2020年08月31日

955 夏 の 農 園 の エ ー ス は ?

1.jpg

残暑の夏雲

 秋めく日もあるのだが、残暑もなかなか厳しいように思う。あまりの暑さに畑で活動できる時間は、30分から1時間くらいだ。すぐに退散してきて、大汗がひくのを待つしかない。



2.jpg

健気な夏の花

 裏庭で暑さをものともせず、咲き続けている花、何とも健気(けなげ)でである。少しずつ地球全体が異常気象になっていく中、眺めてみると、人間よりもこの花の方が遙かに逞しく環境に馴染んでいるのかも知れない。


3.jpg

何とキワーノだった

 この暑さの中、まだ残っているトマトハウス農園のエースは、いったいどの作物なのだろうか?物干しの近くに芽を出した蔓草は、オモチャカボチャかと思い育つのを見ていたが、物干し竿を占拠するくらい生い茂った。しかも、実が付いたのをみると、トゲトゲの実がなるキワーノという果物だった。がっかり、エースからは遠い。


4.jpg

がっかりスイカ

 次は、密かに期待をしていたスイカ君たち、8個くらい実を付けていたのだが、あまりにも大草になっていたので、その草を引いたら、大変なことが起こってしまった。スイカ君たちの姿は現れたのだが、そのために強烈な太陽の熱をまともに浴びて皮が茶色く変身し始めたのだ。生い茂った草たちこそは、救いの神だったのだ。がっかり、これも、エースにはなれなかった。



5.jpg

少し期待の生姜

 次は何とか芽を出し頑張っている生姜君、収穫はできそうだが、乾燥が嫌いなので、暑さに少し弱っている気がする。期待はするが、力不足かな。

6.jpg

期待のキクイモ

 今年は牛糞をまいて栽培しているキクイモ君、順調にその身長を伸ばしている。イモも育っているだろうか?これも、期待が持てる作物だ。


7.jpg

夏を楽しむイチジク

 これは、畑の片隅に植えたイチジクだが、次々と実を熟して楽しませてくれる。夏の一時の天下かな?


8.jpg

これこそエースか?ヤマトイモ

 スイカの網の根元に植えたこのヤマトイモこそエースの最有力候補かも知れない。興野々(おきのの)のN君にもらった種芋を植えてみたのだ。もし、大きく育っていたら、彼こそがエースになることだろう。
posted by tentijin at 10:19| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月27日

954 味 噌 作 り



1.jpg

岡の川の風呂釜

 いつまでも暑い日が続いているが、森の中で鳴いている蝉の声も、少しずつ夏の終わりのバージョンになっている気がする。今回のお手伝いは、味噌作りになった。行ってみると、NPOの子たちが設定した岡の川のゴエモン風呂釜は、紫陽花の時期を過ぎて、向日葵(ひまわり)と水草で彩られていた。

2.jpg

大活躍のカマド

 風の国の味噌作りは、お父さんとお母さんの共同作業で成り立っていた。重要なスタッフのお父さんがいなくなって、3年目になる。朝早くから作業はスタートし、お昼過ぎまで続いた。我々も以前から参加してお手伝いしてきたが、お父さんのようにはいかない。今回は、庭に設置したカマドの使い始めになる。

3.jpg

タイマーで時間を

 お父さんは、主に味噌の材料である麦や大豆や米を蒸す役目であった。お父さんの場合、作業は、おそらく五時過ぎくらいから始まっていたかも知れない。当然、その役目は、私にまわってきて、私が竈(かまど)の番をすることにしている。お父さんのように朝早くはできないが、7時くらいから参加する。

4.jpg

ショウケに上げる

 麦が蒸し上がる時間を計ってみたら、およそ20分であった。今回は、タイマーを用意して、挑戦した。蒸し上がると、ショウッケ(ザル)に移す。

5.jpg

崩して冷ます

 それをしゃもじで広げて冷ます。これも、私の作業となる。

6.jpg

味噌部屋に運ぶ

 麦が覚めたら、味噌部屋である地下の中二階に運ぶ。味噌部屋には、お母さんが用意した筵(むしろ)が引かれ、その上に綿の布が敷かれている。私が、ショウケごと運び、布の上に移していく。


7.jpg

菌を混ぜて寝かす

 麦が運ばれると、中二階に降りたお母さんが、順次菌を混ぜて布の上に広げる。


8.jpg

布団をかける

 全ての麦に菌が混ぜ込まれたら、紙を布団のようにかぶせて寝かせる。30kgの麦は2m四方の広さに寝かされることになる。


9.jpg

大豆をくだく

 次に麦に混ぜる大豆を蒸す。大豆は、麦の倍の40分以上蒸す。蒸した大豆は、ミキサーで砕いて用意する。

10.jpg

塩を混ぜる

 麹の花が咲いたら、この大豆を麦に混ぜ込むのだが、あらかじめ、大豆には塩を混ぜ込んでおく。麹の花が咲いた後、間髪を入れず、この塩入の大豆を混ぜ込み、混ぜたものを、樽に詰めることになる。塩入の大豆を混ぜることで、菌の発酵は、限りなく緩やかになり、少しずつ美味しい味噌に変身して行く。この味噌作りも、長年、お父さんとお母さんが続けてこられたが、お父さんがいなくなり、お母さんの足腰が弱くなって、いつ止めることになってもおかしくないのかもしれない。


11.jpg

風呂釜は水草のみ

 この日は、麦を寝かせ、大豆に塩を混ぜる所までできた。後は麹の花が咲いてからの作業になる。翌日、相棒だけがやって来てお母さんと仕込み作業を完成させるだろう。お手伝いから帰る頃には、岡の川の風呂釜には、向日葵はなくなって、水草だけが浮かんでいた。
posted by tentijin at 22:54| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月23日

953 民 話 と お 手 伝 い

1.jpg

梶谷鼻

 この夏は、晴れてもすっきりしない空が広がっていることが多かった。はじめは黄砂なのかと思ったが、どうやらもっとたちの悪いPMの可能性があるようだ。この霞のようなぼんやりが懸からないときは、風の国の梶谷鼻(かじやばな)も、こんなに綺麗に見える。

2.jpg

咲き始めたコスモス

 ハクラ(熱中症)しそうな暑い日が続くのに、秋が立ったからだろうか、道端のコスモスも咲き始めた。伊方町は、民話の保存にも力を入れているようで、カレンダーには、その民話が紹介されている。今回は、温泉で有名な亀が池の民話を紹介してみたい。

3.jpg

加周池と大がに

 この亀ヶ池は、別名「加周池」とも呼ばれていて、こんな伝説がある。
 「昔、「九町池(伊方町九町)」に大きなカニがいた。カニは、日に日に大きくなり、畳8枚ぐらいになって、九町池では思う存分泳ぎ回ることが出来なくなった。カニは、もっと広い池が欲しくなって、海を渡り、隣部落の加周池(亀ヶ池)に行った。そこには1匹の「エンコ(カッパ)」がいたが、エンコには、この池は大き過ぎたので、もっと小さくて住み易い池はないものかといつも思っていた。そこへカニがやってきたので、エンコは喜んで住処を取り替えることにした。カニも泳ぎ回るには十分なほどの池だったので、大変喜んだ。


4.jpg

加周池

 広々とした池に住んでからというもの、カニは、毎日毎日思う存分池の中を泳ぎ回った。カニが泳ぎ回るようになってから、毎日のように加周池の水が溢れるようになった。その為、池を渡って仕事に行くお百姓たちの船が、しばしば転覆した。困ったお百姓たちは、神主に頼んで、カニを池の底深く閉じ込めてもらった。今でも、閉じ込められたカニが出てこないようにと、秋のお祭りには牛鬼が加周池を渡っていくならわしがある。


5.jpg

タンクから水を汲む

 また、機会があれば、別の民話も紹介してみたい。この日は、倉庫の横に設置してあるコンクリート製の貯水タンクから水を汲み、ポリ容器に入れていき、広い清見の畑まで運んで除草剤を散布することにした。4つのポリ容器と噴霧器を軽トラに積んで畑に向かう。


6.jpg

ポリ容器に詰める

 我が家の小さな5Lの噴霧器もあるので、バケツやらジョウゴやらの小道具も摘んでいく。除草剤散布作業での一番の天敵は、もちろん暑さなので、陰をを有効に使う。休憩をたくさん取るという法則を守る。張り切ってやってしまうと、熱中症になってしまう。


7.jpg

お地蔵様に感謝

 ちょっとハクラしそうになって危なかったが、何とか切り抜けることができた。難を逃れたので、岡の川の水場におられるお地蔵様に感謝してこの日の作業を終えた。

posted by tentijin at 20:47| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月19日

952 猛 霊 ( も う り ょ う ) 行 事

1.jpg

夏の花 1

 8月も、いつの間にか進み、ひのら(前庭)の夏の花も、一度散り落ちていた花を再び咲かせている。どういうシステムなのかは分からないが、これも小さな自然の秘密の1つなのかも知れない。


2.jpg

夏の花 2

 足腰が弱ってしまったお母さんが、毎日、水やりを欠かさないことの賜物かも知れない。お母さんは、家の中でも杖が必要になるくらいで、口には出されないが、苦しそうに見える。異常なこの頃の暑さもあって、苦しいときが度々あると思われるが、頑張っておられる。


3.jpg

海側のお家がなくなる

 風の国の地区は、どんどん人口が減り、1つまた1つと家々が空き家になったり、取り壊されたりすることが多い。すぐ下の海側のお家も、住む人がいなくなり、取り壊された。そのため、家に上がってくる石段の向こうには、家がなくなり、海がはっきり見えるようになってしまった。ちょっと寂しい現象だ。

4.jpg

鐘や太鼓で始まる

 お父さんが亡くなって、3年目のお盆の夏になっている。お盆の入りの13日には、地区の集会所前の広場で、今年初盆を迎えるお家の方々が集まって、猛霊(もうりょう)の行事が行われる。

5.jpg

白旗を持って回る

 鐘や太鼓の音と共に、初盆のお家の家族が、亡くなった方の戒名や俗名やお経が書かれた白旗を掲げて、広場を回る。亡くなった方の家族だけではなく、広場にはその親戚の方々も周りを取り囲むように集まっておられる。また、生前仲が良かった方や付き合いが深かった方々も集まっておられる。


6.jpg

様々な方とバトンタッチ

 ほぼ1周毎に家族に代わってお友達や親戚の方々が、白旗をバトンタッチして、死者のために広場を回る。様々な方々が白旗を持って回ってくれるので、遺族の方々も嬉しい気持ちが起こってくることだろう。

7.jpg

一望できる宇和海

 白旗は、お盆の間、お精霊棚(おしょろだな)横に飾られ、お盆が終わるとお墓に持ち上がってしばらくの間、灯籠などと一緒に飾られている。風の国のお墓からは、広い宇和海が開けていて、一望できる。亡くなった方々は、この絶景を眺めて過ごしておられるのだろう。
posted by tentijin at 03:25| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月15日

951 夏 草 と の 闘 い

1.jpg

地区の港が見える磯

 暑さが本格化してきた風の国に、時々、台風の余波がやって来る季節になった。台風が、まだまだ遙か彼方にあっても、海は繋がっていて、敏感にその余波が風の国の浜までやってきて、白波が立つ。



2.jpg

一面の夏草

 風の国のお手伝いは、今、どんどん伸びてくる夏草との戦いに移っている。風の国のお母さんは、若い頃の重労働がたたり、かなり腰に来ている様子で、日々苦しそうだ。自分も歳を重ねて膝や足首など関節周りが不調になってくるので、お母さんに訪れている更に大きな試練のことを、私でも少しは想像できる気がする。

3.jpg

カラスウリも天敵

 つい先日まで、草刈りを午前3時間、午後3時間と、ふうふう言いながら終わらせたのだが、夏草の勢いはすさまじく、もう既に畑は、一面の草だらけになっている。風よけの杉の垣根にも蔓草が伸びて太陽がスギの葉に当たらなくなって枯れてしまうので、夏草対策では、この伸びてくる蔓草も退治しなければならない。

4.jpg

デコポンの実

 今回は、ポンカンとデコポンが植えてあるクロチの畑に入り、夏草の勢いを止めるために、除草剤の散布をすることにした。我が家から水が5L入る噴霧器を持っていき、相棒が散布する。私は、20L入る噴霧器に10Lだけ水を入れて除草剤を入れる。筋力がなくなり、足がよたよたしているので、とても20Lのタンクを担ぎ上げることは、できなくなっているのだ。


5.jpg

ホオズキ

 散布の合間に、摘果(てっか)が不十分な所が見えたりすると、手で摘(つま)んで摘果する。我々は、1週間に週末だけのお手伝いなので、とても余裕などはないが、心に余裕を持って作業をしておられた以前の花好きのお母さんは、畑のあちこちに花を植えておられる。野菜なども植えて楽しんでおられたようだ。このホオズキも、その頃の名残で、毎年可愛いホオズキを実らせている。


6.jpg

榊にする木

 これも、クロチの畑の片隅に生えている木の枝だが、以前から亡くなったお父さんが、神棚に供える榊の代わりに使っていた木の枝である。我々も、後を継いで、時々、この木の枝を摘んで帰る。


7.jpg

西側からの地区風景

 夏草との闘いを終えて、8月のお墓参りをする。風の国では、お盆前のお墓掃除などは、8月の初めに行うのが、習わしらしい。お墓は、地区の西の山の上にある。その下には、もう廃校になった小学校跡がある。そこから見る風の国は、少し違う風景だが、やはり、趣がある。
posted by tentijin at 10:10| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月11日

950 切 な い 夏

1.jpg

本格的な夏雲

 梅雨が明けて、本格的な夏空が現れ始めた。歳を重ねて本当に暑さに弱くなってきたのを感じる・これでコロナでもやって来たら、おそらく、ひとたまりもないだろう。


2.jpg

我が家の夏野菜

 遅ればせながら、我が家の農園にも夏野菜が収穫出来始めた。何本もは植えていないのだが、元気な野菜は、毎日収穫できるペースになった。

3.jpg

ニンジンの花

 畑の一角に背の高い花が終わって、茶色くなったニンジンの花が、おそらく、種になっていると思う。昔の人はこのように種を取って次なる栽培に備えていた。親父がニンジンの種を取っていたのを思い出し、私もまねてみた。


4.jpg

キュウリも元気

 キュウリも相変わらず、1日8〜10本は収穫出来ている。奥さんが亡くなったお隣の私の後輩、気が紛れるだろうからと、田んぼに出かけたり、仕事に復帰したりしている。


5.jpg

夏の花 1

 1人住まいになってしまい、仏様に供える御霊供(おりょうぐ)作りにも困っているだろう。近くに住む親戚のお婆ちゃんが、毎朝、彼の家へ御霊供を届けているようだ。

6.jpg

夏の花 2

 彼は、わりと好き嫌いがあって、何めり食べないということも聞いている。それでも、不便だろうと考えて、相棒が、おかずがたくさんできた時に、お裾分けに行ったらしい。


7.jpg

いただいたシューアイス

 すると、彼が、「もう、誰も食べなくなってしまったので、食べてくれ。」と言って、冷凍庫から何個かのシューアイスをくれたらしい。彼らは、我が家の冷凍庫の引っ越してきて、相棒が、私にも食べろと言う。食べてみると、少し切ない味がしたように思えた。


posted by tentijin at 08:49| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月07日

949 心 の 旅 1 ?

1.jpg

クレイジーキャッツ 1

 戦争が終わって、5年目の春に、私はこの世に誕生した。戦後生まれなので、戦争の悲惨さも体験したりはしていない。ただ、戦後まもなくの昭和30年頃には、5歳を迎える頃なので、かすかに物心が付いた記憶がある。

2.jpg

懐かしいテレビ

 しかし、あまりにも頼りない記憶なので、その前後がどういう具合であったのか、とか分からないことの方が多い気がする。歴史秘話ヒストリアという番組が好きで、最近、見始めたのだが、今回、見ていてちょっとした心の旅に出てしまった。それは、「スーダラ節」の秘話という内容の回であった。

3.jpg

クレイジーキャッツ 2

 「スーダラ節」がヒットしたのは、1961年らしいので、私はまだ、5年生の頃と言うことになる。中学生の頃のような記憶が私の頭の中には、感覚として残っているのだが、いかにいい加減な記憶なのかということが分かる。

4.jpg

スーダラ節のレコード

 私の前に、テレビなるものが出現したのは、4年生の頃だった気がするが、これも当てにはならない。小学校の広い和室のような場所で、まるで霧の中のような画面の大相撲を観戦させてもらったのを覚えている。その後、6年生の頃、今、畑をお借りしているお家に、地区で初めてテレビがやって来た。近所の子供たちは、毎晩、そのお家に詰めかけ、テレビを鑑賞したものだ。

5.jpg

植木は歌うことを拒否

 それから1年も経たない間に、事故やら病気やらで両足を失っていた父親が、我が家にもテレビを購入することを決定した。かなり高価な買い物であったと思うが、障害年金などをはたいて購入したのかも知れない。1963年にケネディー大統領が暗殺される前に購入して、初めての衛星中継として暗殺事件が放映されたのを記憶している。

6.jpg

親鸞聖人

 また、1964年には、東京オリンピックが開催されたが、これも、中2の頃で、ぎりぎりテレビ鑑賞ができたのを覚えている。さて、歴史秘話ヒストリアに取り上げられた「スーダラ節」だが、1961年のヒットらしいので、まだ、我が家にテレビはなかったことになる。そのため、テレビがやって来た中学の頃の印象が私にはあるのだろう。


7.jpg

親鸞聖人の悟りの言葉

 「スーダラ節」の無責任な歌詞の内容を見て、お寺で生まれた植木等は、「これを自分が歌えば、お寺の子どもとして自分は一生、後ろめたい思いで生きなければならない。」と考え、当初、歌うことを拒否していたらしい。思い悩んだ挙げ句、僧侶の父親に相談をしたら、その歌詞を聴いた父親が、自分の宗派の親鸞聖人が言われた言葉に通じると逆に勧めてくれた。おかげで、このヒットになったというのだ。親鸞自身、人間の悪性をついに克服することができなかったという誠に人間らしい悟りの境地を述べており、「スーダラ節」は、正にその世界なのだというのだ。私などは、本当に聖なる世界に行けない人間なので、この世界を旅すると、少し、心が楽になる。
posted by tentijin at 01:09| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月03日

948 夏 の 農 園

1.jpg

サツマイモの覆い

 散歩場所の近く、「しんばし」の横辺りの方が、サツマイモを植えた畝に日よけの覆いをしておられるのを発見し、昨年から私も、寒冷紗で覆いをしている。日照りに強いサツマイモだが、この工夫で、蔓が生き残る確率が増す。しかし、今年のように雨が多いと、なくても良かったかも知れない。


2.jpg

トウモロコシはむずかしい

 毎年、甘いトウモロコシを食べたくて種を蒔いてみるのだが、うまく育ったことがない。昨年は、花粉の時期に雨が降り、授粉率が悪かった記憶がある。一昨年は種を蒔く時期が遅く、ちんちくりんのトウモロコシになった。今年の背丈はまずまずだが、カラスがやって来て、片っ端からかじられてしまった。テグスで対策したが、以後、雨が多くなり、まばらな授粉になった。なかなかうまくいかない。


3.jpg

第2弾に期待

 スイカは、唯一1個だけなっていて、時満ちて食べてみたが、やはり、雨様のおかげで、水っぽい味に感じた。これも、むずかしい。


4.jpg

楽しみヤマトイモ

 スイカの囲い網に昇らせるように興野々のNさんに頂いた山芋(ヤマトイモ?)を植えてみた。発芽するか少し心配したが、がんばって蔓を伸ばしている。少し楽しみだ。


5.jpg

今年の大豆は?

 今年も懲りずに、大豆を植えてみた。風の国のお母さんに喜んでいただけるので、実になってくれると、嬉しい。

6.jpg

黒豆も発芽

 今年は、大豆プラス黒豆も遅れて植えてみた。今、20cm程に生長しているが、ちょうど花を付け始めている。最初に蒔いた大豆も、よく見ると、花を付けている。どうやら、早く蒔こうが遅く蒔こうが、花は、この梅雨明けの頃に咲くらしい。うまく実になるかなあ?


7.jpg

キュウリ植え過ぎ?

 昨年から、小屋の南北に植えている里芋の畝の端に、キュウリを植えている。昨年が7〜8本、今年は、数を倍にした。我が家で食べる量としては、多すぎるが、御近所に貢献したい。

8.jpg

大量だ!

 なり始めてみると、1日に10本以上できるので、御近所では余りすぎて、道の駅に出荷するはめとなった。また、風の国のお母さんが、漬け物にされるらしいので、そこにも、貢献することにした。結局、恵みのキュウリかな。
posted by tentijin at 09:54| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
タグクラウド