2018年12月05日

794 御 近 所 も み じ 2

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初霜

 霜月を終え、師走に突入、暖冬と言われている今年も、とうとう初霜を観察することとなった。畑に残っていた乳草にも美事に霜が張り付いていた。



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田んぼのコスモス 1

 このところ、空振りばかりの牛糞もらいの三間行き、思わぬ所で、背丈の低いコスモスが、田んぼを飾っている。思わず車を止めてカメラを向けた。


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田んぼのコスモス 2

 遠目からなので、はっきりはしないが、どうもハート型やら様々な形に種が蒔かれているようで、育てた方の心のありようが見えてきて、その余裕やら遊び心が伝わってきた。


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国道向こうのもみじ

 私としては定番の国道向こうの藪を染める紅葉、結構長く目を楽しませてくれる。立派な日本庭園の紅葉とは、ひと味違う地味な風情なのだと思うが、なぜか、心を癒やされる。

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溜め池のほとり

 牛糞をいただく、山の中の牧場、山の中の道に入ってすぐの所に水田用の溜め池がある。ここにも、飾ることを意図していない紅葉がその水辺で赤に染まっている。見過ごせば見過ごしてしまうような1場面だが、この日は、心に届いてきた。

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庭のもみじ

 御近所もみじの最後は、長く父が鉢の代わりにブリキの缶に植えていた紅葉を、数年前、私が畑に植え替えてやった庭のもみじに到る。父以来なので、おそらく長い歳月を経てキャリアは十分だが、背丈はまだ、2mほどの我が家のもみじ。不思議に御近所の最後の最後に紅葉するのだ。


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最後のブルーベリー

 最後の最後と言えば、今年1番に目を楽しませてくれたブルーベリーの紅葉、特大の鉢に2本植えている。ここでも不思議なことに一方は紅葉し、片方は紅葉していなかった。それが、ここへ来てラストを飾るかのように、紅葉していなかった木が、えもいわれぬ鮮やかな色に染まっていた。植物には、それぞれに事情はあるのだろうけれど、今年も、私には、たくさんの心の癒やしを与えてくれた気がする。
posted by tentijin at 02:45| 愛媛 ☔| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
秋になると紅葉する。普通の景色なのに感度を覚える。素晴らしいと思える心の余裕がほしいですね。水に映る紅葉も・・・ブルーベリーの紅葉も・・・そしてお父さんの植えられた紅葉も・・・素晴らしいご近所紅葉です。
Posted by 鬼城 at 2018年12月05日 07:41
 山仲までも、今年は紅葉が良い、悪いは必ず話題になります。遠い昔から人々の自然を愛でる楽しみの一つだったんでしょう。
 お父さんから続く紅葉、季節の最後に楽しめるのも良いですよね。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年12月05日 09:10
鬼城様
 おそらく毎年、どこかに出かけるゆとりがないときも、御近所もみじだけは、目を楽しませ、心を癒やしてくれるような気がします。
Posted by tentijin at 2018年12月05日 17:33
吉野の食いしんぼう様
 ブリキの一斗缶を半分に切った大きさの缶に植えられていたので、父が亡くなってからでも、35年くらい経っているのですが、1mくらいの小さいままの紅葉でした。土地がない我が家なので、缶のままが良かったのかもしれませんが、何だかかわいそうに感じて庭に植えました。大きくならないように、剪定をまめにしようと考えています。
Posted by tentijin at 2018年12月05日 17:39
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