2020年08月07日

949 心 の 旅 1 ?

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クレイジーキャッツ 1

 戦争が終わって、5年目の春に、私はこの世に誕生した。戦後生まれなので、戦争の悲惨さも体験したりはしていない。ただ、戦後まもなくの昭和30年頃には、5歳を迎える頃なので、かすかに物心が付いた記憶がある。

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懐かしいテレビ

 しかし、あまりにも頼りない記憶なので、その前後がどういう具合であったのか、とか分からないことの方が多い気がする。歴史秘話ヒストリアという番組が好きで、最近、見始めたのだが、今回、見ていてちょっとした心の旅に出てしまった。それは、「スーダラ節」の秘話という内容の回であった。

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クレイジーキャッツ 2

 「スーダラ節」がヒットしたのは、1961年らしいので、私はまだ、5年生の頃と言うことになる。中学生の頃のような記憶が私の頭の中には、感覚として残っているのだが、いかにいい加減な記憶なのかということが分かる。

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スーダラ節のレコード

 私の前に、テレビなるものが出現したのは、4年生の頃だった気がするが、これも当てにはならない。小学校の広い和室のような場所で、まるで霧の中のような画面の大相撲を観戦させてもらったのを覚えている。その後、6年生の頃、今、畑をお借りしているお家に、地区で初めてテレビがやって来た。近所の子供たちは、毎晩、そのお家に詰めかけ、テレビを鑑賞したものだ。

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植木は歌うことを拒否

 それから1年も経たない間に、事故やら病気やらで両足を失っていた父親が、我が家にもテレビを購入することを決定した。かなり高価な買い物であったと思うが、障害年金などをはたいて購入したのかも知れない。1963年にケネディー大統領が暗殺される前に購入して、初めての衛星中継として暗殺事件が放映されたのを記憶している。

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親鸞聖人

 また、1964年には、東京オリンピックが開催されたが、これも、中2の頃で、ぎりぎりテレビ鑑賞ができたのを覚えている。さて、歴史秘話ヒストリアに取り上げられた「スーダラ節」だが、1961年のヒットらしいので、まだ、我が家にテレビはなかったことになる。そのため、テレビがやって来た中学の頃の印象が私にはあるのだろう。


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親鸞聖人の悟りの言葉

 「スーダラ節」の無責任な歌詞の内容を見て、お寺で生まれた植木等は、「これを自分が歌えば、お寺の子どもとして自分は一生、後ろめたい思いで生きなければならない。」と考え、当初、歌うことを拒否していたらしい。思い悩んだ挙げ句、僧侶の父親に相談をしたら、その歌詞を聴いた父親が、自分の宗派の親鸞聖人が言われた言葉に通じると逆に勧めてくれた。おかげで、このヒットになったというのだ。親鸞自身、人間の悪性をついに克服することができなかったという誠に人間らしい悟りの境地を述べており、「スーダラ節」は、正にその世界なのだというのだ。私などは、本当に聖なる世界に行けない人間なので、この世界を旅すると、少し、心が楽になる。
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2020年08月03日

948 夏 の 農 園

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サツマイモの覆い

 散歩場所の近く、「しんばし」の横辺りの方が、サツマイモを植えた畝に日よけの覆いをしておられるのを発見し、昨年から私も、寒冷紗で覆いをしている。日照りに強いサツマイモだが、この工夫で、蔓が生き残る確率が増す。しかし、今年のように雨が多いと、なくても良かったかも知れない。


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トウモロコシはむずかしい

 毎年、甘いトウモロコシを食べたくて種を蒔いてみるのだが、うまく育ったことがない。昨年は、花粉の時期に雨が降り、授粉率が悪かった記憶がある。一昨年は種を蒔く時期が遅く、ちんちくりんのトウモロコシになった。今年の背丈はまずまずだが、カラスがやって来て、片っ端からかじられてしまった。テグスで対策したが、以後、雨が多くなり、まばらな授粉になった。なかなかうまくいかない。


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第2弾に期待

 スイカは、唯一1個だけなっていて、時満ちて食べてみたが、やはり、雨様のおかげで、水っぽい味に感じた。これも、むずかしい。


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楽しみヤマトイモ

 スイカの囲い網に昇らせるように興野々のNさんに頂いた山芋(ヤマトイモ?)を植えてみた。発芽するか少し心配したが、がんばって蔓を伸ばしている。少し楽しみだ。


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今年の大豆は?

 今年も懲りずに、大豆を植えてみた。風の国のお母さんに喜んでいただけるので、実になってくれると、嬉しい。

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黒豆も発芽

 今年は、大豆プラス黒豆も遅れて植えてみた。今、20cm程に生長しているが、ちょうど花を付け始めている。最初に蒔いた大豆も、よく見ると、花を付けている。どうやら、早く蒔こうが遅く蒔こうが、花は、この梅雨明けの頃に咲くらしい。うまく実になるかなあ?


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キュウリ植え過ぎ?

 昨年から、小屋の南北に植えている里芋の畝の端に、キュウリを植えている。昨年が7〜8本、今年は、数を倍にした。我が家で食べる量としては、多すぎるが、御近所に貢献したい。

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大量だ!

 なり始めてみると、1日に10本以上できるので、御近所では余りすぎて、道の駅に出荷するはめとなった。また、風の国のお母さんが、漬け物にされるらしいので、そこにも、貢献することにした。結局、恵みのキュウリかな。
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2020年07月30日

947 ほ っ と 一 息

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玄関の紫陽花

 まだ、雨が続いていた梅雨の終わり頃、ほっとするようなモニュメントに遭遇した。我が家の玄関には、風の国からやって来た紫陽花が、まだまだ元気で鎮座している頃のことであった。

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ひのらの紫陽花

 もちろん、風の国のひのら(前庭)の紫陽花もまだ元気であった。

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胡蝶蘭頑張る

 玄関には、親戚の方が贈ってくれた胡蝶蘭が花の時期を終え、再び春を迎えて、夏を目指す頃、1本だけ花芽が伸びてきて、5輪の花を咲かせてくれていた。

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フウセンカズラ

 ひのらのフウセンカズラも、そのかわいい気球のような姿を見せ始めていた。


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アイコ

 お母さんが育てているミニトマトのアイコが立派な実を赤く染め始めている。どれもどれも、その営みを眺めていると、うっとおしい梅雨が早く終わればと、考えているようにも見える。

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風呂釜の花瓶出現

 そんな時、岡の川の水場に突然、あるモニュメントが出現した。聞くところによると、お母さんの所へ集まって女子会というか、婆会をしていただく方の息子さんが、NPOを立ち上げて活動を始めたらしい。年齢は、50代〜60代のグループなので、若者とは言えないかも知れないが、この地区では十分若者で通用する。

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一面に紫陽花の花

 1つまた1つと暮らす方が高齢化していなくなり、施設などに入られる。住む人がいなくなった家もたくさんあり、取り壊された家もたくさんある。取り壊された家の敷地には、風呂場の跡に五右衛門風呂の鉄の釜があったりもする。このグループの子たちは、それを運んできて、お地蔵様の前に設置、水を張って紫陽花の花を一面に指して飾ったのである。

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摘果前の清見

 摘果作業のお手伝いに来て、このモニュメントを発見して、我々もびっくり、感激してしまった。狭い地区だが、昔からの人々の繋がりが、彼らを育み、このような形に結実したのかもしれないと、ほっとしながら嬉しく感じた。
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2020年07月26日

946 ふうふうふう夏の庭

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いただいた桃

 まだ梅雨の真っ最中、松野の桃農家の知人から桃を購入、親戚関係にお中元として送るのが、恒例となっている。すると、製品にならないハネの桃を段ボールに2箱ももらったりする。相棒がコンポートやゼリーにして御近所に配る。忙しいだろうこの桃農家さんにも食べて頂けるよう届ける。すると、また、ハネの桃を頂く、相棒は大忙しとなる。

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庭の花 1

 その頃は、まだ良かった。しばらくすると、梅雨の合間の夏空が広がり始める。我が家の夏の庭は、相棒の趣味の花々で忙しそうだ。

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何という葉っぱ?

 よく見ると、私の知らないような植物がたくさん植えられているのに気付く。彼らは、自分のサイクルに合わせて花や葉を完成させて次々とその盛りを迎える。

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爽やかな花

 青系の花などは、この暑さを一時忘れさせてくれるがごとく爽やかである。


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庭の花 2

 鮮やかな赤い花も、目に飛び込んできて、元気をもらえるように感じる。


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カルブチン?

 赤い提灯のごときカルブチン?は、可愛さで心を軽くしてくれる。


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多肉系

 槙の木の枝に吊された鉢には、多肉植物系の数珠のような植物が植えられている。梅雨明けのような明るく暑い空が広がり出すと、いくら水分補給をして備えていても、立っているだけでくらくらするような世界に落ちて行きそうになる。

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不思議な苔?

 あるお婆ちゃんから頂いたこの植物は、根っこがない。やはり、槙の木にヒモで結ばれて吊されている。雨を好み、空中で過ごす網状の苔のように繁殖するらしい珍しい植物らしい。夏の庭はバリエーションがあって、元気だが、それを眺める私の方は、急に暑くなって青息吐息でふうふうふうといったところだ。
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2020年07月22日

945 小さな岬めぐり 3

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ネムノキ

 半島のあちこちには、この梅雨の時期、ネムノキが花を付けている。これだけあちこちで見かけるということは、私の知らない繁殖のメカニズムがあるに違いない。


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「はなはな」の看板

 一通りの岬巡りは経験しているので、最近リニューアルした道の駅「はなはな」に行ってみた。「はなはな」のはなとは、漢字で書けば「鼻」となる。要するに、とがった先端、岬の端っこくらいの意味だと思う。岬の先端をこの辺りの方々は、「おはな」と呼んでいる。



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風車モニュメント

 行ってみると、道の駅は、大きく様変わりしていた。おはなの風や風車を象徴する飾りができていたり、建物も依然と変わらない部分と新しくできた所があった。

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2階へ通じるスロープ

 おそらく川の浜にあったシラスパークの企業ががこの三崎港に進出してきたというのが、その内なる変化の理由だと思われる。

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海側から見たレストラン

 川の浜のシラスパークは、今はもう、なくなっているらしい。シラスパークはけっこう人気で、お客もたくさんいて、商売的には稼いでいたと思われる。川の浜がシラスの水揚げ漁港だったが、三崎港の方がお客が集まると考えたのかも知れない。海の見えるレストランができていた。


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ハマユウ

 やはり岬めぐりの本命は、佐田の岬灯台だと思う。フェリーが着く三崎港から灯台までも、結構な距離がある。途中、串や正野地区を通り越して人家のないれこれぞ「おはな」に行かなければならない。ハマユウの咲く場所まできた。

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駐車場下の海

 車で灯台を目指すと、終着地点は、ハマユウが咲く新設された灯台の駐車場になる。しかし、ここで到着と思うのは大間違いで、ここからは徒歩で20〜30分歩かなければ、灯台には至らない。ただし、この駐車場から灯台の姿が見える。ところが、この日は、雨模様の天気で霞んで、灯台を見ることもかなわなかった。


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見事な花

 時間的に灯台までの歩く余裕はなかったので、結局、駐車場からあきらめてUターンして帰途についた。駐車場の少し手前にあった民家には、私の知らない鮮やかな花が見事に咲き乱れていた。ちょっと期待はずれではあったが、私の小さな岬めぐりが終わった。  
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2020年07月18日

944 小さな岬めぐり 2 

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保存会の紹介

 「夢を紡ぐ裂織り」というフレーズで、同好の方々が訪れるのが、この廃校跡の小学校で、保存会の重要メンバーが、相棒のお友達なので、1度体験をしてみないかとお誘いを受けたらしい。当然、ここに集まる裂織りの同好の方々は、女性の方々が多いようだ。私は、男性の端くれなので、ここで体験を眺めるのも限界がある。とりあえず、一通り作品群を眺めさせていただいた。


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裂織り作品  1

 よく目にするのが、このちゃんちゃんこ、鬼北ではポンシンという。ちょっとした春秋冬の防寒着のようなものだろうか。今で言えば、ベストのようなものだ。私の子どもの頃は、普通に着ていた。



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裂織り作品 2

 糸にする布さえ、好みのものを選べば、様々な色の布地を織ることができる。


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裂織り作品 3

 また、バックや手提げなどの小物を作ることも可能なようだ。縫い物などに興味のある方なら、様々な夢が描けるかも知れない。

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裂織り作品 4

 上級者の方は、布地を織りながら、途中で別の色の糸に変えながら、掛け軸のように絵を描くように仕上げることもできるようだ。

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裂織り作品 5

 また、もっと込み入った絵画のような、絵画を描いたキャンバスのような作品も展示してあった。


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赤灯台

 限界点を過ぎた私は、裂織り体験を相棒にお任せして、一人小雨をついて外出をしてみた。まずは、廃校から近い大佐田の端っこ波止の赤灯台を眺めて、小さな岬めぐりのスタートとした。
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2020年07月15日

943 小さな岬めぐり 1 

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廃校になった小学校校舎

 長雨が続くので、風の国お手伝いも、蜜柑山での作業ができないままで過ぎている。この日も雨で、相棒が同級生に誘われて、「オリコの里」へ行くことになった。山での作業ができない私も、お邪魔虫のようにくっついて行くことになった。



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オリコの里の記事

 場所は国道を三崎港まで走り、海が見えたら、左折して大佐田地区へ向かう。以前、大佐田小学校だった場所が、「オリコの里」になっている。海辺にある小さな小さな小学校跡である。

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保存会の看板

 校舎の入り口には、「佐田岬裂織り保存会(さだみさきさきおりほぞんかい)」という看板が懸かっている。

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機織り機が並ぶ

 校舎の中は、この地方で使われていた古い民具がたくさん並んで保存されている。裂織りが出来る部屋は、2つほどあり、昔ながらの古い機織り機が6台くらいずつ置かれている。

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貼り紙

 壁には、裂織り保存会についての貼り紙などが貼られている。裂織りとは、古い着物の生地などを裂いて糸として使い、新しい布地を織っていくこの地方独特の機織り技術のことを指していると思われる。

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写真

 昭和初期と思われるこの写真は、裂織りに貢献した方々の姿であろうか? 裂織り自体は、もっと古い時代から行われていたのだろうと思われる。風の国のお父さんやお母さんが山での作業着として使っていた形跡もある。

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縦糸は青と白

 機織り機には、縦糸が設置してあり、これは、その筋から購入したもののようである。この縦糸に通していく横糸こそが、使わなくなった着物の生地を使った糸となる。



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糸の作り方

 この横糸は、布地を手で裂いていくので、5〜10mmくらいの幅の布地の糸となる。糸というよりヒモというのが、適切なくらいだ。当然新しく織り上がった布地は、大変丈夫な、例えれば、デニムのような、デニムより更に味わい深い生地の布に仕上がる。



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様々な色の糸

 様々な色合いや風合いの着物の生地を使うので、機織り機の横に置かれている糸も様々である。


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小道具

 機織り機の横には、機織りに使う小道具も様々置かれていた。お邪魔虫の私は、裂織りは相棒に任せて1人で、ここから更に岬の鼻に向けて小さなめぐり旅に出発してみたい。  
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2020年07月11日

942 相 棒

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雲 1

 毎日九州などで水害をもたらしている大量の雨が降り続いている。そんなある日、お隣に住んでいる1級年下のM君の奥さんが亡くなられた。今年度は地域の組長さんの順番になっており、悲しい葬儀に関わることとなってしまった。

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雲 2

 私の組は、9戸の御家庭で成り立っていたのだが、5月一杯で転居をされた御家庭があり、現在は、8戸になってしまっている。奥さんが亡くなったM君の家庭と、親戚の家庭が組の中にもう一軒ある。

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雲 3

 昔は、組の人たちが活躍して、結婚式や葬式など、様々な雑用のお手伝いをしていた。もちろんお通夜も葬式も自宅でおこなっていて、組の人たちが集まってみんなで協力してお手伝いをしたものだ。


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雲 4

 我が家の父や母の葬儀も自宅でしたのを覚えている。組内で不幸があると、男は、仏壇に飾る生花や紙で作る造花なども庭先に陣取って作っていた。また、昔は土葬だったので、お墓の墓石を動かし、何と2〜3mもの深さに穴を掘ったりしていた。ご先祖の骨が出るところまで掘っていたのだろう。


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雲 5

 墓穴の準備や清掃は、組内の男たちの仕事であった。今は葬儀社が様々な仕事を受け持ち、組内の者は、葬儀当日、家での受付や葬儀場での受付くらいしか、仕事がなくなってしまった。女性も、不幸のあった家に集まり、年長の者が差配して、亡くなった方の枕元に飾るご飯などを炊く。昔は、もっと親戚の方々や来られる方のご飯のお世話もしていたのだと思う。

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雲 6

 M君の奥さんは、まだ、67歳であり、2人がお別れの時を迎えるには早すぎる気がする。奥さんは、2年ほど前に病が見つかり、松山の病院に入院したり、退院をした後も、通院をしていたので、傍目にも大変な様子をうかがうことができた。


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雲 7

 お通夜も、葬儀も、最後にM君が挨拶をする。言葉は、涙で途切れ途切れになる。長年一緒に暮らしてきた2人なので、また、私と同年代なので、その悲しみの実が伝わってきて、人生の相棒を失ってしまったM君の心の中がリアルに響いてしまった。どうか、安らかに・・・。
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2020年07月07日

941 異 常 な 雨

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夏の花 1

 九州で猛威をふるっている今年の梅雨の雨、線状降水帯というものを伴って、次々と激しい雨をもたらしている。夏の花たちも、適度に降れば生き生きとパワーを注入されて良いのだが、これほどまでに降ると、人間界は、困り果てることとなる。


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夏の花 2

 今回は、熊本の球磨川があちこち氾濫して大変なことになっている。今までに降ったことがない量の雨が降るのだから、お手上げだろう。

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夏の花 3

 今回は、私としては耳慣れない「大雨特別警報」なるものが出された。市町村から避難勧告が出るのが、警戒レベル4に該当するらしいのだが、この「大雨特別警報」が出たら、警戒レベルは5になってしまうということだ。



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梅雨の花 1

 このレベル5の状況は、重大な危険が差し迫った異常な状況とされている。しかし、ニュース映像を見ていて思うのは、命を守るために避難するとしても、私には、なかなか決心が付かない気がする。

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梅雨の花 2

 もし、裏山が迫っていて、土砂崩れのリスクのある場所に住んでいたとしても、早めの避難が、自分にできるだろうかと考えてみても、やはり、避難の決断は難しいように思える。

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梅雨の花 3

 今年は、コロナの影響で、自分なりの避難場所を探すことが勧められている。安全な場所にある友人宅や、自宅でも高い場所にある2階の部屋や山と反対側にある部屋の中などと示されている。



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梅雨の花 4

 松野町が浸水した折には、2階を持たない平屋に住んでおられる知人の方が被災された様子をうかがったとき、いつ避難開始するのか、どこへ避難すれば良いのかということは日頃から考えておく必要があると感じた。



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夏の花 4

 鬼北や松野で、洪水の危険がある箇所は、三間川と奈良川が合流する役場裏辺り、そのすぐ下流にある広見川との合流地点である興野々が、最も氾濫する危険のある場所だと思う。松野が浸水したときも、この興野々で川が氾濫してしまった。今年は何とかそんな被害が出ないことを願うのみだが、今までにない雨の降り方をみると、とても心配である。
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2020年07月03日

940 ご ほ う び 

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ムラサキツユクサ

 本当なら剪定などを進める時期なのだろうが、やり方が、よく分かっていない我々の風の国お手伝いは、またまた夏草が伸びてきた畑で、次は摘果をしようと計画をしていた。しかし、雨が計画を邪魔したりもするので、うまく進まない。いつの間にか夏の花、ムラサキツユクサが石垣で元気に繁り、かわいいピンク色の花を咲かせている。

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鬼北にもやって来たヒマワリ

 我が家にも移住してきている小さな向日葵(ひまわり)上のM君の奥さんにもらったものらしい。梅雨の雨に打たれて順調に育っているようだ。

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いただいたニベ

 この日は、また、お母さんの野菜畑を綺麗にして、帰る頃に親戚のTさんが釣ったスズキの仲間の「ニベ」と呼ばれている魚が届いた。お手伝いのごほうびかな?かなり大きな魚で、メートルを越えるものもいるそうだ。いただいて帰り、鬼北でさばいた。

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完全にまな板オーバー

 ウロコ取りは、飛び散るので、流しの中で行う。あまりにも大きいので、流しに一杯になる。もちろん我が家のまな板には、大きすぎて乗りきらない。

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頭を落としても、更にオーバー

 うろこを取ったら、まず、頭を切って胴体がまな板に乗るようにして、内蔵も取り除く。やはり、時々いただくハマチやブリほどの大きさだが、その身は、ニベの方が柔らかいので、お刺身よりは煮たり、ソテーした方が美味しい。

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アラと切り身が完成!

 骨もブリより柔らかいので、頭を割るのに、カナヅチを使いはするが、楽に頭を半分にすることができた。アラは、あら炊きにする。身は1人前ずつ切り身にして冷凍する。この日食べる分だけ残してパン粉などを付けて、フライパンでソテーする。美味だ。

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この日は、サザエも

 この日は、海の潮も大きかったので、海に潜るのが趣味のS君がサザエを届けてくれた。消毒やら色々お世話になるS君だが、ご両親が早く亡くなったので、夕飯のおかずをお母さんが、時々、提供する。我々が、サザエをいただけるのも、お母さんのおかげなのだと分かる。感謝!感謝!である。
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2020年06月29日

939 2 つ の お 手 伝 い 

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風の国の紫陽花

 梅雨の雨で元気になっている紫陽花、我々が風の国のお手伝いに行くと、ひのらや畑でその優雅な姿を見せて出迎えてくれる。


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1日だけの花

 車を降りて風の国名物の階段を登っていくと、石垣に植えられているサボテンが、この時期花を咲かせているのに出合うことがある。ただし、この花はほんの一日咲くだけで、夕方にはしぼんでしまう。一斉に花開くタイミングに出合うことは、かなり珍しいのかも知れない。


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カボチャ畑

 今回は、2つのお手伝いをすることになった。足腰が弱ってしまったお母さんの趣味は、野菜作りなのだが、家のすぐ上にある野菜畑に行くのにも、25〜30mほどの坂の小道を登っていかなければならない。たぶんその所要時間は、へたをすると20〜30分かかるかもしれない。そんなこんなで、最近は、この野菜畑の草引きなども、私たちのお手伝いの1つになっている。この日は、上の段に植えられているカボチャの中の草引きのお手伝いをした。


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チェーンソウ

 もう1つのお手伝いは、故障が直ったチェーンソウで、畑や小道に懸かっている灌木を切るというお仕事であった。この木は、この辺りでは、「タブ」と呼ばれているイチジクのような小さな実がなる木だが、かなりの年数を経て、幹の太さは、25cmほどになっていた。


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切ったタブの木

 倒れても問題が起こらないような方向を見定めて、切り目を入れていく。うまく倒れたら、枝枝を少しずつ切り離していき、運べるサイズにする。


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枝は崖下に

 小道のすぐ横に藪になっている崖があるので、その崖下に切った木を捨てていく。藪になっているので、枝たちは、藪の中にとどまってそこで腐っていくと思われる。3本の木を切って、空がすっきりと見えるようにすることができた。


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紫陽花の切り花

 作業を終えて帰ってみると、何種類かの紫陽花がバケツに生けてあった。やはり、花を見ると、心が和む気がする。
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2020年06月25日

938 夏 の 作 業

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紫陽花 1

 花好きのお母さんのお世話で、この時期、風の国のひのら(前庭)は、次々と紫陽花の花で満たされていく。親戚の方々が母の日などに贈ってこられた紫陽花の花たちだ。


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私が育てた赤い空豆

 私がたった4本の苗から育てた赤い空豆も、十分に乾いて、風の国のお母さんに届けた。

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ひのらに干された空豆のサヤ

 風の国のひのらにも、たくさんの空豆たちが殻のまま干されたり、順次乾燥が進んでいた。


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お母さんが育てた赤い空豆

 お母さんが育てた赤い空豆も、干し上がったものもあり、あんこ作りの戦力になっていくことだろう。

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エンドウ豆たち

 ひのらには、エンドウや絹さやなどの種も、ほぼ干し上がっていた。こうやって毎年、種を繋いでこられたお母さんの営みが見えてくる。「来年はつくれないかも。」という弱音がこぼれるときもあるが・・・。



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水の準備

 最後の除草剤散布には、我が家の小さな噴霧器も参加。畑には水のない畑もあるので、倉庫の横の水タンクから水を汲んで持って行って散布する。水を運ぶタンクは、4つしかないので、満タンにして一緒に運ぶ。暑い中の作業なので、かなり疲れる。

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差し入れは刺身に

 帰って休んでいると、お魚が届いたりすることもある。この日は、退職をして趣味の魚釣りに時々出かける親戚のTさんが沖で釣ったハマチを持って来られた。手が痛いお母さんに代わって魚をさばくのは、私の役目で、刺身やらアラやらが出来上がる。

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紫陽花 2

 この差し入れの魚やひのらの紫陽花が、疲れ切った体や心を癒やしてくれる気がして、1日が暮れて行く。
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2020年06月21日

937 夏 の 収 穫

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ジャガイモの葉

 梅雨も中休みがはさまれたりで、夏の収穫が進んだ。ジャガイモは、赤いジャガイモと北海道からやってきたピンクのジャガイモと普通の男爵の3種類を植えている。ピンクのジャガイモは、風の国から流れてやって来て、今では我が農園の主力になっている。



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ピンクのジャガイモ

 花がいっせいに咲いたので、花を摘んでから1週間後にジャガイモの収穫を始めた。なかなか一気にはできない量なので、掘り終わったのは、やはり、1週間を経過していた。


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赤い空豆のさや

 たった4本しか植えてなかった風の国のお母さんからもらった赤い空豆も収穫して天日に干して置いた。


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赤い空豆

 量はほんの少しだけだが、綺麗な赤い空豆になっている。風の国に持って行ったら、お母さんが、あんこに変身させてくれるだろう。


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普通の空豆のさや

 普通の空豆も収穫出来たので、これも、風の国で、白いあんこになることだろう。


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くずくずニンニク

 これは、うまく大きくならなかったニンニクだ。収穫のタイミングは少し遅かったのだが、うまく作れない原因は何なのだろう。

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普通のニンニク

 普通の大きさのニンニクもいくらかはできたが、満足できる量ではなかった。来年の課題だろう。


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ジャンボニンニク

 ジャンボニンニクも、特大サイズもできたが、やはり、小さいサイズが多かった。何かコツがあるはずなのだが・・・。

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赤タマネギ

 タマネギは、昨年の失敗を補い、元肥を増やして大きいサイズのものも収穫出来た。大きいものは、腐りやすいそうなので、大きなものから使ったり、御近所に配ったりしたい。

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白タマネギ

 白いタマネギも、まずまずのサイズになってくれたので、タマネギ作りは成功といって良いだろう。
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2020年06月16日

936 古 希 か ら の 眺 め

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風の国の紫陽花

 母が亡くなったのは、私が30歳をいくつか過ぎた頃だった。親がいなくなるということは、知識としては、分かっていたのだが、物心ついた頃から母子家庭で育った時期がある親子だったためか、いざ起こってみると、その現実は、とても私には、理解できるものではなかった気がする。


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雲 1

 その母が亡くなった年齢は、68歳で、予感などというようなものもなく、そんなことは、まるっきり考えもしていない状態であった。そのため、突然、目の前の世界が変わってしまったように感じたように思う。


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くちなしの花

 私自身が、その年齢を越えて、私は、「古希(70歳)」になってしまった。古希とは、その歳まで生きているのが希(まれ)である年齢という意味があるようだ。医学が発達して、人間の寿命も延びてきているようなので、私も生かされて古希を迎えることができたのだろう。


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雲 2

 長寿の区切りとして、祝う節目なのだと思うのだが、老いという現実に目を向けると、それは、なかなかに手強いものだと感じる。私の場合、まず、様々な物忘れ症候群は、深まりながら広がっていくように思う。50代後半から痩せていった足の筋肉君は、スマートなズボンが似合うように変身していき、60歳を過ぎた頃からは、筋肉の衰えから負担が大きくなり、膝関節が違和感やら痛みやらを訴えるようになった。


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運動公園の紫陽花 1

 歩けば、その歩きは、自分的にはぎっくりしゃっくりのように内心感じている。農園で座って草引きをしていても、限りなくふらふらと安定していないし、立つときは、かけ声と共に立つか、膝を手で押しながら立つしかない。立つことを意識しなかった頃と比べると、雲泥の差が生まれている。


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雲 3

 風の国のお父さんが亡くなられたときも、全くそのようなことが起こるとは考えてもいなかったので、その現実が飲み込めなくて、畑で作業するときにいつもその面影が目の前に現れて来ることが、しばしばあった。


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運動公園の紫陽花 2

 若い時の頑張り過ぎた労働から、足腰が壊れてしまった風の国のお母さん、爽やかな笑顔で話をしていただくのだが、言葉の端々にその弱音が見え隠れすることがある。


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雲 4

 今、古希を迎えて、少しずつ老いが進んでいく様子を実感しながら、今の私を遙かに超える手強い老いの試練を感じておられるお母さんの大変さが、少し分かるようになったと感じる。


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雲 5

 30代で母を亡くした時、そんな厳しい試練と闘っている母のことを思いやることは、私には、想像すらできなかったように思う。ある日突然、風の国から帰ってみると、半分幽霊のように影の薄い状態になっていたのを、今でも思い出す。

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雲 6

 風の国を訪れる度に、あのお母さんの爽やかな笑顔に出会えなかったら、どうしようと心の中で恐れたり、相棒と他愛なく電話でおしゃべりをしている様子が垣間見えると、ほっと安堵することができる。 
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雲 7

 古希というものは、長寿を祝う節目ではあるが、その手強い日常から見えてくる一瞬一瞬は、母が一生懸命に生き切ったあの時の中に、間違いなくあったのだろうと思う。自分も負けてはいられない。
posted by tentijin at 22:46| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月12日

935 梅 雨 時 の 使 者 1

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もう完成形かな?

 私のお気に入りの紫陽花、1つの木のようだが、様々な色合いの花を付けている不思議な紫陽花が、その盛りを迎えている。空梅雨と思っていたら、激しい雨になって、いつの間にか、梅雨は本番になってしまった。


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栗の花も梅雨時の使者

 この雨が降り出す前に、散歩道の梅雨時の使者たちを探しながら撮影してみた。栗の花も、この時期で、その下に佇んでみると、独特な匂いがしてくる。


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咲き始めの未完成の美しさ

 散歩コースの運動公園の紫陽花たちは、毎年、少し遅れて盛りを迎える。まだ盛りにならない花も、よく見ると味わいがあるので、そこに注目して撮影してみた。


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これも発展途中の美しさかな

 花びらの色も、紫陽花の場合、同じ花でも少しずつ違いがあっておもしろい。


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何とも言えない未完の美

 この花も、まだ、完成形ではないが、薄めの色合いが、なかなか良い。


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これは、ほぼ完成形

 運動公園の紫陽花で一番完成していたのは、この濃いピンク色の紫陽花だった。

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弱々しいが爽やか

 この水色の紫陽花も、まだ、完成前だが、薄い色合いが何とも爽やかだ。
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2020年06月08日

934 初 夏 の 畑 4

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準備着々

 6月になって梅雨入りしたものの、空梅雨のような天気が続いている。散歩道までの途中にある私のお気に入りの紫陽花も、着々とその花の準備を進めている。後は、雨を待つばかりとなっている。


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不思議な花 2

 これは、一足早く盛りを迎えている我が家の玄関に置かれている花だ。この花も、よ〜く観察していると、赤めの花を咲かせる。次第に花の色は薄くなり、白い花に変化していき、最後に枯れていく。赤や白の花が同時に見られる不思議な花で、これも私のお気に入りの花だ。


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キューリ苗

 初夏の畑では、少し遅ればせながら、キューリの苗が植え頃になっている。これだけの量を植えるには、場所探しが大変である。


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第1弾、既に収穫

 北宇和高校から買ってきた苗を、先んじて2本だけ植えておいた。まだ、小さいが、3本だけ既に収穫出来た。

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第2弾

 種から苗をつくったものが、育つ頃には、キューリも大豊作になるかも知れない。

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順調トウモロコシ

 甘いトウモロコシも、少しずつ大きくなってきた。楽しみだ。彼らも雨を待っているように見える。


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やはり雨待ちかな?

 お気に入りの紫陽花にも色が付いてきた。そろそろ一雨来て欲しい。
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2020年06月04日

933 お 母 さ ん の 庭 と お 手 伝 い

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ハチク

 4月は、孟宗竹(もうそうちく)5月になると、ハチクやサンチク、風の国のお母さんやそのお友達に喜んでいただくので、せっせと採りに行き、風の国に届けた。我が家には竹藪はないので、誰もが自由に採りに行ける広見川の河川敷をめざした。昨年の豪雨などで大変荒れている竹藪、老体の私としてはほぼ命がけでがんばった。風の国に貢献できてうれしい。

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鬼北から行った花

 鬼北の北宇和高校から、苗を買い、風の国に届けたこの花、花好きのお母さんに喜んでもらえた気がする。


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トマトも

 その前には、同じく北宇和高校から買ったトマトの苗を届けた。畑に行くのも少しずつ大変になっているお母さんは、その苗を鉢に植え、ひのらで栽培しておられる。うまく育ってくれればいいのだが・・・。

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お母さんが植えたチシャ

 風の国のひのらでは、チシャも育っていた。ちょっと葉っぱを1枚料理に使うなどという時、便利が良い。


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かすみ草の種干し

 また、ひのらには、かすみ草が干してあった。花を触ってみると、間違いなく固い種ができているのが分かった。お母さんの仕事だ。


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何の花?

 ひのらには、あまり見たことのないこんな花も咲いていた。お父さんがおられた頃には、なかったので、お母さんが植えられたのかも知れない。

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消毒セット

 一通り草刈りを終えたのだが、夏草の勢いは止まらない。草刈りもなかなかの重労働だが、次なる夏草対策は、除草剤での夏草退治だ。この噴霧器は、水が20L入る。しかし、私のようななよなよした男は、20Lの水が入った噴霧器を背負うのは、とても困難なので、能率は悪いが、みんなに笑われながら、10Lずつ背負って噴霧している。

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お駄賃

 畑には、基本水がないので雨水の貯水タンクから水を汲んで畑まで持って行く。草刈りほどではないが、これもなかなかの仕事だ。今回は、お手伝いの御褒美にサンフル(甘夏柑)をいただいて帰った。
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2020年05月31日

932 初 夏 の 畑 3

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夏の花

 晴れた日は、空も山も眩しいくらい明るい季節になってきた。体の老化に伴って、これから先の季節の暑さには、毎年、降参している。しかし、命ある間は、感謝して乗り越えていかなければならない。どこのお宅でもわりと見かける夏の花が咲き始めると、この暑さとの闘いが始まる。


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いつもの場所にスイカ

 スイカ君は、いつも同じところに植えている。連作を嫌う作物なので、微妙に場所をずらしたり、元肥をしっかりやったりの工夫はしている。今年は、秋から冬、周りの草を、植えたい場所に山にしていた。草は枯れて土に帰り、栄養分のある土になるはずだ。うまくいくかどうか未知数だが、今年のチャレンジだ。

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竹の皮を敷いてみた

 スイカの敷き藁がないので、毎年、草を藁の代わりに敷いている。今年は、風の国にせっせと運んでいるハチクの皮を敷いてみた。乾燥すると丸まって、ストローのようになる。この上に引いた草を敷けばパーフェクトの様な気がする。うまくいくかな?

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赤いソラマメ熟成中

 風の国のお母さんにいただいた赤いソラマメがだいぶ実ってきた。普通のソラマメよりも小さいようだが、先に蒔いたので、さやが黒く熟れてきた。数本しか植えていないので、お母さんのあんこ作りには貢献できないかもしれない。


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少し小ぶりなサヤ

 黒く熟れたものを摘んでみたが、普通のソラマメの半分くらいの大きさだ。あんこの材料になるあずきよりは大きいので、たくさんあれば、十分あんこになるだろう。植えたのが4本なので、収穫は種がとれるくらいかも知れない。


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大豆も芽が出た

 昨年と同じ場所に、大豆も植えてみた。大豆のタンパク質が、弱ったお母さんの足腰にプラスになるといいのになあという思いが少しある。うまくできて欲しい。


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トマトの挿し木?

 北宇和高校で、トマトの苗を6本購入した。もう1mほどに成長しているが、勢いの良いわき芽がどんどん伸びてくる。ふとこれを苗にできないものかと思いついた。大きめのわき芽まで放置して、挿し木にして根が出てくるのを待っている。今年のエースになるかな?
posted by tentijin at 11:18| 愛媛 ☔| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月27日

931 初 夏 の 畑 2

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ジャンボニンニク

 初夏の畑で収穫時期を迎えているものの1つに、ニンニクがある。ニンニクの栽培は、簡単なようで意外と難しい気がする。これは、ジャンボニンニクだが、昨年は小さなものしかできずに、失敗。今回は肥料を増やし、少しだけ大きくすることができた。まだまだかな。


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収穫した普通のニンニク

 普通のニンニク、一昨年は、肥料のやり過ぎで病気が発生、昨年は肥料を減らしてミニニンニクになってしまった。なかなか難しい。今回は、収穫前に腐り始めた。どうも塩梅がなかなか難しい。

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ニンニクの芽

 その結果、通常ニンニクの芽が出て、その収穫を終えてから、ニンニクを収穫するのだが、今回は、ニンニクの芽が出てきた頃に茎が腐り始めてしまった。本当にニンニクの栽培は、私にとっては、むずかしい。


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白タマネギ

 何とかまずまずの収穫になったのは、タマネギだ。昨年は小さかったので、肥料を増やして、大きめの実を収穫することができた。

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赤タマネギ
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 紫タマネギは、少し小ぶりの実になったが、これもまずまずと言うことができると思う。しかし、白タマネギも赤タマネギも1本1本個性があって、大小様々なのはどうしてだろうか?個性があるのが普通かな?


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細ネギの球根

 これは、風の国からもらってきた細ネギの球根だ。収穫というより、10月頃まで、干して保存しておく。10月頃に再び植えて冬に楽しむつもりだ。


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芋づる

 サツマイモも、もうすぐ植えなければならないが、まだ、雨を待ち、待機中だ。

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芋の日覆い

 これは、サツマイモを植えた後、しばらく枯れないようにする覆いだ。これをやっている方があったので、昨年から導入してみた。うまくいくかな?
posted by tentijin at 00:33| 愛媛 🌁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月23日

930 ち ょ っ と 一 息

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不思議な花

 花好きのお母さんのお世話で、風の国のひのら(前庭)の花は、いつも生き生きしている。この花はおもしろい花で、咲き始めは、紫の花なのだが、しばらくすると白い花に変わり、やがて散っていく。ぱっと見ると、紫と白い2つの花を咲かせる不思議な花に見える。


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五月(さつき)?

 これは、五月の一種かもしれない。鮮やかな花の色に目が引き寄せられる。

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シャクナゲ

 これは、お父さんが育てていたシャクナゲの花、この時期忘れずに花を咲かせる。

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ゴミ燃やし

 広い広い畑の草刈りも終わり、作業は一段落、倉庫の中の片付けをして、たくさんの新聞紙をドラム缶で焼却した。新聞紙は、清見やデコポンを保存する時にキャリーの中に敷く、適度に水分を吸収する役目を果たしているように思える。



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馬の背民話挿絵

 作業を終えて、座敷に帰ってみると、伊方町の暦に畑のある「馬の背(うまのせ)」の民話が載っていた。馬の背という地名も、何だかおもしろい名前だと思っていたが、こんな言い伝えがあったのだ。

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馬が岩に変わる

 馬の瀬の畑の下は、大小の石が転がっている磯になっている。S君が潜る海がここだ。サザエやアワビがある。


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民話

 民話は、簡単に言うと、馬の好きなお百姓さんが飼っていた馬が海に落ちて岩になるというお話しである。長く気になっていた地名の謎が解けた気がした。    
posted by tentijin at 02:29| 愛媛 ☁| Comment(4) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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