2018年12月19日

797  清 見 の 袋 か け

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光に走る舟

 師走に入って、風の国の海も、ぐっと冬バージョンに変わりつつある。空も鉛色の雲で覆われ始め、天使の階段が現れる日が増える。

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雲から出(いず)る光

 そうなると、夏の明るい青い海とは違い、モノトーンの色合いに近づいていく。しかし、それはそれで、冬らしくて心引かれる景色にも見える。

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サンテ(袋かけの袋)

 お父さんが存命の頃は、我々のお手伝いも、行き当たりばったりで、計画等というものはなかった。我々がやり残した分を、お父さんが、平日の間に、補いながら、次の週には、かなり作業が進んでいた。

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なりすぎている清見

 しかし、お父さんがいなくなってみると、お母さんは、足腰の弱りのため、柑橘の仕事はできないので、我々が計画を立て、遅れつつも進めていくしかない状況になってしまった。そして、年末のこの時期は、袋かけの時期なのだ。

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袋をかけていく

 クロチとウマキのデコポン畑がやっと終わり、いよいよ垣内作り(カキウチヅクリ)の清見畑に移った。畑に入ってみると、お父さんが亡くなった頃にやっていた実を間引く摘果が不十分で、実は大きくならず、小さな実が鈴なり状態であった。

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摘果した清見

 仕方がないので、まず、小さな実やきたない実をちぎって、あらあらと摘果をすませて後、残った実に袋をかけるという手間のかかる作業を進めるしかない。おかげで、木の下は、ちぎった清見があふれてしまう。我々はそれを踏んでは、転びそうになる始末だ。

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お父さん愛用のカギ

 3〜4週間で、弟夫婦も帰ってきてくれて、広い清見畑の半分近くまでやっと終わった。畑には、お父さんが木に登る時に使っていた枝に渡して作業をする板があちこちに残っている。また、枝を控えて作業するときに使うロープの付いた鉄筋でできたカギなども残って枝にある。我々は、それらを使いこなすほど熟練をしていないので、お父さんを思い出すよすがとこそなっている。
posted by tentijin at 04:05| 愛媛 ☔| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お父さんの仕事の歴史ですね。蜜柑作りは大変だと聞いています。被害に遭われた方たちは離農もしたとか聞いています。摘果の必要性など消費者は知らないでしょう。そして出荷すると安い!販売店では高い。基礎となる生産者にしわ寄せが来るのですから大変です。海も同じようですね。お父さんを思い出しながら兄弟で働く姿、素晴らしい供養になると思います。
Posted by 鬼城 at 2018年12月19日 07:26
鬼城様
 我々も、主体的に取り組んでいたわけではなかったので、お父さんの苦労が少しずつ分かっていくだろうなと感じています。お父さんとお母さんが開拓して作った畑もあると聞いています。どれだけお手伝いができるかは分かりませんが、お母さんが親戚や知人に配りたいと思うくらいの蜜柑は、作っていくお手伝いができたらいいなと思っています。
Posted by tentijin at 2018年12月19日 17:21
 冬の寂しげな海もいいですね。
 風の国でのお仕事お疲れ様です。お父さんが使われていた道具は今まで通り残っているのに、その持ち主の姿だけが見えない。まだまだその寂しさは拭えないでしょう。
 私も野菜も果物もひがしやまも作ってみて、生産者の大変さが少し解ってきました。
 
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2018年12月19日 22:47
吉野の食いしんぼう様
 今まで分かっていたような気がしていたことも、実は、長い年月を経なければ得られないような積み重ねが、知恵としてあったんだろうなという思いに少し近づけた気がします。
Posted by tentijin at 2018年12月21日 03:42
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