2018年12月28日

799  足 跡 を た ど っ て み る

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セクシーな巨大大根

 例年のこの時期、鬼北の餅米を60kg風の国に持ち込む。餅米の量としては、おそらく半端ない量なのだと思う。それだけの量の餅つきをやめてしまうのは、あまりにも寂しい気がして、巳午(みんま)餅に使わなかった半分の30kgで、餅をつくことになった。

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干し大根に変身中

 我が家の巨大な大根を携えて、風の国に向かう。その姿を見て、お母さんはさっそく干し大根の製作を始めた。寒くて風のある天気に変わり始め、時機到来と思われたのだと思う。


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竈(くど)セット

 いつもは、我々が風の国にやって来る時刻には、餅つきは半分くらい終わっている。朝早くからお父さんとお母さんで餅つきは進行する。今年は、前日から我々が泊まり込んだ。我々が起きてくる前に、かなりの準備ができている。お母さんの仕事だ。


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餅切り台

 餅米を水に浸けておくだけでも、半端ない仕事なのだが、2つの桶に浸けられていた。餅つき機を倉庫から上げる作業も重くて大変なはずだが、よちよちとしか歩けないお母さんが、いったいどうやって階段を上げて来たのだろうか?それを思うと、次からは、前日ではなく、前々日からやって来た方がいいのかもしれない。

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せいろに詰める

 餅切りをしたり、丸めたりする台は、食堂のテーブルを片付けて上にシートを貼り付けて設置する。今回は、一番遅く起きて朝食を食べた私の食事が終わってから準備された。これも、いつもならもっと早い時間に早起きのお父さんとお母さんによって設置されていたはずだ。

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後は火の番

 例年なら相棒は、お母さんの手伝いに入り、私はお父さんのお手伝いで、火の番くらいがせいぜいだった。しかし、今回からは、餅米をせいろに入れ、羽釜に乗せたり、羽釜の水をつぎ足したり、むせた餅米をお母さんのいる餅つき機の所まで持って行くのも、私の仕事となった。

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例年の半分

 ぼーっとしている私だが、竈(くど)にくべる薪を下の倉庫から持ち上がる仕事には気づき、準備することができた。しかし、私が起きた時には、既に竈は設置されていた。いつもなら、おそらく、これもお父さんが準備をしていたはずだ。

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背戸?(せど)

 白餅、よもぎ餅、蜜柑餅、紫芋餅と下の倉庫につき上がった餅が並んでいく。この並べる作業も、お父さんがやっていたように思われる。私もお手伝いをしたことがある。今回は、人数が少なくなっているのに、私がもたもたしているので、パーフェクターの相棒がその仕事を私からもぎとった。チャランポランナーの私は、竈の火に専念をする。


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疲れを癒やす

 海岸ぶちの立て込んだ集落の家と家の間の狭い空間を「背戸?(せど)」という。餅つきが終わって、その背戸の掃除を頼まれた。飛んできた木の葉やゴミがたまっている。大掃除の1つだと思うが、これもお父さんの仕事だったのだろうと想像する。それらの仕事をたどってみると、今まで見えなかったものが少し見えてきた気がする。  
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2018年12月23日

798  伊 予 柑 の 収 穫

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メロディーラインの紅葉

 雨上がりの薄い霧の中を進む。遅れてきた寒さのせいか、半島の雑木林は、ここへ来て紅葉している。例年ほどではなく、あまり綺麗ではないが、ちょっとだけ目を引く。


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最初の収穫、伊予柑

 この日は、最も早い晩柑類の収穫、伊予柑の収穫をした。伊予柑は、駐車場の横の狭い2段のみの畑で、収穫量もわずかである。とはいえ、モノレールもない場所なので、重いキャリーを人力で運び上げなければならない。

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運び役は、私となる

 いつもならキャリーを持って階段を上がる一番きつい仕事は、お父さんがやっていたのだが、これからは、そうもいかない。私か相棒が持ち上げるしかない。最後は力持ちのS君が少しだけ手伝ってくれて、半日の作業で収穫し終えることができた。キャリーは、全部で32キャリー、軽四トラックで倉庫まで私が運ぶ。何とかお役目を果たすことができた。


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十六夜(いざよい)の月

 その夜は、立派な十六夜の月が、宇和海に登る。親戚のTさんがくれたはまちをさばいて刺身を作り、S君を呼んで酒盛りとなった。私は早々とダウン、明日に備える。

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眩(まぶ)しい朝陽

 翌日は、また、垣内作りの畑での清見の袋かけ、雨が近そうなので、早朝から畑に向かう。この日は、気温が高く、上着も帽子も汗ばんで脱いでしまった。


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倉庫前のカタバミ

 途中から弟夫婦も加わり、作業の能率も上がる。相棒はせかせかと速い。弟夫婦も速いが、私だけがのんびりやっているかもしれない。作業は、畑の半分を過ぎ、東側に少し入ったところでお昼となる。


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気温が高く、夏のような海が見えた

 午後からは、雨になったので、お母さんの指導の下、昨日、摘んだ伊予柑の選果作業を習った。大中小にきれいでないもの、青いものなどを見分けて、新聞紙でまわりを包んだキャリーに選別して入れ替えていく。いつもお母さんが1人でやっていた作業なので、我々は初めてその様子を学ぶことができた。
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2018年12月19日

797  清 見 の 袋 か け

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光に走る舟

 師走に入って、風の国の海も、ぐっと冬バージョンに変わりつつある。空も鉛色の雲で覆われ始め、天使の階段が現れる日が増える。

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雲から出(いず)る光

 そうなると、夏の明るい青い海とは違い、モノトーンの色合いに近づいていく。しかし、それはそれで、冬らしくて心引かれる景色にも見える。

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サンテ(袋かけの袋)

 お父さんが存命の頃は、我々のお手伝いも、行き当たりばったりで、計画等というものはなかった。我々がやり残した分を、お父さんが、平日の間に、補いながら、次の週には、かなり作業が進んでいた。

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なりすぎている清見

 しかし、お父さんがいなくなってみると、お母さんは、足腰の弱りのため、柑橘の仕事はできないので、我々が計画を立て、遅れつつも進めていくしかない状況になってしまった。そして、年末のこの時期は、袋かけの時期なのだ。

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袋をかけていく

 クロチとウマキのデコポン畑がやっと終わり、いよいよ垣内作り(カキウチヅクリ)の清見畑に移った。畑に入ってみると、お父さんが亡くなった頃にやっていた実を間引く摘果が不十分で、実は大きくならず、小さな実が鈴なり状態であった。

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摘果した清見

 仕方がないので、まず、小さな実やきたない実をちぎって、あらあらと摘果をすませて後、残った実に袋をかけるという手間のかかる作業を進めるしかない。おかげで、木の下は、ちぎった清見があふれてしまう。我々はそれを踏んでは、転びそうになる始末だ。

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お父さん愛用のカギ

 3〜4週間で、弟夫婦も帰ってきてくれて、広い清見畑の半分近くまでやっと終わった。畑には、お父さんが木に登る時に使っていた枝に渡して作業をする板があちこちに残っている。また、枝を控えて作業するときに使うロープの付いた鉄筋でできたカギなども残って枝にある。我々は、それらを使いこなすほど熟練をしていないので、お父さんを思い出すよすがとこそなっている。
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2018年12月15日

796  冬 の 旅

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パンジー

 寒々とした灰色の空が広がる中、恒例になっている冬の旅に誘われた。インターチェンジのパンジーも寒そうだ。

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切符

 目的地は、坊ちゃん劇場と温泉の利楽だ。今年は、参加する人数が集まらず、世話役のMちゃんが苦労していた。

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ポスター

 演目は、「よろこびのうた」、私にはあまりなじみのない話であったが、徳島のドイツ人捕虜収容所での、ある捕虜と娘との物語であった。



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収容所所長

 結局、この日参集したのは、19名で、結果的には、この4年で最も多い人数となった。

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キャスト

 バスの中、私のお隣は、88歳のHおっちゃんであったが、おっちゃんは、大変お元気で、バスの中、私同様ビールや焼酎を楽しんでおられた。

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夕空

 参加メンバーは、皆さん高齢者の仲間入りをされた方ばかりであった。私もHおっちゃんと、死んだ父の話などできて、有意義な時間になった。

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記念に

 ワンパターンの冬の旅ではあるが、少し心が豊かになった気がしながら帰ってきた。 
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2018年12月09日

795 残 っ た 仕 事

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イチョウは裸ん坊

 御近所もみじも、既に散り果ててしまったので、最後の楽しみ、落ち葉の観察に神社を目指してみた。予想通り、神社の銀杏の大木は、もうその葉を全て散らして後ろの青空が枝の向こうに見えていた。

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落ち葉も今一

 ここでも、温かい気温を反映してか、落ち葉の色も、何だか冴えない色合いのように感じる。


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色合いが違う

 いつもの風景だが、神社の建物や境内に散り敷く落ち葉の色も、やはり、今一つの色合いであった。夏の頃は、御近所の方が、落ち葉などをほうきで掃いている姿を見ることがあるのだが、この銀杏落ち葉の季節には、誰も、その落ち葉を掃く姿がない。私が必ずその風情を眺めに来るように、誰もが、この風情を愛しておられるのだろうと思う。



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岡の川の広場

 風の国では、49日が来て、その祭壇も片付けられ、古い塔婆やお父さんの持ち物等を浜で焼いたそうだ。お父さんが亡くなった岡の川の広場には、主の1人がいなくなった軽四トラックが静かに止められている。


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岡の川の泉

 岡の川の泉は、この地区で最も水が豊富な場所だ。近所の人たちも、夏でも冷たいここの水を汲んでいったり、手を洗ったり、喉をうるおしたりと、この場所を愛し、頻繁に利用している。午後8時には、眠りにつき、午前1時か2時には目を覚ましていたお父さんは、午前3時頃になると、いつも、この岡の川の清掃に来ていた。


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落ち葉と木の実

 毎日、この岡の川の清掃をする人は、お父さんをおいてほかにはいなかった。「しなくてもいいのに。」と言う人もいたようだが、誰もがここは、きれいなのが当たり前だと思っていたのだろう。お父さんが亡くなった今は、ウバメガシの葉やドングリが落ちていて、ふと上を見上げてみる。何とそこにはウバメガシの木が枝を張っているのだ。掃除をする人がいなくなってはじめて、その存在に気付かされた。これからは、毎年、ウバメガシのドングリをここで目にするのだろうなと、歩きながら思う。


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トロ箱

 馬の脊(瀬・せ)の畑の上には、モノレールの発着場がある。その横にたくさんのトロ箱が積んであった。お父さんが焚き物にするために、どこかからもらってきて積んでいたものだ。これを分解して焚き物にする仕事こそは、お父さんがやり残した仕事だろう。お母さんが、風呂を焚くには、絶好の燃料なので、その仕事を、ある日、私が引き継いだ。


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まずは分解

 私がハンマーで箱を分解していく。相棒はその材を布のヒモでしばって束にしたり、コンテナに入れたりしてまとめる。


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束ねる

 2人の共同作業半日で全て分解、まとめ上げて家の地下倉庫まで運んだ。たまたま岡の川には、力持ちのS君がいて、一緒に倉庫まで運んでくれた。これでしばらくは、お母さんの風呂の燃料も、大丈夫だろう。
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2018年12月05日

794 御 近 所 も み じ 2

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初霜

 霜月を終え、師走に突入、暖冬と言われている今年も、とうとう初霜を観察することとなった。畑に残っていた乳草にも美事に霜が張り付いていた。



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田んぼのコスモス 1

 このところ、空振りばかりの牛糞もらいの三間行き、思わぬ所で、背丈の低いコスモスが、田んぼを飾っている。思わず車を止めてカメラを向けた。


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田んぼのコスモス 2

 遠目からなので、はっきりはしないが、どうもハート型やら様々な形に種が蒔かれているようで、育てた方の心のありようが見えてきて、その余裕やら遊び心が伝わってきた。


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国道向こうのもみじ

 私としては定番の国道向こうの藪を染める紅葉、結構長く目を楽しませてくれる。立派な日本庭園の紅葉とは、ひと味違う地味な風情なのだと思うが、なぜか、心を癒やされる。

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溜め池のほとり

 牛糞をいただく、山の中の牧場、山の中の道に入ってすぐの所に水田用の溜め池がある。ここにも、飾ることを意図していない紅葉がその水辺で赤に染まっている。見過ごせば見過ごしてしまうような1場面だが、この日は、心に届いてきた。

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庭のもみじ

 御近所もみじの最後は、長く父が鉢の代わりにブリキの缶に植えていた紅葉を、数年前、私が畑に植え替えてやった庭のもみじに到る。父以来なので、おそらく長い歳月を経てキャリアは十分だが、背丈はまだ、2mほどの我が家のもみじ。不思議に御近所の最後の最後に紅葉するのだ。


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最後のブルーベリー

 最後の最後と言えば、今年1番に目を楽しませてくれたブルーベリーの紅葉、特大の鉢に2本植えている。ここでも不思議なことに一方は紅葉し、片方は紅葉していなかった。それが、ここへ来てラストを飾るかのように、紅葉していなかった木が、えもいわれぬ鮮やかな色に染まっていた。植物には、それぞれに事情はあるのだろうけれど、今年も、私には、たくさんの心の癒やしを与えてくれた気がする。
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2018年12月01日

793 御 近 所 も み じ 1

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散歩場所のドウダンツツジ

 この秋は、ばたばたと過ぎていき、紅葉や黄葉を目指して出かけるという機会に恵まれなかった。しかし、デジカメのメモリーを開いてみると、意外にその姿が残っているのに驚いた。きっと取り立てて出かけるということはできなかったのだが、普段の日常でふと足を止めて撮影したのだと思う。

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市越池のカーブ辺り

 散歩場所のいつものドウダンツツジ、散歩に行く度にシャッターを切っているのが、判明した。美事な赤だ。また、松野の農業公社にビオラを買いに行くのに、裏道大好きの私は、いつも市越の池の横を通って松野へ出ることが多い。池の紅葉までは覗かず、カーブの辺りの紅葉を撮影していた。タイミングが良かったのかも知れない。


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成川奥の落ち葉

 成川渓谷には、唯一、どうだろうと、眺めに出かけた。何せ5分もかからずに到着する地の利を得ているからだ。奥まで行ってみたが、概ね期待はずれであった。道の落ち葉も、感じは良いが、色合いはまだまだであった。


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温泉辺り

 温泉辺りの紅葉も、やはり、色合いが悪い。暖冬傾向のある時期だったせいもあるかも知れない。

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林の中

 林の中の黄葉も、今一つかな。


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落葉樹

 落葉樹の辺りも、その黄色は、くすんでいるように見える。

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天満神社

 近永に出た帰りに寄った天満神社、いつも銀杏の落ち葉を撮影する場所だが、銀杏は、まだまだで、社の前の紅葉がグッドタイミングであった。
posted by tentijin at 06:44| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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