2017年03月04日

636 時 の 流 れ 3 ( 我 ら が ヒ ー ロ ー )

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なんでもかん

 ある先輩が、「なんでもかん」に絵を出品していると、新聞に情報が掲載されていたので、私は、しばし、記憶のレバーを小中学生の頃に入れて、タイムトラベルを試みてみた。最先端のタイムマシーンなら、鮮明に蘇るであろうに、我がマシーンは、勝手に私が組み立てたマシーンであるので、何とも心許(こころもと)なく、不鮮明な画像のみが少し見え隠れした気がしただけであった。


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ハーレー画1

 彼(か)の先輩は、今在家のKYOUCHANと同い年、近永の町中(まちなか)に住んでおられた俊足の一級歳上の先輩であった。いつも地区対抗リレーの花形であった。私も、当時、リレーメンバーに選ばれていたが、地区にはいろいろ事情もあり、私の場合は、何かの間違いで選ばれた鈍足少年で、私からすれば、彼は、雲の上のスーパーヒーローのような存在であった方である。

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至りて来た道

 先輩は、総務課長さんで、役場を退職され、現在、67歳で悠々自適の生活を送られているのだろうと推測する。私も、突然、何かに目覚める時があるが、先輩は、ハーレーダビットソンに目覚められたようだ。

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ハーレー画2

 私の怖いサッカー部の先輩、松野の建設会社社長さんも、大きなバイクにまたがり、どこか遠距離に出かけるらしい場面を、2年ほど前に、しかと見届けた時があった。我々世代の憧れ(あこがれ)の1つは、どうやらバイクであった気がする。しかも、それがハーレーダビットソンであったりすれば、完璧に私たちの夢のまた夢であったのだと思う。


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ハーレー画3

 私もバイク好き、ハーレー大好きの例外ではなく、高校時代、ある同級生がバイクの免許を取ったのをきっかけに、我こそはという強者(もさ)が、免許を取るために宇和島の教習所に出没し始めたのを見て、私も、長期の休みには勇んで教習所に日参(にっさん)し始めた。

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ハーレー画4

 何とか自動二輪の免許を取り、当時の私が彼女と思っていた女性の家に、「夜這い」ならぬ、「昼這い」に向かったのも、125CCの中古のオートバイであった。当時、舗装されていなかった道路にバイクごとスライディングしたり、ヘアピンカーブで、軽トラックと正面衝突して、空を飛んだのも、高校生の頃であった。

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ハーレー画5

 私は、十分自分がやんちゃの限りを尽くしていたことを知っていたが、人の目には、私は、静かで温厚な少年に見えていたらしく、ハーレーに目覚めたこの先輩も、小中学生時代、私が友達をいじめていた記憶があるのだが、あれは、本当だったのか、ずっと謎に思っていると話しかけていただいた。やはり先輩も、好意を持って私を見ていただいていた部分があったようだ。「私は、けんか小僧でしたよ。」というと、どうやら60年ぶりの謎が解けたと納得の御様子であった。


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本物のハーレー

 会場に置かれていたハーレーダビットソンは、奥様を何とか説得した末に購入された1,500CCFLSTS.Iソフィテル・スプリンガーというハーレーのバイクだということを教えていただいた。金額は、もろもろ付けて320万ほどであったらしい。夢を実現され、何ともうらやましい限りである。
posted by tentijin at 08:37| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハーレー!バイク乗りにはあこがれの象徴ですね。N先輩も最後はハーレーでした。サイドカー突きのモノ・・・金額を聞いて驚いたことが昨日のことのようです。街角ギャラリーなんでも館の話はKyo-chanのFacebookで知っていました。面白い試みですね。結女実現、おめでとうございますとエールを・・・
Posted by 鬼城 at 2017年03月04日 09:25
 ビックリと尊敬。たぶんこの方はK・Uさんではないかと思うのですが。こんな綿密な絵を描かれ、夢の実現をされたのですね。
 もう、この年だからと手を出さないことが増えましたが、何かやる気を貰いました。
 
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2017年03月04日 23:22
鬼城様
 同級生なので、Kyo-chan氏の話も出て、私同様、写真を撮って帰ったと言っておられました。石応の時、桜草でお世話になった宇和島のKUWAHARA先輩も、御夫婦でバイク乗りであったように記憶しています。やはりこの世代には夢のような存在だったのだと思います。
Posted by tentijin at 2017年03月05日 07:46
吉野の食いしんぼう様
 はいそのK・Uさんです。確か、以前は、本町、近タクの横辺りに住んでおられた気がします。私はとうとう、ハーレーに乗るという夢は実現できませんでしたが、400CCとか700CCまでは、独身時代乗っていました。何だかほろ苦いような記憶の片隅とつながっています。
Posted by tentijin at 2017年03月05日 07:52
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