2020年06月16日

936 古 希 か ら の 眺 め

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風の国の紫陽花

 母が亡くなったのは、私が30歳をいくつか過ぎた頃だった。親がいなくなるということは、知識としては、分かっていたのだが、物心ついた頃から母子家庭で育った時期がある親子だったためか、いざ起こってみると、その現実は、とても私には、理解できるものではなかった気がする。


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雲 1

 その母が亡くなった年齢は、68歳で、予感などというようなものもなく、そんなことは、まるっきり考えもしていない状態であった。そのため、突然、目の前の世界が変わってしまったように感じたように思う。


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くちなしの花

 私自身が、その年齢を越えて、私は、「古希(70歳)」になってしまった。古希とは、その歳まで生きているのが希(まれ)である年齢という意味があるようだ。医学が発達して、人間の寿命も延びてきているようなので、私も生かされて古希を迎えることができたのだろう。


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雲 2

 長寿の区切りとして、祝う節目なのだと思うのだが、老いという現実に目を向けると、それは、なかなかに手強いものだと感じる。私の場合、まず、様々な物忘れ症候群は、深まりながら広がっていくように思う。50代後半から痩せていった足の筋肉君は、スマートなズボンが似合うように変身していき、60歳を過ぎた頃からは、筋肉の衰えから負担が大きくなり、膝関節が違和感やら痛みやらを訴えるようになった。


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運動公園の紫陽花 1

 歩けば、その歩きは、自分的にはぎっくりしゃっくりのように内心感じている。農園で座って草引きをしていても、限りなくふらふらと安定していないし、立つときは、かけ声と共に立つか、膝を手で押しながら立つしかない。立つことを意識しなかった頃と比べると、雲泥の差が生まれている。


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雲 3

 風の国のお父さんが亡くなられたときも、全くそのようなことが起こるとは考えてもいなかったので、その現実が飲み込めなくて、畑で作業するときにいつもその面影が目の前に現れて来ることが、しばしばあった。


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運動公園の紫陽花 2

 若い時の頑張り過ぎた労働から、足腰が壊れてしまった風の国のお母さん、爽やかな笑顔で話をしていただくのだが、言葉の端々にその弱音が見え隠れすることがある。


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雲 4

 今、古希を迎えて、少しずつ老いが進んでいく様子を実感しながら、今の私を遙かに超える手強い老いの試練を感じておられるお母さんの大変さが、少し分かるようになったと感じる。


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雲 5

 30代で母を亡くした時、そんな厳しい試練と闘っている母のことを思いやることは、私には、想像すらできなかったように思う。ある日突然、風の国から帰ってみると、半分幽霊のように影の薄い状態になっていたのを、今でも思い出す。

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雲 6

 風の国を訪れる度に、あのお母さんの爽やかな笑顔に出会えなかったら、どうしようと心の中で恐れたり、相棒と他愛なく電話でおしゃべりをしている様子が垣間見えると、ほっと安堵することができる。 
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雲 7

 古希というものは、長寿を祝う節目ではあるが、その手強い日常から見えてくる一瞬一瞬は、母が一生懸命に生き切ったあの時の中に、間違いなくあったのだろうと思う。自分も負けてはいられない。
posted by tentijin at 22:46| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 「古希」を迎えられおめでとうございます。
 お母さんや風の国のご両親への思い、人ごととは思えません。
 私もこれから先に必ず訪れる肉親との別れに覚悟ができてい無いのが現実です。
 一日一日を大事に暮らしていくのがベストかなと思っています。でも、実行がなかなかです。(反省)

 一つ違いの私の体調も同じことが言えます。メンテナンスには結構お金かけているのですが、こちらもなかなか効果が出なくなりました。明日は月一の按摩にいく日です。(笑い)
Posted by 吉野の食いしんぼう at 2020年06月16日 23:55
おめでとうございます。古希を迎える、昔なら考えられなかった。私はもうすぐ、後期高齢者です。医療費1割(2022年まで)、後期高齢者用免許証・・・後恩恵はないですね。衰えるのみです。お母さん、今であれば、早いですね。風の国のお母さんがお元気なようなので明るく接してあげてください。ふと過去を振り返る、そんな年齢になった実感がわきますね。お互い、流れる雲のごとく頑張りましょう・・・
Posted by 鬼城 at 2020年06月17日 07:18
吉野の食いしんぼう様
 誰もが通る道なのですが、ここへ来てやっと自覚し始めたと感じています。吉野の食いしんぼうさんが言われるように、一日一日を大事に暮らしていくのがベストですね。試練に負けないよう頑張りましょう。
Posted by tentijin at 2020年06月17日 07:26
鬼城様
 若いときは、思い起こせば、それぞれの瞬間を、喜びも悲しみも、無邪気に享受していた気がします。なかなかそのような無邪気な心境にはなりませんが、時々を大切に、流れる雲に身を任せねばなりませんね。頑張りましょう。
Posted by tentijin at 2020年06月17日 07:33
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