2020年07月30日

947 ほ っ と 一 息

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玄関の紫陽花

 まだ、雨が続いていた梅雨の終わり頃、ほっとするようなモニュメントに遭遇した。我が家の玄関には、風の国からやって来た紫陽花が、まだまだ元気で鎮座している頃のことであった。

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ひのらの紫陽花

 もちろん、風の国のひのら(前庭)の紫陽花もまだ元気であった。

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胡蝶蘭頑張る

 玄関には、親戚の方が贈ってくれた胡蝶蘭が花の時期を終え、再び春を迎えて、夏を目指す頃、1本だけ花芽が伸びてきて、5輪の花を咲かせてくれていた。

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フウセンカズラ

 ひのらのフウセンカズラも、そのかわいい気球のような姿を見せ始めていた。


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アイコ

 お母さんが育てているミニトマトのアイコが立派な実を赤く染め始めている。どれもどれも、その営みを眺めていると、うっとおしい梅雨が早く終わればと、考えているようにも見える。

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風呂釜の花瓶出現

 そんな時、岡の川の水場に突然、あるモニュメントが出現した。聞くところによると、お母さんの所へ集まって女子会というか、婆会をしていただく方の息子さんが、NPOを立ち上げて活動を始めたらしい。年齢は、50代〜60代のグループなので、若者とは言えないかも知れないが、この地区では十分若者で通用する。

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一面に紫陽花の花

 1つまた1つと暮らす方が高齢化していなくなり、施設などに入られる。住む人がいなくなった家もたくさんあり、取り壊された家もたくさんある。取り壊された家の敷地には、風呂場の跡に五右衛門風呂の鉄の釜があったりもする。このグループの子たちは、それを運んできて、お地蔵様の前に設置、水を張って紫陽花の花を一面に指して飾ったのである。

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摘果前の清見

 摘果作業のお手伝いに来て、このモニュメントを発見して、我々もびっくり、感激してしまった。狭い地区だが、昔からの人々の繋がりが、彼らを育み、このような形に結実したのかもしれないと、ほっとしながら嬉しく感じた。
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2020年07月26日

946 ふうふうふう夏の庭

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いただいた桃

 まだ梅雨の真っ最中、松野の桃農家の知人から桃を購入、親戚関係にお中元として送るのが、恒例となっている。すると、製品にならないハネの桃を段ボールに2箱ももらったりする。相棒がコンポートやゼリーにして御近所に配る。忙しいだろうこの桃農家さんにも食べて頂けるよう届ける。すると、また、ハネの桃を頂く、相棒は大忙しとなる。

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庭の花 1

 その頃は、まだ良かった。しばらくすると、梅雨の合間の夏空が広がり始める。我が家の夏の庭は、相棒の趣味の花々で忙しそうだ。

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何という葉っぱ?

 よく見ると、私の知らないような植物がたくさん植えられているのに気付く。彼らは、自分のサイクルに合わせて花や葉を完成させて次々とその盛りを迎える。

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爽やかな花

 青系の花などは、この暑さを一時忘れさせてくれるがごとく爽やかである。


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庭の花 2

 鮮やかな赤い花も、目に飛び込んできて、元気をもらえるように感じる。


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カルブチン?

 赤い提灯のごときカルブチン?は、可愛さで心を軽くしてくれる。


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多肉系

 槙の木の枝に吊された鉢には、多肉植物系の数珠のような植物が植えられている。梅雨明けのような明るく暑い空が広がり出すと、いくら水分補給をして備えていても、立っているだけでくらくらするような世界に落ちて行きそうになる。

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不思議な苔?

 あるお婆ちゃんから頂いたこの植物は、根っこがない。やはり、槙の木にヒモで結ばれて吊されている。雨を好み、空中で過ごす網状の苔のように繁殖するらしい珍しい植物らしい。夏の庭はバリエーションがあって、元気だが、それを眺める私の方は、急に暑くなって青息吐息でふうふうふうといったところだ。
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2020年07月22日

945 小さな岬めぐり 3

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ネムノキ

 半島のあちこちには、この梅雨の時期、ネムノキが花を付けている。これだけあちこちで見かけるということは、私の知らない繁殖のメカニズムがあるに違いない。


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「はなはな」の看板

 一通りの岬巡りは経験しているので、最近リニューアルした道の駅「はなはな」に行ってみた。「はなはな」のはなとは、漢字で書けば「鼻」となる。要するに、とがった先端、岬の端っこくらいの意味だと思う。岬の先端をこの辺りの方々は、「おはな」と呼んでいる。



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風車モニュメント

 行ってみると、道の駅は、大きく様変わりしていた。おはなの風や風車を象徴する飾りができていたり、建物も依然と変わらない部分と新しくできた所があった。

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2階へ通じるスロープ

 おそらく川の浜にあったシラスパークの企業ががこの三崎港に進出してきたというのが、その内なる変化の理由だと思われる。

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海側から見たレストラン

 川の浜のシラスパークは、今はもう、なくなっているらしい。シラスパークはけっこう人気で、お客もたくさんいて、商売的には稼いでいたと思われる。川の浜がシラスの水揚げ漁港だったが、三崎港の方がお客が集まると考えたのかも知れない。海の見えるレストランができていた。


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ハマユウ

 やはり岬めぐりの本命は、佐田の岬灯台だと思う。フェリーが着く三崎港から灯台までも、結構な距離がある。途中、串や正野地区を通り越して人家のないれこれぞ「おはな」に行かなければならない。ハマユウの咲く場所まできた。

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駐車場下の海

 車で灯台を目指すと、終着地点は、ハマユウが咲く新設された灯台の駐車場になる。しかし、ここで到着と思うのは大間違いで、ここからは徒歩で20〜30分歩かなければ、灯台には至らない。ただし、この駐車場から灯台の姿が見える。ところが、この日は、雨模様の天気で霞んで、灯台を見ることもかなわなかった。


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見事な花

 時間的に灯台までの歩く余裕はなかったので、結局、駐車場からあきらめてUターンして帰途についた。駐車場の少し手前にあった民家には、私の知らない鮮やかな花が見事に咲き乱れていた。ちょっと期待はずれではあったが、私の小さな岬めぐりが終わった。  
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2020年07月18日

944 小さな岬めぐり 2 

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保存会の紹介

 「夢を紡ぐ裂織り」というフレーズで、同好の方々が訪れるのが、この廃校跡の小学校で、保存会の重要メンバーが、相棒のお友達なので、1度体験をしてみないかとお誘いを受けたらしい。当然、ここに集まる裂織りの同好の方々は、女性の方々が多いようだ。私は、男性の端くれなので、ここで体験を眺めるのも限界がある。とりあえず、一通り作品群を眺めさせていただいた。


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裂織り作品  1

 よく目にするのが、このちゃんちゃんこ、鬼北ではポンシンという。ちょっとした春秋冬の防寒着のようなものだろうか。今で言えば、ベストのようなものだ。私の子どもの頃は、普通に着ていた。



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裂織り作品 2

 糸にする布さえ、好みのものを選べば、様々な色の布地を織ることができる。


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裂織り作品 3

 また、バックや手提げなどの小物を作ることも可能なようだ。縫い物などに興味のある方なら、様々な夢が描けるかも知れない。

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裂織り作品 4

 上級者の方は、布地を織りながら、途中で別の色の糸に変えながら、掛け軸のように絵を描くように仕上げることもできるようだ。

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裂織り作品 5

 また、もっと込み入った絵画のような、絵画を描いたキャンバスのような作品も展示してあった。


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赤灯台

 限界点を過ぎた私は、裂織り体験を相棒にお任せして、一人小雨をついて外出をしてみた。まずは、廃校から近い大佐田の端っこ波止の赤灯台を眺めて、小さな岬めぐりのスタートとした。
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2020年07月15日

943 小さな岬めぐり 1 

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廃校になった小学校校舎

 長雨が続くので、風の国お手伝いも、蜜柑山での作業ができないままで過ぎている。この日も雨で、相棒が同級生に誘われて、「オリコの里」へ行くことになった。山での作業ができない私も、お邪魔虫のようにくっついて行くことになった。



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オリコの里の記事

 場所は国道を三崎港まで走り、海が見えたら、左折して大佐田地区へ向かう。以前、大佐田小学校だった場所が、「オリコの里」になっている。海辺にある小さな小さな小学校跡である。

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保存会の看板

 校舎の入り口には、「佐田岬裂織り保存会(さだみさきさきおりほぞんかい)」という看板が懸かっている。

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機織り機が並ぶ

 校舎の中は、この地方で使われていた古い民具がたくさん並んで保存されている。裂織りが出来る部屋は、2つほどあり、昔ながらの古い機織り機が6台くらいずつ置かれている。

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貼り紙

 壁には、裂織り保存会についての貼り紙などが貼られている。裂織りとは、古い着物の生地などを裂いて糸として使い、新しい布地を織っていくこの地方独特の機織り技術のことを指していると思われる。

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写真

 昭和初期と思われるこの写真は、裂織りに貢献した方々の姿であろうか? 裂織り自体は、もっと古い時代から行われていたのだろうと思われる。風の国のお父さんやお母さんが山での作業着として使っていた形跡もある。

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縦糸は青と白

 機織り機には、縦糸が設置してあり、これは、その筋から購入したもののようである。この縦糸に通していく横糸こそが、使わなくなった着物の生地を使った糸となる。



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糸の作り方

 この横糸は、布地を手で裂いていくので、5〜10mmくらいの幅の布地の糸となる。糸というよりヒモというのが、適切なくらいだ。当然新しく織り上がった布地は、大変丈夫な、例えれば、デニムのような、デニムより更に味わい深い生地の布に仕上がる。



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様々な色の糸

 様々な色合いや風合いの着物の生地を使うので、機織り機の横に置かれている糸も様々である。


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小道具

 機織り機の横には、機織りに使う小道具も様々置かれていた。お邪魔虫の私は、裂織りは相棒に任せて1人で、ここから更に岬の鼻に向けて小さなめぐり旅に出発してみたい。  
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2020年07月11日

942 相 棒

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雲 1

 毎日九州などで水害をもたらしている大量の雨が降り続いている。そんなある日、お隣に住んでいる1級年下のM君の奥さんが亡くなられた。今年度は地域の組長さんの順番になっており、悲しい葬儀に関わることとなってしまった。

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雲 2

 私の組は、9戸の御家庭で成り立っていたのだが、5月一杯で転居をされた御家庭があり、現在は、8戸になってしまっている。奥さんが亡くなったM君の家庭と、親戚の家庭が組の中にもう一軒ある。

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雲 3

 昔は、組の人たちが活躍して、結婚式や葬式など、様々な雑用のお手伝いをしていた。もちろんお通夜も葬式も自宅でおこなっていて、組の人たちが集まってみんなで協力してお手伝いをしたものだ。


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雲 4

 我が家の父や母の葬儀も自宅でしたのを覚えている。組内で不幸があると、男は、仏壇に飾る生花や紙で作る造花なども庭先に陣取って作っていた。また、昔は土葬だったので、お墓の墓石を動かし、何と2〜3mもの深さに穴を掘ったりしていた。ご先祖の骨が出るところまで掘っていたのだろう。


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雲 5

 墓穴の準備や清掃は、組内の男たちの仕事であった。今は葬儀社が様々な仕事を受け持ち、組内の者は、葬儀当日、家での受付や葬儀場での受付くらいしか、仕事がなくなってしまった。女性も、不幸のあった家に集まり、年長の者が差配して、亡くなった方の枕元に飾るご飯などを炊く。昔は、もっと親戚の方々や来られる方のご飯のお世話もしていたのだと思う。

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雲 6

 M君の奥さんは、まだ、67歳であり、2人がお別れの時を迎えるには早すぎる気がする。奥さんは、2年ほど前に病が見つかり、松山の病院に入院したり、退院をした後も、通院をしていたので、傍目にも大変な様子をうかがうことができた。


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雲 7

 お通夜も、葬儀も、最後にM君が挨拶をする。言葉は、涙で途切れ途切れになる。長年一緒に暮らしてきた2人なので、また、私と同年代なので、その悲しみの実が伝わってきて、人生の相棒を失ってしまったM君の心の中がリアルに響いてしまった。どうか、安らかに・・・。
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2020年07月07日

941 異 常 な 雨

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夏の花 1

 九州で猛威をふるっている今年の梅雨の雨、線状降水帯というものを伴って、次々と激しい雨をもたらしている。夏の花たちも、適度に降れば生き生きとパワーを注入されて良いのだが、これほどまでに降ると、人間界は、困り果てることとなる。


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夏の花 2

 今回は、熊本の球磨川があちこち氾濫して大変なことになっている。今までに降ったことがない量の雨が降るのだから、お手上げだろう。

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夏の花 3

 今回は、私としては耳慣れない「大雨特別警報」なるものが出された。市町村から避難勧告が出るのが、警戒レベル4に該当するらしいのだが、この「大雨特別警報」が出たら、警戒レベルは5になってしまうということだ。



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梅雨の花 1

 このレベル5の状況は、重大な危険が差し迫った異常な状況とされている。しかし、ニュース映像を見ていて思うのは、命を守るために避難するとしても、私には、なかなか決心が付かない気がする。

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梅雨の花 2

 もし、裏山が迫っていて、土砂崩れのリスクのある場所に住んでいたとしても、早めの避難が、自分にできるだろうかと考えてみても、やはり、避難の決断は難しいように思える。

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梅雨の花 3

 今年は、コロナの影響で、自分なりの避難場所を探すことが勧められている。安全な場所にある友人宅や、自宅でも高い場所にある2階の部屋や山と反対側にある部屋の中などと示されている。



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梅雨の花 4

 松野町が浸水した折には、2階を持たない平屋に住んでおられる知人の方が被災された様子をうかがったとき、いつ避難開始するのか、どこへ避難すれば良いのかということは日頃から考えておく必要があると感じた。



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夏の花 4

 鬼北や松野で、洪水の危険がある箇所は、三間川と奈良川が合流する役場裏辺り、そのすぐ下流にある広見川との合流地点である興野々が、最も氾濫する危険のある場所だと思う。松野が浸水したときも、この興野々で川が氾濫してしまった。今年は何とかそんな被害が出ないことを願うのみだが、今までにない雨の降り方をみると、とても心配である。
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2020年07月03日

940 ご ほ う び 

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ムラサキツユクサ

 本当なら剪定などを進める時期なのだろうが、やり方が、よく分かっていない我々の風の国お手伝いは、またまた夏草が伸びてきた畑で、次は摘果をしようと計画をしていた。しかし、雨が計画を邪魔したりもするので、うまく進まない。いつの間にか夏の花、ムラサキツユクサが石垣で元気に繁り、かわいいピンク色の花を咲かせている。

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鬼北にもやって来たヒマワリ

 我が家にも移住してきている小さな向日葵(ひまわり)上のM君の奥さんにもらったものらしい。梅雨の雨に打たれて順調に育っているようだ。

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いただいたニベ

 この日は、また、お母さんの野菜畑を綺麗にして、帰る頃に親戚のTさんが釣ったスズキの仲間の「ニベ」と呼ばれている魚が届いた。お手伝いのごほうびかな?かなり大きな魚で、メートルを越えるものもいるそうだ。いただいて帰り、鬼北でさばいた。

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完全にまな板オーバー

 ウロコ取りは、飛び散るので、流しの中で行う。あまりにも大きいので、流しに一杯になる。もちろん我が家のまな板には、大きすぎて乗りきらない。

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頭を落としても、更にオーバー

 うろこを取ったら、まず、頭を切って胴体がまな板に乗るようにして、内蔵も取り除く。やはり、時々いただくハマチやブリほどの大きさだが、その身は、ニベの方が柔らかいので、お刺身よりは煮たり、ソテーした方が美味しい。

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アラと切り身が完成!

 骨もブリより柔らかいので、頭を割るのに、カナヅチを使いはするが、楽に頭を半分にすることができた。アラは、あら炊きにする。身は1人前ずつ切り身にして冷凍する。この日食べる分だけ残してパン粉などを付けて、フライパンでソテーする。美味だ。

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この日は、サザエも

 この日は、海の潮も大きかったので、海に潜るのが趣味のS君がサザエを届けてくれた。消毒やら色々お世話になるS君だが、ご両親が早く亡くなったので、夕飯のおかずをお母さんが、時々、提供する。我々が、サザエをいただけるのも、お母さんのおかげなのだと分かる。感謝!感謝!である。
posted by tentijin at 22:13| 愛媛 ☔| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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