2019年05月21日

835 久 々 の 登 山 2

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高山植物 4

 土小屋の駐車場までは、面河渓谷から石鎚スカイラインを車で登る。地図で確認すると、このスカイラインは、石鎚山の南側になる。また、着いた土小屋駐車場は、石鎚山の東側になるので、山の東側から登り始めることになる。しばらく登ると、長い坂道の階段になる。私の足は、もうそこで悲鳴を上げていた。その坂道辺りで見付けたのが、この高山植物4である。道端にたくさん生えていた。

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アザミ?

 峠のような所を過ぎると、そこからは、石鎚山の北側斜面を下ったり、登ったりの道になった。このアザミもその辺りで見付けた。地上のアザミは、ちょうど今が花の季節で、野原のあちこちで咲いている。この石鎚のアザミは、種類も、地上とは多少違って見える。気温のせいか、まだ花は咲いていない。

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残雪

 この北側斜面を登りながら、ついに決定的なものを発見した。斜面の窪んだ、形状が小川のようになっている場所に見えたのは、明らかに残雪であった。まだ、この時期残っているとは聞いていたが、北側斜面だからこそ、見ることができたのだと思う。鬼北では、既に終わっていたモッコウバラが、麓の面河渓谷では、まだ、美しく咲いていた。高原地帯なので、気温差はそれくらいあるのだろう。

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休憩所

 長い長い北側斜面を登り、山頂を過ぎた西側にさしかかった頃、鳥居が見えてくる。休憩場所やトイレが設置されている。しばし、休んで英気を養う。


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鎖場(くさりば)

 この休憩場所のすぐ上が、最初の鎖場だと思う。道すがら見上げてみると、ほぼ垂直に見える岩場なのだ。よくもまあ、昔これを登ったものだと、あきれてしまう。当然、4人のメンバーは、誰も鎖を登るという方はいなかった。


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遂に山頂付近

 更に北の斜面のいくつもの階段を休みながら登っていって、山頂の西側の尾根に回り込み、しばらく行くと、石鎚山の山荘があり、すぐ上に山の看板にたどり着いた。ここは、石鎚神社の頂上社のある弥山(みせん)と言われている場所らしい。


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石鎚山頂上社にて

 看板のすぐ上に頂上社がある。ここでもお参りをして待望の昼食を取った。鬼北からは、日吉回りで、高知県の檮原の町中を通ってきた。檮原は、龍馬が脱藩してきた脱藩の道のルート上にある。この檮原のコンビニで、おにぎり弁当を調達、ひたすら440号線をスカイラインに向けて、やって来たのだ。


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天狗岳と記念撮影

 令和の旗が立つ神社からは、目の前に天狗岳が見えている。この弥山からの標高差は、10mくらいらしい。見ての通り登ってきた北側は、断崖絶壁の状態である。また、天狗岳までの道は、尾根伝いに続く岩ばかりの危険なルートになる。当然私は、天狗岳まで行くのはパスをした。

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イシヅチザクラ

 尾根のコースを見下ろしていた体育会系のメンバーも、パス組に入った。残る、以前、マラソンランナーだったメンバーと生物に詳しいメンバーが挑戦するらしい。マラソンランナーは、ルートに入って行ったが、もう一人は遅れてコース入り口に来て、眺めた結果、パス組に入った。結局、3人は、好天の下、弥山に生えていたイシヅチザクラを鑑賞しつつ、ランナーの快挙を3人で眺めていた。


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ランナー、登頂!

 そして、ついに山頂に到達して、手を振るランナーを、望遠のレンズで捉えた。その辺におられた方と記念写真を撮ったが、ランナーは、へっぴり腰であったと、後から話していた。

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今治方面

 山上からは、今治方面だという地上の様子も見えたが、靄(もや)が懸かっているような様子であった。


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高山植物 4

 ランナーが尾根の道から帰還すると、メンバーは、下山に入った。登りの間、最も情けなかった私も、下山の時は、多少膝に衝撃が伝わるものの、比較的楽に階段を下ることができた。我が筋肉にとって地球の引力こそが、敵になり味方になるようだ。下山中、高山植物4の、まだ、花の時期の状態に巡り会った。登る時に見付けたのは、花の終わった後の状態だったらしい。


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霊峰

 土小屋付近まで下山して、再び山頂を見上げてみた。厳しい登山をしてきた後だったので、その姿は、正に霊峰に見えた。登山者の中には、外国の方や関東方面から来られた方、100人近くの方々と遭遇した気がする。年金組もたくさん来ておられ、天狗岳まで行かれる方々にも、私より年上と思われる方々がたくさんおられるように見受けた。記念にはなったが、私には,厳しい久々の登山だった。  
posted by tentijin at 01:06| 愛媛 ☔| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
見る度に思いが・・・半世紀前の夏、一月近く石鎚小屋で生活をした。当然風呂は無く、ご来光の滝でシャワーを深夜浴びた。4年前に登ったが雨で天狗岳は見えず、今年の秋は再挑戦する。歳と共に高いところが苦手になった。まあ、皆さん元気・・・良い思い出になったことと思います。1982m、令和元年の記念登山でしたね。
Posted by 鬼城 at 2019年05月21日 06:46
 完登、お目出度う御座います。石鎚はやっぱり魅力のある山ですよね。1982年の正月は頂上で過ごしましたがもう冬にはよう行きませんね。
 二人の伯父のうち一人は何とか登りましたが、もう一人の伯父は「1回は登ってみたかった」と晩年に言ったので連れて行けば良かったなと後悔しました。
 完登した伯父は数日間、親戚や知人に写真を見せまくっていたとか、やっぱり霊峰として愛媛人には魅力があるみたいですね。
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2019年05月21日 10:23
鬼城様
 行く前は、自信のなさに行きたくない気持ちで一杯でした。行ってみて、確かにしんどかったのですが、昔を思い出し、懐かしい思いも湧いてきました。元気な方々がいたからこそ登れた気がします。風呂もない石鎚小屋で、一月近く生活をされたとは、凄いですね。さすが山男です。
Posted by tentijin at 2019年05月21日 18:35
吉野の食いしんぼう様
 若き頃に、石鎚に登れたのは、吉野の食いしんぼうさんのおかげだと思います。あの時は、山の何たるかも知らずに、勢いで登った気がします。今回また、登ってみて、あの時のことを思い出しながら、登ることができました。前回も今回も、とてもいい体験になったと思います。
Posted by tentijin at 2019年05月21日 18:41
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