2018年05月16日

743 夏 来 る ?

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ブラシの花

 どうやら夏は、知らぬ間にその歩を進め、若葉は、少しずつ青葉へと移行しているように感じられる。夜な夜な訪れる不思議な目覚めに悩まされながら、時には西郷どんに救われたり、夥(おびただ)しい悪夢のような夢また夢の世界をさまよったり、そして、目覚めると、初夏の鮮やかな自然の色が目に飛び込んでくる。赤いブラシの花もその1つだ。

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池の若葉

 散歩の前に、少し池を散策すると、若葉と青葉がひしめき合って山は盛り上がって見える。池に映った若葉の汚れない明るい緑が、池を華やかに彩っているようにも思える。夜ごと私を、少しだけ救いの方向に導いてくれる西郷どんの物語は、島津斉彬(しまづなりあきら)が急死した後、波瀾万丈(はらんばんじょう)の流れに翻弄(ほんろう)されているように見える。

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蜜の吸える花

 子供の頃、道草の途中、野原に座り込んで、蜜を吸った花、そんな子供の文化は、既に今の子供の心の中からは消えてしまっているんだろうなと、思いながらシャッターを切った。井伊直弼(いいなおすけ)が反対派を安政の大獄で弾圧、慶喜(よしのぶ)を将軍にと画策した西郷と月照も、薩摩まで逃げ延びるが、追い詰められて、冬の海に2人は入水。

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照葉樹?

 見上げると、栗の若葉は、この時期少し色を増して、それでも若々しく輝いている。栗が照葉樹なのかどうかは知らないが、何だかそんなフレーズが頭に浮かんでくる。勤王の僧侶、月照は亡くなり、西郷は一命を救われる。何という運命だろうか。生かされてこの後の歴史に名前を刻むのだから、正に波瀾万丈の幕開けのようにも思われる。


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木漏れ日と木陰

 公園の散歩は、もう気温がずいぶんと上がってきて、少し息苦しくなってきた。それでも、散歩道の脇に生えている木々のおかげで、陰を作ってくれている下を歩くのは、少し清々しい変換が心に起こってくる。斉彬が、遠くが見える天才的な人間だとしたら、弟の久光は、少し凡庸(ぼんよう)に見える。幕府におもねる父親の斉興(なりおき)が薩摩に帰って、とうとう西郷は島流しになる。

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青葉の裏側

 散歩の最後は、木陰のベンチに寝っ転がって、上を見上げるのを常としている。すると、青葉の裏側が見えてくる。木々が、枝を伸ばそうとする前向きで一途な心が見えるようでもある。青空も向こうに見えたはずなのに、写真ではハーレーションの中に隠れてしまった。西郷どんは、斉彬の遺志を継ぎ、どのように復活していくのか、とても楽しみだ。

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黄色き花

 公園の駐車場の脇に黄色の鮮やかな花がたくさん咲いているのが見えた。引き寄せられて、行ってみると、以前植えられたもののようではあるが、今では、毎年、野生の花のごとく自然な様子で咲いているのが分かった。さて、全国に西郷どんゆかりの地は、数多くあるだろうが、たまたま旅に出る方面にも、その場所がありそうなので、少しだけ寄り道をして帰ってきたい。  
posted by tentijin at 09:45| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
柔らかな日差しの中の若葉ですね。太陽の方を向くと葉脈が透けて見える。市越の池ですね。ここの吊り橋は何のために架けているのでしょう?30年前には無かったような気がします。例年に比べ植物も書家の様相ですね。気温は夏(ふうっ)
Posted by 鬼城 at 2018年05月17日 07:44
 初夏を感じさせる風景満載ですね。私も紫の花の蜜を吸いました。この花が咲くと蛍が飛び始めた様に。現に、私達の散歩道に数匹ですが蛍が出現しました。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年05月17日 14:23
鬼城様
 もうずいぶん日差しは暑くなってきました。若葉から青葉に移るこの時期も一瞬で通り過ぎていきますよね。池の吊り橋は、私が気づいた時はもうありました。奥の祠(ほこら)へ向かう近道として作られた形ですね。
Posted by tentijin at 2018年05月20日 05:09
吉野の食いしんぼう様
 今の子供たちが、この花の蜜を吸う文化を失ってしまっているように、我々の子供時代も、遙かな昔になってしまったことをついつい思ってしまいます。しかし、それでも、気付くと自然は、昔ながらの光を降り注いでくれているんでしょうね。もう蛍が飛び始めていると聞いて、どきっとしてしまいました。
Posted by tentijin at 2018年05月20日 05:15
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