2016年09月19日

586  敬 老 ( できる幸せ )

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いただいた葬儀の花

 私は、地主さんのお葬式の受付係の1人に選ばれ、お役に立つことができた。本当は、同じ組の方だけでやるのだが、畑をお借りしてお世話になっている私だったので、組は違ったが、お役に立てて本当に良かった。葬儀の終わった夕方、地主さんの奥様が葬式の飾り花を持って来られ、我が家の玄関と仏様に飾ることができた。

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地主さんちのコスモス

 地主さんがいつも草引きをしてきれいに花を咲かせていたコスモスが今年も咲き始めた。地主さんがいないので、雑草の中、いつもの年より背丈を伸ばして雑草に負けないように咲いている。地主さんの奥さんは、私が高校生の頃、お嫁に来られた。色の白い美しいお嫁さんであった。

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広中通学路

 広見中の通学路、今が一番美しい様子で咲いている彼岸花が竹の根元に咲いていた。なぜか薄暗い竹藪に咲く彼岸花は、一段と美しく見える。親孝行をせずに両親とは別れた感が私にはある。地主さんと仲良く過ごせたことは、とてもいい思い出になった気がする。

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知人のアジサイ

 台風が迫っている敬老の日に風の国に向かった。お父さん、お母さんには、顔を見せるだけでも、喜んでもらえるかも知れない。途中、八幡浜の市民図書館で美術展が行われていたので、立ち寄った。相棒のお友達が紫陽花の絵を出されているらしかったので、寄ってみたのだ。

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私が感動した絵

 絵は、日本画という種類らしかった。私の知った方も出品されていた。見るほどに、日本画というものは、何と繊細なものだろうという感慨が生まれてきた。私は、銀杏の絵が特に心に残った。絵を見ていると、写真にも生かせそうに感じた。


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かり篭

 風の国のお父さんもお母さんも、集会所での敬老行事には、雨が降るので、参加をしておられなかった。お母さんは、特に密柑山での重労働を経て、今は足腰を悪くしておられる。山仕事に持って行く背負い篭のことを、「かり篭」という。「かり」は、かるう(背負う)という意味だろう。もちろん、かり篭は今でも使われている。


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梶谷鼻

 私など1キャリーで精一杯だが、お母さんたちは、収穫した蜜柑を運ぶのに、キャリーに3箱か4箱を背負って運んでいたとも聞いている。それでは足も腰も悪くなるに決まっているように感じる。この日も、もろもろ敬老の思いを再確認して帰ってきた。 
posted by tentijin at 21:39| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 温かい交流のあった地主さんとのお別れに、役に立たれたのは何よりでした。
 美術展の作品、レベルが高いですね。芸術的な能力は持って生まれた部分が大で、努力ではどうしようもないと感じる、無能の私です。
 かり篭、黙々と真摯にお仕事をされてきたお母さんのこれまでが詰まっていて、思わず、近づいてさすりたい気持ちになりました。
 敬老の日を祝ってあげられる幸せ、大切にせねばなりませんね。(私は反省)
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2016年09月19日 23:18
吉野の食いしんぼう様
 早々と親を亡くした私には、お返しの暇もなかったような残念な思いが強かったので、似たような機会に恵まれると、密かにお役に立てたらという思考に至るのかも知れません。親の立場で考えてみると、子供がそばにいてくれるだけで、心の得がたい安寧に包まれるので、吉野の食いしんぼうさんのお母様は、十分に幸せなお気持ちでおられると思います。何よりの親孝行ではないでしょうか。
Posted by tentijin at 2016年09月20日 06:04
八幡浜市民ギャラリーでしょうか?何度か寄ったことがあります。銀杏の絵、美事ですね。風の国の敬老、喜ばれたでしょう。お手伝い、畑仕事、家建設などなど暇が無いことでしょう。竹藪の彼岸花・・・ここだったんですね。
かり篭という名を初めて知りました。仙台に聞いてみようかな?語源が分かるかもしれない。
Posted by 鬼城 at 2016年09月20日 09:08
鬼城様
 美術展は、ナビでは、市民図書館となっている場所でした。1階が図書館、2階で絵画展、3階は工芸展をやっていました。市民会館のすぐ前でした。彼岸花は、いくつか穴場スポットがあります。天気さえ良ければ、ぶらっと見に行くのもいいもんですね。かり篭分かったら教えてください。
Posted by tentijin at 2016年09月20日 17:34
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