2018年02月22日

718 恒 例 の 旅

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春?の海?

 あれだけ雪に悩まされた今年の冬だが、「雨水(うすい)」を過ぎる辺りから春の姿も垣間(かいま)見え始めた気がする。風の国の海も、風は冷たいのだが、春の海に見えなくもない。

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菜の花もまだ寒そうでした

 1年ぶりになるが、恒例の旅に出かけた。松山の病院で、施術を受け、今では1年ごとにまでインターバルが伸びたお父さんの通院、いつものように海沿いの道を走る。双海の菜の花、今年の寒さに少し花も縮こまっているように感じた。

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ツツジ?サツキ?

 お父さんも、無呼吸症候群なのだが、同じように口を開けていびきをかくようになった私も、どうやら、その後を追いかけているように思われる。普通に眠ると、朝起きたとき、口呼吸のため、喉は悲惨な状況に陥っている。

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ゴンドラ

 私は、あまりの辛さに耳鼻科を受診した。喉は、そのままにしておけば、乾燥して気管の奥の方までひび割れてしまったような痛みに襲われる日が続く。喉の乾燥を防ぎ、無呼吸を感知して空気を送ってくる器具とマスクを装着して眠るはめとなった。松山の病院に着いてみると、ドウダンツツジだろうか、葉が赤く染まって花を付けているように見える。ドウダンツツジは、落葉するのかな?してみると、普通のツツジか?、それとも、サツキだろうか?


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城山の梅と

 50代の半ばで正真正銘の糖尿宣言をされ、血圧も高いので、通院している私は、無呼吸で通院を始めると、医療費が毎月1万を越えるようになってしまった。糖尿と血圧は、危なそうなので、通院をやめれそうにないが、無呼吸は、先生と一言二言話すだけで、高額なお金を払うことに、嫌気がさしてきた。


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よしあき君?

 それでも、喉や気管の乾燥には、耐えられない。仕方がないので、口が開かないようなヘッドギアを手作りして、鼻呼吸へと誘い、とうとう無呼吸の通院はやめてしまった。時々、農園で心臓がハタハタするリスクは感じるが、それも寿命だろうと腹をくくった。もう何年も松山の病院に通うので、お父さんを案内する場所にも困ってきた。今年は、結局、松山城に決めて、ロープーウェイで城山に上がった。


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バナナ館

 お父さんの歩くスピードは、年々遅くなり、歩く距離の長い城山は、あまり良い選択ではなかったかも知れない。いつも立ち寄るバナナ館は、どうやらお父さんが一番落ち着き、なじみ深い場所のようで、今回も喜んでいただいた。往復の道中、ほとんどの時間、お父さんは眠っておられる。この睡眠時間も年々長くなっている気がする。お父さんにとっては、道中もなかなか厳しい道のりなのかも知れない。 
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2018年02月18日

717 再 び の チ ャ レ ン ジ 

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可愛い移住者

 風の国から移住してきたチューリップも、外があんまり寒いので、しとやかに花びらを閉じている。自力で南側の梁を上げて、横木も設置、L字金具も取り付けた小屋、大工さんは、まだまだ来そうもないので、悩みながら再びチャレンジする決心をした。


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東側にクレーンを移動

 北と南の6mの梁が上がったので、次なる作業は、南北の梁に繋げる東側の4mの梁を上げる作業となる。まず、重いクレーンの移動をしなければならない。この移動だけで1日仕事なのだ。1人ではとても動かせないので、適宜お手伝いをしてもらう場面もある。クレーンが倒れないように、反対側からロープで支えつつ6mの梁を回り込んで、少しずつ移動させる。東側の梁には、屋根の三角がくっ付くので、クレーンはその分高く設置しなければならない。


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梁に束を立てる

 次に東側の梁に屋根の三角を取り付ける。三角の中心に来る縦の束(つか)は、ほぞを差し込んで、ボルトナットで留める。この束の両脇から三角の斜辺にあたる木材を、束の真上で、やはり、ボルトナットで留める。

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三角の斜辺の固定

 斜辺の木材は、底辺にあたる梁のホゾ穴に収まるが、留める手立てがないので、穴の開いた鉄のプレートをねじ釘で留めて接合した。大地震が来たら、あえなく崩壊しそうだ。


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三角の頂点も固定

 三角の頂点と束も、ほぞで繋がっているだけなので、ここも、T字のプレートでネジ止めをした。L字金具などと違いちゃちなプレートなので、あくまでも、自己満足の世界かも知れない。

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三角をぎりぎりまで上げる

 クレーンでぎりぎりまで持ち上げて、片方から1本ずつ柱のてっぺんのホゾを梁のホゾ穴に差し込んでいく。大ハンマーを使う力仕事だ。

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梁と梁のつなぎ

 南北の長い梁に繋ぐ部分は、扇形に刻んだホゾを乗せる形で繋げる。何本もの柱で支えられ、端っこは、南北の梁に乗せるという形になる。


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三角付きの梁設置完了

 そして、ついに、またまた自力で屋根の三角が付いた東側の梁を天高く設置することができた。足場に乗ってびびりながらの仕事ではあったが、奇跡のような思いで天を仰いだ。
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2018年02月15日

716 新 幹 線

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色もなく寒そうな海

 今年ほど寒い日が続くと、風の国も、さすがに寒い海が目の前に広がり、何度かは積雪もあったようで、気温は低い。お手伝いも、ここまでにクロチのポンカンとデコポンの収穫を終えることができた。

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収穫近し

 この寒さの中で、お父さんが栽培しているチューリップも、もう花を付けて、いつでも旅に出る用意ができている。外は寒いが、我々の気づかないところで春が近づいているのかもしれない。

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収穫したポンカン

 ポンカンは、貯蔵するのに、あまり暖かくない場所の方がいいようで、鉄筋の倉庫にはすぐには持って行かず、しばらくは畑の木造の倉庫に保管している。試しに食べてみると、まずまずの味である。少し青いものもあるが、この倉庫の中で緩やかに、そして、穏やかに熟して、更に美味しくなっていく。

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変形したポンカン

 ポンカンの木には、時々、変わった実がついていることがある。おもしろがっていただいて帰ることにした。形は、丸い通常のものではなく、指のような細長い形で、大きさも親指くらいの太さである。飾りにしようと考えていただいて帰った。

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サンテをかぶった収穫したデコポン

 デコポンは、鉄筋の上の倉庫に運ぶ。かなりデリケートな柑橘で、収穫時に投げたりしたら、その打撃の場所から腐ってしまう。貯蔵も、キャリーの中に新聞紙を敷いて、乾燥しないように上にも新聞紙で蓋をして保存する。

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新幹線で運ぶ

 クロチでの収穫作業では、新幹線が活躍をする。畑の端から入り口の倉庫まで150mほどの距離を新幹線が通る塩ビパイプを敷いて新幹線に乗せて運ぶのだ。畑のでこぼこもあるが、それをならして新幹線が通るようにパイプを敷いて行く。お父さんの専門分野で、パイプを敷くのも、運ぶのもお父さんの役目である。キャリーを手で運ぶと、重くて私などせいぜい1個しか運べない。新幹線に積むと、最大で3個くらい1度に運べる。レールは1本なので、倒れる恐れもあるが、機能的には画期的な運搬装置なので、敬意を表して新幹線という名前が付いているようだ。

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箱詰め作業

 先日は、天候も悪く、倉庫仕事となり、送りを頼まれたものや親戚方面に箱詰めをして送るお手伝いをして帰ってきた。お父さんもお母さんも、作業がきつくなっているので、いずれの仕事も、ぼちぼちである。
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2018年02月12日

715 苦 渋 の 決 断

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足場の柱

 小屋作りで、実はお正月が開けた頃、苦渋の決断をしようかどうか迷っていた。北側の梁を大工さんに上げてもらったのだが、地上から4m近い高さの柱の上に、へっぴり腰のお爺ちゃんが、梁を上げられるはずがないと、元々は、考えていたからだ。

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小屋の柱や横木に留める

 ともあれ、ある日ふとひらめいて、2mちょいの足場を作る方法を思いついてしまった。まず、2mちょいの柱を3本用意する。その柱を現在立てている小屋の柱の内側に設置する。小屋の柱や横木に木切れを打ち付けて倒れないようにする。その一番上には、十分強度のある5cm角の木切れを打ち付けて、次なる梁を乗せる南の内側に3本の柱が立つことになる。


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板を乗せて足場に

 その上に厚さ3cm、幅15cm、長さ4mの板を3列6枚を重ねて置くと、立派な南側通しの足場ができるのだ。しかも、その足場から140cmくらい上に、小屋の柱の最上部がくる。180cmの私が足場の上に立つと、ゆうゆう柱のてっぺんを越えることになる。ひょっとしたら私が自力で梁を上げられるかも知れない。


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クレーンで半分まで上げる

 へっぴり腰のお爺ちゃんなのに、そんなテンポウな(無謀な)ことを考えてしまったのだ。なぜなら、頼りの大工さんは、お母さんを亡くされ、2月以降まで行くことができないと、連絡してこられたからだ。短くても半月以上はあるのだから、その間を無駄に過ごすのも能がないかもしれない。とうとう苦渋の決断をした。

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柱のてっぺんまで上がる

 6mの重い梁を4mの高みに上げるのは、なかなかに大変である。まず、クレーンを移動させ、南側に持ってくる。芋壺側なので、内側の脚を1mちょい長くしなければならない。次にロープを繋いだクレーンで半分の高さまで上げる。なぜなら、クレーンの鎖は4mよりも短いので、一旦、半分まで上げて、梁を乗せる横木を打ち付け、その上にひとまず乗せる。ロープを短く縛り直して、再び上げていけば、柱の頂上、4mの高みまで梁が上がるはずなのだ。


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片方から柱を入れていく

 さて、ここからが難しい。大工さんが北側でやっていたように、片方から1本ずつ柱を梁のホゾ穴に入れていく作業となる。木材というものは、大変自由気儘(きまま)なもので、まっすぐなようで曲がっており、垂直に立てたつもりの柱も、前後左右に振れながら立っているのが常なのだ。大ハンマーで柱をたたき、梁をたたきしながら、入れていく。最後は力業のようなものだ。


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L字金具で留める

 何とか柱のほぞが、梁のホゾ穴にうまく収まったので、5cm角の横木を打ち付け、柱と梁をL字金具で留める。高所に電気のコードリールを上げ、ドリルも上げて、調整しながら留めていく。

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くさびを打って調整

 最後に来てまずいことが判明した。南側両端の柱のホゾの長さが柱の幅の9cmより短く、7cmにしていたことが分かった。土台に柱を入れる時は、そうしないといけないのだが、6mの梁に掘ってあるホゾ穴は、9cmあるので、柱のホゾが7cmなら、ホゾ穴は、2cm分広く掘られている。おかげで、東側との接点の扇形の切り込み穴がずれてしまっていた。ずれたままだと、梁同士の例えば東と南の繋がりが、直角に繋がらないという結果になってしまうのだ。仕方がないので、木切れでくさびを作り、打ち込んで繋がりの位置を調整をした。

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美事、自力で南梁が上がる

 結果、何とへっぴり腰のお爺ちゃんは、自力で南側の6mの重い梁を上げて設置することに成功してしまった。我ながら、おっかなびっくりではあるが、いい仕事をしたものである。万歳!万歳!万歳!自力というのが信じられない。
 
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2018年02月09日

714 寒 き こ と 限 り な し

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巣箱の雪

 ここまで来ると、「にっくき最強寒波」という思いにまでなってくる。来る日も来る日も、起きると銀世界。睡眠障害の私は、浅い眠りを朝方に取り返そうと、寝床からでることができない。それでも、一番の暇人なので、雪かきをするのは、私ということになる。この日は起きてみると、遊び半分で作った蜜蜂の巣箱が、かなりの雪の山高帽をかぶって佇(たたず)んでいた。


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軒の氷柱

 雪は1日中、降り止まず、気温が少し緩むと、屋根の雪は、氷柱になって垂れ下がる。雪かきに疲れると、部屋に戻り、室内遊戯の絵に色を付けたりしてみるが、筆が悪くてなかなかはかどらない。

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小屋も埋もれそう

 この雪では、大工さんの仕事もあがったりで、ましてや我が家の小屋には、しばらく来ていただけそうにない。地面に置いている部品は、なすすべもなく、すっぽりと雪に埋まり始めている。

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部品材料も椅子も

 部品の材料が雪に埋まった横には、置き忘れられた小さな椅子が、これまた、白い山高帽をかぶっている。少し元気が出て、再び雪かきに外に向かう。ひとしきりやると、情けないお爺さんの腰は、いっぱいいっぱいになってくる。

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屋根の雪

 国道側から我が家を眺めると、2階の屋根の雪がせり出して、窓に覆い被さってきている。まるで雪国のような風景に思える。雪かきに飽きて部屋に戻る。ブログの写真の整理をしてみる。ふと、パソコンの机の上に、帰ってきた年賀葉書が見えた。その方は、私が20代の頃、お世話になったMさんであった。

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埋もれたメダカ池

  Mさんは、当時、50代の半ばであったように思う。職場の影のボスのような方で、職場を明るくする女性であった。盥(たらい)うどんを作ったりして、腹ぺこの若い我々にたらふく食べさせていただいたりもした。ふと見ると、庭のメダカ池は、すっぽりと雪に埋もれていた。今度こそメダカたちは究極のピンチに陥っているかも知れない。

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せめて雪を払う

 職場の旅行では、我々が「海外」と呼んでいた九州に度々出かけた。何と四国1周の大きな旅も彼女が企画し、職員みんなが彼女を慕っていた。私の部屋を掃除しに来て、背広のポケットから使われていない給料袋のお金を抜き取り、旅行中に、普段の仕事ぶりに賞を与えるという設定で本当のボスを使って小遣いをくれる。大変ありがたがっていると、ネタが明かされ、大爆笑で終わるなどというエピソードが数限りなくあった。庭のメダカ池は、あまりにも寒そうなので、そっと箒(ほうき)で雪をのけてやった。


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焼け石に板

 Mさんは、退職後、夫婦で松山に家を構え、御夫婦で旅をされていたりした。その旅先で、ご主人を亡くされ、最後は、老人施設に入居しておられた。施設でも、長く趣味の花作りなどを教えておられた。私も2〜3度その施設を訪問して、楽しいお話をすることができた。年賀葉書には、「住所を訪ねましたが、おられませんでした。」という内容のスタンプが押されていた。Mさんのお歳を推理してみると、90歳に近い気がする。1つの時代が終わったのかも知れない。メダカ池は、凍ってしまっているが、せめてその上に雪が山盛りにならないように、板を乗せてやった。寒きこと限りなし。
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2018年02月06日

713 何 だ か 騒 が し い

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更なる寒波

 またまた寒波襲来、仕方なく室内に閉じ込められてしまう。根性無しの私は、冬ごもりに徹するしかない。そんな中、この2〜3ヶ月の間に立て続けに防災がらみの研修会に出席してほしいという文書が何通も届く。


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防災研修 1

 地区の防災組織で活動するお役目をいただき、認知傾向で溶けてしまいそうな脳みそを心配しつつ、出かけてみる。この日は、避難所をいかに運営すれば良いのかというテーマで班ごとに演習をした。いざ災害が起これば、警察も消防も役場も助けには来ない。自力で助かるしかないということだ。避難所の運営も、集まった者で何とか切り盛りすることになるのだろう。

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土砂災害防止法

 つい先日(1月中)の研修では、土砂災害法についてかじり、地域に危険箇所があれば、土砂災害警戒区域に指定されることがあるということを学んだ。

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土石流危険場所 1

 土砂災害には、崖崩れ、土石流、地滑りなどの種類があるようだが、我が地域では、地滑りや崖崩れの恐れのある場所は、示されていなかった。山間地の谷間(たにあい)に起こりうる土石流被害の恐れがある場所は、我が地域の中に2カ所示されていた。

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土石流危険場所 2

 1つは、川はできていないが、地形から谷を伝って平地側に土石流が起こる可能性のある場所、もう1つは、谷川に沿った扇状地になっている場所で、川が山間を抜け、平地や扇状地に流れ出す場所の川の両岸が示されていた。予想の範疇ではあるが、示されれば意識するので、災害前の学習にはなるのだろう。


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防災倉庫

 私が散歩をしている鬼北グランドに、最近小さな変化があった。まず、グランドの周囲に植えられていた小さな椿の木が、ある日突然、根元から切られ、その根っこまで掘り起こされていた。「少しも邪魔になどなっていないのに、かわいそうに。」と思っていると、しばらくして、そこに県の防災倉庫なるものが、忽然(こつぜん)と姿を現した。


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防災研修 2

 防災研修は、3月にもまた、予定されている。この一連の動きを見ていると、何だか騒がしく、背中がむずむずするような変な予感がする気がしてくる。恐らく県も町も、南海地震を警戒して、予算を付けて事前の対策を進めているのだろう。
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2018年02月02日

712 明 る い 方 向

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庭の鬼瓦

 続く最強寒波、退職8年目の自分には、厳しい季節だが、庭でも鬼瓦君が雪で化粧して、縮こまっているようにも見える。


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店の飾り

 寒波は、この夜も雪を降らす予報であったが、別個、明るい一報が届いてきた。仲良し組みの新年会をやろうというお誘いが舞い込んできたのだ。この時期の会は、ふぐのフルコース、少し贅沢な飲み会になる。

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仲良しメンバー

 メンバーは、いつもの三間での飲み仲間4人である。気心が知れているので、いつも心地よい酔いに身を任せることができる。鬼北組が3人、津島組が1人、鬼北組は、いつも3人でTちゃんのお世話で乗り合わせて出かける。

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唐揚げ

 料理は、最初のつきだしからふぐ料理になる。煮こごりやらサラダまでふぐ皮が混じるサラダ、唐揚げもふぐ、フルコースだけに一貫している。

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握り

 可愛らしい握り寿司ももちろん、ふぐである。この日の目的は、2年間積み立てをしてきた費用で、旅行を楽しむことにしているが、その行き先などの相談がメインとなる。

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鍋に向かう

 話も弾み、料理もメインのふぐ刺しや鍋に移る。当初から富士登山の案があり、そこらに落ち着くのかと思いきや、北海道派やら北陸派などもあったりで、なかなか決定に至らない。


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締めの雑炊

 締めの雑炊に至っても、会議の方は紛糾するばかりで、とうとう次回の飲み会にまで持ち越しということになった。結果としては、暗礁に乗り上げた気分だ。予定の旅行年度は、2018年なのにである。

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古い歌オンパレード

 一方、歳を重ねてきたこのメンバーも、現職の頃の3次会、4次会へ繰り出す元気は既に影を潜めている気がするのだが、この夜は、なぜか元気を取り戻し、2次会のカラオケ古い歌オンパレードから、3次会の焼酎による飲み直しもボトルを開けてしまうまでの、ほぼフルコースに近かった気がする。いつまで元気だという保証はないのだから、こんな夜もたまにはいいのだと思う。
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2018年01月29日

711 歩 み は 遅 し

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小屋に積もった雪

 最強寒波という名の冬将軍が来て、数日、雪景色になり、小屋と共に歳を重ねている私も、還暦を過ぎて8歳なので、寒さが身にしみて、心が折れそうになる日もある。まだ、押せばゆらつく柱だけの小屋も、雨や雪の試練を受けて少しかわいそうにも見える。


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凍ったメダカ池

 メダカ池にしている深めのプランターも、度々、凍りつき、可愛いメダカたちの生死は、再び不明の闇の中だ。

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避難中の君子蘭

 この寒さの中、玄関には、君子蘭が寒にやられた風情で避難している。彼らの持っている根は、気根の一種だと思うが、水をやらなくても、空中の水分を吸収するようにできているらしい。私のように寒さには弱いのだが、存外たくましい植物なのかも知れない。


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この子も避難中

 玄関には、ドジョウを飼っている小さな水槽が置いてあるが、その上に渡した板の上に鎮座しているのは、名前は知らないが、サボテン系の植物である。彼もまた、私同様、寒さには弱いが、既にあちこち春に備えて花の蕾(つぼみ)を付けている。気根もこの蕾たちの営みも、春を待ち、生き抜く気概(きがい)を示しているようで、少し励まされる。

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年の初めを飾った花たち

 また、玄関先には、正月前から、蝋梅や難を転じてくれる南天の実が、無造作に活けられている。最近、風の国からやって来た水仙の花も加わって、この寒さの中、彩(いろど)りで心を元気づけてくれるようだ。


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遊び心の中の紅一点

 また、玄関先に置かれた木の台には、ドングリやら石絵やら遊び心が並ぶ中に、いつ我が家にやって来たのか定かではないシクラメンが、鮮やかな赤を誇るように数少ない花を咲かせている。寒いはずの玄関辺りで、彼女も、また、ひょっとしたら見る人を励ましてくれているのかも知れない。

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凛(りん)と咲く

 玄関を入ると、廊下の壁には、選ばれし者たちなのか、はたまた、たまたま、生かされようとしたタイミングでやって来ただけなのか、風の国産の水仙たちが静かに、しかし凛として咲いている。様々すぐに心折れようとする「弱みそ」の私には、いずれもいずれも頼もしい心の糧(かて)になる方々だ。春はまだ先で、歩みは遅いが、こんなに励まされれば、頑張らねばならない。
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2018年01月25日

710 終 末 は 寂 し

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お隣さんに私が取り付けた鍵

 風の国のお父さんお母さんも、高齢化が進み、元気を失っているが、鬼北の御近所さんも、少しずつ寂しい時代にさしかかっている気がする。ちょくちょくおかずなどをいただくお隣のおっちゃん、おばちゃん、愛の架け橋で繋がっているが、最近、おばちゃんの訪問が少ない。どうもドアノブが故障してドアが開かなくなったのが、一因らしい。


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内側から下のヒモを引くと閉まる

 おっちゃんは、お袋と造船所で働いていたこともある元気印だったのだが、大好きなお酒も止めてしまい、1日に缶コーヒーを4〜5本飲んだり、アイスクリームをいっぺんに1箱平らげてしまったり、おばちゃんの静止も功を奏しなくなっているらしい。おかげで、壊れたドアも修理されることなく開かずの扉になっているようだった。

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ドアの内側にヒモの輪っかがある

 いつもお世話になっているお隣さんなので、何とか力になれないものか思案して、そこらの木切れを使って私流の鍵を作ってみた。初めは、ドアの隙間からヒモを引くと、開いたり閉まったりするシステムを試してみたが、失敗。ドアの上下にドリルで穴を開け、そこにヒモを通して再チャレンジしたら、うまく開いたり、閉まったりするようになった。おばちゃんも耳が聞こえにくくなって困るようになっておられる。愛の架け橋が機能するようになれば、少しは何かに貢献できるのかも知れない。

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3脚の足を継ぎ足す

 さて、大工さんのおかげで唯一上がった北の梁だが、順番的には、次に南の梁を上げなければ、次へ進めない。柱も全て立ったので、大工さんに電話をしてみると、何とお母さんがお亡くなりになって、1月中は来ることができないということが判明した。大ピンチなり。何とか私にできる作業を進めながら、2月を待つしかないようだ。


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針金で繋いだ脚

 小屋の南側は、芋壺が掘られている側なので、クレーンの3脚を立てるためには、芋壺側の足を1mくらい長くしなければならない。余っていた竹を一部半分に割ってそこに足を乗せ、番線できつく締め上げて繋(つな)いだ。

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切れたので番線で繋ぎ直す

 立てる際に、太めの針金で留めていた別の足も、針金が切れて、結局、ここも番線でやり直した。クレーンは、かなりの重さがあるので、一人では立てることもできない。倒れている状態でクレーンを付け、助っ人と3人がかりでやっとこさ持ち上げることができる。

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袋をかけて立てていく

 大工さんが、いつ来ていただくかは、未知なので、雨でクレーンが錆びてしまうのを防ぐため、ビニール袋をかぶせる形にして立ててみた。


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立ったが、袋は飛ぶ

 立ててみると、柱より1mくらい高い5mくらいの位置に設置できて、2つの足場にする塔も立てて、いつ大工さんが来ていただいてもOKの状態に準備が整った。それにしても10日以上の日にちがあるのに、雨よけのビニール袋は、早々と風で飛んで落下してしまった。もう雨が降っても、このまま突き進むしかない。
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2018年01月21日

709 夢 か ら 覚 め て

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雨の後 1(蝋梅)

 気付けばお正月もはるか後方に過ぎてしまい、雪やら雨やらを越えて記念すべき年に突入している。夜は、果てしなく夢の世界をさまようが、太陽が昇れば、当然、夢など見てはいられない。大工さんが来て、1本北の梁をあげてもらって以降、次なる作業に向かう。


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雨の後 2(楓の枝)

 とうとう、この小屋も、穴を掘り始めて8年目に突入してしまった。こんな仕事のし具合ならば、大工さんならとうの昔に首になっているはずだ。大工の棟梁、宇和島のM君のおかげで北の梁が上がって、続きの柱を立てていく。まずは、東側、途中から芋壺ゾーンになるので、芋壺の底から2mの高さに芋壺の天井になる横木を差し込みながら柱を立てていくことになる。

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東側の中2階横木

 雨の日や雪の日の休みをはさみながら、少しずつ進める。この中2階天井にあたる横木は、梁と同じ10.5cm角の太い材木を使っている。柱が倒れないように5cm角の横木も入れて釘で留めながら進む。

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西側中2階横木

 この作業を南側、西側と進めていく、少しずつ建物の感じが現れてくる。西側が終わると、東西南北周囲全ての柱が立つ。西側の中央からは、芋壺とそれ以外の部分を分ける柱を最後に立てる。柱立て完了。

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中央横木と手すり

 ただし、この中央部分には、難関が待ち受けていた。芋壺の天井部分には、最終的に床を張り、中二階になるが、芋壺以外の部分より1m以上高くなっているので、中二階から落下する危険がある。そこで考えたのが、落下防止の手すりである。頭の中では、簡単に描けるのだが、柱を倒れないようにL字金具で止めてから、手すりをホゾ穴に入れ込む作業は、なかなかに難しい作業であった。半分力業(ちからわざ)であった。

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小屋の柱全貌

 その難しい作業を終えて、私に出来る作業は、ひとまず終わった。後は、大工さんに来てもらって、長大で重い梁を持ち上げて南側の柱の上にはめ込んでもらうのを待つしかない。柱が全て立つと、何だか小屋に見えてきた。

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朝陽

 とうとう8年目に突入してしまった小屋作りが、今年こそは、完成に至ることを朝陽に願う。夢から覚めた世界は、もやもやとした非論理的な夢の世界と違い、遅々として進まない気長な作業ではあっても、小さな一歩が刻める確かな世界でもあるなあと感じる。 
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2018年01月17日

708 夢 の ご と し

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去年のかわいい雪(風の国)

 無呼吸症候群、なかなかに苦しい。心肺機能が弱っているからか、風邪を引いても、永遠に治らないような咳に悩まされる。これは、無呼吸に加えて口呼吸の弊害だろうと思う。睡眠中は、何だか眠りが浅いのか、延々と夢を見続ける。

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今回の雪 1

 今回の雪は、結局、鬼北は20cmくらいの積雪であった。ところが何と風の国は、積雪 0 cm らしいので、高速が利用できるようになった2日目にお手伝いに出かけた。若くて元気な頃、夜の眠りは、極楽浄土のようなもので、暁(あかつき)を自覚しないほどに気持ちよく眠れた。いったいあの夜はどこへ行ってしまったんだろう。

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今回の雪 2

 夢から覚めて近所を歩く。ハウスも雪に埋まり、田畑も白一色。ここに至るまでに、夢など見ないで過ごした時期がかなりの間あったのだが、無呼吸時代に突入すると、一晩中、夢を見ていたような感覚で目覚める、きっと、眠りは、ずっと浅いに違いない。

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宇和の雪 1

 高速を降りて、宇和町を走る。鬼北よりも更に雪は深く、30cmは積もっているように見える。道路は、除雪車が通り、雪は両方の歩道側に重なっている。気温との関係なのか、霧のようなものが地上を覆っている。夢からやっと覚めて、やって来たのに、これまた、夢のような景色だ。


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宇和の雪 2

 普通、夢は、眠りが浅くなる目覚める直前のものを覚えており、他は忘れてしまっているんだと聞いたことがある。ヘタをすると無呼吸は、1分以上呼吸が止まっていることがあるのだそうだ。そのまま天国に召される訳ではなく、再び呼吸が始まるので救われるらしい。


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ポンカン

 風の国に着くと、半島の途中までは積雪があったのに、風の国には、全く積もっていなかった。ポンカン摘みの続きをした。作業は、前回からあまり進んでいなかった。お母さんの足下はやはり、おぼつかなく、時々、尻餅をつかれる。比較的傾斜のないクロチの畑だが、我々助っ人の存在感は、少しずつ増してきているように感じる。

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ブリのアラ炊き

 作業を終えて、夢があふれる我が家に帰ってくる。冷凍保存していたブリのアラをいただいて帰ったので、今夜の一品は、ブリ大根になった。大好物なので、しっかりいただいて、今夜の夢に備えなければならない。 
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2018年01月13日

707 寒 波 と 不 思 議

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1日目の朝

 予報に違わず、今年一番の寒波が襲来した。アクア号は取り上げられ、私が乗るべき車は、今にも壊れそうなトラックしかない。四駆になるので、いざというときには安全運転で少しは動かせると思うのだが、いかんせん、冬用タイヤを履いていないのが、不安材料となり、家の中で猫になるしかなさそうだ。

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小屋も埋もれていく

 降り込められて、動けないでいると、何やら妄想のようなものが心の中に、沸き起こってくる。いつも世の中には、言葉で表せないものがあるような気がしている。例えば、車で走りながら、その分からない何かについて考えることがあるが、何なのかは、やはり分からないで終わる。


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駐車場も

 柱だけが立った小屋も駐車場も雪に埋まっていく。駐車場から道路に出る2〜3mのスペース、北向きなので、凍ってしまうのがいやで、私がいつも雪かきをする。大した作業ではないが、体を動かすだけ、健康には貢献するのかも知れない。まだ、現職の折りの50代に、顔にしわが表れてきた。同年代の方にはあまりないように思えるのだから、1人、時代を先取っていたのかも知れない。

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道路もお隣さんも

 お隣さんも道路も、すっぽりと白に包まれている。若い頃も、言葉で表せないものがあることは、感じていた。それは、世の中のある現象に関する思いであったり、感覚であったりで、それを伝えようとしても、言葉にならない、何となく曖昧(あいまい)な部分とでもいうようなことであった気がするとでも言うほかはない。


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2日目の雪

 1日目、10cm弱であった積雪は、2日目には、更に増えて、10cmは優に超え、15cmくらいに見える。昼間も激しく降っては積もっていく。私はますます妄想のようなところに降り込められていく。


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吹雪く

 正月早々、昨年11月の同窓会では元気だった大学の同窓生F君が、亡くなったという葉書が届いた。情報通の同窓生に電話して確認してみると、一人暮らしの彼は、体調を崩したようで、誰にも看取られることなく亡くなったようだ。寂しい気もするが、ある意味誰にも迷惑をかけずにいくわけで、理想的なスタイルだとも思える。数日後、連絡が取れないので出かけ、発見したのは、妹さんであったらしい。


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雪の朝

 今、車を走らせながら、心に浮かんでくる何か、言葉には出来ないのだが、これは、若い頃の言葉で表現できないものとは、少し違う気がする。何だかいつも自分の心の片隅に棲(す)みついた不思議な感覚とでも、言うしかないようなものなのだ。それは、いつかもっとはっきりと、姿を現してくれるのであろうか。
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2018年01月09日

706 本 格 始 動 へ

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冬空

 通常の年は、1月に入ってから収穫作業が始まるが、今年は、暮れから始まっていた。おそらく、風の国のお父さん、お母さんが元気な頃は、お二人でこなしておられたのだと思う。ままならなくなりつつある現在、我々がその作業にあたっているというのが、正確なところかも知れない。ともあれ、年を越して、冬空の下、作業は本格化していく。


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馬の瀬の小屋

 暮れの作業は、もう既にうち捨てられた馬の瀬の広い畑に植えられているポンカンを、我々だけで採ろうということになった。馬の瀬には、ポンカン、サンフル、キヨミ、ニューサマーオレンジ(通称ニューサンマ)などが植えられている。サンフル畑の下の方には、お爺ちゃんたちがやられていた頃、寝泊まりもしたという辺りに、小屋が建っている。今は、様々な農具などの倉庫になっている。

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大きな桑の木

 その小屋の水路を挟んだ反対側に、キヨミやポンカンがある。私はいつも、折りたたみのノコと蜜柑を摘むハサミを、作業用の前掛けのポケットに入れて作業をする。木登りが得意でなくなったせいか、地上から手が届かない高い枝は、切ってしまい、切った枝から収穫するという癖がある。自然、枝を切るのは、私の役目の1つになっている。この日は、大木になっている桑の木を切れという至上命令が下った。


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倒して処理する

 聞くところによると、柑橘栽培より以前には、養蚕(ようざん)業をしている時期もあったらしい。保内には、製糸工場もあったと聞いている。その名残の桑の木1本が畑の隅っこに残っているのだ。幹は、直径20cm以上に生長し、彫刻に使えそうなくらいの立派さになっていた。とりあえず、下の方から、2週に分けて切る作業を進め、枝も細かく切って処理した。桑の木は、すぐにどこからでも芽を出す木なので、いずれまた、大木になるだろう。

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馬の瀬のポンカン

 ここのポンカンは、木が衰えているので、しかも、うち捨てられた畑で、摘果もされていないので、実はすこぶる小さい。あまり小さいものは収穫せず、野鳥の餌にする。捨てられた畑の常で、雑草王国になってしまっていた。キヨミも、袋かけをしていないので、おそらく、野鳥に食べられ放題になっていくと思われる。

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クロチのポンカン

 年を越してから出かけたクロチの畑は、家からも近く、横に広がる畑なので、比較的作業がしやすく、お母さんも出かけることが出来る。この畑には、ポンカンとデコポンなどが植えられている。摘果や袋入れのお手伝いを年末に行った畑だ。今回収穫したポンカンも、馬の瀬より大きく艶がある気がした。いつも助けてくれるS君が消毒などもしてくれているので、きれいな実なのであろう。


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捕獲された狸

 4:00頃になると、作業を終えて、帰路につく。道路まで上がってみると、隣の倉庫前に狸が捕獲されていた。おそらく、ハクビシンではなく、狸だと思う。最も悪さをするのは猪で、彼らは、ミミズを求めて畑を掘り起こしたり、石垣を崩してしまう。蜜柑の枝を折ってしまうこともある。電気柵も設置しているが、どこからともなく侵入し、なかなか駆除することは、難しいのが現状である。高齢化で、耕作する方々が減り、少しずつ彼らの天国が近づいているのだろう。
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2018年01月05日

705 遅 々 と し て

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冬空 1

 小寒に入り、空に現れる雲は、寒々とした冬の雲ばかりになってきた。雪が降らないだけよしとせねばならない。大工さんは、毎日、松山方面まで仕事に行っておられるようだ。我が小屋に顔を出していただく日は、現在未定である。


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西から見る

 大工さんが来ていただくまでに、自分で進められる部分だけでも進めておかねばならない。北側の柱を4本立て、倒れないように東を2本立てたところで、大工さんに、北側の梁を入れていただいた。のんびりぼちぼち東側の3本を追加して、東側が全て立った。ちょっと見えにくいが、ここからは、芋壺の上にあたるので、芋壺の底から2mの場所に梁と同じ10cm角の横木を入れながら柱を立てていく。


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北、東、南を見る

 同じように南側の柱を立てる時も、10cmの角材を入れながら立てていく。少しだけ複雑な作業になる。この横木を入れながらの作業をしてみると、ある発見があった。同じ大きさに刻んだはずのホゾとホゾ穴がなかなか合わないのである。柱に開けるホゾ穴は、横木のサイズの縦に10cmの穴となる。

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西側も立てる

 しかし、それが合わないのだ。横木のホゾ部分を測ってみると、正確には、ホゾ穴の縦サイズは、10.5cm、ところが、実際の横木のサイズは、10.5cmではないのだ。製材所からやって来る時点から、10.5cm注文の材料だが、それぞれ個性があり、10.5cmより2mmほどサイズは大きい。


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中央の柱群

 この2mmが入らない理由なのだ。おそらく、大工さんなどはこの理由をよく知っておられるのだと思われる。知らぬは私ばかりなのだ。芋壺は、小屋の南側なので、芋坪の上には、中2階ができる。その中2階の床が、10.5cmの横木の部分なのだ。したがって、小屋の中央にも、東西に柱が並ぶ。


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北側と足場

 梁を上げてもらった北側、柱が離れないように、土台と柱は、L字の金具で止めている。柱の上部には、例の5cm角の横木を入れて釘で留めている。この最上部の横木は、柱のほぼ先端に近い。作った2m以上の足場に上がって、その上に立たなければ、打ち付けることが出来ない。足下の危ない私は、これが怖くてできないでいる。 

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冬空 2

 この作業は、大工さんにお願いするのが、よいのかも知れない。私の元気は、冬の空のように、お寒い現状なのだから。  
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2018年01月01日

704 恒 例 行 事

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朝の雲

 この日は、冬には珍しい雲が、空に広がっている朝だった。恒例行事のお手伝いに向かう。

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風の国の雲

 風の国の餅つきの日なのだ。この日は、早朝から餅つきが始まっている。いつも鬼北を8:00頃出かける。途中買い物をしたりで、10:00前に到着する。もっと早く着く方がいいのだが、なかなか難しい。着いてみると、こちらは冬の雲で、薄いが天使の階段のオンパレードであった。


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展望台の山茶花

 大久の展望台には、今、夥(おびただ)しい山茶花(さざんか)が咲いている。数少ない冬の風物詩だろうか。


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既に半分は終了

 餅つきは、半分ほど終わっている。いつものことだ。前回来た時に、餅米を2袋(60kg)精米をして持ってきた。大きな桶に昨夜から浸けられ、ひのら(前庭)で蒸されている。

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薪はウバメガシ

 我々が到着するまでは、お父さんが、火の番と出来た餅を倉庫まで運んで並べる役目をされる。着いたら私か息子がその役目を引き継ぐ。竈(くど)にくべる薪は、主に火力が強く火持ちがよいウバメガシの割り木を使う。上等な薪だ。


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倉庫のひらだ

 つけた餅は、斜面の地下に作られた倉庫に並べて冷ます。私やお父さんが並べると、餅の間がまちまちなのだそうだ。息子が並べると、規則正しく並ぶのだというのだが、性格なのか気のせいなのかはよく分からない私である。餅とりや餅切りをされるお母さんは、足腰が弱って、かなりしんどそうに見える。

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もち麦餅

 倉庫に並べられるのは、「ひらだ」と呼ばれるあんこの入っていない小判餅だ。そのほかにあんこの入る餅も、たくさん作る。蜜柑餅、よもぎ餅、紫芋餅、普通の芋餅などにあんが入る。今年は、初挑戦でもち麦を入れた餅も作った。案外見栄えも良いし、焼いて食べると、香ばしくて美味しかった。


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鈴なりの柿の実

 半島の道の駅のそばに、サツマイモを植える畑があるが、畑の真ん中には、小さな実を付ける柿の木が生えている。野生の渋柿だろうと思われるが、鳥にも食べられず、この季節まで、まだ、鈴なり状態だ。花のない今の時期なので、少しばかり目を楽しませてくれる場所でもある。餅つきを終え、ほっとして帰る道すがら、この日はその風景も撮影してみた。
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2017年12月29日

703 う か う か し て る 間 に

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半島の紅葉 1

 うかうかしてる間に、半島の風の国も、冬バージョンに変わっているが、実は、その前の袋かけの半島最終の秋の記録が残っていたので、前後するが、掲載してみたい。たぶん、水分(みずわかれ)の紅葉を掲載した後の頃だったと思う。鬼北の紅葉が終わっても、海沿いの山々は、まだ元気で赤や黄色に染まっていた。

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色づく伊予柑

 駐車場下に数本だけ植えられている伊予柑は、晩柑類で一番早く色づく。遠目にはサンフルのように見えるが、早々と色づき、12月中には、収穫可能になる。なかなか手が回らなくなっているので、1月2日に風の国に行った折りに、我々だけで収穫しようと計画をしている。寒さが増すと、お父さんは、畑に出かけることがなかなか出来なくなっているからだ。

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半島の紅葉 2

 半島の山の木は、ほとんど植林などはされていないので、柑橘の畑以外は、雑木林である。何という木が紅葉するのかはよく分からないが、場所によっては、かなり色づいて見える。

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波止と海

 海もまだまだ夏の色を残しているような青い色に見える。


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水栽培

 風の国の廊下には、毎年、お父さんが栽培する水栽培のチューリップが既に芽を出している。冬に雪が降らないわけではないが、海流の関係なのか、ほうっておけば、夏の野菜が、平気で12月まで生きのびたりしていることがある。暖流に守られているのだろう。


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玄関の花

 これは、風の国の玄関に飾られていた花だが、何だか夏か、秋の初めの様子で咲いているように見える。


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宇和インター付近の山

 これは、風の国の帰り道に、偶然発見した宇和の高速道に乗る前のコンビニから見た山の紅葉だ。折しも夕陽に照らされて、山は美事に赤く染まっていた。うかうかしている間に、季節にもしばしば置いて行かれる私なので、おとぼけの記事も許していただけるだろうか? 
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2017年12月27日

702 寒 さ の 中 で

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枯れる前の生姜

 寒さの中、農園の野菜君たちを観察してみた。まず、あまりにも育ちが悪くて、期待もされずに、ひっそり育っていた生姜、雨不足の時期に植えられたので、半分は消滅してしまった。寒さに弱い野菜なので、掘り上げてみたら、何とか小さなバケツに一杯は収穫できた。今回は、実験的に米袋に入れて倉庫で保存することにした。

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10月のニンニク

 次に、9月に、100個以上植えたニンニク、10月頃には、細い頼りなげな芽を出し、何個かは、芽を出さず消滅していた。けっこう立派めの種を植えたのだが、何か条件が悪かったのかもしれない。しかし、これくらいなら、人間にも様々あるように、個性と考える方が良いのかも知れない。

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現在のニンニク

 今では、この寒さの中、少し生長して伸びた分、根元が雑草に覆われて、たくましくなったのかよく分からない状態になっている。本来なら根元にモミガラを撒いて寒さ対策をしなければならないので、ひょっとしたら、雑草が寒さ対策になっているかも知れない。

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哀れなタマネギ

 立派な苗は、近所の方に差し上げたり、風の国に持って行ったりで、残りの少し哀れなタマネギ苗も、今年はマルチを張って植えてみた。雑草を引く手間が省けるかも知れない。しかし、寒さの中で、ほとんど生長せずに哀れなままの状態に見える。追肥を工夫して何とか大きく生長させたい。

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元気な長ネギ

 寒さの中でも、長ネギ君たちだけは、平気な顔をしている。寒さで甘みを増す類(たぐ)いの野菜なのかも知れない。実は植えたのは2年前なのだが、ねぎ坊主が出来た後、新たな茎が伸びてきて、しっかり立派な鍋の材料になってくれている。


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豆たち

 これは、10月に植えた絹さやとスナップエンドウ君たちだが、例年なら寒さにやられて、7割程度だけが春まで命を繋ぐ。何か寒さを和らげる方法はないものだろうか。

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赤ジャガ

 秋ジャガは、紅白対照的であった。赤ジャガは、ほぼ100%芽を出し、たくさん収穫できた。しかし、白い方のジャガは、20%くらいしか芽が出なかった。北海道産のピンクのジャガが90%くらい発芽した。赤は、かなり野生的で、収穫した物を保存しておいても、十分それが種になる。白系は、そろそろ売っている種を買った方が良いのかも知れない。

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白系のジャガ

 哀れな白系のジャガは、赤に比べると、生き抜く力が弱いのだろう。昨年までは、箱に入れて冬の保存をしていたが、今年は、ハウスの中で、土に埋めて冬越しをさせたいと思う。過頑張ってくれたら良いのだが・・・。よく考えてみると、冬の寒さに一番弱いのは、私自身なのかも知れない。う〜っ、寒い! 
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2017年12月23日

701 少 し 希 望 が 湧 い て き た

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土台を設置

 鬼城様に、「まず行動しなければ」というアドバイスをいただいたので、悩むのは、ちょっと休憩することにした。とにかく、部品は全て作り上げたはずだから、まずは、土台の木を基礎のコンクリートに置いて、基礎に埋め込んだボルトでしっかりと止めてみた。この土台には、柱を立てる時のホゾ穴が開いている。雨が降るとその穴の中に水が貯まってしまう。仕方がないので、100円ショップのビニール袋をセロテープで貼り付け、雨対策までをした。

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横木を刻む

 次は柱を立てなければならない。柱は3m以上あるので、この柱を立てるために、まず、倒れない対策を考えた。5cm角の横木を打ち付けながら作業を進める。柱が横に繋がれば、その分だけ安定感が増して、倒れにくくなる。5cmの角材も、柱も2.5cmずつ切り込みを入れて繋ぐことにした。


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塔を作る

 次に柱が立ったら、その上に例の巨大な梁(はり)という名の横木を乗せなければならない。基礎の高さもプラスすると、柱のてっぺんは、4mを越えることになる。果たして、そんな高さで、私が作業できるだろうか?まずは、その高さに梁を持ち上げて梁を乗せておく台を作る必要があった。これは、製材所でいらない木ぎれをもらってきて、塔のように組み上げて作った。

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柱を立てる

 柱は、9cm角の材料なので、長さが3m以上あっても、何とか持ち運べる。ホゾ穴の部分だけビニールをはずして、柱を持ち上げ、ホゾ穴に入れる作業となる。この作業もなかなか微妙で、同じサイズに刻んだはずのホゾとホゾ穴がすぐには入らないのだ。両者を合わしてみると、だいたいはホゾの方が微妙に大きいので、慎重にノミで薄く削って、入るように細工を施す。その後、横木も打ち付けて、やっとこさ北側の柱が立った。


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東側にも2本

 北側だけでは不安なので、東側も2本追加する。こうなれば、柱の底辺を繋ぐと三角形になるので、ずいぶんと倒れにくく安定する気がする。

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竹の3脚を

 さて、ここからが大変だ。北側の柱の上に10.5cm角6mの長さの巨大な梁をいかにして持ち上げるのかという最大の困難に直面することとなる。当然人力では上がらない。クレーンという道具の力を借りるしかないのだ。そのためには、4m以上の高さにクレーンを設置しなければならない。ここでしばらく停滞したが、クレーンを吊(つる)す3脚を竹で作れば可能であることに気づいた。竹の上に竹が広がるのを止めるための金具があることを発見して購入、7〜8千円、痛手だ。


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クレーンで持ち上げる

 この金具には、中央にクレーンを吊す輪っかが付いている。クレーンも7〜8千円、またも、痛手だ。金具もクレーンも鉄で出来ているので、かなり重い。やっとの思いで3脚を立ててみると、高さが足りない。竹の足下に竹を継ぎ足して、やっと高さができる。梁の中央をロープで縛り、クレーンで持ち上げてみた。何とか上がったのだが、梁のホゾ穴に柱の先のホゾを差し込む作業は、どう考えても、足下のおぼつかない私にできる作業ではないことが、上げて見て判明した。


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おかげで北側の梁を設置完了

 ここでとうとうギブアップ、宇和島に勤めていた頃、知り合った大工の棟梁さんの顔が目に浮かぶ。電話をしてみると、休みの日に見に来てくれることになった。それでも、ほぞとホゾ穴は、やはり、微妙に違うので、ノミで削りながら、ハンマーで打ち込んでいただく。何とか北側の巨大な梁が柱の上に設置できた。感謝、感謝、感謝である。何だか少し希望の光明が射してきた気がする。 
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2017年12月19日

700 発 想 を 変 え て

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定番の馬車から

 寒さが増してきたので、お爺さんの心は、縮こまっています。もうずいぶんと前になるが、鬼城様に教えていただき、三間のイリュミネーションを撮りに行ったことがある。温泉に行くついでとかであれば、再び訪れるのだが、1度行けばもういいかという気持ちになり、あれ以来訪れていなかった。


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1つだけ虹色の木があった

 テレビで、少し数が増えたとかいう情報が流れてきて、相棒に誘われたので、重い腰を上げて、行ってみた。おそらく、基本その概要は変わらないと思われる。ただ、商工会の方々が、準備をしたり、頑張っておられるようなので、元気が生まれればいいなと思いつつ回った。

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ハートと鐘

 再訪ではあるが、写真的には、何か工夫しながら撮影したいと考えて、少し悪あがきをしてみた。例えば、被写体との距離を考えて、以前の構図にならないように頑張ってみたりした。

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額縁から塔を眺む

 それでも、なかなか新しい切り口は見つかりにくい。手前のイリュミネーションを通して、遠くのイリュミネーションを重ねて撮るということも思いついて撮ってみた。

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小さな家

 また、新しく加わったイリュミネーションは、どれかなと思いつつ回ったが、残念ながら、あまりにも私の記憶力は、弱体化しており、明らかにこれは昔からあったぞというものもあるのだが、間違いなくこれは、新しい試みだろうというところに、なかなか思い至らなかった。

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金色の光にひかれて

 普通の撮影は、ほぼ遠景を撮ったり、中景、近景のように撮影すると思うが、今回は、印象的な色合いの光を探し、その光の持つ雰囲気を絵にしてみようと試してみた。


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こちらも光の色にひかれた

 そんな絵がたくさん撮れた訳ではないが、いくつかは近い絵になった気がする。

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星を強調してみたが・・・

 光の形にも注目して、その形を強調するような風にもやってみたが、なかなかうまくはいかない。

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最後の部屋への道

 動くイリュミネーションも、以前からあったような気もするし、増えたのかも知れないなどと思いながら進んだ。

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この中にもハートが(誰が撮るの?)

 行ってみると、見学に来ているのは、カップルが多いのに気がついた。当たり前なのかも知れないが、デートの場所としては、ぴったりだと思う。イリュミネーションも、以前よりハートを多用している気がした。これも、1つの戦略だろう。 
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2017年12月15日

699 建 つ の か な あ ?

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梁(はり)と屋根の部品

 もう足かけ7年の12月が暮れようとしているのに、我がパラダイスは、一向に姿を現さない。芋つぼ作りから始まり、木の伐採と穴掘りに1年、穴の回りの石垣作りに1年、そこで立ち止まって半年、基礎工事と小屋の土台の基礎作りに半年、部品を刻み始めて2年、休み、刻み、休み、刻みでとうとうここまで来た。

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梁の横木

 いったい小屋は、いつになったら建つのだろうか?夏の終わり頃に、実は、小屋の主な部品は刻み終えた。本当に刻み終えたのかどうかも、もう、あまり定かではないように思えてくる。その間にも、体の老化は一段と進み、あれだけ希望に満ちて始めた小屋の製作だが、自分の寿命に追い越されそうになっていることに、はたと気づいてしまった。

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梁のつなぎ部分

 最後の部品作りは、屋根の部品だ。基礎の上にボルトで固定する土台、その土台の上に立つ柱、これらは全て小屋仕様で、9cmの角材で刻んだ。その上にくるのが、梁(はり)と呼ばれる横木で、この梁だけは、頑丈に10.5cm角の角材で刻む。更にその上に三角の屋根部分が乗っかることとなる。

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長い梁に扇形で繋ぐ

 最も長い梁は、4✕4mの小屋の上にくるので、軒を1mずつ出すと、計6mとなる。10.5cm角で6mの長さがある材木を持ち上げることは、ぎりぎり中央を持って運ぶことが出来るくらいだ。しかし、この巨大な角材を柱の上まで持ち上げることは、ほぼ不可能に近い気さえする。


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2つの塔

 芋つぼの底から計算すると、芋つぼの上にくる中2階の床までが2m、その床から梁までが、2mとってある。180cmある私の頭が当たらないようにという単純な考えからはじき出された数字なのだ。


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横木を入れる柱の刻み

 結局、地上から3m以上の遙かな高みにまで、この重たい梁をどうやって持ち上げるのかという大変な課題が、私の頭の中に出現。普通に家を建てる大工さんたちは、クレーン車という文明の利器を使って持ち上げるのだが、我が家の裏庭に建設中の小屋は、この文明の利器が入ってこれない場所にある。いったいどうすればいいのか。はたと行き詰まってしまった。


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角柱の刻み

 梁を乗せることが可能な塔を作り、少しずつ持ち上げるしかない。そこで、梁の高さを超える塔を2つ製作した。また、柱が倒れないように支える横木を作り、立てた柱を固定しながら組み立てていく必要がある。この横木は、5cm角の角材で刻み、2.5cm落とした部分と柱も2.5cm刻んだ部分とを組み合わせれば、両者の面は同じになる。こうすれば、外壁を打ち付ける時に具合が良いように思う。しかし、うまく梁は、高みに上がるのだろうか?それこそが問題だ。 
posted by tentijin at 07:53| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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