2018年04月15日

733 ずいぶん闌(た)けてきた

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今年の君子蘭

 今年の4月13日は、金曜日で、母の命日、あの日も13日の金曜日であった。私にとっては、あまりにも早すぎる別れの気がして、母が午前2時前に息を引き取り、北宇和病院から連れて帰り、母の布団に寝かせ、枕元に座って、惚(ほう)けたように朝まで母の顔を眺めていた。病室の窓の外には、満開を少し過ぎた桜がまだまだ豪華に咲いていたのを思い出す。


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八重桜

 今年の花は、早々と終わり、君子蘭の咲くこの時期に、最後の八重桜が咲き、早くもそれが散り始めている。病院に入院する前、母の顔は、地獄から帰ってきたようなすさまじい顔になっていた。以来、私は、自分の顔を鏡で見ながら、思わずそのような顔の変化を探してしまう癖ができてしまった。


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花ズオウ

 地主さん家(ち)の花ズオウが絢爛豪華(けんらんごうか)に咲き、3〜4日で盛りを過ぎて、春は、ずいぶん闌(た)けてきた。母の死から1ヶ月間、山菜が芽を出す山道を登り、毎日お墓に通って夜の灯明を焚いた。葬儀が終わった翌日には、母の布団を裏の川原に持って行き、燃やして、煙を母のいる天に送った。ここまでの人生、生きていることが当たり前の日常が、その日から変わった気がする。

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ネジバナ風?

 花ズオウの木の下には、ネジバナのようなねじれていない雑草の花が咲き乱れていた。4月13日が、回り回って金曜日になった今年、私は、母が亡くなった歳に到達してしまった。何とかDNA的には、新記録を樹立したことになる。母が亡くなって既に34年になる。さしたる親孝行ができなかったことが、今だに私の心残りになっている。

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半分完了

 この冬は、小屋にうつつを抜かして、農園に足が向かなかったおかげで、畑は大草に覆(おお)われてしまっていた。冬野菜が終わったので、とうとう膨大な草引き作業に入った。通常なら、3月中に植えるはずのジャガイモをやっと植える気になったからだ。一週間ほどかけて、畑の半分が草から解放された。


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ハウスも修理

 ハウスも、風でビニールが破れ、そのまま長く放置されっぱなしであった。ビニールは、昨年新しく換えたばかりなのに、どうも買ったビニールが薄いものであったようだ。また、新しいビニールを買うのも悔しいので、破れた下側だけ透明の波板を外側に設置して、補うことにした。波板の幅に合わせて細い縦の角材を入れ、3枚の波板を釘で留めることにした。

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折れた庇(ひさし)
 ハウスを建てて8年目になる。波板に裏表があるのを知らずに屋根を張ったおかげで、裏側を上に張った波板は、見事に朽ちてひびが入り、崩壊を始めた。とりあえず、ヒサシが折れてしまった3枚を修理しなければならない。

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ハナミズキ

 春は闌けて、公園では、ハナミズキの花が咲き始めた。母の死で生まれた心の空洞や心の傷は、当時、とても癒える気はしなかったが、時が流れ、その痛みは既になくなっている。母の初盆で組み立てたオショロ棚をしまう時に、「次にそれを使うのは、お父さん(私)の時」と、悪気もなく相棒が言った言葉に先のことではあっても、少しショックを受けたが、今では、何だかその日も、ずいぶん近づいて来たように思える。
posted by tentijin at 20:21| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うつろう春ですね。君子蘭は霜さえ当てなければ毎年咲きます。強い花ですね・・・ホタン桜も満開、ハナミズキは桜の後・・・
先日、鬼北から松野を訪れた折、農園、トマトハウスを見ました。早速、嫁さんが「お友達はよく仕事を・・・」一遍で話題を変えました。(汗
Posted by 鬼城 at 2018年04月16日 07:43
鬼城様
 月日が流れるのは、早いですね。退職と同時に、石応でいただいた古材を腐らせてはいけないと、長さ10m、幅2mの家の軒を作りましたが、余った材木の使いみちに困り、建てたハウスでした。8年経過で、早くもポンコツになってしまいました。こんなオンボロハウスですが、結局、足らない材木と波板、ビニールで、当時、10万円なりの出費でした。奥様とドライブだったんですね。
Posted by tentijin at 2018年04月16日 18:49
 悲しい別れの経験は私にも訪れると解っているのに、まだ先のようにも思う安気な自分がいます。お母様のご葬儀の時は私も記憶に残っています。
 夏に向けての農作業の始動ですね。我が家もまず草引きから頑張らねば。
 薔薇がま〜ま〜。エンドウ惨敗です。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年04月16日 23:43
吉野の食いしんぼう様
 若者会時代でしたね。2年連続で母と父でした。何か親孝行の証でもやっていれば、良かったのですが、突然の別れになってしまいましたから、なお、心に刻まれたのかも知れません。スナップエンドウが、収穫出来そうになって来ました。
Posted by tentijin at 2018年04月17日 19:21
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