2019年08月24日

859 絵 本 1

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風の国の集落

 日本一細長い風の国のある半島、その断崖のような斜面に風の国の集落は、広がっている。半島の中でも、この集落だけ少し違う言葉が残っている。最近ではその昔の言葉も、薄れて来つつあるが、その言葉の中には、ひょっとしたら東北の言葉が混じっているのかも知れない。

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夏の海

 風の国の集落は、豊後水道に面していて、毎日、その海の絶景を見ることができる。夏の海は明るく、輝くようだ。また、この風の国の地区は、宇和島の伊達藩との繋がりがあるということも、昔から聞いているが、最近、東北からやって来た伊達藩との言い伝えのようなお話が、絵本になっている。なかなか難しい部分もあるが、その絵本を折に触れ、少しずつ紹介してみたい。

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表紙

 絵本の出だしはこうである。
 「♪ 回れ、回れ水車、遅く回れば堰(せき)が止まる  ぞ〜
  ♪ 十三から、これまでつれたる雌鹿(めじか)をば
   これの御庭に隠しおかれた〜

  日和(ひより)は砂浜の上で踊る兄貴、三郎太の鹿踊(しかおど)り、鬼剣舞(おにけんまい)を真剣な面持(おもも)ちで見つめていた。三郎太は鍛冶職人の見習いで、踊りは八幡町(はちまんまち)にある東光院(とうこういん)の踊大将(おどりだいしょう)、藤九郎(とうくろう)から直(じか)に教(おそ)わっている。」


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中表紙 1

 「あんにゃみたいにうまぐおどれねえ!」「あったりめえだ! おらだって藤九郎様にしこたまごっしゃかれてやっとここまで踊れるようになったんだど。ひよりがそう簡単に踊れるわげねえべ!」「んだども早くあの鹿頭(ししがしら)つけて、あんにゃみたいにかっこよく踊ってみてえな・・・」「あれ!多賀丸、どこさ行ったあ」


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中表紙 2

 仙台市泉区福岡地区には鹿踊と鬼剣舞は一対のものとして伝えられています。鹿踊は災いや病害虫を除き、五穀豊穣を祈願する踊り。また剣舞は悪魔退散、天下太平を祈願するものとされています。祖霊供養に家ごとに巡って踊られていたようです。


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二ページ目

 仙台藩では八幡町龍宝寺の塔頭(たっちゅう)・東光院が鹿踊・剣舞や田植踊などの庶民の芸能を管理しており、その踊大将藤九郎が鹿踊・剣舞の始祖とされています。
 伊達秀宗公が仙台から移った際にこの鹿踊なども伝わったと考えられており、踊り方や歌詞も福岡地区を始めとする宮城岩手に伝わる八幡堂系の鹿踊と共通する部分が数多くあります。


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風の国の海

 この絵本が、どういういきさつで作られたのかは、私には分からないが、子供に読み聞かせる類(たぐ)いのおとぎ話ではなく、風の国と東北との繋(つな)がりを探(さぐ)っていく過程で、その歴史の流れを物語的にまとめていったものなのかなあと感じる。物語は、また、忘れた頃に、続きをブログアップしたい。
posted by tentijin at 19:15| 愛媛 ☁| Comment(6) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
歴史をたどる面白い絵本ですね。仙台と宇和島藩の繋がりも興味津々です。特に名取に関しては推測でも前代の名取りからの移住に間違いないと思います。歴史は事実と推測のおもしろさがあります。鹿踊りの歌は共通項ですね。
Posted by 鬼城 at 2019年08月25日 08:11
鬼城様
 住んでいて直接感じるのは、言葉の中に周りと少し違った言葉があるのに気付いた時だと思います。そこから様々たどってみると、歴史のロマンにたどり着くんだろうなと感じます。
Posted by tentijin at 2019年08月25日 08:43
 歴史を紐解いていくと、色々な繋がりが解ってくるのでしょう。また、そう言うことに興味を持ってこの様な絵本が出来上がるって素晴らしいですね。
 
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2019年08月25日 09:18
吉野の食いしんぼう様
 この地域の中には、東北との交流を進める方もあり、少しずつですが、行き来もしておられるようです。DNAとかを調査したら、血縁の方などもおられるかも知れませんね。
Posted by tentijin at 2019年08月25日 12:35
田舎の歴史のルーツは仙台にあるといとこから何十年か前に聞いたことがあリます。 そのいとこは仙台迄いつて調べて見たら苗字とか地名に田舎と同じ名前がおおくあつたようでしたよ。それから何となく仙台と聞いたら関心があリます。不思議なことですね。まあ時間があつたら調べて見たらロマンがありますよ。お元気でまたね。
Posted by ロッパです at 2019年08月26日 08:49
ロッパ様
 宇和島の伊達のお殿様が、来られたときに、豊後水道の見張り役として連れてきた人たちの一部をここに住まわせ、異常あるときは、のろしを上げて、宇和島に報せていたとも、聞いたことがあります。名字やら言葉やらを本格的に調べたらきっと、おもしろいでしょうね。
Posted by tentijin at 2019年08月26日 16:17
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