2017年01月11日

621 農 繁 期 突 入? ( 2 大 般 若 )

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鬼ヶ城方面の朝陽

 一夜明けて、仕事始めの2日目は、晩生(おくて)のポンカンを採ることになっているが、この朝は、東の空が焼けていた。お父さんから聞いた情報だが、この時期、太陽は鬼ヶ城方面から昇るのだそうだ。雲ではっきりしないが、一番明るい所が鬼ヶ城辺りで、そこから朝陽が上がらんとしている場面なのだ。

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不思議な箱(教本が詰まっていた)

 まだ、午前7時前の朝飯前に、「大般若(だいはんにゃ)」(地元では「お般若」と言う)があるので行ってくるように指示があった。毎年、お父さんが家族代表で参加しているので、どうやら私は、付き添い的な意味合いであったのかも知れない。集会所まで行ってみると、広場には、仏壇のような箱とそれを担ぐ棒、箱の上には大きな細長い木箱のようなものが置いてある。仏壇のような箱には、大根が2本縛り付けてある。これは?

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難を逃れる儀式

 この行事の世話をしていたM君が、せっかく来たのだから箱をくぐるように言うので、指示に従う。くぐった背中を布でくるんだあの細長い木箱でたたいてくれた。どうやら、体の中の悪い部分を直してくれる、そんな意味合いがありそうな行事だ。

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いただく

 それが終わると、御神酒のような日本酒が振る舞われる。これは仏事なので、御神酒ではなく、仏様のお下がりのお酒であったらしい。しばらくすると、お寺から和尚さんと2人の息子さんが到着した。集会所の中で仏事が始まるらしい。

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大きなお札に

 先に来ておられたお父さんは、既に集会所の中に座っておられた。到着した和尚さんは、まず、その達筆な書で大ぶりなお札に経文を書かれる。それを世話役の数人がのしでお包みして仏壇に供える。以前は集会所の部屋は、御利益を授かりに来る集落の人であふれたらしいが、高齢化してここまでやってこられない方の方が多くなってしまっているらしい。

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曼荼羅と読経

 集会所の中の1面の壁が、全て大きな仏壇になっているという建物の作りにも、驚かされる。仏壇には、様々な仏像が並び、中央に御本尊様、だるま大師などの像も並んでいる。やおら、仏壇に向かった和尚さんたちの読経が始まる。読経が終わると、いつも分かりやすい説教される和尚さんが、寺から持ってきた江戸時代から続く仏画の掛け軸(「曼荼羅」(まんだら))について解説をしていただく。先ほど外で背中をたたいていただいた細長い箱の中身であった。

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難を払う儀式

 読経の間中、世話役4人ほどが古い般若心経の教本をぱらぱらめくり、和尚さんに教わったお経の一部を唱えて読経に和す。その古びた教本が我々がくぐった仏壇のような箱の中にびっしりと入れられていたのだ。法話は、インドに仏教を習得しに行った玄奘(げんじょう)の話から、この大般若の行事が、般若経の力を借りて、集落の災難・災厄を逃れ、病気を平癒し、健やかで和やかな毎日を願う意味合いがあるというお話であった。最後に、和尚自らが分厚い般若経の教本で集まった方々の背中をたたいて回られて、行事は終了した。何だか御利益を得た気持ちになった。 
posted by tentijin at 08:38| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 風の国から鬼ヶ城の朝日が見えるのに感動です。大般若の行事、御利益間違いなしです。母の里の玄関の表札横に「大般若」と書かれた板がずっと掛かっていたので、母に聞いたら昔の和尚様の時は行事が残っていたそうです。
 こんなに続いている風の国は信仰を大切にされているのだと思い、ずっと残してほしいと思いました。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2017年01月11日 09:04
吉野の食いしんぼう様
 かすかに水平線には、吉田、明浜の半島が見えます。その右手の明るい部分が、鬼ヶ城辺りだそうです。「お般若」の行事は、以前は、各家を回っていたそうです。次に集落の3カ所ほどで行われるようになり、最後は、1カ所(集会所)だけで行われるようになったようです。いずれも、過疎による人材不足が原因のようです。珍しい行事なので、不思議な気持ちになりました。
Posted by tentijin at 2017年01月11日 19:53
仏教、神道の行事は数知れない。その中でも脈々と続いている「風の国」の正月行事、面白いですね。大般若経成るものは、お寺に出入りしていたとき経典を見ました。おそらく中国から渡来したものの複製、あるいは筆写だろうと思います。御神酒でお祓いするのは、神仏一緒ですね。これも面白い。
Posted by 鬼城 at 2017年01月12日 07:49
鬼城様
 古い言葉は、離島や僻地に残ることが多いのが言語学の常識ですが、隔離された環境のなせる技だと思います。このような行事も同じで、都会に近いほどなくなったり、変容したりしていると思われます。風の国は、ある意味別世界です。一番の問題点(悩み)は、後継者不足です。行事のお世話をしている最も若い子でも、60代ですから、未来ははかないものです。
Posted by tentijin at 2017年01月12日 22:02
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