2019年01月31日

807 峠 を 越 え た か も ? 



1.jpg

私の力飯

 これは、私のこの日の力飯(ちからめし)だ。いつも誰かのおかげで、3食をいただいて、疑問にも思わなかった私も、退職後、少しだけ人間に近づいて、自力で自分の昼食を作ることがやっと板に付いてきた。ただし、中央の野菜とウインナーの炒め物と、茹でた農園の野菜だけが私の作で、頂いた漬け物、酢漬けときんぴら、豚汁は相棒作である。

2.jpg

スパームーン

 自分で食事作りにチャレンジして以来、少しだけ感謝の心が生まれたかも知れない。昨夜のスーパームーンにも励まされて、6mの長い梁を上げる作業に引き続き取り組んできた。今は、これまでの長い大工作業からも、何かしら学べるものがあるような気がしている。


3.jpg

第1休憩所

 軒の梁は、既に上がっているが、構造的に丈夫さを保持するために10.5cm角の太い角材を使っている。現在進行中の6本の梁は、9cm角のものになる。それでも十分重いので、クレーンを使ってじわじわと上げるしかない。やっと、第一休憩所までたどり着いた。

4.jpg

第2休憩所

 そこから、また、えっちらおっちら上げていき、3つの足場に登り変えながら、見上げる第2休憩所までたどり着く。とどめは、足場に登って、屋根の3角に梁を手作業で持ち上げていく。まず、中央をクリアしてから、左右を交互に上げていく。助手のいない私には、1日1本がせいぜいの作業なのだ。


5.jpg

L字金具

 軒を越えたら、屋根の3角にL字金具が3カ所に付いている。思えばこの3角を上げる時も大変だった。今回の梁を上げる作業では、このL字金具が1つの障害物にもなる。3角は3カ所あるので、その上に梁を運ぶには、3つの足場に登り変えながら、L字金具を越えて少しずつ上げていくことになる。


6.jpg

様々乗り越えて

 しかも、梁を上げて、白マジックで付けた印に合わせたら、ねじ釘でL字金具に止めていく。高所作業なので、片手は3角か梁、柱などを抱えて落下防止しながらの作業となる。下を見たらぞくぞくする。片手でネジをねじ込むのは、力が要り、休んでは少しずつドライバーを回すというよちよち作業が続く。


7.jpg

遂に全て上がる

 とにもかくにも、1週間あまり晴天を選んで1本ずつ上げていった。見上げると、軒の2本の梁とその上にくる6本の梁が全て上がった。我ながらよくもまあ、こんな作業が、たった1人でできたものだと感心してしまった。ふう〜!峠を越えたかも。
posted by tentijin at 01:12| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

806 1 0 0 ケ 日

1.jpg

庭の花

 本当に時は、淀むことなく流れていくもののようだ。49日の法要を終えて、片付けておいた祭壇を、小さなものにして再び設置した。お父さんの遺影も壁の上にかけておいたのだが、100ケ日をむかえて再び祭壇に飾った。


2.jpg

屋根に干された大根

 ある日、風の国に行ってみると、何と隠居部屋の屋根に干し大根が干してあった。足も腰も痛くて杖をついて歩いておられるお母さんが、家の2階の窓から屋根に出て、棟続きの隠居部屋の屋根に登って干したのであろう。大変な作業だったと思う。びっくりした。


3.jpg

100ケ日の祭壇

 100ケ日は、少人数の親戚や近所の方が来ていただいて、午後から念仏を申した。お寺の和尚さんは来ないけど、念仏に長(た)けた親戚のTさんが中心になって念仏を上げてもらった。地区に伝わる念仏のテープが存在していて、もう故人になっている方が、とても良い声で念仏を録音されている。そのテープに合わせてみんなが念仏を申すのが習わしとなっているのだ。念仏が終わって、参加した人たちで、最後の塔婆を持ってお墓参りをする。1つの区切りとなった。


4.jpg

旧式のモノレール

 デコポンの収穫中なので、既に収穫した100キャリーほどのデコポンを、クロチの倉庫から三崎道の倉庫に移動させることになった。クロチの倉庫から道路までは、20〜30mくらいの距離だが、道路まではモノレールで上げる。このように小さな倉庫から選果作業をする大きな倉庫にキャリーを上げていく作業を「まく」と言うのだそうだ。「巻く」なのだろうか?

5.jpg

10キャリーを積む

 このモノレールは、かなり古いものだし、エンジンがかかりにくいと聞いていた。止めてある場所も不安定な場所なので、なかなか始動のヒモを引くのに苦労する。また、テイクラという燃料を送る装置も付いていないので、チョークだけを引いて始動する。お父さん流のかけ方でやってみると、意外にうまくかかってくれた。


6.jpg

私よりゆっくり登ってくる

 モノレールには、目一杯の10キャリーを積んで、発進する。20〜30mの距離なので、私は横の道を自力で駆け上がる。モノレールには、道路まで上がると、ストッパーが付いているので、自力でギアが外れて止まる。

7.jpg

倉庫到着

 軽四をモノレールのゴール地点に止めているので、後は、私が自力で車に積み込む。モノレール2回分の20キャリーほどを積んで、大きな倉庫に運び、並べていく。これも、お父さんがやっておられた仕事だと思う。積み降ろしに力が必要だが、やはり、お役に立てて嬉しい。
posted by tentijin at 05:01| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月23日

805 暖 冬 の お か げ か な ?

1.jpg

玄関の花

 まだ、玄関には、お正月ぽい花が活けられているこの頃だが、大寒を過ぎ、少し寒い日が増えて、寒さが応える老体の私は、朝の9時を過ぎなければ、外に出て、行動開始にはならなくなった。それでも、9時を過ぎてぽかぽか太陽が顔を出すと、ついに意を決して、小屋の作業再開に踏み出した。暖冬のおかげかな?

2.jpg

休憩所

 小屋の作業は、山場にさしかかっている。6mもの梁を6本、屋根の三角の上まで持ちあげなければならないのだ。クレーンは、組み上がっている骨組みの中央に立っている。クレーンの動かせる長さは1m40cm程なので、当然、いっぺんに6mの長い梁を持ちあげてしまうことは不可能だ。


3.jpg

2段目の休憩所

 立っている柱は、4mに近い。軒の梁まで持ちあげるためにも、少なくても2カ所、休憩ポイントを作らなければならない。何ヶ月も悩み、やる気をなくしながら2つのアイデアに恵まれた。1つは、長い6mの梁が休める場所を柱に板を打ち付けて作るという方法だ。

4.jpg

上げていく

 この休憩ポイントに梁を持ちあげたら、一旦、クレーンを緩めて、引き上げた1m40cmの距離を元に戻す。それで緩んだロープを、休憩所で休んでいる梁からほどき、また結び直して、クレーンを再び1m40cm上げることができるようにする。


5.jpg

やっと1本上がる

 こうして2段目の休憩場所まで来て、もう一度ロープを結び直す。これで軒の梁の高さまで、上げることができる。そこからは手作業で、足場に上がり、梁を軒の上まで手で持ちあげる。片方が上がったら、反対側の足場に登り替えて、反対側も持ちあげる。かくして、6分の1本目の梁が上がることとなった。

6.jpg

L字金具に止める

 梁は、軒先が1mなので、吊り上げる前に、端から1mの所に白いマジックペンでけがきをしておく。そのけがきの線を屋根の三角の柱に合わせて設置できれば、後は、3つある屋根の三角に止めているL字金具の穴全てに、3本ずつねじ釘をネジ込んで、設置が完了する。全てが高所作業なので、梁は、1日1本上げればせいぜいであった。


7.jpg

材木の角(かど)に竹を設置

 さて、2つ目のアイデアは、クレーンの鎖やロープが軒の梁を傷つけずに、持ちあげる梁を上げることができるか、という課題の答えである。骨組みの中央にあるクレーンから伸びる鎖やロープは、梁の重さが全てかかった状態で、軒の梁の角をこすって移動することになる。軒の梁の角は、そのままだと、特に鎖で、必ず破壊されることは分かりきっている。それを防ぐために、孟宗竹を半分に割り、ねじ釘で軒の梁の角に打ち付ける方法を思いついたのだ。これが大成功で、6mの梁の重さも何のその、その竹の曲面で、スムーズに梁を持ちあげる作業が成功した。これには、大感激!!であった。暖冬君ありがとう!
posted by tentijin at 21:15| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

804 少 し 波 に 乗 る

1.jpg

お土産の灯油

 またまたお土産を持って風の国に向かう。灯油は、ガソリンスタンドより、ホームセンターが安い。また、ダイレックスというスーパーも安い。同じ店なのに、その宇和店の方がもっと安い。そのため、風の国の帰り道で、宇和で購入するのが一番安いことが分かった。ガソリンも宇和が安いのだから、当然の結論なのかも知れない。


2.jpg

お土産の野菜

 鬼北の農園には、未だ白菜がたくさん残っていたので、今回は、白菜と大根をお土産にした。なかなか畑での作業に参加出来ないお母さんの仕事の1つが、干し大根作りなので、大根を持って行くと、お母さんの仕事ができて良いように思われる。白菜も漬け物にすれば、1仕事になるかもしれない。


3.jpg

青いポンカン

 クロチのポンカンも、正月から採り始め、既に採り終えることができた。青いものだけクロチの倉庫に保管しておいたが、三崎道の倉庫へ運ぶよう指令が下ったので、モノレールで運び上げ、軽トラで上の倉庫まで運んだ。これもお父さんの仕事だったが、貢献できて嬉しい。


4.jpg

上に運んだキャリー

 次は、クロチの手前の区画に植えてあるデコポンの収穫に入る。弟夫婦も加わり、4人がかりでの作業となる。人数が多いと、能率も上がるし、何だか楽しい気持ちにもなる。

5.jpg

新幹線2段

 このデコポンエリアでこそ、新幹線が大活躍する。キャリーを2段重ねにしても、安定して倉庫まで運べる。昔は背中に背負うようにして運んでいたが、体の前に持って運ぶよりは楽だが、足腰にダメージを受けてしまう。新幹線なら、重さは全て塩ビパイプのレールが受けてくれる。


6.jpg

新幹線3段

 人間は、そのキャリーが倒れないように両手で支えながら、押していけば良いのだ。しかも、この日は、キャリーの3段重ねにも挑戦してみたが、何とかこなすことができた。これこそが、新幹線の威力だと思う。


7.jpg

収穫デコポン

 結局、この日は、4人がかりで、新幹線の威力も味方して、50キャリー以上収穫することができた。満足満足。  
posted by tentijin at 22:45| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月15日

803 ば た ば た の 作 業

1.jpg

岡の川のお地蔵さん

 2019年が明けて、暮れから始まった農作業も、少しずつ佳境を迎えてきた。伊予柑の収穫、清見の袋かけ、ポンカンの収穫などなどが展開している。 

2.jpg

お泊まりセット

 お父さんがやっていた力作業を、少しでもフォローしたくて、冬場に使う灯油を宇和や鬼北で購入して、風の国に届ける。お母さんが三崎で購入することは可能だが、岡の川から家まで運び上げることは、足腰が弱っているお母さんでは、なかなか難しいと思う。ついでに我が家の白菜もお土産に持参する。 

3.jpg

清見の摘果

 作業は、いろいろ平行して行うが、摘果があまりできていなかった垣内作りの清見の袋かけも、何とか終わることができた。摘果が出来ていないので、あまりにも実の数が多く、木も高いため、なかなか作業ははかどらなかった。 

4.jpg

なり過ぎ

 ただ、弟夫婦が来てくれる日は、4人で作業するので、はかどり、西側から始めた作業も、何週間かかけてやっと終わることができた。


5.jpg

袋かけ

 我々夫婦が、お手伝いを1泊仕事にして、その量を増やしたが、以前はその中身を、お父さんがほぼ1人で行っていたはずだ。本当に大変だったと思う。摘果が間に合わない年があったが、お父さんも限界に来ていたのだと思う。


6.jpg

赤い実

 昼にはほっと一息、お餅を食べたりして元気を取り戻す。どこからか鳥が運んできて、大きくなった木が、赤い実を一杯に付けて、冬に色を添えている。 

7.jpg

電気柵

 垣内作りには、猪の被害を防ぐための電気柵が設置してあるが、この電気柵の管理もお父さんの仕事だった。畑の杉垣を刈り込んでもらった人が、猪が侵入していることを教えてくれた。放置すると彼らは、ミミズを食べるために、石垣を崩してしまう。 

8.jpg

電池ボックス

 案の定電気柵には、電気が通じていなかった。電源は充電のようだと言われたが、中を開けてみると、乾電池であった。何カ所か電気柵が持ち上げられて猪が侵入してきた形跡も発見した。電気柵の切れた部分を新しい電線で直し、持ち上げられた電線も直して、新しい電池と交換。立派に機能するようになった。あれこれ訳も分からず、出たとこ勝負のようにばたばたと作業を続けている。

posted by tentijin at 22:04| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

802 驚 き の 流 れ

1.jpg

夏の農園

 これは、夏の農園の1風景である。暑かったり、台風並みの豪雨に見舞われて畑が、海のように水没してしまったり、暑さに負けて体調を崩してしまったりしたことも、思い起こさなければ、そのまま忘却の彼方に飛んで行ってしまいそうである。


2.jpg

晩秋の農園

 こちらは、秋から冬にかけての1風景である。草引きをしていたり、耕耘機で耕していたりすると、彼の眠りを妨げてしまうことが何度かある。彼は、次なる春に備えて冬眠中であったのだろう。夏から冬にかけての時の流れも、過ぎてしまうと、あまりの高速に驚いてしまう。


3.jpg

明るきかな女子

 私も、退職してから、何とか8年をやっとこさ生きのびた。私が退職した年に、12歳だった子供たちは、当然、8年をプラスすると、20歳と言うことになる。ある公民館の企画で、この子供たちの20歳を記念して、1つの集いが催された。

4.jpg

男子も立派に

 この学年の子供たちは、8人の卒業生として、私と同じ年に卒業していった。この日は、そのうち5人が参加していた。来れなかった1人は、何と箱根駅伝に参加しているということであった。


5.jpg

いよいよカプセル

 弱冠20歳の子供たちは、眩しい程に若々しく、それぞれ看護師の学校や、JRに就職したり、大学生であったり、様々なポジションで頑張っている様子であった。公民館が主催して、20歳を祝う会なのだが、メインは、小学生だった時に、納めたタイムカプセルを開くという行事であろう。

6.jpg

お宝発掘

 子供たちは、懐かしい作文や写真、記念の品々と8年ぶりの対面を果たし、蘇る思いや様々なあの時の場面を思い出し、笑顔が弾けていた。子供たちが話す内容から、当時を彷彿とさせるフレーズにもたくさん再会するのだが、あの頃とは違い、本当にしっかりした考えを披露してくれる場面もたくさんあった。


7.jpg

記念の1枚

 70歳の大台を目前にして、突如体調が狂ったり、「いよいよお肌の曲がり角か。」と思わされる日々が展開している私だが、彼らの笑顔や成長を目の当たりにして、たくさんの元気をもらった気がする。げに、驚きの時の流れかな!   
posted by tentijin at 07:38| 愛媛 ☁| Comment(3) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

801 新 幹 線

1.jpg

冬の朝陽

 いつもお正月辺りに収穫をする伊予柑だが、今年は、年末に収穫をし終えた。狭い2段ほどの園地なので、1日で終わった。続いてクロチのポンカンの収穫を目標に暮れの1日を、その準備やら試しの収穫やらに汗を流した。


2.jpg

草に埋まったレール 1

 このクロチには、入り口の倉庫から二区画ほど、デコポンが植えられている。その園地の中に、「新幹線」と呼ばれている輸送用の道具のレールがある。新幹線には、塩ビパイプをレールのように設置した道があるのだ。パイプの繋ぎ目は、T字になった鉄筋があって、両方のパイプに差し込み、後の1本を地面に打ち込んで、固定してある。

3.jpg

両脇を整備する

 キャリーに収穫した柑橘は、なかなかの重さなので、それを運ぶ道具が必要となる。昔は2〜4個ものキャリーを背中に背負って運んでいたらしいが、それをやり過ぎたお母さんは、足腰が半端なく壊れてしまっている。新幹線のように体に楽な道具は、正に新幹線なのだ。

4.jpg

草に埋まったレール 

 新幹線でキャリーを運ぶのは、お父さんの仕事だった。大変だろうなと横目で見ていた私が、今度は新幹線を運転することになった。まずは収穫前に新幹線のレールである塩ビパイプ周りの整備をしなければならない。

5.jpg

手鍬で完璧な整備

 塩ビパイプのレールの上に乗る新幹線は、キャリーを積むので、その寸法は、キャリーの幅やら長さやらに合わせた鉄パイプでできている。それを考えて、パイプのレールの左右を手鍬を使って綺麗に掃除する。運ぶキャリーが引っかかる障害物があると、新幹線はすぐに止まってしまう。結局、この案外緻密な作業に、私は、1日を費やしてしまった。

6.jpg

在来線

 運ぶ道具には、新幹線に対抗して私が命名した在来線もある。こちらも、キャリーの大きさに荷台がなっているが、手で引っぱって運ぶ取っ手が付いており、レールは使わずに小さなタイヤが付いている。こちらも、できれば平らな道が欲しいが、多少の障害物があっても、乗り越えることができる。運転がしやすく、私でもすぐに運転することが可能だ。

7.jpg

試し取り5キャリー

 結局、この日私は、新幹線のレール周りの整備で終わった。相棒が伊予柑の次なる収穫ターゲットのポンカンを5キャリーだけ収穫していた。道ができたので、そのポンカンを、私が小屋まで在来線で運んだ。何とか無事、運ぶことができた。ここのポンカンは、晩生(おくて)なので、まだ色が青いものが多い。しばらく、倉庫で寝かせることになるだろう。
posted by tentijin at 18:26| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

800 寒 中 に 年 を ま た ぐ

1.jpg

高月山

 暮れには、尻割れ山こと、高月山にも雪が降り、地上も雪が舞って、今期初雪となった。楽しみに見ていた「西郷どん」も、歴史の裏側のエピソードから、最後は、いわゆる誰もが知る歴史の流れに戻って、最終回を迎え、あっという間に2018年の暮れをも駆け抜けていった。今年も、行ってみたいと思っていた鹿児島旅にはならず、思うだけで終わった。

2.jpg

寒の桜

 11月頃から咲き始めた気がする寒の桜、1月になった今でも花を残している。不思議な桜だ。3〜4月にこの木は、花を付けるのだろうか、いつも興味はあるのだが、時の流れと共にいつも忘れ去っている私に、「ぼーっと生きてんじゃねえよ。」と活を入れる方が、世の中には、たくさんおられることだろう。


3.jpg

ビオラ 1

 松野の農業公社から買ってきたビオラの苗が、少しずつ株を広げている気がする。この花もまた、寒さをものともせず、春にかけて子孫を残す営みを続けている。たくましい花だ。


4.jpg

ビオラ 2

 新しい年になったが、今年は、初詣も、年賀状も控えさせていただき、静かに過ごしている。暮れに鬼北の墓参りを済ませ、年が明けてからは、風の国の墓参りにも行った。

5.jpg

ビオラ 3

 風の国の祭壇は、49日で取りのけ、仏壇には、100日目に上げる塔婆だけが残っている。お父さんの写真も、祭壇のなくなった座敷にぽつんと残されているので、お爺ちゃんお婆ちゃんの写真の横に、道具を買ってきてやっと掲げることができた。また1つこちらからは、遠くなった気もする。

6.jpg

ミニシクラメン

 北宇和高校で買ってきた小さなシクラメン、この花も寒さには強く、クリスマスやお正月の頃に元気に咲いている。これら寒さに強い花々は、人間と違い、むしろ、暖冬の冬を軽々と過ごしているのだろう。私はといえば、暖かい秋が終わった頃から、防寒のためたくさん着込んで、やっとこさ過ごしている気がする。


7.jpg

年末ジャンボ

 一筋の希望と願いを込めて購入した宝くじも、いつものように美事に外れて、あっという間に暮れが過ぎて行った気もする。新しい年、2019年は、昨年のような災害が起こったりせずに、穏やかな1年になることを願ってやまない。ブログを眺めていただく方に感謝しつつ、私も自分なりに頑張っていきたいと思います。今年もよろしくお願いします。
posted by tentijin at 08:23| 愛媛 ☀| Comment(6) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
タグクラウド