2018年06月10日

750 季 節 を 刻 む 2 

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海士(あまし)の船

 4月初めの時期、海の近くに住む海の大好きな人たちは、ヒジキやワカメなどの海草を採りに海に向かう。また、この頃は、大きな潮が引くときには、海に潜ってサザエやアワビを採る元気な方もいる。風の国のお父さんも、元気な時は、よく磯に出かけていた。今ではもうそんな元気はないので、仲良しのS君が採ってきたり、親戚の漁師さんが採ってきたサザエをいただくくらいである。海を見下ろすと、漁師さんの船が浮かんでいるので、その位置から、素人では潜れないくらいの深さで漁をしているのが分かる。



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ザクロの花

 風の国のヒノラ(前庭)で一番大きな木は、ザクロの木で、今の季節は、赤い花を咲かせている。誰も食べようとはしないが、秋には花は実になって枝にたくさんぶら下がる。今年は、果実酒にでも挑戦してみようか。


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ヒノラの紫陽花

 元は、母の日プレゼントで都会からやって来た紫陽花も、ヒノラの鉢植えだけでなく、野菜畑の端の方にすみかを移してかなり繁栄をしている者たちもある。


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伊予柑の実

 お手伝いの合間に畑を眺めてみると、この間まで、蜜柑の花咲く畑だったのが、白い花は見えなくなり、可愛い実が結実している。晩柑類の中で、最も早く収穫するのが、ポンカンや伊予柑たちだが、6月の声を聞くと、もうこんな小さな実を付けている。


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畑の紫陽花 1

 風の国のヒノラだけで、かなりの種類の紫陽花たちが咲き始め、目を楽しませてくれている。地区の西側の畑に行ってみると、誰が植えたのか紫陽花ロードができている。


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畑の紫陽花 2

 風の国の柑橘畑は、主に東側に点在している。花の好きなお母さんが植えられたのだと思うが、畑にもあちこちとこの梅雨時期、仕事の合間に目を楽しませてくれる紫陽花の花がたくさん植えられている。


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余った枇杷たち

 前回のお手伝いでいただいてきた枇杷の実は、パックに入って友人宅などにもらわれていき、残ったものは、皮むきと種外しを私が担当して、相棒の手で生まれ変わる運命となった。


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枇杷のコンポート?

 私にはよくは分からないが、桃のコンポートならぬ、枇杷のコンポートなるものに変身していた。これは、更にゼリーのようなものにとじ込められたデザートにも変身していった。そのまま皮をむいて食べるのも大変美味しいのだが、何せ量が多いので、加工しないと、すぐに小バエ君たちの餌食にこそなってしまうからなのだろう。


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移住者たち

 今、風の国の紫陽花たちは、我が家にやって来て、そのあでやかな姿を披露してくれている。ただ、問題なのは、アジサイは、水揚げが悪く、命が短いことかも知れない。
posted by tentijin at 08:06| 愛媛 ☀| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 風の国の惠が一杯ですね。海を見ていると遙か昔の日振の生活が懐かしくなります。懐かしいと思える体験が出来た2年間は今は貴重で大切なものになりました。
 紫陽花は日本から外国に渡り、色々な種類が出来たと聞きましたが、本当に七変化の美しさ満開の6月ですね。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年06月10日 21:38
岬は「海士」なんですね。海の幸、山の幸の両方に恵まれ、良い土地ですね。初夏の花々も咲き誇り、季節は移っていきます。海の青さも変化しているように思えます。鬼北へ来た紫陽花も元気そうで何よりですね。琵琶の処理方法、これも面白い。
Posted by 鬼城 at 2018年06月11日 07:40
吉野の食いしんぼう様
 過ぎた体験を思うと、不思議な四つ角にやって来たような気持ちになります。心に刻まれるということは、素晴らしいことですよね。紫陽花、日本発ですか、知りませんでした。今の季節、本当に楽しめますね。
Posted by tentijin at 2018年06月12日 18:33
鬼城様
 子どもの頃は、枇杷を採って食べていましたが、今の子どもたちにはその文化が伝わりにくくなっているように思います。海士、岬では、与侈(よぼこり)が有名です。与侈では、旦那が海で漁をしている間、女たちは集まって「ぼうびき」という博打(ばくち)をするそうです。
Posted by tentijin at 2018年06月12日 18:40
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