわす。この辺りに、次なる目的地、春光院があるはずなのだが、なかなか行き当たらない。高台寺の塔頭の1つで、ねねの道にあるのだそうだが・・・。


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魅力のポスター

 春光院の近くには、心惹かれるポスターが貼ってあったが、結局、今回の旅で、この催しに遭遇することはできなかった。


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春光院

 やっと春光院を見つけたが、中には入れない。ここは、月照がしばらく住まいにしていた所で、やはり、西郷や幕末の志士たちと密議を凝らした場所であったようだ。成就院、清閑寺、春光院、いずれも観光地としてはマイナーな場所で、逆に謀略密議にはふさわしい場所だったのであろうと思われる場所であった。



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一力亭

 昨夜の寝不足と歩きながらさまよう旅なので、体力は、どんどん消耗して、折りたたみ傘と地図しか入っていない肩掛けバッグが、石のように重くなってきた。おまけに親戚へのお土産が腕を更に重くして青息吐息状態になってきた。祇園まで歩き、今夜の集合場所の一力亭にたどり着いた頃には、倒れそうになってしまった。 
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2018年05月16日

743 夏 来 る ?

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ブラシの花

 どうやら夏は、知らぬ間にその歩を進め、若葉は、少しずつ青葉へと移行しているように感じられる。夜な夜な訪れる不思議な目覚めに悩まされながら、時には西郷どんに救われたり、夥(おびただ)しい悪夢のような夢また夢の世界をさまよったり、そして、目覚めると、初夏の鮮やかな自然の色が目に飛び込んでくる。赤いブラシの花もその1つだ。

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池の若葉

 散歩の前に、少し池を散策すると、若葉と青葉がひしめき合って山は盛り上がって見える。池に映った若葉の汚れない明るい緑が、池を華やかに彩っているようにも思える。夜ごと私を、少しだけ救いの方向に導いてくれる西郷どんの物語は、島津斉彬(しまづなりあきら)が急死した後、波瀾万丈(はらんばんじょう)の流れに翻弄(ほんろう)されているように見える。

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蜜の吸える花

 子供の頃、道草の途中、野原に座り込んで、蜜を吸った花、そんな子供の文化は、既に今の子供の心の中からは消えてしまっているんだろうなと、思いながらシャッターを切った。井伊直弼(いいなおすけ)が反対派を安政の大獄で弾圧、慶喜(よしのぶ)を将軍にと画策した西郷と月照も、薩摩まで逃げ延びるが、追い詰められて、冬の海に2人は入水。

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照葉樹?

 見上げると、栗の若葉は、この時期少し色を増して、それでも若々しく輝いている。栗が照葉樹なのかどうかは知らないが、何だかそんなフレーズが頭に浮かんでくる。勤王の僧侶、月照は亡くなり、西郷は一命を救われる。何という運命だろうか。生かされてこの後の歴史に名前を刻むのだから、正に波瀾万丈の幕開けのようにも思われる。


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木漏れ日と木陰

 公園の散歩は、もう気温がずいぶんと上がってきて、少し息苦しくなってきた。それでも、散歩道の脇に生えている木々のおかげで、陰を作ってくれている下を歩くのは、少し清々しい変換が心に起こってくる。斉彬が、遠くが見える天才的な人間だとしたら、弟の久光は、少し凡庸(ぼんよう)に見える。幕府におもねる父親の斉興(なりおき)が薩摩に帰って、とうとう西郷は島流しになる。

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青葉の裏側

 散歩の最後は、木陰のベンチに寝っ転がって、上を見上げるのを常としている。すると、青葉の裏側が見えてくる。木々が、枝を伸ばそうとする前向きで一途な心が見えるようでもある。青空も向こうに見えたはずなのに、写真ではハーレーションの中に隠れてしまった。西郷どんは、斉彬の遺志を継ぎ、どのように復活していくのか、とても楽しみだ。

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黄色き花

 公園の駐車場の脇に黄色の鮮やかな花がたくさん咲いているのが見えた。引き寄せられて、行ってみると、以前植えられたもののようではあるが、今では、毎年、野生の花のごとく自然な様子で咲いているのが分かった。さて、全国に西郷どんゆかりの地は、数多くあるだろうが、たまたま旅に出る方面にも、その場所がありそうなので、少しだけ寄り道をして帰ってきたい。  
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2018年05月14日

742 初 夏 の 農 園

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倒れたラビット・テール

 可愛い姿で咲いていたラビット・テール(兎のしっぽ)急な雨でいっせいにお辞儀をしてしまった。いったい花なのか穂なのか良く分からないが、プランター一杯に発芽してあちこちにもらわれていった。不思議な植物だ。


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庭のバラ

 昨年根元に施した牛糞が今頃効いてきたのか、今年は、庭のバラの花が、この時期次々と花を付けて目を楽しませてくれる。正直なものだ。



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庭の芍薬

 庭の木陰には、シャクヤクの花もたくさん蕾や花を付けている。牡丹同様、1つの花の寿命は短いが、鮮やかな花は言われる通り、美人を彷彿(ほうふつ)とさせる。


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ゴボウの新芽

 晴れ間に誘われて農園を回ってみると、11月に植えたゴボウがずいぶんと生長して鮮やかな葉を広げている。まだ、その大きさは、最大時の8〜10分の1程度だが、順調な生育のリズムに乗った気がする。寒さで発芽せず、ビニールをかぶせていたら、春先になってから一斉に発芽してきた遅れてきた青年なのである。


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極早生タマネギ

 御近所に苗を配り、余った生育の悪いタマネギ苗も、やっと、極早生(ごくわせ)が倒れ初め、ハウスに収穫して乾燥を始めた。今年は、天候のせいか、生育は悪く、ラッキョウの親玉のようなものがたくさんできている気がする。

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キュウリ苗

 苗も今年は、種まきから育てられず、買ってきたものばかりとなってしまった。買ってきたこのキュウリ2株も、ハウス内の片隅に植えてみた。ウリバエの犠牲になることが分かっているので、、ハウス栽培も一方法だと思う。


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耕耘機小屋

 畑の栗の木の下に耕耘機小屋を作っているが、畑で使う道具入れがその横にほしいという思いが以前からあった。肥料などのように、濡らしたくない小道具もあるので、冬場に挑戦してみた。


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3段物入れ

 波板を表面と屋根に打ち付けて防水した3段の物入れが完成した。国体の看板作りに使った木材とベニヤ板を再生利用して、防腐剤を塗り、波板まで貼り付けたのだから、少しは長持ちして農園を支えて欲しいものだ。  
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2018年05月10日

741 晴 れ 間 に て

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もう花が咲いているミニトマト

 普通なら、五月晴れの青空が広がるはずなのに、まるで梅雨の雨か、台風の雨のような大雨注意報の日々が過ぎて、やっと晴れ間に恵まれた。農園活動にやや興味を失って、夏野菜も少し縮小したい思いで草引き作業の後の農作業にいそしんでいる。


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ジャガイモ順調

 昨年までは、トマトだけで100本近く苗を植えたが、今年は、未だ15本程にとどまっている。また、昨年は、40本ほど植えた茄子(なすび)も10本に足らない現状である。何だか体の内なるパワーが失われてきているのかもしれない。


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花まで咲いた

 激しい雨がやんで、農園を回ってみると、草引き後、最初に植えたジャガイモが、かなり順調に育ってきているように思う。一部種が悪かったのか、発芽していない所もあるが、赤ジャガも白ジャガも、かなり大きくなってきた。

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ほうれん草

 白ジャガの茎には、既に薄紫の花まで咲き始めている。雨が上がって、急にジャガイモ君たちは生長してきた気がする。良きイモに繋がって欲しい。

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山芋発芽

 うっとおしい雨ではあったが、発芽したほうれん草も、順調に育ってきている、恵みの雨だったかも知れない。農園の片隅に植えられた山芋君たちも、一斉にその蔓を伸ばし始めている。

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レタス

 J君にもらって植えたレタスも少し生長したように思える。レタスは、乾燥を好む野菜だが、今回の雨では、腐ってしまうほどのお湿りではなかったのだろう。


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ピーナッツ

 雨のおかげで、7割くらい発芽したジャンボピーナッツ、発芽率が悪いので、最後の雨の前に新たな種を、発芽しなかった3割の場所に植えておいた。恐らくそれでも、100%になることはないのだろう。ともあれ、まあ、ほぼほぼ収穫出来る程度に発芽すれば、最後は良しとする。趣味の範囲なのだから。


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枝豆の芽

 枝豆やピーナッツは、通常は、肥料をやらずに種を蒔く必要がある。肥料をまだやらずにおいた場所に、枝豆も植えることとした。今回の雨で、植えておいた枝豆も、にょっきりとその芽を出していた。順調に枝豆に生長して、私の栄養満点おつまみになって欲しい。 
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2018年05月07日

740 お 遊 び

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鬼グルミ

 50代の初め頃だから、もう15年ほど昔になるだろうか。おもしろがって大枚4,000円をはたいて苗木を買った。おまけにその苗を勧めてくれた方が、野生の苗もくれたので、我が家には、2本のクルミの木が空き地に生えている。

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クルミ割り機

 植えた当初は、どちらも実を付けたが、2〜3年すると、片方のみ実を付け、他方は実を付けなくなった。できるクルミの実は、長細い形なので、オニグルミという種類になるのかもしれない。

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クルミの殻(から)

 食べてみるに味は十分に美味しいと思われるので、鬼が付いていても一向に差し支えないようだ。ただ、困ったことが1つある。このクルミという植物は、生長が極めて早いので、すぐに大木になってしまう。


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クルミの中実

 我が家の空き地は、とても狭い土地なので、すぐにお隣さんに御迷惑をおかけするようなサイズになってしまう。かといって、毎年枝を切ると、実がならなくなるので、意味がない。


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味噌を砂糖で味を調える

 そこで編み出した方法は、1年毎に枝を切るという方法だ。これでも1年実を付けて、翌年は実がならないというサイクルになる。もっと良い方法はないものか思案した挙げ句に、枝をいっぺんに切らずに、半分間引きする形で切るという方法である。


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刻んだ中実を投入

 クルミの木は、初めは1年で1mくらい枝を伸ばしていた。ところが、そのうち根付いてくると、1年に2mくらい伸びるようになり、今では、3mくらい生長するようになった。放っておくと、とんでもない大木になってしまう。


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味噌と混ぜ合わせる

 やはり、定期的に枝を切って、大きさをほどほどにしておく必要がある。幸いこの木は、切っても切っても新しい芽が出てくるので消滅するということはない。全ての枝を切ると、翌年、実がならないので、半分の枝を切る。切らなかった枝に実が付くという寸法だ。


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ビンに詰めたら出来上がり

 実は、専用のくるみ割り機で割ってサラダに入れたり、ケーキなどにも使えると思う。今、私が凝っているのは、クルミ味噌にして食べる方法だ。少し古くなった赤味噌に砂糖と辛子を入れて味を調える。割ったクルミの実を適当な大きさに刻んでその味噌の中に投入する。よく混ぜて瓶詰めにしたら出来上がりだ。大変美味である。  
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2018年05月04日

739 こ こ ま で 来 に け り 

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風の国のキンセンカ

 連休も終わりかけになり、いつものごとく行楽はない我が家だが、風の国お手伝いも、一段落したので、少しのんびりしたい気持ちになっている。


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風の国の名も知らぬ

 風の国の花々も、春を通り越して咲いているものや夏の領域に咲くものが、その美を競っている。年末から続いた収穫作業もポンカン、伊予柑、デコポン、清見と、4月半ばまでには、終わってしまった。

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畑の草

 暖かい陽気が進んでくると、柑橘の畑は、草だらけに変わってくる。農作業が嫌になってきているお父さんも、我々が行くと頑張って作業に参加することができる。したがって、もう捨ててしまっている馬の瀬は、広いが一番荒れてしまっている。


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草刈り完了

 収穫作業の後は、草との闘いで、お父さんの体力低下に伴い、私の出番も増えてきている。クロチ、垣内作り、アサジリと3カ所の草刈りに貢献することができた。最後は、機械の入らない伊予柑の中を手で草取りをした。


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次は肥料まき

 草との闘いが一段落すると、終わったところから肥料を撒いていく、この作業は比較的軽い作業なので、我々が来ない平日にお父さんが単独で進めていくことも可能だ。


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刈った草の上に

 どの程度の肥料をやるのか、お父さんはその塩梅をよく了解しておられるので、私が手伝う折りには、見よう見まねでそれを習う。草を刈り終えた畑に撒いた肥料の力で、柑橘の甘さが確保されるそうだ。購入する肥料代は、10万円以上だと聞いている。


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石楠花

 これらの作業がほぼ終わり、連休を迎えるのが、風の国の通常のサイクルになっている。風の国のヒノラ(庭)に石楠花が花を付けるのが、この連休の頃と重なる。石楠花にご苦労様と慰労されているような気もする。
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2018年05月01日

738 初 夏 の 領 域 

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椎の花

 雑木林の椎(しい)の木が一斉に花を咲かせている景色を見ると、もう春というよりは、初夏の領域に入っているような気になる。山は盛り上がり、迫ってくるように見える。世間は連休に突入しているが、相変わらず夜中に目が覚めて地獄タイムが訪れる。私くらいの歳になると、みんなこんな時間を過ごしているのだろうか?

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初トンボ

 メダカ池にも初トンボがやって来て、羽を休めている。もう、やはり、夏の領域に入り込んでいるのだろう。一度夜中に目覚めると、どんどん目は冴えてくるから始末におえない。布団の中で心休めれば、また、眠りに戻れるだろうとアドバイスをいただく方もあるのだが、なぜかどんどん目は冴えてくるのだ。


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ジャーマン・アイリス

 たくさん咲いていたジャーマン・アイリスが、長年の間に、どんどん紫欄(しらん)?に囲まれて形勢が悪くなり、負けそうになってきている。大きくて一見強そうに見えるアイリスの方が負けてしまうのかも知れない。地獄タイムに突入したら、心を決めて起き上がることにしている。起きて、西郷どんでもビデオ鑑賞していると、地獄感からは解放されて浄土に至ることができる。今のところこれが最上の選択なのだ。


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楓若葉

 散歩道で出会う公園の楓若葉も、燃えるがごとく鮮やかである。周りの山も、あちこち新緑の色に染まってきている。桜の若葉は、もう色を増し夏の葉に近づいている。西郷さんは、とうとう主君を失い、その遺志を継いで奮闘するが、頼みの水戸も、慶喜も、蟄居の定めに入ってしまう。物語のディティール(細部)は作者が描くイメージだろうと思うが、本当はどうだったんだろうと想像すると楽しい。

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巨大アスパラ

 もう消滅したのかも知れないと思っていたアスパラが、突然、巨大な芽を出す。直径は2cmくらいある。伸ばすか収穫かの決定は、問答無用の収穫になり、肉巻きの姿で食卓にのぼった。最も斉彬に近く仕えて、とうとう斉彬を越える程に時代の先端を歩き始める西郷さんがどうなっていくのか、今回もどんどん作者に乗せられていくのが分かる。


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レタス

 農園の大草もほぼ引き終えたので、J君からもらったレタスを植えてみた。野菜作りの情熱は、どんどんしぼんでいくが、遅ればせながら、一歩ずつ前に進むしかない。時代に逆行するかのように、大老井伊直弼が安政の大獄に向けて歩んだ道筋も見え、桜田門外の変にどのように続いて行くのか興味が膨らんでくる。

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ほうれん草

 雑然としたハウス内には、植えられることのなかった野菜の種がたくさんある。いったいいつの種なのかも分からない。試しにまいてみたら、少しだけほうれん草が芽を出した。J君の畑では、もう立派なほうれん草になっている。まだ、夏の入り口なのだから、やることはあるはずだ。浄土から眠りにつき、朝を迎え少しだけ力が湧いてくる。がんばろう!
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