2018年11月19日

790 あの時に帰ってみる 2

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岳人山さん

 さて、夕方からは、JAのホールで、80周年記念の祝賀会が行われた。この夜の会でも、岳人山の尺八演奏で始まり、素晴らしい演奏に皆が酔いしれた。我々は、同級生が同じテーブルにつき、懇親の祝賀会は、進んでいった。

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O君、MIっちゃん

 我々が、高校生だった頃は、エレキバンドが隆盛し始めた頃であった。お父さんがギターを教えていたO君から誘われて、私とJUNちゃんは、O君が始めようとしていたエレキバンドの一員になった。当初は、4人がそのメンバーであった。中心のO君がリードギター、OKAMOTOがサイドギター、そして、JUNちゃんがベースギターの担当だった。私はといえば、何とドラムス担当であった。これらの楽器演奏は、全てO君がそのノウハウを知っており、後の3人は、全くのド素人であった。O君はレコードを聴いて、リードギターやサイドギター、ベースギター、ドラムなどの音を譜面に起こし、メンバーの指導をした。私も、ドラムの叩き方を1からO君に学んだ。


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H君、N君

 エレキのギター2本は、O君が所有していて、JUNちゃん担当のベースギターは、4人がアルバイトをして後日購入したような気がする。私の担当だったドラムは、大変高価な楽器で、当時で5万円以上したので、とても買うことはできなかった。当初、4人の練習場所は、出目の集会所だったが、ドラムはないので、段ボールを大小3〜4個並べて置き、シンバルの代わりには、集会所のブリキのちりとりを針金で天井から吊して、スティックでそれを叩いていたのを思い出した。


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H君、S君

 我々の演奏の発表場所は、予餞会だったように思う。あの記念式典があった体育館がその舞台だった。最初に我々が挑戦した曲は、ベンチャーズのパイプラインであったと思う。たぶん、1年目は、ベンチャーズの曲をいくつか演奏をしたのではなかろうか。私は、なれないドラム演奏のため、授業中も隠れて机の中や教科書の上を指で叩いて練習をしていた記憶がある。

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記念に

 結局、この祝賀会に集まったバンドメンバーは、O君とJUNちゃんと私の3人が集まった。1年目の演奏では、既に散髪屋さんになっていた中学の同級生が持っていたドラムをお借りして臨んだ。熱意だけはあったので、練習に打ち込んだ私だったが、練習をやり過ぎて予餞会当日は、筋肉痛になり、バスドラムがあまり叩けない状態であったという笑い話で終わった。


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Tちゃん

 2年目は、少し進化して寺内タケシとブルージーンズの曲を数曲演奏した。これもO君の好みで、リードギターの見せ場がすごいというところが、その選曲の理由だった気がする。ちょうどその頃、出目に広島研磨の工場ができるということで、夏休みのほとんどを費やして、我々4人は、工場の予定敷地の草刈りのアルバイトを行った。おかげで、やっと我々は、大枚5万5千円の立派なドラムを買うことができた。

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ご夫妻

 最後の3年目は、ブルージーンズに加えてタイガースの曲など、十数曲を用意していた。バンド練習にのぼせて、私は、大学入試の勉強も1mmもせず、結果、浪人をするはめにもなった。しかも、3〜4曲終わったところで、生徒指導の先生からストップがかかり、そこで我々バンドメンバーの予餞会は終わってしまった。

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2次会にて

 卒業式を終えた日曜日に、結局、我々は練習した全ての曲を、聴きたい生徒に来てもらって、学校にも許可をもらって、あの体育館で最後のお別れコンサートを実現した。JAでの祝賀会も、滞りなく終わり、我々同窓生は、2次会場のスナックに移動、JUNちゃんは、来てくれる予定であったと思うのだが、都合で姿を見せてくれなかった。我々同級生の一番出世のJUNちゃんではあるが、少し雲の上に届き、我々の世界からは、離れてしまったのかも知れないと、少し寂しい思いも起こってきた。
posted by tentijin at 06:37| 愛媛 ☁| Comment(6) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
写真を見ると存在感がありますね。背が高いのは便利(笑い)記念パーティの雰囲気が伝わってきます。一気にタイムスリップでしょう。皆さんの笑顔が歴史の流れのような気がします。
Posted by 鬼城 at 2018年11月19日 08:49
 そのバンドの記憶は鮮明です。と言いつつ?サイモン&ガーファンクルの曲演奏されませんでしたか?
 体育祭の応援合戦は2年間縦割りの4組で一緒だったのですが、お顔は皆さん全く思い出すことが出来ません。高校生活充分にエンジョイされたお仲間ですね。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年11月20日 17:59
初めまして
このH君の取り計らいで出席し、Tさんのテーブルでした。ニアミスだったんですね。このブログ、Hさんに行ってもいいですか?もう知ってるかな?承諾頂いてから電話します。
Posted by 真駄無留室の結女 at 2018年11月21日 10:59
鬼城様
 この状況では、タイムスリップせざるを得ない状況でした。ただ、誰もが顔にしわを刻み、過ぎた年月を思い知らされました。みんなが元気でいることが唯一の幸せなことでしょうか。
Posted by tentijin at 2018年11月21日 19:09
吉野の食いしんぼう様
 サイモン&ガーファンクル?やらなかった気がします。ただ、記憶がもう途切れ途切れなので、外のメンバーに聞いて見なければ分かりません。ブルーコメッツは、やったかも知れませんが・・・。
Posted by tentijin at 2018年11月21日 19:14
真駄無留室の結女様
 コメント、ありがとうございます。え〜!目黒の元気ボーイだったH君、知ってるんですか?びっくりです。Tちゃんは、三島方面から永の市に嫁いでいます。H君とは御近所ですか?たぶん、彼も、同窓会のお世話係か何かをしてるんでしょうね。彼は、このブログのことは知らないと思います。現在、あの日の写真製作中なので、同封する手紙に書こうかなと考えていました。どうぞ教えてやってください。結女さん、吉野のくいしんぼうさんのブログに登場するお友達ですよね。ニアミスをしたということは、同窓生ということですね。インプットします。
Posted by tentijin at 2018年11月21日 20:53
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